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第20話 ギュレーシィのゆくえ

 ゆったりとした足取りでギュレーシィの前に進んだ四條さんとマルゲ。マルゲは体長6メートル÷2だから、四條さんよりもずっと身長が高いけど、その後ろ姿はドレスアップしてるみてえに綺麗で、÷2の後半、尻尾の部分は長いドレスの裾を引きずってるようだ。俺はきっとこれで決着がつく! って直感した。


 膝のあたりに気配を感じて下を見たら、シャーグラスがなんか言いたそうな顔で俺を見上げてた。


「えっ? シャーグラス、お前行きたかった?」


 やべ。マルゲの前に、大きさの順番だったらシャーグラスだったよな。って思ったら、シャーグラスはちょっと寂しそうな目で首を横に振った。


「そうか、戦いたくないんだな。ギュレーシィとは、まあ友だちじゃねえだろうけど、同じ洞窟に暮らしてた者同士としては、やりたくはねぇよな」


 ……いや、それともいまだにシャーグラスとしか呼べなくて、個体の名前を決められない俺に苛立ってんのか? 自分の名前も決まってないのに、種の名前で技の指示なんか出されたって、アホらしくてやってられねえわな。

 お前の名前、早く決めてやりてえけど、こんなに綺麗なモンスターの名前なんて俺に決められる気がしねえのよ。ごめんな。もうちょっと待っててくれ。ここを出て、空の下でよく考えて決めてやるからな。


「あなたと戦えて光栄です、ギュレーシィ。私は四條幸成。相棒はプルクラスのマルゲリータです」


 マルゲの種の名前、初めて聞いた! プルクラスっていうんだ。へぇ……。四條さん、まるで歩くモンスター図鑑だな。昨日からモンスター図鑑を熟読して知識を深めてたもんな。それってやっぱ、モンスター、つうかマルゲへの愛のなせる業か。

 うん、自分のパートナーのことは真っ先に知りたいって思うのが普通なのに、俺は、お勉強よりもモンスター自身との愛をはぐくむタイプ? ひのまるを抱っこして、シャーグラスを撫でて……っていうのをずっとやっていたい。でも、知識としてパートナーのことを知るのもぜったい重要だ。ひのまるたちはペットじゃなくて、戦うパートナーなんだから。いざという時には、色んなことを知ってた方がいいに決まってる。


「すでに弱った相手と戦わなければならないなんて、損な役回りだわ」

「このくらいのハンデは問題ない。バッチバチにやりあおうぜ」

「あら、HPがすでに減ってるっていうアピール? 情けないわね、ごついナリしてるくせに」

「いや、俺にこの程度のダメージがなけりゃ、あんた一瞬後にはぶっ倒れてるぜ、お嬢さん」


 なかなか戻って来ねえなぁ、と思ってたら、俺に背中向けてる四條さんがなんか一人で喋ってた! なに? どうしちゃったのよ! 


「あぁ、いえ……。ちょっとマルゲリータとギュレーシィの気持ちになってアフレコしてみました」

「……え? えっ? えええぇぇぇぇっ~!」


 四條さんて、真面目だからこそなんでも一所懸命にやるんだろな。いや、自分がイケボだって意識し始めてから、色んな台詞を喋るのが楽しくなったのかもしれねえ。俺は四條さんの声がほんとに好きだし、カッコいいと思ってるから、まあちょっと得した気分っつうか、もっと聞きたいとも思う。


 そういえば、四條さんのバトルを見るのは、初めて会ったあの日以来だ。

 ひのまる、リンリン、ハッピーと、こっちはすでに三匹も倒されてる。でも確実にギュレーシィを弱らせてるはずだ。マルゲが圧勝するよう、みんなで応援しようぜ。

 あぁ、俺の心臓がバクバクしてきたよ。マルゲ、頑張れよ! 


「マルゲリータ! プラネタリウム!」


 おぉー、一発目からいい技名だねぇ。マルゲとギュレーシィは向き合うとちょぅど同じくらいの高さで大迫力だ。ひのまるやハッピーと違って、マルゲの攻撃ならギュレーシィの顔や肩にも確実に届く。


 プラネタリウムは、やっぱ補助系だった。洞窟の上の方が、星空のカーテンを引いたような群青色になると、マルゲの身体がその背景になじんで見えにくくなった。でも、身体の小さいモンスターならまだしも、マルゲの大きさじゃ隠れるスペースはない。それをわかってんのか、ギュレーシィは顔を左右に動かしながら、何発もドラゴンビームを放った。避けきれないマルゲがそれをくらって、苦しそうに呻いた。


 ったく、何やってんだよ四條さん。マルゲは言われた通りにやるっきゃねえんだからさ、もっと考えてやってよ! って、俺が他人の指示に文句垂れていいほどバトル慣れしてるわけでもねえのに、いい加減なこと言ったらまたユイに怒られそうだ。


 ギュレーシィは、マルゲの呻き声が聴こえてくる方を睨んだ。おいおい、居場所が敵にバレバレだっつの。そしてギュレーシィは、砕けた岩の破片が散らばってるあたりの地面にマルゲを叩きつけようと、デカい尻尾を振り上げた。


「マルゲ! 避けろ!」


 俺が思わず叫んだのと同時に、四條さんが指示を出す。


「レインボースクリュー!」


 おぉーう……。すっさまじい威力だね。マルゲの口から発射されたそれの水圧は強烈だった。ギュレーシィに命中させながらレインボースクリューを放出するマルゲは、自分の体が自分の技で押し戻されんのを踏ん張り切れないほどだ。効いてるよこれ! ギュレーシィは一度膝をついて怯んだような仕草を見せた。いまだろ、このまま押し切っちゃえ!


