第28話 ぜってー巨大ミミズ
『はい……、ヨコハマ洞窟の終了日は二十七日です。四日後ですね。ですから、これは洞窟が終了するために出口が狭まったのではなく、土属性のモンスターの仕業と推測されます』
「土属性?」
なんだよそれ! 土って!
俺はもしかしたらこのまま洞窟に閉じ込められるんじゃねえかっていう焦りと、期限を守らねえヨコハマ洞窟に対する怒りで頭をクラクラさせながらみゅうに訊き返した。
実際、図鑑には載ってなかった雪風がいたってことで、モンスター図鑑の情報は適当だって理解してた。でも。
「みゅう、ここに出現する土属性はイシグラーとイワグラーじゃなかったのかよ? それともまさか、奴らが雪風をここから出られないようにしてんのか? 昨日、ちゃんとお別れしたんじゃなかったのかよ。通路を狭くするなんて、あんなハリボテみてえな石と岩のモンスターに、そんな技が使えんのかよ!」
みゅうを掴んだまま対話してるから、それを見守るユイと四條さん、それから真世さんの心配そうな顔までもが、みゅうの画面に映り込んだ。
『カズマさんもご存知の通り、洞窟の内部はほとんど変わりません。入口も外的n……』
「要点を絞れ! つまりヨコハマ洞窟の終了日と、出口までの通路が狭くなったことは無関係かもしれねえってことだな?」
想定外のことにみゅうも不安定になってんのか、いつもみてえにスパッとした答えが帰って来ない。
『いえ、自然に変わるわけではありません。ですから、これは土属性のモンスターが関係しているのは間違いないです』
「理由はどうでもいいから、とにかく急いで戻るわよ!」
ユイがぱんぱんと手を叩いて、俺たちははっと正気に戻った。四條さんはマルゲとディアっちを手の中に戻して、それぞれが水晶をたっぷり詰め込んだバッグを背負う。ユイと真世さんが持つ分は中身を軽くして、ここから出たら真世さんに少し分けることにしてあった。
ちょうどひのまるが肩に飛び乗ってきたときと同じくらい、つまり二十キロ程度の水晶を俺と四條さんで持って、急いで小部屋から出た。
そしたら来た時はそんなことなかったのに、地面がでこぼこに盛り上がって道が狭くなってるみてえだ。で、その下を明らかに何かが這いまわってる。
「あぁ、やだなあ。きっとミミズの化け物みてえなモンスターだよ。なんなの土属性って。そんなんなくてもいいじゃん」
ブツブツ文句を言いながら、俺は巨大ミミズが出る生物パニック映画を思い出してた。土の中から何万匹ものミミズがわっさわっさわいてきて、そこに直径二十センチもありそうな巨大ミミズが現れんのよ。そいつは妙にぬらぬらした見た目で、口だかケツだかから粘液を飛ばして人間を溶かして食うんだよ! あぁ、気色わりい。そんなモンスターの姿なんか見たくねえよ。地面の下にいるまんま、倒れてくれ。頼む!
「雪風、ゆきげしき!」
もう何でもいいから、早くこの場を離れたい。頼むぜ、雪風。
雪風に技の指示を出したのは初めてだ。土属性のモンスターには炎の技じゃ効果が弱いって図鑑に書いてあったから、雪風に決めた。つうか、雪風が戦うところ見てみたいじゃん。なんたって氷の女王だぜ。
「パートナーの力量が見合わなければ、指示に従わないこともある」ってモンスター図鑑の一文がふっと頭をよぎったのは確かだけど、幸いにも、いや、俺たちだから当然だ。雪風は俺に懐いてくれてるし、俺を認めてくれたんだ。だって何より、俺にゲットされてくれたことが答えだろ。
雪風が口から白い息を吐くと、当たり一面が冷たい空気に包まれた。そうだ、雪風をゲットした時は、その寒さにみんなで凍えて鼻水垂らしながら頑張ったんだよな。
その冷たい空気に刺激されたのか、土の下でモグラみてえに動いてたミミズっちが、ゆっくり地面から出てきた。
雪風の冷気で発生した霧が濃くて、はじめはその姿がよく見えなかった。正直俺は、巨大ミミズなんか見たくねぇ~って思ってたから、出んな出んな! って念じてたんだよ。ほらな、イシグラーでもイワグラーでもねえ、もっと長い身体だ。
土の下からゆっくり出てくるそいつは、海から浮上する潜水艦みてえだった。
すぅっ、と浮かんだ長い部分には背骨だってわかる節が見えて、ミミズの胴体じゃなくて四つ脚動物の背中だってわかった。
そんで、そんで、あ……、も、もももももももしや。これって!
