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第36話 きみはどこから来たの?

 そろそろか……? おっ、来たな。


「ユイ、来たぞ。窓あけてやって」


 いきなりこの窓から飛び込んできたあの夜以来、シャードネルは毎日俺たちの部屋にご飯を食べにくる。

 とはいえ二月になって、今が一番寒い時期だ。ずっと窓を開けっぱなしにしとくわけにもいかねぇってことで、いつの間にか隣の家の屋根まで来たところで、シャードネルがこっちに向かって鳴くっていうのが合図になった。

 その声に気づいたユイが窓を開けて、いつものようにシャードネルを招き入れる。今日はたまたま俺が先にあいつの声を聴きつけたけど、ユイも四條さんも、シャードネルが来るのを毎日の楽しみにしてる。


 ひのまる、雪風と三匹並んでご飯を食べてる様子は、ずっと前からの仲間みてえだけど、シャードネルはまだ完全に心を開いてくれないっていうか、警戒心を解く気はないらしい。

 いや、それとも前のガーディアンと何かあったせいで、人間そのものに不信感を持ってんのかもしれねえな。可哀想なシャードネル……。



 ここ「グランメゾン・カモ~イ」に入居して十日が過ぎた。まだ十日なんだって気もするけど、朝になれば野営してた時と同様にそれぞれの仕事に出掛けて、夜はこの部屋に帰ってくるっていう、俺たちは疑似家族みてえな生活を始めた。

 炊事や掃除・洗濯なんかの家事は、もちろん当番制。向き不向きや好き嫌いもあるけど、不公平のないようにしようって相談して、炊事当番のやつが仕事帰りにその日の買い出しをしてくるって決まりになった。


 俺は早速みゅうに家計簿のアプリを入れて、細かく記録することにした。といってもそれはユイの提案つうか命令っつうか、とにかくユイ様が言い出したことだ。

 ユイだって四條さんだって自分のタブレットは持ってるのに、なんでみゅうばっか使うのかわかんねえけど、まあそういった情報なんかの整理は一台にまとめといた方がいいのかもしれない。


 家賃は安いし、似顔絵描きを順調にこなしていけば赤字になることはまずねえだろう。

 また一ヶ月経ったら、現実世界では借金取りがうちに押し掛けてくるはずだから、気は抜けないけどな。


 四條さんもシフトを増やして頑張るって言ってくれてるが、トリミングサロンで働いてるって俺に告白したユイが一人になったとき、実際なにをしてんのかはやっぱ不明。だってさ、トリマーの資格もないただの見習いで、なんで毎日マンシュウ稼げるんだっつーの! 拘束時間だってそれほど長いわけでもねえのに、だよ。


 そりゃ、ユイの手元を見てたらモンスターの撫で方とかブラッシングの仕方とか、俺よりはずっと上手いけど、だけどどうしたってプロのトリマーのアシスタントをしてるとは思えねえ。

 なぁユイ、いかがわしいバイトなんかしてねえよな? 「恋活BAR ラブインザビーチ」なんて、マジックミラー越しに貧困調査されちゃってんじゃねえよな……?


 ものすっごく心配ではある。けどそれは、ユイの言うことを信じてねえってことだろ。一緒に生活するほどの仲間になったってのに、そんなんじゃこれから先やっていけんのかよって、俺の不安材料は実は俺自身なのかも知れねえ。


 真帆と年の近いユイだから、妹みてえに思ってる部分もあるし、この異世界では俺よりずっと頼りになる存在だ。いや、だからこそ、かな。ユイのことをちゃんと理解して、隠しごとのない関係で四條さんと三人でやっていきてえって、それが今の正直な気持ち。だからって、それは俺のただの勘繰りで、ユイは本当にトリミングサロンでバイトしてるのかもしれないけど。そうだったらいいんだけど。


 入居当日の、まだ片付いてないアパートに突然現れたシャードネル。

 俺はどうしてもシャードネルが、いや「この子」がほしいと思ったけど、やっと打ち解けてきたその背中にはまだ緊張感が漂ってて、隣に座ってもあからさまに警戒しなくなった、話ができる、ま、その程度だ。


 ここへ来るたびに、ユイはシャードネルの身体を拭いてやろうとするんだけど、こいつは嫌がってすぐにテーブルの下に隠れる。

 美しいブロンドの毛皮は泥でぼそぼそになってて、みすぼらしく見えてかわいそうだ。

 そうだ、シャードネルのガーディアンはどこへ行ったんだ……?


