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第29話 ポコロン……死?

 「白鳥の湖」とか「くるみ割り人形」とか、そんなクラシックバレエの音楽が聞こえてきそうだ。

 あの、茶色くて腹がぽっこり出てて、手も脚も短くてタヌキなんだかラッコなんだか微妙な見た目のポコロンが、胴体の前で両手を合わせたくても短くて届かねえんだけど、それでもなんだか手を前にして、片脚で立ってくるくる回ってる。


 確かピルエットっていうんだよな、あの動きって。真帆が幼稚園のときに習ってたバレエ教室の発表会でやるんだって、家でさんざん練習に付き合わされた、アレだよ。

 お前、なんでひとりだけ動いてんの? ひのまるも雪風も、リンリンもマルゲだってみんな固まってんのによ! どうなってんだよあれ!


「真世さん、ポコロンなにやってんすか?」


 俺はポコロンだけが動けるっていう事実に、驚き半分怒り半分な気持ちを抑えつつ、ポコロンのガーディアンの真世さんに話しかけた。その時、ちょうどポコロンは三十回くらい続けてたピルエットを終えて、ピタッと止まってポーズをキメたところだった。


「え……? あの子が踊るのはいつものことなんですが、なにか不都合でも……?」


 真世さんは俺に責められてると感じたのか、オロオロしてやや俯きながら答えた。


「え? だってひのまるたちは、何故かわかんないけどみんな動けないんですよ。なんであいつだけが」


 ふたたびざあぁーっと、えーと、図鑑によるとストーミーマンデーっていうのか。その砂嵐が吹き荒れる中、俺はひのまるの顔を覗きこんだ。でもひのまるは俺の方を向かない。


「ひのまる!」


 怖くなってひのまるの肩に触れてみたら、ひのまるはそのまま顔から前に倒れそうになる。同時に、飛んでたリンリンがひらひらと落ちてきた。


「リンリン!」


 ユイが腕で目元をかばいながら、手探りでリンリンを探す。そしてその身体を抱き上げて、ユイはしばらく屈んでた。


 俺も急いでひのまるを抱き起した。ひのまるは石になったみてえに固まってて、雪風も同じようになってる。

 石って言っても、身体はあたたかくて手触りは柔らかいままなんだけど、一切動かねえし固まってる。モンスターたちの時間だけが止められた、そんな感じだ。


「この技は『つよいことまれ』ですね。レベルが35以上に育ったモンスターは、三ターンのあいだ動けなくなります。『スキルトレード』や『どんかんりょく』といった補助系の技と組み合わせることで、自分より強いモンスターとでも渡り合うことが可能です」


 マルゲが地面に倒れる前に大きな身体を手の中に収めながら、四條さんが解説してくれた。

 いや、三ターンて、これってリアルなバトルだよね?

 つまり「殺るか殺られるか」的なマジな戦いなのに、相手の攻撃が終わって自分の番が来るまで、ただじっと待ってるってこと? その間にガンガンいっちゃダメなわけ?

 俺にはまだそのへんが理解できねえよ。


 ひのまると雪風のレベルがいくつなのか知らなかったけど、一緒に戦ってきて強さは実感してる。35っていうのが高いのか低いのか俺にはわかんねえ。でも改めて考えてみると、レベルの低いモンスターなワケはねえ。あのギュレーシィとも戦ったリンリン、マルゲだって同じだ。

 だからバトル慣れしてない、つまり低レベルなポコロンが唯一動けるってことなんだ。


「ポコロン! 大丈夫?」


 シャーザブルのストーミーマンデーで視界が悪い中、ポコロンの声がした方に顔を向けて、真世さんが声を張り上げた。真世さんがこんなにでかい声を出したのって初めてじゃねえか? ていうか、まだ名前をつけてないのか。


 俺はひのまると雪風を両側に抱きしめて、トクントクンと鳴る心臓の音を交互に聴いた。あぁ、こいつら生きてるって、あたたかい身体と規則正しく刻むその音に泣きそうになった。


「るるるるるるる……」


 まただ。シャーザブルが悲しそうに喉を鳴らしてる。右の前脚で洞窟の地面を掻いて、首をゆっくり回して……何か探してんのか?


