第18話 次鋒、リンリン
ひのまる! って呼び止めようとする間もなく、ギュレーシィに炎を浴びせるひのまる。
あれが図鑑に載ってるようなシャーヴォルの技なのか、確認してみないとわかんねえけど、猛烈に突進しながら、ひのまるはどす黒く見えるほどごうごう燃えてる炎の槍を放った。それはひのまるの首の付け根、つまり顔の両側から発射されてるように見えた。
一発目はかわされた。クソッ、ギュレーシィってけっこうスピーディーに動くんだよな。とてもデカいモンスターの動きって感じじゃねえな。けど、二発目と三発目は脇腹をとらえたぜ。ギュレーシィの毛が焦げる匂いが天井の高いこのエリアに漂ってる。
ひのまるは、自分の体力っつうかHPがかなり削られてんのを自覚してるらしく、もう長くは戦えない自分の後に出てくる仲間のために、少しでもギュレーシィの体力を消耗させようと必死なんだ。
「ひのまる、がんばれ!」
「ひのまる!」
俺の本音としては、今すぐにでもひのまるを引っ込めてやりてえ。ひのまるがこれ以上怪我をして、運悪く致命傷を負ったりしたら……、傷薬を飲んで治るレベルじゃなく、それこそシャレになんないほどの大怪我をしたらと思って、不安で心臓がバクバクしてんだよ。
でもひのまるは、俺の一番のパートナーだ。ひのまるの意志を尊重してやりたい。俺が信じなくて誰がひのまるを信じるんだよ! って、ちょっと暑苦しいかなとはチラっと思うけど、あいつの雄姿をヒリヒリしながら見守るっきゃねえじゃん。
ユイと四條さんもひのまるを応援してる。ひのまるに俺たちの声は届いてる。
身体がデカいモンスターのくせして、ギュレーシィはほんとに小回りも利くし反応も早い。軽やかに飛び上がって移動するから、ひのまるの攻撃はことごとく微妙にズレる。
天井からいくつもぶら下がってる鍾乳石が障害物になるかもしれないけど、地面に転がってたデカい岩は、さっきのドラゴンビームでこまかく砕かれちまったから、ギュレーシィが飛ぼうと思えば充分な高さと広さはある。飛ばれたら、ひのまるは圧倒的に不利になるだろう。
水晶を採ってった奴らは、おそらくギュレーシィが追いかけてこないように、集中的に脚を狙ってダメージを負わせたんだと思う。そいつらじゃないけど、ギュレーシィの翼を封じるにはどうすればいいんだろ?
後ろを取ろうにも、すぐに身体を反転させて、ひのまるに攻撃すらさせてくれないギュレーシィ。
お前、マジで俺らに捕獲されたいって思ってんの? それともひのまるとのバトルが楽しくてしょうがないわけ?
ほんの十数分前、俺たちがここに着いた時の、ギュレーシィの無残な様子を思い出した。あんなに血が出て毛皮もボロボロになって、痛てえし惨めで屈辱的で悔しかったよな……。いったい、何体のモンスターを同時にけしかけたらあんな大怪我させられるんだよ。
いや、それか人間にやられたってこともあるかも知れねえよな。だとしたら、必ず見つけて懲らしめてやらなきゃならねえ。モンスターだって痛みを感じるし、感情もあるんだからよ。
ひのまるが赤とオレンジを捩じった炎を吐く。ギュレーシィ目がけて何度もなんども。でもその炎は、ギュレーシィの毛皮のほんの表面を焦がすだけの弱い攻撃だった。それでもひのまるは諦めない。自分よりずっとデカくて顔が怖いギュレーシィに、勇敢にも立ち向かってるんだぜ。
だけど、ひのまるの炎攻撃は徐々に威力を失くしていった。俺の目で見てもわかるほど、それは勢いも色もなにもかもが弱くなってきた。やっぱ、この「異世界」だって、現実のゲームと同じなのかよ? シャーヴォルは、ギュレーシィには勝てねえのかよ?