 握った拳は、汗でぐっしょり濡れてた。手汗、気持ち悪り。俺はジーンズのケツに両方の手のひらをこすりつけて汗を拭った。うーん、このバトルはヒリヒリすんなぁ。緊張感ぱねえぞ。


 ユイがハッピーを抱きかかえて、リンリンが休んでるところに戻ってきた。その顔はユイらしくなく穏やかで、それがなんか逆に異様な感じだ。


「さすが強いわね、ギュレーシィ。技の威力もそうだけど、心が強いわ。いくら自分より劣るとはいえ、連続で相手をするのは疲れると思うのに、もう四匹目よ。なのに、どの子とも楽しんで戦ってる。水晶を盗む目的の人間が使うモンスターを何匹返り討ちにしたって、バトルとしての満足感は得られない。いつか運命のパートナーと出会うのを待ち望んでいたのかも」


 ユイは微笑みながらマルゲとギュレーシィのバトルを見つめて言った。いつもはきつくてすぐ怒るし、気が強くてムカつくことも多いけど、ユイって本当にモンスターが好きなんだな。それがたとえ、自分の相棒じゃなくても、どんなヤツでもみんな愛おしいと思ってんのかもしれねえな。


 俺はなんだか、異世界初心者の俺が今日まで生き延びる……いや、死んでんだけどさ、存在することができたのは、きっとユイと出会ったからなんだと改めて思った。なんだかんだで毎日楽しいこともあって、現実で生きてた時よりずっと充実してるって思えんのは、我がままで口うるせぇユイのおかげかも、ってちょっと思った。


 でも、さっきのあれは聞き捨てならねえぞ。

 ギュレーシィと戦ったひのまるは、「劣って」なんかいねえ。俺が慣れてねえからだ。もう誰からもそんなとを言われねえように、ひのまるのためにも俺は強くなる!


 ギュレーシィが膝をついたのを見て、マルゲは尻尾を左右に大きく振って地面に転がってる小さい岩を巻き上げる。


「あら、大丈夫かしら? もうお疲れなんじゃない?」


 四條さんは、まだあれを続けてた。俺たちよりも数メートルバトルの場に近い位置に立って、ときどき実況的に二匹にセリフを当ててる。その後ろ姿は、マルゲの台詞の時は心なしか女性っぽく優雅で、ギュレーシィの時は身体をデカく見せるように肩を張ってって、役に入り切ってるっぽい。


「えっ? なんなのあれ、ヤダ、四條さんてこっち?」


 ユイは手の甲を顎から頬のあたりに当てて、四條さんがオネエなのかって俺に訊く。


「いや、違げーって。あれはな……」


 俺は、なんだか急に、ギュレーシィとのこのバトルがすげえ意味を持つものなんじゃねえかっていう気になった。根拠のない、ただの直感だけど、ギュレーシィがみんなの気持ちを結んでくれてるような気がして、マルゲもギュレーシィも、気の済むまで頑張れって、応援したい気持ちでちょっと泣きそう。


 星空のヴェールが少しずつ薄くなって、再びギュレーシィとマルゲが睨み合った。二人とも、いいライバルと出会って喜んでるように見える。

 マルゲのレインボースクリューがギュレーシィの肩をかすめた。ギュレーシィは背後に大きく抉られた穴を振り返って、不敵に笑った……ように見えた。


「あぶねぇな。お嬢ちゃんがそんなもん振り回してちゃ」


 くぅーっ! 四條さんのアフレコ絶好調じゃん! そうだよ、きっとギュレーシィはそう言ってるよ。

 だって翼を大きく広げて、マルゲが吹き飛ばす勢いで風を吹きつけて、飛び上がったぜ。ってことは、このあと出す技は……?


