第21話 大きいモンスター・小さいモンスター
あー、あの先を右に曲がって、あとちょっと行けば俺んちなんだよな……。いや、女々しいこと思ってないでさっさと寝よう。明日からまた路上の絵描きだ。
ユイと四條さんも、寝袋の準備は整ったな。つーかさ、俺らいつまで寒空の下、この空き地で寝泊まりすんの?
一応、日銭を稼ぐことはできる。そろそろ拠点になるようなアパートかなんか、借りてもいいんじゃねえかな。ユイに言ってみるか……。いや、明日にしよう。寝ようとしてる時に話しはじめたりしたら、また怒られそうだ。
「ひのまる、シャーグラス、おいで。もう寝るよ」
リンリンと遊んでるひのまるとシャーグラスに声をかけて、ファスナーを広げた寝袋に入ろうとしたら、また四條さんが体育座りで黄昏れてんじゃん……。今度はなんだよ! って、気づかないフリして寝ちゃおうかと思ったけど、早く声をかけられたいのか、ブツブツ言ってた独り言の声がでかくなった。
「なぜだ。カズマくんにはシャーグラスという新しいパートナーが出来、いつもモンスターと触れあっていられるのに、俺はなぜ出会いに恵まれないんだ。生きていた時もそうだった。理由はわかっている。俺には自分がないからだ。だから死んでもなお生まれ変わろう、心を解放して別の人生を生きよう、と気持ちを切り替えたばかりなのに。ああ、もうなんて言えばいいのか……」
「うるさいなぁ! 四條さん、明日もシフト入ってるんでしょ? さっさと寝てくださいよ」
ユイが面倒くさそうに怒る。キンキンした声で、ややトゲのあることを言うのはいつものことだけど、若干嫉妬が入ってるように感じんのは俺だけか?
俺の両側にはひのまるとシャーグラスがそれぞれ寄り添って、早く寝ようって可愛さ全開だってのに、ユイがイライラし出す前に四條さんの相手もしなきゃならねえなんて、なんの因果だよ。
「ユイ、四條さんをいじめんなって。……あれ? そういえばハッピーは?」
「ああ、あの子は、外に出るのが苦手だから……」
俺から目を逸らして、俯きながら言うユイ。えぇっ! もしかして俺、地雷踏んだ? ユイまで四條さんみてえに暗くなったらどうしよう? いや、そうじゃなくて、さっきのハッピーの目、ユイを見上げるあいつの眼差しが気になってたんだよ。
「ハッピーとは、いつ出会ったんだ?」
「半年くらい前……かな」
半年。ここでの時間の経ち方は、俺がいた現実と同じらしい。「反転世界」っていうくらいだから、色んなことがほとんど同じだと思って間違いねえだろな。半年前か。俺は、借金がかなり膨れ上がってたのに、それを怖いとも感じないまま、毎日気が狂ったように漫画ばっか描いてた頃だ。
俺がまだこの異世界に存在する前のユイ……か。これだけ一緒に過ごしたって、まだユイのことなんにも知らねえんだよな、俺は。四條さんのこともだけど。
「……あの子のハッピーっていう名前は、あたしがつけたの。元の飼い主からは、『バカ犬』としか呼んでもらえなかった。ヘルムートが孵るはずだったのに、悪質なブリーダーに騙されてパグッグが生まれたんだもの。最近そういう事件が増えてるらしいからね」
「ユ、ユイ……」
ユイらしくねえ、弱々しい感じの言い方に、俺はちょっとビビった。イヤなことを思い出させたら可哀想だと思ったんだ。
「なによ。気になるんでしょ、なんであたしがあの子を持ってるか」
うん、ハッピーがっていうより、俺はユイについてを知りたいんだ。俺や四條さんとは違って、ユイは自殺してここにいるわけじゃないって言ってた。だったらユイは、この異世界で今まで何してたのか……。色んなことを知りたいから、俺は素直に頷いてユイの言葉を待った。ユイはハッピーが入ってる手のひらを、指先でそっと撫でながら続けた。
「飼い主に虐待されてたの、ハッピー。その家から逃げて、あたしの店に来たの。パグッグは元から引っ込み思案な種なんだけど、あの時はひどい怯えようで、本当にかわいそうで……。怪我の手当てをしてたらほっとけなくなって、引き取ることにした。外見はよくないかもしれないけど、あの子は幸せになるために生まれてきたのよ。だからハッピー」
きっとユイは、ハッピーにそうやって語りかけたんだろな。いつかあいつの心の傷が癒えて、リンリンと笑いあえる日が来るといいなって、願わずにはいられねえよ。……えっと、なんか重要なワードが通り抜けてったような?