「シャーザブル。属性は土。シャーヴォル、シャーグラスらと同様『十二にゃん』と呼ばれる、十二の属性すべてを網羅する猫型モンスターの一種で、長い手脚は他の十一種よりも太く、尻尾も太い。体の色を背景と同じに変えられ、自身の体も一瞬で砂に変える。形状も自由自在に変える。土に潜って眠り、土の中を移動するのも早い。強靱で鋭い爪は、厚さ十センチ程度の鉄板なら破ってしまう。耳の先は丸みを帯びている。性格は気まぐれで、人を襲うことはない……と書かれていますが、それではなぜ俺たちの邪魔をするんでしょうね」
四條さんもモンスター図鑑を片手に読み上げながら、シャーザブルの登場から目が離せないようだ。
俺はその横で両手で口を覆って、この鳥肌なんとかなんねえのかよ、って必死に耐えてた。だってこれって……。
「あ、あわわわわわわ」
シャーヴォル、シャーグラスに続いて、第三の猫モチーフのモンスターだ。「土」っていう属性には興味なかったけど、そりゃイシグラーとイワグラー見ればそうなるよな。だってつまんねえもん。だけど、このロシアンブルーみてえな高貴な可愛さのシャーザブル、見惚れちまうだろ。
こんな急いでる時じゃなかったら、雪風とバトルしてゲットしたかったぜ。名残惜しいけどまた会おうな、シャーザブル……。
横をすり抜けようとして、俺は未練たっぷりにシャーザブルの全体を良く見た。その、良く見ようとしていっぱいに見開いた俺たちの視界に、シャーザブルは突然砂を巻き上げた。
「ぐあっ! 痛ってぇ!」
全員が腕を目のところに当てて、砂が入るのを防ごうとした。これじゃ出口に向かって進めねえよ。
「リンリンお願い!」
リンリンが砂を吹き飛ばそうと翅を懸命に動かすが、シャーザブルの威力には敵わない。
「マルゲリータ!」
四條さんがマルゲを呼び出した。なぜかはわかんねえが行く手を阻まれてる以上、戦いは避けられねえらしい。土に有利な水属性、それもマルゲに任せとけば安心だと、俺たちはほっとした。
「マルゲ! 砂が目に入らないように気をつけろよ!」
マルゲが俺を見下ろして頷いた。マルゲの赤い瞳は真剣で、だって急いで出なきゃいけないんでしょう? って、四條さんのアテレコじゃねえけど、マルゲの言いたいことがわかったような気がした。
「マルゲリータ、ウォータ―リリー!」
ディアっちとのバトルで見たマルゲの技は、プラネタリウム、アクアフィールド、レインボースクリュー、ミッドナイトプールの四種類だった。ついに五つ目が見られる、と、俺は砂が入って痛てえ目を少し開けてマルゲのバトルに集中した。マルゲは睡蓮に似た水でできた花をいくつも吐いて、それをシャーザブルめがけて飛ばした。
バーニングドロップの水版みたいなもんだな。シャーザブルは斜めにとんとん、とかわしたけど、避けきれなかった三つを被弾した。
けど倒れる気配はなくて、一旦下がって反撃の機会をうかがってるようだ。
「あたしたち急いでるの! お願い、そこを通して!」
砂が入った痛みで涙をこぼしながら、ユイはシャーザブルに訴える。
そうだよ、必要ないバトルで痛めつけたくなんかねえし、俺たちマジで急いでんすよ。
「お願いします!」
ユイと並んだ真世さんも、シャーザブルに頼んでる。でも俺の異世界ファンタジーは、非なろう系でチートは許されねえ。シャーザブルはなかなか引きそうにないし、きっと次の一撃でマルゲがピンチになるだろう。
そんなふうに予想できちゃうなら、俺はどうしたらいい? どう動くべきだ? ひのまるを出しても効果はない、マルゲと雪風の二匹で対抗するか?
「るるるるるる……」
シャーザブルが声、というより喉を鳴らした。なんか悲しそうだ。こいつが俺たちを足止めしてんのには、きっとワケがあるんだ。でも俺も他のみんなも思い当たることはねえ。どうすればいい?
「マルゲリータ、レインボースクリュー」
四條さんもシャーザブルの悲しそうな様子に気づいてか、マルゲに指示を出すのがちょっと辛そう。やさしいもんな、四條さん。
ごめんな、シャーザブル。俺たちには……まあ実際は俺だけなんだけど、タイムリミットがあるんだ。ごめんな、マジで。
でも、マルゲは四條さんの指示をきかなかった。技を出すどころかぴくりとも動かない。いや、マルゲだけじゃねえ、ひのまるも、雪風もリンリンも、みんな時が止まったように固まってる。……なにこれどういうこと?
「ひのまる? 雪風!」
どうしちゃったんだよ、一体。お前らマジで動けねえの?
俺はかなり焦った。だってさ、この状態がいつまで続くかわかんねえんだぜ!
早くここから出て水晶を売っ払って、そんでみゅうに現実を映してもらわなきゃなんねえんだよ。そうしなきゃ、母さんと真帆が大変なことになっちゃうんだ。
焦りまくってる俺の目の端で、なんか動いた。
茶色くてころころしたそいつは、くるくる回ったりして楽しそうに踊ってる。お前は動けんのか? でも、お前じゃしょうがねえんだよ。あいつと戦えんのかよ?
なあ、ポコロン!




