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第33話 新居への珍客

 胡散臭さしかねえと思ってたモンスター図鑑だけど、ヨコハマ洞窟ではそれなりに役に立ってくれた。

 まぁ、値段を考えればそれくらいは当然だし、実際に俺たちが出会ったモンスターの情報があとから足されたりして、紙の図鑑だけど常にアップデートされてるような、今後もきっと、何かと頼ることになりそうだ。

 あの時は四條さんがその都度図鑑を読み上げてくれて、俺もすげえ助かった。だから、俺だって勉強しなきゃなって思ったのよ、ひのまると雪風を撫でながら。他の十二にゃんがいきなり現れたことを想定して、まず十二にゃんのデータだけは完璧に頭に入れておきてえってさ。


「ばっ、ユイ寒いよ!」


 出窓にもたれて外を眺めてたユイが、いきなりガラスを開けた。冷たい空気が入り込んで、首の後ろから背中にかけてひぇ~ってなった。それに、モンスター図鑑がぱらぱらっとめくれて、十二にゃんのページを見失っちまったじゃねえかよ。


「ちょっと空気を入れ替えた方がいいわ。そしたらお昼にしよう」


 逆光で見るユイが細いシルエットになってて、ふっと横を向いた顔は穏やかに微笑んでる。

 四條さんはワイシャツの腕をまくって、さっきから拭き掃除に余念がない。

 ユイ、四條さん、ひのまると雪風。仲間たちがそこにいるのをあらためて眺めてたら、なんかこの一ヶ月のことが走馬灯のようによみがえってきて泣きそう。



 水晶を採取するためにヨコハマ洞窟に入ったのに、一度目は誰かに取られたあとでなんにもなかった。けど、その時に俺は雪風と出会って、四條さんは水晶の守り神って言われてたギュレーシィをそれぞれゲットした。いや、そのギュレーシィをディアっちなんて呼んじゃって、今さらだけど申し訳ない気もしてきた。まぁやめないけどね。


 そんで二度目のチャレンジ。入口であの真世さんと再会して、持ちきれないほど掘った水晶を分け合った。

 そうだよ、その真世さん。ポコロンはイケメソのボヌールに進化するわ、最後の最後でシャーザブルをゲットするわで、一番ラッキーだったんじゃねえの? 


 また必ず会おうと約束して真世さんと別れたのが二日前。

 連絡先を交換するとか、友だちになったっていうのとはまた違うかもしれないけど、真世さんと四條さんはいつかディアっちとシャーザブルをバトルさせる気満々らしい。

 あぁ、シャーザブル。あと一秒早く声をかけてたら、俺がゲットできてたかも知れなかったんだぜ! くっそー、俺はあん時なんでぼーっとしてたんだ? 


 別れる時の真世さんは、幽霊と見間違えた最初の時とは別人のようになってた。お互いに守り守られる大切な仲間が増えたんだ。ポコロンとシャーザブルに支えられて、もっと強くなってくんだろな、あの人も。


 この一ヶ月、食うもんもロクにない日があったなんて、今じゃ嘘みてえだ。俺がこんなに充実した日々を送ってるなんて知ったら、あいつらなんて言うかな……。

 恭平、裕介、最後の夜にお前らと飲めてよかったよ。今になって思うと、俺がしたことでお前らすげえ傷ついたよな。ごめん、マジごめん。遺書にも書いたけど、何十年か経ってお前らがここに来たら、また楽しくやれるといいな。


「カズマくん、モンスターの勉強ですか?」


 備え付けの家具にワックスをかけながら、四條さんが俺の手元をのぞいて言った。


「あー、いえ。まぁ半分はそうなんですけど、十二にゃんの解説を読んでたんです」


 四條さんはメガネをキラッと反射させて、ほぉ、と唸った。出るぞ、出るぞ。知識のるつぼ!


「シャーヴォル、シャーグラス、シャーザブルの他に、あと九種類。十二にゃんはとても珍しく、ポコロンのようにどこにでも生息しているタイプではないので、入手は困難をきわめます。コレクターの間での人気が高く、ペットとして飼いたい層も多いようですね」


 おぉ~、さすが人間モンスター図鑑。ヨコハマ洞窟に再び入る前も、出てからの昨日今日も、四條さんはモンスター図鑑を熟読してる。だからモンスターの外見や属性くらいはすべて言えるほど詳しくなってる。もともと頭のいい人なんだろうな。情報の整理が上手いっていうか。


 俺は、昔っから自分が興味のあることだけを追求する性格だったからな。それが漫画を描くっていう能力を伸ばす結果になったのかも知れねえけど、情弱さんでもあるのは否めねえわ。