「あたしの店……って?」
俺、ひのまる、シャーグラスって、顔にはてなマークを貼りつけながら順番に首を傾げた。もしかしてユイ、カフェかなんかのオーナー? JKじゃなかったのかよ!
「ああ……」
バツが悪そうな顔をしたユイは、何秒か黙ってから諦めたように説明を始めた。
「経営者なわけないでしょ。知り合いが動物病院の院長で、そこに併設されてるサロンでトリミングのバイトしてるのよ。もちろんトリマーの資格を持ってるわけじゃないけどね。シャンプーやカットのアシスタントみたいなことや、器具の洗浄とかグッズの販売、そんなバイトよ。その病院は、犬猫や小動物のほかに、モンスターを診ることもできるから、選ばれてるんだと思う」
「モンスターの治療って、基本的には属性専用の傷薬なんじゃねえの?」
動物病院にかかるモンスターって、どんなのだよ? って想像できねえ。診察台に載ったギュレーシィなんて。
「そうだけど! それでもちゃんと治療できる獣医師がいるなら、その方が早く治るし、全身の健康チェックもできるじゃない。地元でモンスターの治療を開始したのはうちが初めてなのよ。最近は、可愛くてキレイなモンスターをペットにしたがる人が増えてきたから、モンスタードクターの需要が追い付かないの。トリミングに来る飼い主もいるしね。だからって、モンスターの知識もないのにモンスタードクターの看板だしてる、インチキな獣医もいっぱいいるのよ。そいつらは、みんなお金目当てだし」
つまり、ユイは毎日のようにペットサロンのバイトに通ってたってわけか。それだったら、どうして隠す必要があったんだ? それって俺と四條さんに知られたくないことか? まあ、ユイのことだから俺たちに知られるのはビミョーだったのかもな。
悔しいとか隠しごとされてるとか、そういうことじゃなくて、俺はなんていうか、ユイには決して触れられない部分があるような気がして、闇みてえなものを感じた。でも、ユイは間違いなくモンスターにはやさしいヤツだ。それだけはわかってる。
「ハッピー、お前には仲間ができたんだぜ。待ってるからな」
ユイの手に向かって声をかける。ハッピーがトラウマを抱えてることはかわいそうだし、虐待は許せない行為だ。でも、俺がハッピーの外見に慣れるのにはちょっと時間がかかりそうで、ひのまるたちと同じように、可愛いと思って接するって自信もない。だから、時間をかけて徐々に受け入れたいし、時間をかけたいのはハッピーだって同じなんじゃねえかって思った。
長く感じたヨコハマ洞窟の冒険は、終わっ……てない。そもそもの目的は、洞窟の奥にある水晶を採掘し、それを高額で売ってガッポリ儲けるってことだったのに、何者かに先を越されてゼロ水晶。一個も持ち出すことなんかできなかった。
食料、寝袋、モンスター用アイテムなどなど、準備資金はけっこうな額になった。洞窟に入っただけで水晶をゲットしたような気になってた俺は、目的を達成することなく楽しいバトルを味わっちゃって、それでキャッキャしながら来た道を戻ってきたけど、外に出た途端太陽に目をやられて、急に現実を思い出して虚しさに襲われた。
いや、そもそもさ、「もしも水晶がなかったら?」っつう可能性を微塵も考えなかった俺たちって、能天気すぎじゃね? だって俺たちと同じことを考える奴らは、他にもいるに決まってるじゃん。洞窟に入って「守り神」っていわれてたギュレーシィを倒して、本来ならギュレーシィに勝ったご褒美として、少し分けてもらえるだけの水晶をだよ、ごっそり、根こそぎ持ってっちゃう悪いヤツがいるかもしれねえって、なんで一人もその可能性に気づかなかったんだろ?
