表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/77

第31話 バイバイ、シャーザブル

 図鑑によると、モンスターの属性は全部で十二種類あるらしい。

 「すべての属性に」って箱に書いてあった薬も売ってたけど、俺たちはそれを準備することに気が回らなかった。

 シャーザブルは土だ。「オールタイプ」か「土専用」の薬があれば、もっと回復してくれるんだろうけど、それは持ち合わせがない。だから栄養価の高いフードを紙皿に出してあげたら、シャーザブルは少しだけ口をつけてくれた。


 シャーザブルに寄り添ってその様子を見下ろしてるディアっちの瞳はやさしくて、四條さんは自分がディアっちを連れ帰ったせいだと思ってるんだろう、まだぐずぐず泣いてる。


「で、入口はいまどうなってる?」


 バトルに見入って忘れてたのか、みゅうが慌てて入口の映像を呼び出した。画面にはさっき見たときとほぼ変わらない感じで狭くなった入口が映って、あ、今は「出口」か。いや、「出入口」? どっちでもいいけどとにかく急いで向かわなきゃ大変なことになる。


『原因がわかりました。これは、シャーザブルの「せっていねんど」です。岩や壁などを粘土状にやわらかくし、形を変えることが可能です。また、軟らかい状態になっているのはそのモンスターがその場で技を使っている時だけなので、すでにかなり硬質になっていると思われます。洞窟の出口を通過するには、シャーザブルをそこまで連れていき、削ってもらう必要があります』


 シャーザブルは、きっと四條さんの手の中にいるディアっちの気配を感じて、どうしても再会したかったんだ。その前に俺たちがここから出ていってしまわないようにって、入口を狭く作り変えたんだろうな。


 俺たちヒトとモンスターじゃ言葉は通じねえ。だからこういうすれ違いや誤解があって、しなくてもいいバトルをする羽目になることだってある。

 頭のいいモンスターはヒトの言葉を話せなくても、俺たちが何を言ってんのか理解はできてるはずだ。ひのまるや雪風とは、言葉を交わしてるのと同じくらい信頼関係が出来てると、俺は信じてる。十二にゃんは賢いに決まってる。きっとシャーザブルも、ちゃんとディアっちとお別れができれば、納得してくれるだろう。


「四條さん、ディアっちに……」

「わかってます。急ぎましょう」


 目を真っ赤にした四條さんは、さよならのときが迫っているのを知って口を結んでる二匹に近づいて言った。


「ディアボーラ、シャーザブルにお別れをして」


 拭っても拭っても涙があふれてとまらない四條さん。イケボが震えてるぜ。ちきしょう、俺だって泣きてえよ。


 真世さんは激闘を終えたボヌールのケアをしながら、シャーザブルとディアっちの別れの行方をチラチラと窺ってる。水と妖精、ふたつの属性になったボヌールだけど、どちらかの薬があればいいらしい。ってことで、たくさん持ってた妖精用の薬の半分を、ハッピーのガーディアンでもあるユイに譲る。同じ属性のガーディアンっていうことで親近感がわいたのか、二人の周りに漂ってたギスギス感が消えたような気がした。


「ギュワッ」

「にゃー……」


 ディアっちは、シャーザブルにやさしく諭すような啼き声で話しかけ、シャーザブルはそれを受け入れるように応えた。そうやって何往復か二匹の会話が続いたあと、ディアっちは四條さんのところに戻ってきた。そして一度シャーザブルを振り向いたあと、四條さんの手の中にすぅっと吸い込まれた。その瞬間に見えたディアっちの横顔はすげえ穏やかで、微笑んでたようにも見えたよ。


「シャーザブル、もう動けますか?」


 モンスターフードは少ししか減ってなかった。食欲はわかねえよな、当たり前だ。

 でも、四條さんの落ち着いたイケボで話しかけられたシャーザブルは、俺たちが急いでんのを察したのか、ゆっくり立ち上がって頭を振ると、出口に向かって歩きはじめた。

 俺は地面に下ろしてた荷物をまた背負って、ひのまると雪風の姿を確認した。

 シャーザブル、俺たちが出てってヨコハマ洞窟がここから消えたら、そのあとはどうやって暮らしていくんだろ。独りで寂しくねえのかな、あんなにディアっちを待ってたのに……。