ギュレーシィが翼を広げて、俺たちに強い風を吹き付けてきた。ひのまるを応援してるつもり……らしい。敵にエールを送りながらも、全力でかかってこいって、そう言いてえんだな? よし、それに応えなけりゃお前を仲間に迎える資格なんかねえな。ひのまる、がんばれ!
俺が叫んだ直後だった。
「んぎゃあっ!」
「ひのまる!」
ふたたび突進してったひのまるの身体を、ギュレーシィの翼が張り倒した。キング〇ドラみてえに立派な翼で打たれたひのまるは、岩の壁に激突してしばらく動けなかった。
もしもひのまるが、こんなにボロボロになっても自力で立ったら、まだ余計なことはしないでいようと思ってたけど、俺は十秒経ってもそのまま動かないひのまるに駆け寄った。抱き上げたひのまるがあまりにも健気で痛々しくて、やわらかい毛皮に顔をうずめてちょっと泣いた。
「ひのまる、よくがんばったな」
わずかに顔を上げたひのまるが、サイレントニャーをしてくれた。口を開けて、声を出さずに啼く仕草だ。これは大好きな人にしかやらない猫の行動なんだぜ。
力を使い果たしたひのまるの身体は、ちょっと軽くなったような気がする。身体の奥から発熱して、表面は熱を奪われてひんやりしてるみたいな、とにかく全力で戦ったあとの、俺の大事なパートナー。
俺はひのまるを抱きかかえたまま後ろで応援してる仲間の元に戻る。その途中で、リンリンを肩に載せたユイとすれ違う。
「あとは任せて」
「ああ。頼んだぞ、リンリン」
ユイは俺の腕の中でぐったりしてるひのまるを見て、頬をぴりっと緊張させた。
仲間になることを前提とした戦いだとしても、今のギュレーシィは敵だ。そいつにやられたひのまると、これから戦うリンリンを想って複雑な気持ちなのかもな。誰だって自分のパートナーに痛い思いをさせたくはねえよ。
だけど、選手交代だ。俺とユイは空中で拳を突き合わせた。
ほとんどHPが減ってないだろうギュレーシィの前に、次鋒のリンリンが登場する。リンリンの大きさはカラスと同じくらいだろう。蝶だと思うからデカくて最初はキモかったけど、ギュレーシィの顔と同じくらいの大きさだった。翼と翅。この二体のバトルは空中戦になるのかもしれねえな。
岩と鍾乳石に囲まれたうす暗い洞窟の中で、リンリンもギュレーシィもそれぞれの羽をばさばさ動かしてにらみあう。
「リンリン、もう一度アロマシャワー!」
身体の小ささを活かして、リンリンは天井や壁から突き出してる岩の間を縫いながら飛ぶ。鍾乳石の陰になる位置からアロマシャワーと、リンリン自身の判断で鱗粉攻撃をかました。ギラギラするリンリンの鱗粉が目に入ったギュレーシィは、その痛みに呻き、方向感覚が狂ったのか、苦しそうに身体を捻ってる。
あぁ、それが目に入ると痛てえよな……、俺もなぜか経験あんだよ。まるでガラスの破片が入ったみてえに痛くて、軽く発狂しそうだったぜ。
ギュレーシィに同情しつつ、俺はひのまるをタオルの上に寝かせた。すぐに傷薬を飲ませて治そうとしたのに、ひのまるはこの戦いが終わるまでは回復しないでみんなを待ちたいらしくて、口を閉じたまま首を振る。おまえぇ! かっこいいじゃねえか!