 まさか自分が異世界ファンタジーの当事者になるなんて、最初は信じらんなかったけど、なってみてわかったこともいくつかある。

 それは、スキルだのジョブだの、こういう世界には普通にあるらしい「人間が持つ特殊能力」は、この世界にはないらしいってこと。俺が自分で技を繰り出して敵と戦ったり、道を切り拓いたりってことはなくて、それができるのはこの世界に生きてるモンスターのみらしい。

 だから一度死んでここに来た人間は、モンスターの力を借りながら二度目の人生を生き抜かなきゃならねえってこと。


 来たばっかの頃は、死んでラクになったはずだったのに、なんで俺が、なんであの異世界なんかにって、絶望的な気持ちになったこともあったっけ。

 でも、ユイと四條さんに出会って、俺を信じてモンスターと戦ってくれるひのまるや雪風とも出会って、みんな大切な仲間だって今は心から思ってる。

 だからひのまるや雪風に痛い思いをさせないように、強いガーディアンになりてえよ。そのために、まずは知ることから始めなきゃ、でしょ。


「十二にゃんは珍しい……。それなのにひのまるは、塀の上で日向ぼっこしてたんです。そう、まるで俺が見つけやすいような場所でまったりしてて。いきなりユイが出しやがったリンリンと戦ってくれって言ったら、気持ちよくやってくれました。でも、野良のシャーヴォルなんてありえないんですよね。あいつ、相性の悪いガーディアンに捨てられたんでしょうか……」


 もしもひのまるが人間に辛い思いをさせられてたらって考えて、俺は身震いした。こんなに可愛いひのまるが、たとえば懐かないとか抱っこ出来ないとか、そんな理由でいじめられたり捨てられたんだとしたら、俺はそいつの分までひのまるをだいじにしたいと思う。 


 自分の名前が聴こえたのか、ひのまるが耳をピンと立てて走り寄ってきた。雪風は、出窓に座ってユイと外を見てるらしい。なんか話してるような雰囲気だけど、少しは仲良くなれたのかな。いや、それとも女王様決戦か?


「シャーグラスは本来氷雪地帯に、シャーヴォルは火山地帯に棲息しています。異世界のどこかに出現するという洞窟が、この度はたまたまここ横浜に現れた。その洞窟の中にシャーグラスがいるのは何もおかしくはありませんが、シャーヴォルがそこら辺にいたとなると、違和感は拭えませんよね。氷雪地帯も火山地帯も、どちらも人間が出向くのは困難だと思います。まあ、まだまだ俺たちが知らない方法などがあるのかもしれませんが。でも何にせよ、ひのまるはカズマくんと出会えてよかったんだと思いますよ」


 そう言ってひのまるの頭を撫でた四條さんが、突然ぶわっと泣き出した。


「えぇっ? うわーっ、四條さん?」

「いえ、すみません。やっとここまで来られたんだと実感しまして」


 四條さんて、もともとこんなに感激しやすくて泣き虫だったのかな。まあまあな外見とイケボでこの個性って、なーんかちぐはぐな感じだけど、それも魅力なのかもな。例の真理さんには求められなかった個性なんだろうけど。


「いや、俺もそう実感するとちょっとヤバいかも……」


 鼻の奥がツンとして、涙が出そうなのがわかった。ここで男がふたり泣いてたら、ぜってーユイにはキモいって言われるだろな。俺と四條さんは顔を見合わせて、照れ隠しにふふっと笑いあった。


 涙を拭って掃除の続きをする四條さん。最初はめんどくせぇ人だって思ってたけど、一緒にいてよかった。


 足元できちんとお座りしてるひのまるは、俺を不思議そうな顔で見上げてる。俺は屈んでひのまるを抱きしめた。あったかくて柔らかくて、いい匂いがするひのまる。幸福感に満たされるってこういうことなんだと思いながら、俺はひのまるの背中に顔をうずめてた。


 

 一昨日の朝、真世さんと別れてから、持ってたパンの残りで腹ごしらえをして、俺たちは異世界ショップの前で開店時間を待った。

 九時のオープンと同時に店に入って、採取してきた色とりどりの水晶を「買取コーナー」に出したら、カウンターにいた担当者から鑑定に二時間かかるって言われた。


 げっ、マジか。二時間てなんだよ! あいつら、あの借金取りは先週も朝早くに来てただろ。早く換金してくんなきゃ間に合わねえじゃん。また母さんが怒鳴られたり脅されたりしたらと思うと、気が気じゃねえよ。俺が借りた金だからな。俺のせいで家族があんな思いをしてるなんて、もう勘弁してくれよ!


