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第27話 水晶を分け合おう

 「俺はいま猛烈に感動している」って、かの名作アニメの台詞が浮かんだ。

 いや、これはマジでなんていうか本当にすげぇ。さっきから鳥肌がとまんねえの。俺が想像してたのはこう、ソフトボールくらいの大きさでまん丸の、いわゆる水晶玉だったけど、そういえばみゅうは「生えてくる」って言ってたよな。

 でも、その生えた様子がこんなに神々しいなんて誰が思うよ? あぁ、俺はこの光景が見られてしあわせだ。


「ちょっとカズマ、あんたなに感動してんのよ! 見てないで手を動かして!」


 生えそろったばっかの水晶を前にして、感動に打ち震えてる俺に、やっぱユイは安定のユイだった。お前、このキレイな様子を見てなんも感じねえの? 

 この暗い洞窟の中でキレイな明かりを発する水晶ちゃん。一番奥まったところの、さらに小部屋みてえになってる場所にひっそりと自生してて、俺たちをその明るさで導いてくれた。

 そっか、水晶ってこんな風に、放射状の角柱みたいな形ににょきにょきしてくるんだ。

 これを目の前にして何も感じず、ただ摂ってバッグに詰めてるユイって、夢なさすぎじゃねぇか?

 

「ほら、さっさと!」


 お前は山菜採りの婆ちゃんかよ。


「お、おぅ!」


 だけどユイは正しいし怖いから、俺も軍手をはめて水晶に手を伸ばしたが、クラスターってどうやって採るんだ? 地面に埋まってるところを掘って引っこ抜けばいいの? なーんか芋掘りみてえだな、こんなに綺麗な鉱物を採るのに。

 一番多く生えてるのは乳白色で、あとはピンクとパープルとブルーか。現実ではきっとない感じの、レインボーカラーのもある。それから赤と緑。いや、こんな色の水晶なんてあんのか? ってまあ、ここは異世界だからなんでもアリか。



 ヨコハマ洞窟再入洞二日目。昨日は体力温存のために、無理しないように気をつけながら歩いて、適当な場所で寝た。

 そんで今日、ついに念願の水晶に辿り着いたぜ! 

 真世さんは、洞窟のこんな奥の、しかも居酒屋の小部屋みてえにちょっとした隔離感がある場所に水晶があるってこと自体、知らなかったらしい。何も言わずに目をぱちくりさせてる。


 ここでギュレーシィゲットのための、壮絶なバトルが行われたのが先週だぜ。なんか、随分前のような気がするし、昨日のことみてえでもあるな。

 壁面や地面にもあのバトルの痕跡が残ってて、こうして立ってると、あの時の興奮がよみがえってきそうだ。


 四條さんはディアっちとの出会いを思い出してんのか、涙ぐんじゃってるよ。ユイに怒られる前に作業を進めた方がいいっすよ、って意味で、四條さんの腕を肘でつついた。


「これだけあれば、三十万円にはなるはずよ。この透明感があって幅が広いのが一番高く売れるの。濁ってるのは価値が下がるから、持ちきれないようなら諦めてもいいわ」


 大事な水晶に傷がついたら大変だってことで、モンスターの手を借りずに俺たちが手作業で掘り出さなきゃならねえ。

 それなのに、ギュレーシィと戦った空間をぐるりと眺めまわして、四條さんは長い溜め息なんかついちゃって、まだあの熱狂に浸ってるみてえだ。いや、カンベンしてよ。四條さんがそうやってたら、俺まで巻き添えくってユイに怒られるんだからさ。


「しじょうさーん」


 漫画だったら吹き出しの中の文字が点線になってる感じの、ウィスパーヴォイスでこそっと呼んだら、やっと四條さんは我に返って作業に参加した。


「あの……、こんな真っ赤なものもありますが、これも水晶なんでしょうかね」


 深紅や濃緑の水晶なんて聞いたことねえが、きっと世の中に疎い俺が知らないだけだろう。ここに生えてるもんはみんな水晶のはずだよな。とりあえずバッグに入るなら採っときましょうよ。ってことで、四條さんは水晶らしい淡い色のもんじゃなく、大人らしい濃い色相のを掘る担当になった。


 少し離れた場所で走り回るモンスターを遠目に見ながら、真世さんは立ち尽くしてきょろきょろしてる。ポコロンがひのまるたちと楽しそうに遊んでるので、ぽつんと取り残された感じだ。


「あ、あの、手伝いましょうか」


 手持無沙汰なのに耐えられなくなったのか、真世さんが控えめに声を出した。淡いピンクの水晶を引っ込ぬいたばっかのユイが、それを真世さんに差し出しながら応える。


「洞窟にある水晶は、ショップで買い取ってもらえるのよ。異世界暮らしもお金次第でなんとかなる。あなたも持って帰ったら?」

「……でも、そうしたらユイさんたちの分が」


 ユイの言葉がよっぽど予想外だったのか、真世さんは目を丸くしながらやっとそう言った。


「根こそぎ持って行こうなんて、悪い奴のすることよ。今はいちおう仲間なんだし、それにこんなにたくさんあるじゃない。分け合うのが自然でしょ」


 ふたたび、俺は今猛烈に感動している。ユイ、お前、昨日と今日でずいぶん成長したんだな。あんなに冷たく当たってた真世さんにやさしい言葉をかけるなんて。


 やっぱ、人情も金次第なのかねぇ……。ギリギリでやってた頃の俺たちだったら、どんなに水晶がたくさんあっても、他人に分けてやることができたのかって思うと、正直自信はねえ。独り占めしてたかもしれないって思うと、ちょっと情けなくはあるけどな。


 ユイから水晶を受け取った真世さんは、俯いたままで顔を上げない。泣いてんのか? って、俺は思わずユイと真世さんを何度も交互に見た。そしたら運悪くユイと目が合っちゃってすげえ睨まれたから、つい逆の方に首を向けたら、今度は四條さんと目が合った。ってことはだよ、四條さんもふたりを見てたってことだよな? なんだよ! 俺だけじゃねえじゃん!