まだリンリンの鱗粉が効いてるギュレーシィは、くぐもった声を出しながら、顔や四肢をバタバタ動かしてる。目をこすったらダメだからな! 眼球に傷がついたら自然には治らない。そこへ、リンリンがひらひら近づいてった。
「リンリン、むしめがね!」
おっ、初めて聞く技だ。「むしめがね」ってどんな技なんだか想像できねえけど、俺はリンリンの変化を見逃さないように凝視した。
そしたらユイの指示に応えようとするリンリンの眼が、いきなり何倍にもデカくなった。怖いくらいデカくて真っ黒に。元のリンリンとは全然違う顔になった相手を前に、ギュレーシィは楽しそうに首を傾げる。それは一瞬、呼吸が止まったようにも見えた。数秒間の不気味な無音状態に、俺は腕にトリハダが立ってゾクゾクした。
「むしめがねとは、攻撃の威力が倍になる技だそうです。アロマシャワーで相手の素早さを下げ、こちらの攻撃力を増加し、さらに……ピッ、ピカピカボイスを受けたことにより、ギュレーシィは防御力も落ちています。形勢逆転ですね」
四條さんが図鑑を片手に解説してくれた。大人っぽくてなめらかなイケボだと、なんだか美術館の解説みたいに聞こえるから不思議だ。リンリンがキメてくれたら嬉しい半面、四條さんの横で悠々と待機してるマルゲにも活躍させてやりてえとも思う。
「へぇ、ユイって補助系の技をよく使うんだな。俺は攻撃は最大の防御派で、その属性……ひのまるなら炎系の攻撃技でガンガンいけばなんとかなると思ってました。それじゃ甘いんですね」
ユイがそういう技構成をしてるのがなんか意外で、四條さんに向けて呟いてみた。
「属性の相性で言えば、炎は昆虫や植物に強く、水には弱いわけですが、水属性を相手に、炎技のみで戦っても歯が立ちません。そこに電気系の技を入れておくと、苦手な属性とでも十分に渡り合えます。もちろん、水技をなるべく受けないようにする必要はありますが」
おぉー、四條さんの説明はわかり易い。んじゃ、炎属性のひのまるが背中にソーラーパネルを付けといたら、水の攻撃を受けたときにはさらに炎のパワーがアップするってわけか……。いやいや、そんなカスタムはありえないけどな。
「なるほど、それで炎属性のひのまるにピカピカボイスなんですね!」
さっきは言いながら照れてた四條さんに、またピカピカボイスって言わせたかったけど、眼鏡のフレームを指で挟んで、俺から目を逸らそうと必死な感じが逆にめっちゃ可愛い。
「リンリン!」
ユイの悲鳴ではっとした俺たちがそっちを見たら、リンリンの真上に「突如現れた」ブラックホールから、ゴツゴツした岩の破片みてえなのが雪崩のように押し寄せてきてた。
それを見たリンリンが慌てて避けようとしたけど、その量はハンパじゃなかった。濁流のような岩の破片は、リンリンをさらって地面を這い、そのまま壁に激突した。
リンリンは意識を失ったのか、そのままずるずる落下する。地面に届く前にユイが受け止めて抱きしめたけど、かわいそうにリンリンの羽はあちこちに穴が開いて、ボロボロだった。そんなリンリンを見て目尻に涙を溜めたユイは、キッと振り返ってギュレーシィに向けて叫んだ。
「まだまだ、これからよ!」
ギュレーシィ、なにもリンリンみてえに華奢なモンスター相手にそんなえげつない攻撃しなくてもいいんじゃ……? それに「これからよ」って、ユイ、まだリンリンに戦わせるつもりかよ!
「リンリン、休んでてね。代わりにこの子にがんばってもらうから!」
ユイが不気味に笑いながら手のひらを掲げる。
「うえぇっ! ユイお前、もう一匹持ってたのかよ!」
「なによ、カズマが勝手にリンリンだけだって思ったんでしょ」
ユイの目はギラギラ燃えてた。上に向けた手のひらから、つぎのモンスターが徐々に姿をあらわす。出てきたのは、いま見たばっかのユイの笑顔みたいに不気味な印象で、俺はちょっと混乱しそう。
えっ、そのブッ、ブサイクなやつ、属性はなんなんですか……?