 俺は焦りまくって、なんとかもっと早くしてくれないかって頼んだけど、純度や色や、中まで届いてるような深い傷がないかとか、細かく見ねえと金額を算出できないらしくて、そんならいくらここで駄々をこねてたってしょうがねえ。余計遅れるだけだよなってことで、一旦外に出て待つことにした。


 横浜駅の近くだけあって、時間を潰せそうなカフェとかゲーセンとかカラオケとか、朝からやってる店はいくつもあったけど、遊ぶ気になんてなれるわけねえじゃん。パン食ったばっかで腹も減ってねえし、とりあえずそばにあった公園に行って、ひのまると雪風とリンリンを遊ばせた。


 やっぱ、大事なモンスターが楽しそうにしてるのを見ると心が落ち着く。

 さっきまで焦ってたのがウソみてえに、俺の心はすぅっと落ち着いて、時間が経つのを待った。


「もういいんじゃない? 二時間と十五分経ったわよ」


 ユイが時計を指しながら言う。

 ユイも四條さんも、言ってみりゃ俺の家の都合に合わせて、水晶採りに付き合ってくれたんだ。俺は自分のことばっかで、ふたりにきちんとお礼を言うことも忘れてた。


「ユイ、四條さん、今ごろになってだけど、この度は本当にありがとう。感謝してます」


 向き合って頭を下げたのに、ユイは腕を組んでフンッと鼻を鳴らした。

 四條さんは、人の良さそうな笑顔で肯くだけだった。


「ほらっ、行くわよ」


 リンリンを手の中にしまいながら、ユイが歩き出す。

 四條さんは、手のひらに向けて何か話してる。マルゲとディアっちにイケボを聴かせてんのかもな。


「お待たせいたしました。鑑定は完了しております。どうぞこちらへ」


 さっきの受付の人に、パーテーションで仕切られた半個室みてえなところに通された。

 じっくり鑑定してもらった結果、水晶の買取額は五十二万円!

 おぉ、思ったより多いじゃん!

 ユイが書類にサインをして、俺たちはついに大金を手に入れた。

 俺が現実に残してきた借金の額を考えれば、大したことないのかもしれない。でも、これを減らさないように節約しながら稼いでいけば、母さんと真帆を助けていけると思う。


 日にち的にギリだったうえ鑑定に二時間もかかったから、俺は相当焦ってたけど、現実への反映は早かった。

 パートの給料を返済に回そうとした母さんに、クソ親父が三十万も持って来やがった。お前それどうしたんだよ! って、思わずモニターに怒鳴っちまった。

「ギャンブルでも始めたの?」って訊く母さんに、クソ親父は「宝くじで当っただけだ」ってハズレのスクラッチを見せてたけど、いや、宝くじだってギャンブルだから! 

 


 みゅうの助言通り、野宿をやめてアパートを借りることにした。

 「即入居可」「家賃六万円以下」「家具付き」「モンスターOK」のすべての条件を満たす部屋なんて、そう簡単に見つかるわけはねえ、と思ったけど、一件だけヒットした。ただし、オーナーからも条件が出されてた。

 それは「モンスターバトルで管理人に勝つこと」だ。


 なんでも、ここの管理人はバトルが大好きなのに、管理業務が忙しくてなかなか大会には出られないらしい。つうか、そんな大会があるんだって知らなかったけど、それって俺も出られんのかな? 


 結果は、こうやって入居できてるんだから、当然俺が勝ったんだが、試合全体のイメージをうまくつかむことができなくて、ひのまると雪風をピンチにさらしちまった。

 ガーディアンとしてまったくもって情けねえ思いをしたぜ。だから、まずは十二にゃんのことを熟知しようとお勉強してるところ。こいつらの写真を見るだけでも幸せな気持ちになるが、いつかこの子たちもゲットして、最強のにゃんず使いになりてえと、密かに闘志を燃やしはじめてる。


「ねぇ、あれなんだろう?」


 そういえばユイの奴、まだ出窓のとこにいんのか。雪風とのんびり外なんか眺めちゃって、少しは四條さんの手伝いでもしろよ、って図鑑見てる俺には言われたくねえわな。


「どした? ユイ」


 最強のモンスターでも現れたか? なんて冗談言おうとして、俺と四條さんも窓際に寄った。

 確かに、生き物が屋根の上をぴょんぴょんと渡ってるようだ。そいつはどんどんこっちに近づいてきて、うちの出窓が開いてるのを見つけると、隣の屋根から飛び込んできた! 


「えっ、えっ、こ、ここここいつって……」

「やだ! どこから来たのこの子!」

「こっ、これは。野良はいないはずでは!」


 三人同時に言ったから、何がどうなのかよくわかんなかった。けど、こいつがなんで俺らの家に飛び込んでくんの?

 えぇぇぇーっ!

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