第17話 可愛くて強い
ギュレーシィは、ひのまるたちとのバトルが待ちきれないようで、誰を先鋒にするかって俺が考えてる間も、早くしろって言いたそうに何度も吠えた。背中の翼を大きく広げて、前脚を顔の横で震わせてる。その咆哮は地の底から響くように重くて、それでいてやや高めの声は、もう楽しくて仕方ないってはしゃいでるみたいだ。ガキみてえだな、ギュレーシィ。
誰がいいのか、俺はまだ迷ってる。同じ洞窟で暮らしてた者同士、シャーグラスをぶつけんのもいいかな、と思ってもう一回ひのまるとリンリン、それからシャーグラスの顔を順番に見てたら、全身の毛を逆立たせてグイグイ来てるひのまると目が合った。俺が頷いて、ひのまるがドヤ顔で応える。
「よし! ひのまる、一番手だ!」
「んにゃっ!」
負けず嫌いなひのまる。自分よりもはるかに身体がデカくて、到底勝ち目なんかないって誰もが思うような、一見無謀な対戦かもしれねえけど、本人たちが楽しいならそれでいい。
ギュレーシィを前に、ひのまるは怯むことなく臨戦態勢をとった。
そんなひのまるの様子を見て、俺は生きてた頃に好きでハマってたゲームを思い出した。
それはモンスター同士を戦わせるゲームで、今のこの状況とちょっと……いや、かなり似てる。けど、ゲームはやっぱりゲームなんだよな。
モンスターたちの能力は全部数値化されてて、それが高いか低いかで勝負が決まる。当然っちゃ当然かもしれない。数が大きい方が優勢っていうのはどんな世界でも同じなんだろう。
どんどん攻撃して相手のHPを減らすか、それともあくまで守備に徹して、相手を苛立たせて逃げ切るか。戦略によって多少は勝敗にも影響はあるけど、それでも、この世界での「シャーヴォル」が「ギュレーシィ」に勝つのは不可能だ。
漫画にゲームにって、それなりに小学生男子らしい日々を送ってた俺だったけど、あるとき気づいちゃったんだよな。
俺の好きなモンスターが対戦で勝つことは絶対にないって。あん時、そのゲームに対する興味っていうか熱っていうか、のめり込むことに急に冷めちゃったんだ。
周りのみんなが対戦で使うのも、こぞってギュレーシィレベルの強いモンスターの、しかも高個体。小さくて可愛いモンスターは、ストーリーを進めるときの相棒としてしか活躍させてあげられなかった。すげえ悔しかった。
それがこの世界のモンスターったらどうよ? ひのまるは勝つつもりでギュレーシィの前に立ちはだかって、俺の指示を待ってくれてる。一対一では勝てるはずがねえって思いつつも、ひのまるの意志を尊重して、何よりも俺が信じてやることがいい結果に繋がるはずだ。
じりじりとギュレーシィとの距離を詰めに行ってるひのまるの背中を見つめながら、俺は大きく息を吸った。
「ひのまる、バーニングドロップ!」
まずは挨拶代わりのバーニングドロップをいっぱつ。ひのまるは高くジャンプして、ギュレーシィの胸のあたりを中心にバーニングドロップを放った。
ギュレーシィの毛皮が少し焦げるようなにおいが漂ったけど、焼けたのはほんの表面だけだな。ダメージを与えた感じはしない。
「カズマ、モンスターがバトルの時に使える技は五つまでだからね!」
「えっ? どういうこと?」
「バトルの最中に技の名前で指示されても、五つ以上は覚えられない種類の子がいるから、そういうルールができてんのよ」
ユ、ユイ~。なんでバトルが始まってからそういうこと言うんだよ! 最初に言えよな。俺は初心者なんだからよ。
「カズマくん、モンスター図鑑によると、モンスターは戦って経験値を貯め、それを積み重ねることによってレベルが上がっていくそうです。一定のレベルになると、その都度新しい技を使えるようになりますが、バトル中に使えるのはその中の五つです!」
あぁもうっ! 四條さんまで、なんで図鑑見ながら今言うんだよ! んで、五つまでったって、ジャンプするとか、かわすとか、そういうのは技って言わねえよな?
「さっき、俺が勝手に名前つけた技、バーニングドロップのほかに、ひのまるが憶えてる技ってどんなのがあるんだろ?」
戦うひのまるとギュレーシィから目を離さず、俺は横で観戦してるユイと四條さんに訊いた。
ギュレーシィも挨拶のつもりなのか、背中の翼をばっさばっさ羽ばたかせて強烈な風を起こす。ひのまるの首周りでふわふわ揺れる炎があおられて、ときどき根元からぱっと消えてはまた揺らめいて、を繰り返してる。
ちょっとコレ、ヤバめじゃねえ? だってこれが全部消えたらひのまるは死んじゃうんだろ? そうだよな、ユイ?
