第30話 邂逅
「たとえ進化しても、そのバトルで使った技は数にカウントされるわ。『ともだち』『むしめがね』『パラパラダンス』の三つの枠はすでに埋まってしまったから、残りは二つよ。ボヌールは攻撃技を持ってるのかしら。ポコロンのあの調子だと、有効な技を覚えてるとは思えない」
ユイが心配そうにつぶやいた。そうだよな、パラパラダンスなんてあんなふざけた技を「可愛いから」って覚えさせてたくらいだ。真世さんは初めからポコロンにはバトルに強くなることを期待してなかっただろう。補助系の技しか覚えてないとしたら、シャーザブルには勝てねえんじゃねえか?
「佐藤真世と申します! シャーザブル、どうして私たちを足止めするんですか?」
ボヌールと並んで前に出た真世さんは、シャーザブルに話しかけた。フルネームを名乗ってからなんて、真面目な人だよな。
でもやっぱ、シャーザブルにその想いは伝わらないらしい。また後ろに跳んで、真世さんとボヌールとは距離を取って、バトルをやめるつもりはないって意思表示をしてる。
俺とユイが顔を見合わせたとき、腕の中でひのまると雪風が動いた。ユイが抱いてたリンリンもゆっくり翅を動かしてる。
「やった! ユイ、リンリンも動いたな!」
「うん、これでもう大丈夫」
ひのまると雪風は、自分たちの時間が止まってたことにも気づいてないらしい。なんで抱っこされてんのかわからなくて、ひのまるは不思議そうな顔をして俺を見上げてる。そっか。だったらそのまま、プライドの高い氷の女王様には知られないままでいい。
「グルルル」
真世さんの隣でボヌールが凛々しく頷いてるんだけど、真世さんはガーディアンとしてはまだまだ初心者だ。ボヌールがどんな技を出せるのかも知らないはず。
「真世さん! ポコロンはボヌールに進化すると属性が『水』と『妖精』に変わります。強力な攻撃技を決めることが出来れば、勝機は充分あります!」
四條さんが急いでボヌールのことを調べてくれた。モンスター図鑑をめくりながら叫んでる。
ネガティブでコミュ障で、今までだったら戦いの場に立つなんてことはなかっただろう真世さんが、背筋を伸ばしてボヌールと同じ景色を見てるんだ。俺はその事実に感動した。
そしたら真世さんはすうっと息を吸ってから、右手に持ってたおにぎりの残りに豪快にかぶりついて、そのゴミをパンツの後ろのポケットに入れた。まだ残ってたのかよ! で、今それ食うところなのか?
「ミッドナイトプールとサイコギャラクシーが使えます!」
ミッドナイトプールは、マルゲが使ってた水の大技だ。あの巨大な球みてえな水がシャーザブルを直撃したら、いくら属性が妖精に変わってたってひとたまりもないはずだ。
けど、シャーザブルは一瞬で土の下に潜れる。技の形成に時間がかかるミッドナイトプールよりは、魔法技のサイコギャラクシーの方が当たる確率が高いと思うんだが、どうだ?
いや、それ以前に真世さんはそれぞれの技がどんなのか知らないんじゃ……?
俺がそう思ったのと同時に、真世さんが叫んだ。
「ポコロン、ミッドナイトプール!」
あ、やっちゃった……。これじゃシャーザブルには効果がないと思うんだよな。ユイも手のひらを目のところに当てて「あちゃ~」って感じだ。
思った通り、シャーザブルはボヌールの水技が飛んでくる前にフッと姿を消して土の中に潜った。
だから言ったじゃん! 言ってないけど、思ったじゃん! 思っただけじゃ伝わるわけねえけど、どっちを使ったらいいかまで教えてあげれば良かったのに……。
「真世さん、それじゃダメだよ。潜られたらボヌールが不利だ!」
「大丈夫です。信じてください」
真っ直ぐにボヌールを見つめながら言う真世さんには、迷いがなかった。なにか考えがあるのか? ほんとに大丈夫?
「ポコロン、あの岩の上に乗って、連続して土の表面にミッドナイトプール!」
言われた通り、ボヌールは地面のあちこちにミッドナイトプールを出しまくった。大量の水が出た地面は、もう泥沼状態。
「……そうか! そういうことなんですね!」
四條さんがポン、と手を打って言った。
え? 俺にはわかんないけど。
「シャーッ!」
ボヌールがいるでかい岩の正面の地面から、シャーザブルが飛び出してきた。身体の表面はびしょ濡れで、粘度が溶けかかったみてえにぬらぬらしてる。けっこう苦しそうに見えんのはなんでだ?
「ミッドナイトプールの大量の水が浸み込んで、土中の酸素がなくなり呼吸が苦しくなったんでしょう。これでもう土に潜ることはできません。シャーザブルはけっこうなダメージを受けているようです」
「すげ……。真世さんやるじゃん!」
でも、大技を連続で出したボヌールも体力はかなり削られてるはずだ。シャーザブルと睨み合って肩で息をしてる。
「ポコロン、サイコギャラクシー!」
真世さんが叫ぶ。ボヌールは両手をひらいて近づけて、その中に「気」を溜めるように集中してる。みるみるうちに、その中に青く透明で丸い宇宙っぽいものが発生した。かめはめ波みてえなもんか? おおぉぉぉ、なんか威力が凄そうでゾクゾクするぅ!