 前回入ったときは往路に二泊三日かかった。今回は順路がわかってたこともあって、二日目に水晶を採取できた。出口がなくなりそうだなんてトラブルがなけりゃ、帰りは明日にしても良かったんだろうけど、できるなら早いにこしたことはねえ。

 俺たちは体力を振り絞って、一日で来た道を戻った。


 出入口はみゅうが出した映像よりも、もっと細くなってて、若干焦る。ちとやべえ。


「シャーザブル、頼んだよ」


 俺がお願いすると、シャーザブルは長く鳴いて、その「音」を出入口周辺の土や岩に浸み込ませるようにした。粘土状になった出入口を鋭利な爪でざくざくと削り取る。

 俺と四條さんは削られて出た土をどかして、シャーザブルがスムーズに技を使えるようにサポートした。


 やっと人がゆったりと通れるくらいの穴が広がって、まずはユイと真世さんを。それから四條さん、最後に俺が潜り抜けた。


「ありがとう、シャーザブル。またな」

「ありがとう!」


 言いながらまた泣き出した四條さんの顔をじっと見てから、シャーザブルは俺、ユイ、真世さんって順番に視線を合わせたあと、ゆっくり背中を向けてヨコハマ洞窟に戻ろうとした。

 えっと……、ちょっと待てよ。なんか忘れてねえか? こんなに別れがつらいなら、べつに無理して別れる必要なくね?

 いや! ねえよ! そうだ、シャーザブルもひのまる、雪風と一緒に俺の……!


「シャーz……」

「待ってシャーザブル! 私と一緒に行きませんか?」

「えぇぇぇぇーっ!!」


 同時に呼び止めたかも知れなかったけど、真世さんが一枚上手だ。目的をはっきりとシャーザブルに伝えた。でも、思わず引き留めてしまったって感じで、自分の言動が信じられないっていう顔で口もとを覆ってる。

 シャーザブルは振り向いて、真世さんをじっと見つめた。

 真世さんは大きく一呼吸して気持ちを落ち着かせるようにしてから、シャーザブルが求めてるだろう「誘った理由」を語り出した。


「あなたとポコロンのバトル、すごかったです。ポコロンがボヌールに進化しなかったら、間違いなくあなたが勝っていたでしょう。私たちは、あなたの居場所を荒らしてしまった。本当にごめんなさい。大切な友だちのギュレーシィがいなくなって、あなたは人間を恨んだかもしれません。私は、どうしたらあなたがこれからも楽しく生きてゆけるのか、それをずっと考えていました」


 そこまで一気に喋って、真世さんは呼吸を整えながらシャーザブルの前まで進んだ。それからシャーザブルの前に跪いて、手のひらを差し出す。わぁー、プロポーズだー。


「あなたはとても強いです。ポコロンと一緒に、その上を目指しましょう。そしていつか、懐かしい友だちと真剣勝負をするんです。必ずまた会えますから」


 ふふふ、とディアっちのいる四條さんの手を見上げて、真世さんは言った。

 深夜の横浜駅前ロータリー。出歩いてる人も、車もほとんど見当たらねえ。


「あっ、ディアボーラ!」


 ディアっちがたまらず飛び出して、横浜の地を踏みしめた。シャーザブルは、にゅう~んと甘えるように鼻を鳴らして、真世さんの手に吸い込まれていった。


「っ! きゃあ~! みなさんっ!」


 こんなふうに涙を溢れさせながら感情を爆発させたのは、真世さん史上初めてなんじゃねえかな。陰キャでいじめられっ子の真世さんは、死んでから初めて「人間らしい」表現をしたのかもって思う。すげえ皮肉なことなんだけど、それでもずっとこんな気持ちを知らずにいるよりは、きっと良かったんだよな。

 シャーザブルが入ったばっかの手を俺たちに見せた真世さんは、満面の笑みで、すっげえ嬉しそう。

 俺たちもつられてアゲアゲで、ユイはともかく四條さんまでが奇声を上げて、大はしゃぎで真世さんを胴上げした。担ぐ人が三人しかいないって、よく考えれば危険な行為だったかもしれねえけど、なんだかそれくらい全員が嬉しくてワケわかんなくて、一体感つうか仲間意識っつうか、とにかく真世さんの嬉しいことをみんなで喜んだ。


「シャーザブル、出てきて!」


 胴上げから解放された真世さんは、目を回しながらシャーザブルを呼び出した。街灯に照らされたシャーザブルは、やっぱり十二にゃんだけあってすごく美しい猫型モンスターだった。


