第19話 ピンクの変質者
「ユイ、おま……、犬を染めるなんて虐待じゃねえか!」
思わず「犬」って言っちまったほど、ユイの手のひらから現れたその、犬っていうか本当にモンスターなのかよ? ……とにかくそいつはブサイクな奴だった。
見た目はまるっきりイッヌなのに直立してて、全身がピンク地で、下半身には黄色いボーダーが入ってる。不細工なおっさんがピンクと黄色の全身タイツを穿いてるみてえで、まるで変質者だ。
毛皮っていえるほどの毛は生えてない。短くて細くてしょぼい尻尾。見た目はなんかツルツルで、でもごく短い毛はあるらしく、ユイが背中を撫でてやったらちょっと流れができてた。
顔はパグとブルドッグの中間くらいで、怒ってるのか機嫌が悪いのか、そのどっちとも取れる、とにかくブスっとした表情をしてる。いや、表情じゃねえか。それがこいつの地顔なんだよな。ひのまるの可愛さにくらべたら、気の毒になるような奴なんだけど、なんか憎めないっつうか愛嬌はある。
久しぶりに出してもらえたらしく、ユイに会えた嬉しさを全身で表してる。ぴょんぴょん跳ねて、短い腕を上げてユイに甘えようと必死だ。
「ハッピー、だいじょうぶよ。あたしがついてるからね」
ユイがそいつをぎゅっと抱きしめてなだめるように言う。甘えたいんじゃなくて、バトルに出るのがイヤなんだな。ギュレーシィの方へ身体を向けさせても、その足元だけ見てすでにビビッて、顔をあげることもできずに「キャンッ」と悲鳴をあげてユイのところへ逃げ帰ってきた。
でも、ユイはそれを受け入れてやらない。首を横に振ってハッピーを回れ右させると、腰のあたりをぽんぽんとやさしく叩いて戦えと目で言う。
ユイって、モンスターにもけっこう厳しいんだな。俺に対してだけじゃないんだ。なんかちょっと安心したっていうか、納得したっていうか。別に俺だけが特別にダメなヤツ扱いされてたわけじゃなかったと知って、ホッとしてる自分がいることが逆に腹立たしくもあるけどな。
ユイと出会ってから約半月。俺が初めて見たってことは、少なくともその間ハッピーは外に出る機会がなかったわけで、半月ぶりの再会がいきなりギュレーシィとのバトルってどうよ? って、ハッピーの気持ちを思うと残酷ではある。
そんなハッピーの情けねえ様子を見て、やる気満々のギュレーシィは待たされることに苛立ち始めてる。こりゃ、マルゲに行ってもらう方がいいんじゃねえか?
「パグッグ。属性は妖精ですね。強面な外見をしていますがとても臆病で、戦いは好まないようです。妖精属性のモンスターには、闇攻撃は一切通用しません。『かわいくて強い』と、この属性は女性に人気で、愛玩用としての需要も高いようです」
またしてもモンスター図鑑をよく読んでなかった俺は、四條さんが読み上げてくれたことでそれを知った。属性同士の相性については、俺だって何度かバトルの経験は積んだけど、まあかじった程度でしかない。水は炎に強い、炎は氷や植物に強いなど、現実世界の一般常識に置き換えられるものじゃなきゃ、わかんねえことばっかだ。
いま四條さんはハッピーのことを「強面な外見」て言ったけど、つうか怖いのは顔だけで、ピンクの全タイって充分ファニーだと思うけど。
「リンリンを戦闘不能にしたのは、闇技の『ダークラヴィーネ』ですね。敵の真上にブラックホールを出現させ、そこから大量のデブリを落とします。デブリとは宇宙ゴミのことで、地球の衛星軌道上を周回している人工物体です。つまり、ダークラヴィ―ネを使えるモンスターは、宇宙と繋がっている……のかもしれません」
四條さん、なんか含みのある言い方すんなぁ。俺も四條さんが持ったままのモンスター図鑑をぱらぱらめくってみた。
「宇宙を漂う人工物体って、じゃあさっきリンリンの上に落ちたのって岩じゃなかったんですね。重量はどれくらいなんでしょう? ていうか、死後の世界と宇宙……。ここは現実が反転した世界みたいですけど、俺らがいたのと同じ『地球』なんでしょうかね?」
漫画やゲームの中なら、それは後付けの設定でなんとでもなる。けど、異世界に転生しちまった当事者としては、そのあたりがはっきりしてないと、目標も立てにくい。
「カズマ、リンリンをお願い!」
前線にいるユイが俺を振り返って叫んだ。傷ついたリンリンを受け取ってよく見ると、翅が穴だらけのボロボロで文字通り虫の息っぽい。早く回復薬を飲ませなきゃ。
さあ、これでもう戦いの場にはギュレーシィとハッピーだけが立つことになった。ハッピーはまだユイをちらちら振り返りながら怯えてる。あんな様子見たら可哀想でしょうがねえじゃん! でも、ハッピーはユイのモンスターだ。信頼関係は出来てるはず。ユイの戦略と、妖精ならではの強さで圧倒できれば、ここで決着がつくかもしれねえ。
「いくわよ! ハッピー、シャイニームーン!」
ハッピーが両手で円を作ると、そこから三日月形の武器が生まれた。そのまま腕を前に突き出してそれを投げる。回転しながら飛んでったそれは、ギュレーシィの首をめがけていったらしいが、距離がありすぎて途中で失速した。
「ハッピー、もっと近づいて! 連続でシャイニームーン!」