「これで、お母さんと真帆ちゃんを助けられそうですね」

「はい。俺んちのために、本当にありがとうございます」


 明日ここを出たらショップで換金して、すぐに母さんと真帆のいる現実に反映されれば、ギリで間に合うよな? 俺が死んでからまだ三週間。気持ちの整理もつかないうちに借金取りがうちに来て、母さんと真帆はびっくりしたよな。俺が借りた金だし、保証人だって立ててないのに、まさか全額返済する義務なんか家族にはないはずだけど、そんな理屈は奴らには通用しねえんだろうな。あんな暴力的な取り立てがまたあったら、警察に届けてくれればいいのに……。



 めぼしい水晶はだいたい採り終わった。それをギュレーシィがいた広場みてえになってるところの地面に広げて、まず色別に分けた。それから透明度の高いものをまた分けて、良さそうなクラスターを入るだけバッグに入れてから、昼飯を摂ることにした。


「おーい、ひのまる、雪風~! ごはんだよ~!」

「リンリーン!」


 俺とユイは、近くで走り回ってるパートナーたちを呼んだ。嬉しそうに戻ってきたひのまると雪風の頭を撫でて、俺はモンスターフードを紙皿に出した。

 ポコロンも真世さんのところに走って戻り、四條さんもマルゲとディアっちを出してあの日のバトルを思い出すみてえに、「古巣に帰ってきたか。もう未練はないけどな」って、またディアっちの台詞を勝手に言って満足そうに笑った。



 俺は昨日、前回ここに来た時のことを思い出してた。イシグラーとイワグラーに囲まれて、なかなか雪風に近づけなかったあの日。ひのまるもけっこう苦戦した、雪風とのバトルはいい経験だった。


 雪風が棲んでたあたりを通ったとき、イシグラーとイワグラーが俺たちに気づいて集まってきた。俺はまた攻撃されんじゃねえかってつい身構えたけど、あいつらの目的は雪風だった。突然出ていった雪風が、一週間ぶりに姿を見せたことに喜んでたようだ。あの、石と岩に見えるあいつらの目が、笑ってたんだよ。雪風の足元にまとわりつくみてえにコロコロ転がって、すげえ嬉しそうだったんだ。


『シャーグラスが帰ってきたと思っているようです! 女王不在では、モンスターというよりはただの石ころとさほど変わりませんからね!』


 ふふふっと笑いながらみゅうが言った。みゅうって、ちょっと性格悪りぃなって思う時がたびたびあるんだよな。


 きっとヨコハマだけじゃなくて、他の洞窟にもいっぱいいると思われるイシグラーたちは、主の指示でうごく駒みてえなもんなんだろうな。一匹一匹は、それほど強いわけじゃねえ。

 俺は雪風に、小さなあいつらにちゃんとお別れをする時間をあげようと思った。でも雪風は、繊い足元に寄ってくるあいつらには目もくれずに、まっすぐ前を見て歩いてた。俺をはさんでひのまると並んで、首を上げて最っ高に綺麗でかっこよく。


 雪風はもうここの女王じゃねえって、あいつらもわかったんだろうな。寂しそうに「イシーッ、イシーッ」って鳴きながら身体を寄せ合って、途中から追ってこなくなった。

 捨てられたなんて思うなよ、雪風だってお前たちを置いていくのは辛いんだぜ。でも、女王にはやることがあるんだ。お前たちも、雪風に恥ずかしくないようなモンスターになれよ! 

 ……って、どんなメロドラマだよっていうベタな妄想で頭をいっぱいにして、俺は歩きながらちょっと泣いたんだけど、これは誰にも内緒だ。



 昼飯の菓子パンを食べ終わったら、みゅうを使って家探しをしようと思ってたのに、アプリは使えるものの、ネットは圏外だった。

 ユイと四條さんがゴミをまとめてる時も、真世さんはまだおにぎりを食べてた。この前あんなに苦しい思いをしたくせに、トラウマになってなくてよかったよ。おにぎり好きなんだな。


『緊急ニュースです!』


「ひゃあっ!」


 突然みゅうが飛び出して叫んだから、緊急性を伝えるための不穏な音に驚いた真世さんは、おにぎりを持ったまま飛び上がった。俺はまた喉に詰まらせたらヤバい、と思ったけどとりあえず大丈夫そうで、まさかまた現実で母さんが? と思った俺たちは、みゅうの前に集まって覗きこんだ。

 そしたらみゅうのモニターに映ったヨコハマ洞窟の入り口が、人ひとりが通れるか通れないかくらいに細くなってんじゃねえかよ! 


「おい! 終了まであと4日あるはずだろ!」


 俺はみゅうを揺さぶって訊いた。みゅうはわざとらしく声を震わせて答えた。

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