第23話 回収屋のクソ
『緊急ニュース! 緊急ニュースです!』
アラームが鳴るより早く、みゅうがいきなり騒ぎだした。同時にけたたましく鳴り響く警告音は、生きてた時に何度も聞いた、スマホの「地震です」とそっくりで、俺はガバッと飛び起きた。よんちゃんはあの音が嫌いだったな……。
くっそ、心臓がバクバクしてる。
「なんなんだよ、みゅう。まだ起きる時間じゃねえじゃん」
寝袋の中で眠ってたひのまるも目を覚ました。俺の声を聞いて、すぐ横にいた雪風もキレイな眼を開く。
『アラームより若干早い時間ですが、緊急にお知らせするべき事案が起こりました。ライブでお届けします!』
黒バックに赤い文字で『緊急ニュース』って字が出てた画面がパッと変わった。いつもよりデカい声で喋るみゅうに、何ごとかとユイと四條さんも目を覚まして、モンスターたちと一緒に集まってきた。うげ。ディアボーラ出てんじゃん!
「ディアボーラにマルゲまで! ピザーズが揃うとすごいっすね」
やや引きつりながら俺が言うと、四條さんはまたもドヤ顔で応えた。
「ええ。青空の下で見る大型モンスターは、やはり美しいです」
俺の葬式の翌日にクソ親父が帰ってきたときと同様、画面の端には「LIVE」ってカラフルな文字が回ってて、緊張感を削いでる。
でも、縦に二分割された画面に映った母さんと真帆を見て、俺は背中がひぇーって冷たくなった。
真帆が自分の部屋にいて、ベッドと机の間の狭いすき間に小さくなって震えてる。
「なんだ、真帆! なにがあった?」
みゅうにかじりつくようにして叫んだけど、そうだ、その声が向こうに届くことはねえ。俺の慌てた様子を見たひのまるが、「にゅーん」と心配そうに啼く。雪風がそんなひのまるの頬を舐めてやってる。
母さんは、玄関のドアに無理矢理身体を押し込んだ男にペコぺコ頭を下げながら、「すみません、すみません」ってうわ言みてえに繰り返す。
『宮本さぁん、困りますよ。借りた物は返してくれないと』
今どきこんなヤツいんのかよ? っていうくらい、服装、髪型、顔つき、どれをとっても「反社の下っ端」って風貌の男が二人、あのやさしい母さんに詰め寄ってる。
『申し訳ありません。急に体調を崩して、何日かパートに出られない状態でした。来週までには、必ず十万円はお返しいたしますので』
『十万円て、奥さん、それじゃ利息にもならねえんだよ。だいたいあんた、パートなんかでいくらになるのさ? そんなんじゃ元金はいつまで経っても減らねえぞ』
母さんを脅すように言ったあと、金貸しは顔を見合わせて下品に笑った。
『申し訳ありません。これでも精一杯なんです。どうか、どうかもう少しだけ猶予をください。お願いします』
『いやね、宮本さん、俺は元金を返してくれないと、利息が膨れ上がるばかりですよ、って言ったんですよ! おばさん、ちゃんと聞こえてんのかよ』
男の声はだんだん大きくなってきた。弱いものをいたぶることで興奮してやがる。くそっ、俺が生きてたら母さんにこんな役目はさせてねえよ……。
『お願いします。静かにしてください』
『静かにって言われてもねぇ、困ってんのはこっちなんだよ。俺だって立場ないんですよ、ガキの使いじゃねえって、社長に灰皿で殴られでもしたら、あんた慰謝料払ってくれんのか? ああ?』
てめえらが上のヤツに怒鳴られんのなんて知ったこっちゃねえぞ。恥ずかしくねえのかよ! 女相手に凄んでみせて、図々しく他人の玄関に居座りやがって!