震えながらも懸命に攻撃を続けるハッピーを見て、リンリンは安心したように目を閉じた。さあ、薬を飲もうな、ってひのまるの横に寝かせて、ユイのバッグから昆虫用の傷薬を取り出したのに、リンリンまでそれを拒む。
いや、お前たち、早く回復しないとダメージが蓄積されちまうぞ。って思うけど、ひのまるもリンリンも、チームとして痛みを分かち合いたいと思ってるのかもしれない。自分だけ先に回復することは、いま戦ってるハッピーに申し訳ないとでも思うんだろうか。それがひのまるたちの気持ちなら、俺はそれを尊重するけどな。
ハッピーはまだ戦闘モードになれないみてえだ。腕の中から生まれるシャイニームーンは、だんだん小さくなってきてる。何発打ったのか、ずっと見てたわけじゃないからわかんねえけど、ギュレーシィはそれをすでに見切ってる。ハッピーの前まで飛んでくると、強い翼でピンクの変質者を地面に打ち付けた。ハッピーはすぐに起き上がり、ぽーんと後ろに飛んでユイの指示を待つ。
「フラワーテール!」
アロマシャワーとは違ったいい匂いがあたりに漂ってきた。これもギュレーシィの動きを鈍らせる技か。ちょっと鈍獣っぽくなったギュレーシィの頭に、ハッピーが思いきりジャンプしながら、釘を打ち込んだバットみてえに凶悪化した尻尾を叩きつけた。
「グギャッ」
と短い悲鳴をあげたギュレーシィだが、ブサイクなピンク野郎からくらった攻撃が効いちゃったことがよっぽど悔しいのか、狼が遠吠えをするように顔をあげて、地響きがするようなデカい声で長く吠えまくる。
その間も、ハッピーは休みなく攻撃を続ける。シャイニームーンとフラワーテールを何度も発射して、それをギュレーシィに当てていった。
ひのまるとリンリンが、ギュレーシィの素早さと防御力を下げていたことが今にいきてる。
ふと隣で待機中のマルゲを見ると、顔を下げてて元気がなさそうだ。ひのまるとリンリンを心配してくれてるんだな。それに気づいた四條さんが頭を撫でてやると、マルゲは微笑んで前を向いた。
「ギュレーシィのHPはあと半分といったところでしょうか。だいぶ動きが読みやすくなり、ダメージも蓄積されてきてますね。このまま押し切れるといいんですが。問題は、ギュレーシィが使える技があと三種類も残されていることですね。何を繰り出してくるのやら。闇技ならハッピーには効かないのでラッキーなんですが……」
「もしハッピーで決着がつかなかったら、マルゲがダークラヴィーネをくらう可能性が高いですよね」
俺と四條さんは並んで立ったまま腕組みして、まるで格闘技ファンみてえな会話をしてた。
「ええ。ギュレーシィが覚えられる技は、五十種類以上あるんです。ダークラヴィーネ以外にも強力な技をいくつも持っているはずです」
「五十種類以上って……。それはかなりの強者ですね」
通ぶった話題が楽しくなりかけた時、ハッピーの悲痛な声が響いた。
「ギャァーン!」
ギュレーシィに捕まった。必死に短い手足をバタバタさせて逃れようとしてるけど、びくともしなかった。
「ハッピー!」
ユイがか叫ぶ。ギュレーシィは大きく口を開け、向き合う形で抱えたハッピーに至近距離からドラゴンビームを発射しようとしてる。大きな岩をも砕くドラゴンビームだぜ。直にくらっていいのかよ? ハッピーはこのまま抵抗もできねえのか?
「ハッピー、フェアリービーム!」
ハッピーが抵抗をやめて一度目を閉じた。そしてもう一度開かれたその瞳はなんだか焦点が合わないような感じで、狂気を孕んだようにも見えて不気味だ。ギュレーシィと同じように大きな口を開けて、ハッピーはビームの発射準備をする。
ドラゴンビームとフェアリービーム。どっちが強えか、真っ向勝負だ。
「いけっ! ハッピー!」
「負けんなよ、ハッピー!」
両者は顔面を付き合わせたまま、同時にビームを放った。あたりには轟音と閃光が押し寄せ、鈍い爆発音とともに洞窟全体が揺れて、俺たちのいるところまで岩の破片が飛んできた。もうもうと立ち込める砂埃と煙。その中に立ってるのが、どうかハッピーでありますようにって、俺たちはみんなで願う。
だが、ハッピーの決死のフェアリービームを浴びてもなお、ギュレーシィはどっしりと地面を踏みしめて、掴んだままだったハッピーをようやく放した。
ユイが駆け寄って抱き上げる。ハッピーは涙をこらえたユイの顔を満足そうに見上げた。ハッピー、ピンクの変質者なんて思ってごめんな! お前カッコよかったぞ。
「……ありがとう、ハッピー。いきなりでびっくりしたよね。ごめんね、ゆっくり休んでね」
ユイを見上げるハッピーの目は、何かを思い出したように俺には見えた。
ありがとな、ハッピー。ひのまるとリンリンの横で休んでろな。
「……では、満を持して真打登場ですね。マルゲリータ、行こうか」
執事喫茶ではあんな感じで客をエスコートしてんのかな、って想像できるほど、四條さんのその様子は絵になってた。ゴージャスで大人っぽいマルゲを戦いの場に連れていくとは思えないような、その動きはダンスフロアに向かうカップルみたいで見惚れちまいそうだった。