青い宇宙が最大の大きさになったと思われたとき、ボヌールは斜め後ろに下がって距離を取ろうとしたシャーザブルの懐に素早く飛び込んだ。ボヌールの間合いになった瞬間、一旦腕を引いて勢いをつけ、至近距離からシャーザブルの胸のあたりにぶち込む。
さっきポコロンが使った「ともだち」によって、今のシャーザブルの属性は妖精だ。魔法技の効果は最大限に発揮されるはず。
くらった瞬間、シャーザブルは苦しそうに呻いて、一度横倒しになったが、すぐに起き上がって首を振り、口から紫色の光線みたいなのを吐いた。
「ロンリーナイトメア。モンスターによって、口や翼などから広範囲に攻撃できるレーザービームを放ちます。しかし、この技の属性は闇なので、ボヌールには無効です」
四條さんは「バトル名人」を名乗るおっさんのように、メガネをクイっとあげながら冷たく言い放った。もちろん、メガネはキラッと光ったからレンズの奥の目は見えない。すげえドヤ顔なんだろうな、と思うとちょっとムカつくなぁ。
シャーザブルの攻撃が闇技だってわかるのか、ボヌールはロンリーナイトメアを避けなかった。ボヌールの身体に当たった瞬間にそれが砕けて、シャーザブルは少し怒ってるみてえで俺が怖い。
「ポコロン、連続でサイコギャラクシー!」
こいつ、本当にポコロンだったのか? にわかには信じられないほど、ボヌールは俊敏で無駄な動きがなくて、そんでイケメソだ。シャーザブルに近づいてサイコギャラクシーをぶちかましたあと、反撃を食らわないように移動する。
敵だったらイライラするだろうし、戦いにくいヤツだけど、今はすげえ心強いのは確かだ。
このままシャーザブルのHP切れを待つのか、ボヌールに進化したばっかで、一人で最後までやれんのか、俺もユイも四條さんも、同じ気持ちでバトルを見守ってる。
「……ポコロン?」
サイコギャラクシーの連発で、シャーザブルはフルボッコ状態だったけど、いきなりボヌールががくっと膝をついた。
ミッドナイトプールにサイコギャラクシー。どっちもかなりの大技たぜ。それを連続で出しまくってたもんな。そろそろ身体がもたねえか……。
マルゲとディアっちのバトルの時もそうだった。あのときと同じくらい、これもすげえバトルだ。
「行けー! ボヌール!」
あれだけ真世さんに対して感じ悪くしてたユイが、ボヌールを応援してる。ユイだって、みんなのためにこんなに頑張ってる真世さんたちを認めたんだよな。
ボヌールが地面を強く踏みしめて、たぶん最後の一発になるサイコギャラクシーをぶっ放した。
シャーザブルはそれを受けまいとして右に数メートル跳んだ。でもボヌールの方が一枚上手だったね。シャーザブルが跳ぶことを見越したボヌールは、着地点めがけてサイコギャラクシーを撃ったんだ。
地面に降りた瞬間に正面から飛んでくる技を避けきれるはずはねえ。直撃を食らって、シャーザブルはようやく倒れた。どすん、ていう鈍い音が響いて、激戦のあとのその音はどうしてか切なかった。
「るるるるるる……」
少しだけ顔を上げて、シャーザブルがまた喉を鳴らしてる。きっともう、シャーザブルには戦うだけの体力は残ってない。出口を目指すのは当然なんだけど……。
「ねえ、このまま置いていけないわよね?」
モンスターにはやさしいユイが、屈んでシャーザブルの身体をさすりながら言った。
「ですよね。少しでも回復してくれないと心配です」
四條さんも同じ気持ちだ。
激戦を終えて苦しそうに息をしてるボヌールの肩を支えてる真世さんだって、シャーザブルが憎いわけなんかない。俺たちはみんな同じ気持ちで、土の猫さまを見つめてた。「るるるるる」っていうあの声が悲しそうに聞こえるっていうのは、きっとみんな同じだろう。
「ディアボーラ?」
四條さんが突然ディアっちの名前を呼んだ。俺たちみんなで四條さんに注目すると、呼び出されていないのに、自分の意思でディアっちが姿をあらわそうとしてるところだった。
ここに入る前に一度は見てたけど、真世さんはそのデカさに改めて驚いてる。狭い場所で見ると、やっぱでかいわディアっち。
四條さんの手から出てきたディアっちは、少しずつ輪郭をくっきりさせて、ついに自分が棲んでた地をふたたび踏みしめた。そしてシャーザブルを見ると、その身体をそっと持ち上げた。
「ディアっち!」
ディアっち、やめてあげて! もうシャーザブルは体力使い果たして倒れてんのよ!
思わず叫んだ俺。けどディアっちは、やさしいドラゴンブレスを吹きかけてシャーザブルを起こした。
「……んにゃあ」
ディアっちを見上げたシャーザブルは、そのでかい手にスリスリしてすげえ嬉しそうだ。
『シャーザブルは、突然いなくなったギュレーシィを探していたようですね。ギュレーシィは水晶窟である小部屋の前に立ちはだかる壁として存在していました。シャーザブルは、自由に動き回ることのできないギュレーシィに食料を運び、共に生活していた。そんなところでしょうか』
すっかり補足キャラと化して便利グッズになったみゅうが、自分の推測に自信ありげにうんうんと頷いてる。
「いいえ、ふたりは、友だちだったんですよ」
真世さんが言うと、四條さんは泣き出してしまった。
シャーザブルとギュレーシィ。ふたりの顔を見れば、それは一目瞭然だな。せっかく再会できたのに、俺たちは急いでここを離れなきゃならない。なんか、胸が痛んで仕方ない。