「なんだよこれ!」
思わずデカい声を出してた。思い当たることがないわけじゃねえ。これはきっと、俺のせいだ。生きてた頃、俺は自分の漫画を認めてもらうことしか頭になかった。で、あちこちの出版社に出掛けてったり、分不相応な画材なんかを買いまくったりした。カードローンが限度額になって、それの返済のために闇金まがいのところをいくつかつまんだ。元金は全部合わせても二十万程度だったはずだ。それが、十一だ日三だって利息があがって、総額はだるま式に増えて一千万近くにまで膨らんだ。でも、保証人なんて立ててねえし、もちろん家族の名前だって記入してねえのに、なんで自宅にまで回収に来るんだよ! 俺が死んだらそれでチャラのはずだろうが!
「あぁ……、もう反映されてるのね。水晶を採り損ねたから、現実の家族が困ってる。ヨコハマ洞窟に入る前、絵を描いてお金が入ってた時は、お母さんにボーナスが出てたでしょ」
ユイが淡々と言った。適当に信じてた「反転世界」だけど、これでマジなんだって認めざるをえないことになった。
こんな早朝から人んちの前で騒ぐなんざ、あいつらロクなもんじゃねえって一瞬思ったけど、一番ロクでもねえのは俺だ。俺は、死んじゃいけなかったんだ。それをここで後悔したって始まらねえから、とにかく金を稼ぐしか道はない。母さんと真帆を助けられるのは、俺だけなんだからよ。
『ところで宮本さん、娘さんいますよねぇ?』
ドアにもう少し身体をねじこんで、借金取りがニタニタしながら母さんに言った。母さんは一瞬うごきを止めて、それからすぐに目を見開いて、こいつが何を言ってんのか悟ったような表情をした。
『ええ、おりますけど……』
母さんはそれだけ言うと唇を噛んで男から目を逸らした。けどそいつは俯いた母さんを下から見上げて、不気味に笑いながら顔を近づけた。
『娘さんに稼いでもらうって手もあるんですよ。奥さんのパートなんかより、ずっといい稼ぎになると思いますよ』
母さんには、男が何を言ってるのか察しがついてるようだ。真帆に、……つまり、ヤバいことをやらせろって言ってるわけだ、こいつは。
『そんな! 娘はまだ中学生なんですよ!』
『だからこそ価値があるんじゃないですか。性交同意年齢は十三歳ですよ。娘さんが同意すれば、いくらでもそれで借金を返せるわけです。ま、きっと親孝行な娘さんなんでしょうし、お母さんがこんなイヤな思いをしてると知ったら、きっとやってくれるんじゃないでしょうかねぇ』
「この野郎! 真帆にウリやれって言うのか! てめえ殺してやる!」
みゅうに向かって怒鳴った俺を、四條さんがそっと押さえてなだめてくれた。俺はその大きな手の温かさに泣きそうだったけど、母さんと真帆には、こんな風に安心させてくれる味方なんていやしねえ。俺が、俺が助けたいよ。クソッ!