「シャードネル」


 この前ガーディアンのことを訊ねたら、シャードネルは悲しそうに啼いた。この子にガーディアンがいたのは間違いねえ。そしてそいつとは、きっとはぐれたわけじゃねえよな。


 ひのまると雪風にだしてあげたのと同じちゅ~ると差し出したら、シャードネルはスティック状の袋の切り口のところをくんくんと嗅いで、一度だけぺろっとそこを舐めた。その後は続けて舐めようとしないで、鼻をひくひくさせてるだけだ。もしかしたらと思って小さい皿に出してやったら、俺にそれを持たせたままで洗ったみてえに綺麗にぜんぶ舐めた。


「おまえぇぇ、袋のままじゃ舐めないなんて王子様かよ!」


 俺が持ってる皿から舐めてくれたことが嬉しくて、そっとシャードネルの頭の上に手を伸ばした。

 いい? 俺に、撫でさせてくれるか?

 シャードネルが撫でることを許してくれたのは、これが初めてだった。いやそもそも、今までは警戒されたらどうしようと思って、頭の上に手を出すことはできなかったんだよ。

 それが、少しずつ俺たちを受け入れてくれてる。


 なあ、シャードネル、おまえのガーディアンはどうしちゃったんだよ……。

 俺はシャードネルを刺激しないよう、頭を撫でる手のひらを開いてひのまるや雪風とそっくりな可愛い頭を手のひらで包んだ。

 手のひらに泥がついたけど、そのままシャードネルの顔に手を滑らせて、指で汚れを拭った。


「外は寒いから、ここで休んでけよ」

「にゅーん……」


 耳を垂らすシャードネルのそばに、ひのまるが近づいてきた。やさしいひのまるは自分の首周りの炎を燃やして、シャードネルを温めてくれた。

 寒い冬の間、戸外には獲物になるような生き物は少ないだろう。すぐにこいつのガーディアンになるのは無理だとしても、どうにか夜だけでも安心できるこの部屋で、ゆっくり過ごしてくれねえかな。

 みんなの空になった食器を重ねて、俺はぼんやり考えた。

 そしたらひのまるが、シャードネルに話しかけたんだ。


「にゃっ、にゃにゃっ、にゃん?」

「にゃ、にゃう」


 会話を何往復か、それはそれは可愛い光景が繰り広げられ、おれは尊いってのはこういうことか……と初めて本物を目の当たりにした感動に浸ってたら、ひのまるが俺のジーンズの裾に爪を引っかけて、何か言いたげな顔をしてる。


「うん? ひのまる、どうした?」

「にゃん!」


 ひのまるはゆらゆらしながら二本脚で立つと、握った両手を上から下に何度か振り下ろした。


「六甲おろし?」

「うにゃにゃにゃにゃっ!」


 ぎゅっと目を閉じて首を振るひのまる。


「ひのまるが六甲おろしなんて知ってますかね?」


 四條さんが半笑いで口をはさんだ。ま、言われてみりゃそうだけどさ!


 ひのまるは、両手を使って四角い箱のようなものをあらわして、その中に自分が入ってる様子、それから狭い、苦しい、などをジェスチャーで伝えようとする。最後に、それはひのまるじゃなくてシャードネルのことだというように指差して、「にゃっ?」と期待を込めたキラキラの瞳で俺を見上げた。


「檻……それは檻か! えっ、シャードネルは檻に閉じ込められてた?」

「にゃあ!」


 ひのまるが嬉しそうに頷く。

 シャードネルを振り返って見たら、それが事実だって確信できるような真面目な顔をしてる。


「えっ? えっ? 檻ってどういうことだ? ブリーダーの繁殖小屋から逃げてきたってこと?」


 シャードネルに訊いたら、ひのまると顔を見合わせてから首を振った。

 そうか! シャードネルはその檻から脱走したんだな。ガーディアンが「もういらないから」って保健所や愛護センターに持ち込んだのか? それとも、何者かによってガーディアンと引き離された? 誰に? 