「あくまのつばさね。一時的に片方の翼を大きくしてそこに気を溜め、そこから超音波を出すの。モスキート音みたいにモンスター同士にしか聴こえない周波数だけど、かなり強力なはずよ」

「えっ、俺、めっちゃ耳痛てえんだけど!」


 ハウリングが渦巻いてる部屋に閉じ込められたみてえに、キーンって高温が俺の耳を襲ってるんですけど。これ、続いたらぜってー脳がヤバい。なんか、耳から血が噴き出しそう……。


 ギュレーシィ、頼む、もうやめてくれ……って願ってたら、徐々に耳がラクになってきた。やっと俺の耳が人間に近づいたのかもしれねえ。でも、まだ耳を押さえたままで、俺は夢中で二匹の戦いを見守った。

 どっちもがんばれ、負けるな。俺が叫んで、ユイも声援を送る。ひのまるが顔をあげて瞳をキラキラさせてる。こんな気持ちは、いつ以来だっけな。


「マルゲリータ、ミッドナイトプール!」


 超音波が止んだらしい。俺の耳はまだじんじん響いてるけど、一瞬無音になった。そのあとホラーゲームのBGMみてえな静かな水の音がして、ぞわーっとトリハダ立ててたら、全身に水をまとったマルゲが勇ましい顔でギュレーシィの間合いに飛び込んだ。


 水の女王って言葉がピッタリだ。マルゲは左右の胸ビレの間にできた黒くて丸い塊をギュレーシィにぶつける。それは硬質化した水……っていうのもヘンだけど、つまり当たったら超痛てえ水の塊で、ギュレーシィの顔面や胸や、色んな部位を直撃してはデカい音で破裂した。破裂したときの衝撃で、ギュレーシィはその都度身体をぐらつかせたが、当然踏ん張り続けた。ミッドナイトプールが破裂した二人の足元はプールのようにびちゃびちゃで、あたりは塩素臭で包まれる。


「いやコレ、マジでプールの水なんだ!」


 気のせいか、マルゲも一瞬ふらついたように見えた。


「これほどの大技だもん、マルゲリータも反動でかなりのダメージがあるはずよ」


 ユイが解説する。そっか、自分のHPを削ってでもギュレーシィにダメージを負わせたかったんだな。

 地響きかと思うような、ギュレーシィの呻き声。こりゃ相当ダメージがあるな。

 そしてギュレーシィの反撃。マルゲの頭の上にダークラヴィーネが現れた。


「四條さん! ダークラヴィーネだ!」

「マルゲリータ、アクアフィールド!」

「ダークラヴィーネのデブリは避けられない。マルゲリータのHPが残っていることに賭けてアクアフィールドを張るのね。さすが四條さん、技構成が大人だわ」


 俺たちが立ってる位置まで、薄くて綺麗な水面みてえなのが、音もなくひろがった。塩素臭のプール水が引いてって、マルゲは新たな水の上に立つ。凛とした美しさは変わらねえけど、俺の目から見てもダメージはかなり蓄積されてそうだ。


「アクアフィールドは、水属性のモンスターの専用技よ。残りのHPが少ないほど威力が増すの。きっと、あと一発で決まる」


 ギュレーシィが一歩下がって、マルゲとの距離を取る。何秒か目を閉じたあとにまぶたをあげたら、ギュレーシィの身体の周りに豹の形のオーラが現れた。

 息をすんのも忘れそうなほどの緊張感。どっちが先に動くのか、俺ははらはらして心臓が痛てえ。


 二匹がタイミングを合わせるように、同時に動いた。残像がゆらっと動いたように、俺には見えた。ダークラヴィーネから降り注ぐデブリの雨を受けつつ、レインボースクリューを繰り出すマルゲ。ギュレーシィはそれをくらいながらも、オーラを放ちながら翼を広げてマルゲの技を弾き返そうとする。


「あれ? あいつら、笑ってる……?」

「うん。ギュレーシィもマルゲリータも、楽しそう」


 アクアフィールドの効果もあって、レインボースクリューはギュレーシィに競り勝って大きな身体を弾き飛ばした。洞窟の壁面に激突して崩れ落ちるギュレーシィ。

 ギュレーシィ渾身のオーラを受けたマルゲも、無事で済むはずはねえ。頭をだらんと下げて、肩で大きく息をしてる。えっ? マルゲの肩ってどこ?


 ぱらっ、と壁が崩れる音がして、ギュレーシィが膝に手を着きながら立ち上がる。マルゲはもう戦えない。

 お前の勝ちだよ。さあ、どうする、ギュレーシィ。


「ギュレーシィ、あなたに外の世界を見せたい。陽の光を浴びて凛と咲き誇る草花や、空を飛ぶ野生のモンスター、天気のいい朝の匂い。あなたほど強いモンスターは、もうここにいるべきではない」


 四條さん! イケボで説得するって、なんかズルくないですか? ギュレーシィに手のひらを向けちゃって、これでもかってドヤ顔で叫ぶなんて、大人げねえよ。いや、俺だってギュレーシィは欲しいもん。


「俺と一緒に来い! ギュレーシィ!」

「あたしと一緒よ! ほら、ここに!」


 四條さん、俺、ユイって、三人並んでギュレーシィに手のひらを向けて叫んだ。なんか軽く子どもの親権争いのイメージで、弁護士がいたらいいのかな、なんて下らねえこと思っちゃったぜ。


 困ったような顔で立ち尽くすギュレーシィ。初のモテ期ってやつが突然きたら、そりゃ困るよな。

 さぁ! お前は誰を選ぶんだ!


 ああああっ、俺は息を呑んで待った! 次号を待て!

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