「カズマ、ひのまるたちにそんな言葉を聞かせちゃいけないわ。モンスターを悲しませちゃダメよ」
ユイが静かに言った。ひのまると雪風を見たら、ふたりとも泣きそうな眼をして俺に顔を擦りつけてくれた。うん、ごめんな。情けねえパートナーだよな。
『すいませんけど』
低い男の声が奥から聞こえてきて、クソ親父がドスをきかせるように廊下を歩いてきた。玄関まで来ると、母さんを庇うようにずいっと前に出て、黙って奴らに五万円を差し出した。
『今日のところは、これで勘弁してくれませんか』
借金取りはそれをひったくると、わざとらしく舌を伸ばして指を舐めてからマンシュウを数えた。
『あんたなに? ダンナかよ? まあ利息の一部としてもらっとくけどな、来週にはきっちり利息分だけでも払わなけりゃ、本当に娘さらってくからな』
捨て台詞を吐いて、借金取りは出てった。
クソ親父にクソ借金取りに、ついでに死んだのもクソ息子。うちに出入りする男はロクなもんじゃねえな。って、自虐だかなんだか、もう俺にもわかんねえ。
「カズマくん、なんとかしましょう。来週までに必死に稼いで、大切な家族を助けましょう!」
「そうよ、バカズマ! あんたが落ち込んでてどうすんのよ。勝手に死んだあんたが悪いことなんて、もうみんなわかってるんだから、真帆ちゃんとお母さんを助けるわよ!」
ユイと四條さんが励ましてくれるが、絵を描いてるだけじゃ、来週までにある程度のまとまった金を作れるとも思えねえ。
『緊急ニュースは以上です! 今日もよいいちn……』
バッグの中に戻ろうとしたみゅうを、俺は急いで掴んだ。
「おいみゅう! 手っ取り早く大金が稼げる方法を教えてくれ!」
俺ってなんてバカなんだろう。水晶が採れなかった時点で、こうなることは予想できたはずだ。それなのに俺は雪風を、四條さんはディアボーラをゲットした嬉しさに浮かれて、家族が困ることを失念してた。今からそれぞれの仕事に行ったって、ある程度まとまった金を常に持ってなけりゃ、またこんなことが現実に生きてる家族に起こるんだよな。
この異世界で生きる……死人が生きるって言われてもアレだけど、つまりここにいる者には平等に与えられてるタブレット。みゅうに訊けばなんでも教えてくれるんだよな? って、俺は文字通り藁にもすがる思いでみゅうにすがった。
『えぇっと……、ですね、またヨコハマ洞窟に入ればいいんじゃないでしょうかねぇ』
みゅうの言葉に、俺たち三人はきょとんとして顔を見合わせた。
「えっ! 『ヨコハマ洞窟編』って終わったんじゃかったの? ていうか、もう一回入って俺たちなにすんの?」
『いや、ですから、水晶は採取されても三日もすればまた生えてきますし……。まず水晶を入手して高値で売っ払い、それを元手に拠点を持つのがいいと思いますよ。タブレットの分際でナンですが』
「水晶って生えんのかよ! そんなカビかなんかみてえに言っちゃって。水晶って、水晶って鉱物なんじゃねえの?」
『いいんですよ、生えるんでも沸いて出るんでも、突然降ってくるんでも。異世界ですからね!』
あー、なんだかチート様様って感じだ。異世界さいこう! って思ったのは初めてじゃない気がするけど、これでなんとか助かった……かも。
みゅうってすげえな。みんなに配給されるただのタブレットっていうだけじゃなくて、ちゃんと持ち主のニーズや個性に合わせて進化してんじゃん!
「拠点か!」
『ええ、駅近だと家賃が高いですから、ちょっと歩いてもいいなら、いくらか抑えられます。そろそろ空き地で寝袋生活はやめた方がいいのでは……。ていうか、野営を続けてるのにはなにか理由があるんですかね?』
最後のひと言は、純粋な疑問ていうよりはイヤミに近かったと思う。みゅうの含み笑いが聴こえたような気がしたもん。
そうだ、やっぱ家、だよな。半月もホームレス状態で野宿だった俺たちってえらい! とも思うけど、なんでこれを続けてたのかって考えると不思議だし無意味だ。
どこに行って部屋を借りればいいのかは、ユイが知ってるだろう。「反転」つっても、現実世界よりいろんな店舗や施設はすごく少ない。
「えーと、つまり二日後にまたヨコハマ洞窟に行けばいいわけね?」
ユイがまとめて訊くと、みゅうはぴょんぴょん飛んで喜んでマース! ってアピールした。
『はい! 二日後では生え始めなので、大きく育った五日後くらいがちょうどいいかと!』
「また機会があったら」じゃねえな。もうその機会がきたよ。ヨコハマ洞窟編、まだまだ終わらねえぞ!