「真世さん! ポコロンに技の指示をして!」


 ユイが叫んだ。

 シャーザブルと戦わずにここを通り抜けることはできない。だったら、ポコロンにやってもらうしかねえんだよな。


 薄目を開けて真世さんを見たら、案の定「えっ? えっ?」って動揺してる。

 ポコロンは、屈んだ真世さんの膝や手首にマズルをこすりつけて、遊んでほしいってアピールしてるらしい。やっぱあいつ、見た目の通りお気楽で能天気なモンスターだ。和むなぁ。


 そんなポコロンの背中を押して、真世さんは頷いた。弱いモンスターでも、バトルで優位に立つ術はある。問題は、それを真世さんが対策してるかだ。


「ポコロン、ともだち!」


 真世さんの声を聴いたら、ポコロンは腹を叩きながらスキップしてシャーザブルに近づいていった。そんでサンドベージュの毛皮に包まれた手を取って、フォークダンスでもするみてえにぴょんぴょん跳ねた。


「強引に仲良くすることで相手の攻撃力を下げ、さらに自分と同じ属性に引き込む技です。ポコロンの属性は妖精。果たして吉と出るか凶と出るか」


 「ともだち」って技がどんな効果を発揮すんのか、知りたいって思ってたところに横からイケボの解説が入った。四條さん、グッジョブ。


「えっ、ポコロンの属性って妖精だったんすか。ブサイクなヤツが多いのかな……」


 最後の方はもちろん小声でつぶやいた。四條さんだけに聴こえるように。ユイに訊かれたら殴られるかもしれねえだろ。だって、「妖精」っていえばおそらくほとんどの人が、可憐で可愛らしい印象を持つだろうけど、ハッピーやポコロンは全然ちがうもん。ポコロンは見方によっちゃ愛嬌があるけど、万人受けする可愛さじゃねえし。


 ポコロンのともだちを受けて、シャーザブルは不快そうに首を振って、手の爪を出してポコロンに襲いかかった。


「ポコロン、避けて!」


 これはなんとか避けることができた。ポコロン自身が恐怖を感じてないのが幸いなのか、ぽんぽこは……いや、ポコロンはシャーザブルと向き合ってバトルを続けようとしてる。


 不安だよな。きっと自分が指示を出して戦わせんの初めてだよね。

 真世さんは胸の前で両手をぎゅっと握って祈るようなポーズになってる。けど、これは真世さんにとっての試練でもあるんだよな。いつまでも苦手だ、出来ないって言って逃げられる世界じゃねえってことは、俺も思い知ったばっかりよ。ほんと。


「むしめがね!」


 これは、この前ギュレーシィにリンリンが使ってた、攻撃の威力が倍になるっていう補助系の技だ。昆虫属性じゃなくても覚えられるモンスターがいるのか。


 シャーザブルの攻撃力が下がったからか、だいぶ視界が晴れてきた。そしたらシャーザブルは、さらさらした砂の状態になって崩れ、また地面の下に潜ってしまった。そんでポコロンを混乱させるように土の下をうねうね動き回って、真下から地割れとともに現れて、すぐに遠くへ跳んだ。


「ウルフズロックですね。狼が口を大きく開けたような形の岩石が下からいくつも現れ、直撃されると大ダメージを食らいます。相手のモンスターが当たったロックは、その場で砂状にぱらぱらと粉砕されますが、そうでないものは地面から突き出たままです」


 すっげえデンジャラスな技っていうか、これはもう武器だな。十個くらい出てきた岩石のうち、半分くらいは残ってる。ていうことは、ポコロンは五個くらいの岩石にかすったってわけか。おい、大丈夫かポコロン!

 よろよろと起き上がろうとしてるポコロンに、十二にゃんのシャーザブルは美しい身のこなしで突進した。ポコロンを突き飛ばすようにして岩石に打ち付ける。うわぁ、エグイな、シャーザブル……。


 突き飛ばされたポコロンが当たった三つの岩石は、グシャッと根元の方から崩れた。「大ダメージを食らう」って四條さんは言ってたけど、三つも当たって大丈夫なのかよ? ポコロンがもう戦えないくらいのダメージを受けたとしたら、こっちのターンはこの後もこないってことだろ? そしたらシャーザブルの技が解けないうちにタイムリミットになって、俺らここから出られねえじゃん。そしたら母さんと真帆はどうなっちゃうんだよ! 俺がポコロンの代わりに戦っちゃダメか? 


 俺がこんなに焦ってんのに、ポコロンはやっとダメージを自覚したように顔をぶるっと振って立ち上がった。身体のあちこちが痛てえのか、その動きは今までよりもやや鈍くはなってるけど、戦意喪失はしてねえ。で、え? 手を上に挙げて踊ってる……? 