ま、そういう教訓は次回に活かすとして、この愚痴は誰にも言わずにおこう。同じことを繰り返さない。そんで、次はもっと計画的にいくんだ。
明日は、四條さんは昼からシフトが入ってて、ユイも午前中からペットサロンへ行くだろう。俺は、また山下公園か港の見える丘公園にでも行って、似顔絵やリクエスト通りの絵を描いて、そんで報酬をもらう、だな。
でも、この異世界に来てから、俺は少し変わったと思う。なんか、そんな気がする。
もう二度と漫画なんか描くか! ってペンを投げ捨てたこともあったけど、俺はいま、また絵を描ける毎日と巡り合ったことに、ものすげえ喜びを感じてる。なんていうか、魂が浄化されたみてえだ。そう考えると俺は……本当に死んだんだなって実感する。いくら願ったとしても、もう俺が生きてた「あの世界」には戻れないし、家族に会うことも出来ない。この前突然モニターに映ったクソ親父に、なんか言ってやることもできねえ。ただここから時々モニターで見て、母さんや真帆の様子を眺めるだけだ。……たくさん稼いだら、こっちからでも金が送れたらいいのにな。
また絵を描いて稼いで、みんなの食事代に困らねえくらい、俺が頑張らなきゃ、な。
「……あのさ、名前を決めたんたけど、気に入ってくるれるかな」
ああ、やっぱシャーグラスに話しかけんのは緊張する。俺はまたしても心の中で「失礼します」って小物感丸出しで言ってから、シャーグラスの肩に触れた。
「雪風。あらためてよろしく」
俺が差し出した手に、雪風は顔をこすりつけてくれた。それから俺をまっすぐに見て、甘えるように「にゅーん!」と啼いた。半分ファスナーが開いた寝袋の上で、ひのまるも嬉しそうに啼く。
「なにカズマ、艦これすきなの?」
「好きじゃねえわ!」
そこにいないような扱いをされてる四條さんが、俺たちに聞こえるようにデカい溜め息をついた。
またこの人、面倒くせぇー。俺はユイと顔を見合わせてうんざりした表情でちょっと笑って、四條さんをはさんだ両側についてやった。
「ああ、なぜ俺はまた……」
「いいじゃないですか、もう! だったら俺にギュレーシィくださいよ!」
あの時、ギュレーシィはたしかに困惑してた。いっぺんに三人分の手のひらを向けられて、どれかを選ばなきゃならねえんだから当然だけど、やっぱ最後に戦ったマルゲがバトルの相手として優れてたからか、結局は四條さんの手の中に入ってった。ギュレーシィに選ばれた! って、その瞬間の四條さんのドヤ顔は、思い出しただけでもキルなんだけど、まあ、なんだ……。いいことばっかじゃねえわな。って感じで。
『ぃやった! カズマくん、ユイちゃん、やりましたよ!』
両手を握って喜びを表してたこのヒト、一瞬後にだいじなことに気づいたのか、拳を握ったままで固まってた。
『あ……、ということは……俺はまた……』
そこで膝から崩れて、「連れ歩けな……い……」って、耳を近づけないと聴こえないほどの声でギュレーシィのデカさを嘆きだした。
俺とユイは顔を見合せて苦笑するしかなかったけど、そんな四條さんを見るのにもいい加減慣れてきた。
で、今日は一日中こんな感じでグズグズウジウジしてるわけだが、ユイはいつものように四條さんの面倒を俺に丸投げ。
「次は小さいモンスターをゲットしましょうよ。ね、明日のバイトが終わったらモンスター図鑑でも見て、そいつの棲息地に向かったっていいし!」
「他府県の場合は交通費もバカになんないわよー。だから、洞窟や湖の方から来てくれるとありがたいのよね」
勝手にそれだけ言うと、ユイは寝袋の内側からファスナーをジャッと締めて、もう話しかけるなっていうオーラを出した。俺だってもう寝たいんだよ!
「ギュレーシィって、種の名前でも充分かっこいいですけど、名前はつけるんですか?」
俺が振ったら、四條さんはピタッと泣き止んで、ぱっと表情を変えた。
「ええ。ディアボーラにします」
マルゲリータの次はディアボーラね。ディアっちだな。
「四條さん、ピザ好きなんですか?」
「はい」
だからマルゲリータに続いてディアボーラ? ……じゃ、次はクアトロフォルマッジか?
「明日はピザにしましょうか」
「さんせーい!」
隠れてた口元から、顎の下までファスナーを下げて、ユイが突然参加した。色々あったけど、俺と四條さんは新しいパートナーもできたし、結果は上々じゃねえか? ヨコハマ洞窟、また機会があったら会おうぜ!