 俺は、シャーザブルを真世さんにさらわれたみたいな気がして、ほんのちょっとだけ悔しかったけど、でもそれ以上に喜びの方がでかい。単純に嬉しい! みんなでシャーザブルを眺めながら肩を組んで、ひのまるや雪風と並んだところを写真に撮ったりして、朝が来るまでそうやって時間を過ごした。


 空が明るくなってきた。冬の夜明けは、冷たくて厳しくて綺麗だ。ウルルン滞在記の「別れの朝~」っていうナレーションが聞こえてきそうな空気の中、俺たちは真世さんのモンスターたちにもお別れをする。


「真世さん、ボヌールのことずっとポコロンて呼んでるけど、進化したのにボヌールに変えないんですか?」


 余計なお世話かもしれねえとは思ったけど、俺は確認のつもりで訊いてみた。


「……進化って、あんな風にいきなり始まってしまうものだとは知りませんでした。もちろんボヌールは強くてかっこよくて大好きです。でも、ついさっきまでポコロンだったこの子を、いきなりボヌールと呼ぶのはなんだか違う気がして。私は、弱くてもおっちょこちょいでも、ポコロンが大好きでした。すごく可愛かったんです。あの子がいれば、寂しくなかった。もう、あのポコロンには二度と会えないんだと思うと、悲しいっていう気持ちもあります。だから、ボヌールの名前をポコロンにします!」


 みゅうは「おめでとう」って言ってたけど、そうだよな。進化したら、元のモンスターはどこにもいなくなる。せめて「成長」ならいいんだ。人間だって大人になれば子どもの頃とは見た目も全然ちがうもんな。でも属性も変わって、完全に別のモンスターになるって、やっぱり寂しいよ。ちゃんとお別れもできずに、ポコロンは消えちまったんだからさ。


「進化前の種の名前をつけるなんて、なんか新しいっすね」


 俺もなんだか悲しいような気持ちになって、無理に笑いたくて急いで言った。


「じゃあ、そろそろ行きましょうか」


 ユイが荷物を肩にかけて言う。


「水晶まで頂いてしまって、本当にありがとうございます。これでしばらくは生きていけそうです」


 そう言って、真世さんは複雑そうな顔をした。俺と四條さんはその気持ちわかるよ。


 死んでからも生きる、頑張り続けなきゃならねえ。それはジサツっていう究極の身勝手をした者にとってはつらいことだ。俺は死んでからの短い間に色んなことを学んだ。仲間とか友だちとか、一緒にいてくれるモンスターとか、大切だと思えるものと出会って、生きてた俺に何が足りなかったのか、ぼんやりだけどわかるような気がしてきたよ。


「真世さん、俺も欲しかったす。シャーザブル」


 未練たらたらで言うと、真世さんはシャーザブルを抱き上げて頬を寄せて言った。


「大切にします。ぜったいに」


 近くにいたボヌール、いやポコロンか……あぁ、ややこしい。ポコロンが寄ってきて、シャーザブルの頭を撫でた。熱いバトルを繰り広げた二匹が、今はもう大事な友だちだ。

 いいなぁ、こんな漫画、描きてえなぁ。


「また会いましょう。お元気で」

「はい。皆さんも」


 四條さん、俺と続いて握手して、最後にユイと向かいあった真世さんは、条件反射的に怖気づいてるようだ。そしたら、真世さんの前にユイが手を差し出した。おぉっ、ユイ、ちょっとは大人になったか! 真世さんがその手をしっかり握る。


「あなたのこと、見直したわ。先日は言い過ぎた。ごめんなさい」

「いえ、全然気にしてませんよ」

「元気でね。シャーザブルをかわいがってあげて……、真世さん」


 ユイはふいっと横を向きながら言った。真世さんももう、ユイがツンデレだってわかっただろうな。

 ディアっちは、最後の別れにシャーザブルを肩に載せて遊ばせてる。まるで可愛い子どもを旅立たせる日のパパだぜ。


 真世さんの後ろ姿が見えなくなってから、俺たちは思いっきり万歳をした。

 ショップの開店を待って換金して、今後の計画だ! 

 ギリ間に合ったよな? 母さん、真帆。今度こそヨコハマ洞窟編、終了だぜ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