「真世さん、あれって……」

「『パラパラダンス』ですね。ああして挙げている手が、相手には張り手攻撃になるはずなんですが……」


 答えたのは真世さんじゃなくて四條さんだった。


「腕の短いポコロンにはなんの技にもならないんですが、つい可愛くて覚えさせてしまいました」


 真世さんが恥ずかしそうに言った。

 だよなぁ! ポコロンのパラパラダンスが通用するモンスターって一体どんな体形なんだよ? シャーザブルにはまったく届いてねえよ。


「つか、パラパラダンスってなんすか?」


 図鑑を持ってる四條さんに訊いたら、


「1980年代後半から流行したダンスらしいですね。テレビで見たことはありますが、目の前で見たのは初めてです」


 へえー。って、たぶん人間が踊るのとポコロンが踊るのじゃ全然違うものなんだと思うけど、モンスターの技名にそんなのが付いてるところを見ると、図鑑の発行元の「異世界研究所」って、どんな人がいるのか想像がつくな。


「ポコロン、それじゃシャーザブルには効かないから! もう一回むしめがね!」


 真世さんが叫んだ。

 シャーザブルは、苦痛に顔を歪めながらも、効果がないパラパラダンスを続けるポコロンを鬱陶しそうにチラ見して距離を取った。それから長い尻尾を鞭のようにしならせてポコロンを打つ。

 土属性のシャーザブルの尻尾攻撃は、粘土でできた重い鞭みてえにポコロンの肉を打った。ビチッ、バチッって鈍い音が響いて、そのたびにポコロンの身体は反り返ったりうずまったりして、何度も倒れた。なんかもう、見てられねえって感じ。


 シャーザブルが尻尾をコンパスみたいに動かして円を描いたら、二匹の周囲は地面から立ち上がる炎に包まれた。まるで格闘技のリングだ。ロープの代わりに炎で囲まれたリング。本物の炎は熱くて、俺たちは汗をかきながら見守った。


「炎の中は地面も相当熱くなっているはずよ。ポコロンの体力がもつかどうか。お願いポコロン、頑張って! もう少しで他のみんなも動けるようになるから」


 ユイが顔の汗を拭きながら言う。そうか。もうちょっと頑張ればひのまるも雪風も戦えるんだ。


「クキャアァァァッ!」


 ポコロンの悲鳴と、それが見えたのは同時だった。さっきのウルフズロックとは違う、もっと鋭利で危険な感じの、槍みてえな岩が地面から突き出して、それがポコロンの身体を刺し貫いた。……ように見えた。


「むっ! グランドスピアーか。これは決まったか……」


 四條さんが技の名前を言ったのと、真世さんが叫んだのは同時だった。


「やめてぇぇぇ!」


 ポコロンを助けるために飛び出そうとした真世さんの腕を、ユイが掴んだ。ポコロンの様子がおかしい。短い腕とでかい頭をだらんと下げたままゆらりと起き上がって、口からは「コオォォォォ……」っていう吐息なのか咆哮なのか、よくわかんねえ声が漏れて、目は白目になってるし、なんかかなりホラーな感じだ。


「ポコロン! どうしたの?」


 泣きながらポコロンを呼ぶ真世さんの目の前で、ポコロンは青い光に包まれた。

 えっ、なにこれなにこれなにこれなにこれ……。えっ、めっちゃ怖いんですけど……。


「コオォォォォーッ! キシャアァァァッ!」


 いやーっ! って、思わず俺も悲鳴をあげた。

 ポコロンを包んでる青い光が輪郭を持って膨張して、その中にいるはずのポコロンのシルエットがなんだかどんどん曖昧になってきて、中でなにが起こってんの? ほっといたらポコロン死ぬんじゃねえの! って、真世さんのモンスターなのにすでに他人事なんかじゃねえし、ポコロン大丈夫か! って俺も叫んでた。


 なんか、とてつもなく長く感じたけど、その間は五秒くらいだったらしい。

 光が徐々に引いてって、ぼんやり誰かのシルエットが浮かび上がった。ポコロンじゃねえじゃん。やっぱあいつ、死……?


「ポコローン!」


 真世さんが、喉が裂けるんじゃねえかって心配になるくらいの、絶叫って感じでポコロンを呼ぶ。ユイの制止を振り切って、ポコロンがいた場所に走り出しそうだ。


『ボヌール。真世さん、おめでとうございます! ポコロンはボヌールに進化しました!』

「えっ……?」


 しばらく存在を忘れてたみゅうが、突然うれしそうに言った。みゅうに名前を呼ばれて、真世さんは呆然とする。


 進化? これが進化か……。俺は目の前で起きたことをまだ受け入れられなくて、あのポコロンはもうどこにもいなくなってて、代わりに現れた、なんていうか超イケメソな感じのモンスターに見惚れてた。


 真世さん、真世さんはポコロンが急に変わって平気か? って心配になってそっちを見たら、やっぱイケメソかよ! 真世さんは目をキラッキラさせて自信満々なガーディアンになってた。


「うん、ポコロン、行こう!」


 生まれたてのボヌールに近づいてその肩を叩いたら、真世さんはシャーザブルを見据えた。その顔は、なんだかユイ二号みてえにキリっとしてて、俺は確信したね。

 よっしゃ、勝てる、勝てるぞ!

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