 あーっ、もうっ、言葉が通じねえってもどかしいぜ!


「よし!」


 俺は自分の混乱状態を鎮めようと、パン! と両手で頬を叩いた。膝に手をついてひのまるとシャードネルを見下ろす。

 どうしてもこの子がほしいなら、きっと避けては通れねえ道だ。ひのまるの身振り手振りを頼りに調べてみるっきゃねえだろ。


「ここは安全だから、しんぱいすんな。ひのまると一緒におやすみ」


 もう一度頭に手を置いたら、シャードネルはきゅるる、と喉を鳴らしてリビングの隅に移動してまあるくなった。

 ひのまると雪風が両側から護るように寄り添うと、すぐに寝息を立てはじめる。


「疲れてたんだろな。熟睡できたのなんて久しぶりかもしれねえよ。かわいそうに」

「いい寝顔ですね。こうして並んでいると、きょうだいのようです」


 四條さんが三にゃんの前に屈んでそっと言う。

 ユイは脱衣所で髪を乾かしてるらしい。


「カズマ、あんたの番よ」

「ユイ、お前早すぎじゃね?」

「だって、シャードネルのことが気になるじゃない。あら、寝ちゃったのね。こうして見るときょうだいみたい」


 四條さんが「あっ」と言って笑った。

 そうだ、みんな同じことを感じるんだよな。こいつら十二にゃんだもん。もともときょうだいみてえなもんだろ。


「じゃ、四條さんお先に。にゃんずの様子を見ててくださいね。ユイも」

「どうしてあたしがついでなのよ! お湯の匂いを嗅いだりしないでよね、ヘンタイ!」


 くそっ、妹みてえなヤツの匂いなんか嗅ぐかよ、バーカ。

 バスタブには無色透明なお湯が満ちてるけど、匂いは、なんだこれ。ユーカリだ。

 俺はそのお湯に浸かって、シャードネルのために何から始めたらいいのか考えた。


「そうだ!」


 思わず大声を出しながら立ち上がった。ちょっとクラクラしながらもナイスアイディアにニヤニヤしてたら、天井から落ちてきた雫が肩に当たってすげえ冷たかった。



 胡散臭せえけど便利なモンスター図鑑には、個々のモンスターの縄張り意識や実際に行動するテリトリーまでは書かれてないが、きっと現実の猫の数倍はあるんだろうな。

 ひのまると一緒にシャードネルの匂いを元に、移動距離や通ってきた道を辿ってみることにした。

 そして、サポートメンバー参戦!


「カズマさん、シャードネルちゃんに会えるって本当ですか?」

「小島さん! ありがとうございます。いや本当ですよ。楽しみにしててください」


 鼻息も荒く、やる気満々のキモたんこと小島さんが小走りで向かってきた。すっかり俺のファンになってくれた、いいお客さんだ。

 キモたんは二次元だけじゃなくて大の猫好きで、十二にゃんのうち魔法属性のキュアーシャのガーディアンでもある。キュアーシャもめっちゃかわいい。


「では、カズマくん、行きましょう!」

「四條さん、公休日にすみませんね。でも俺、どうしてもシャードネルがどこから来たのか知りたいんです」

「ええ。俺だって知りたいです。なぜあんなに哀しげに啼いていたのかも」


 人間モンスター図鑑の四條さんも来てくれて、すげえ心強い。あんなに綺麗なシャードネルが、なんで泥んこで身を隠すようにしなきゃならなかったのか。誰に閉じ込められてたのか。絶対に突き止めて、シャードネルが安心出来るようにしてやるんだ。


 さあ、男三人で調査開始だ!

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