「大丈夫よ! 水属性のモンスターとのバトル以外では消えないから!
心配そうにユイの方を見たら、俺の言いたいことを察したユイが教えてくれた。そうか、それなら安心だ……っておい! ひのまる、大丈夫か!
「ひのまる!」
「にゃ!」
炎が消えたらサヨウナラ、っていう危険はなくなったけど、ひまのるはギュレーシィが起こす強風に飛ばされて、地面から大きく突き出した岩に背中を打ち付けた。
すぐに立ち上がったひのまる。息が乱れた様子もない。俺がもっと的確にサポート出来れば、ひのまるは充分に強いんだぜ。でもバトルとなると、技の名前を自分で決めたり図鑑で知ったりして、ひのまるに瞬時に理解してもらう必要があるんだよな。ユイと初めて会ったとき、リンリンを一撃必殺で倒したしたあの炎はなんだっけ?
「ユイ、リンリンにアロマシャワー頼んでくれ! ひのまる、ギュレーシィの肩に飛び乗ってブルーフレイム!」
出会ったばかりのひのまるが、俺に初めて見せてくれた技。青紫色の炎が神秘的で美しくて、あの瞬間、俺はひのまるに惹かれたんだったな。
「リンリン、アロマシャワー!」
ユイのそばで待機してたリンリンが、洞窟の天井近くまで飛び上がってギュレーシィにアロマシャワーを浴びせた。昨日のシャーグラスとのバトルの時、俺たちを取り囲んで立ちはだかったイシグラーの大群の動きが鈍くなったように、これでギュレーシィも少しは鈍くなるはずだ。
そこに畳みかけるように、ひのまるが首を大きく回してブルーフレイムを放つ。その青紫色の炎は、ギュレーシィの顔面めがけて飛び、そこを覆った。
炎に包まれて苦しいのか、ギュレーシィは呻き声をあげながら片膝を地面に着いた。そして首を大きく振り回すようにして、肩に載ってるひのまるを振り落としたが、これは無事に着地した。
水晶を根こそぎ持ってったファッキンな奴らから受けたダメージを回復させ、言うなれば俺たちが助けたギュレーシィ。それを、たぶん本人の希望とはいえ、また攻撃して苦痛を味わわせんのって、なーんか心が痛んでしょうがねえ気がするんだけど、ま、それも人間の勝手な思い込みなのかもな。だって、ギュレーシィは苦痛さえ楽しんでるように見えるもん。
実際のダメージはどうかっていうと、ひのまるから炎技を二回、リンリンのアロマシャワーで少しどん臭くなっただけじゃ、HPがわずかに削られた程度で、いまだにパワーは満タンだろうから、とにかく疲れさせてからが本番だ。けど、長期戦になったらなったで、そりゃひのまるたちだって体力は落ちる。
そして、ひのまるが使える技はあと三種類。で、ここへきて俺、重要なことに気づいた。
俺のひのまるのさ、レベルや憶えられる技の名前、それから得意なこととか、バトルするために必要なデータって、俺なんにも知らねえじゃん……。
今までひのまるが戦ってきた相手って、リンリンをはじめとして、ストリートで賞金稼ぐためにやってきたバトルの相手にしても、強いモンスターって全然いなかったんだよな。一番強かったのは、やっぱシャーグラスで、昨日はけっこう苦戦したと思ってた。でも、上には上がいるのも当たり前で、俺はお気楽にも、バトルを想定して考えることを怠ってた。
そんなこと考えてるうちに、ギュレーシィが立ち上がったぜ。デカい口を開けてドラゴンビームを発射しやがった。俊敏なひのまるはすぐに左に避けたけど、ビームが当たったところの岩は、その衝撃で派手に破壊された。爆発が起こって岩の破片があちこちに飛び散って、小さいのがひのまるの片目に当たった。くそっ、よけきれなかったか。
「ひのまる!」
思わず悲鳴をあげちまった。ユイと四條さんが引くくらい、俺は軽くパニックになった。
ひのまる、俺のひのまる、痛い思いさせてごめんな!
くっ……、ここで一旦引いて傷薬を飲ませるか? いや、ダメだ。バトルの途中に薬で快復なんてフェアじゃねえ。だってそうだろ? 薬で快復しちゃったら、まっさらな体力に戻っちゃうじゃん。相手のモンスターも同じことやってたら、永遠に終わらない、キリがないバトルになっちまわねえかと俺は思うんだよね、うん。
それに、負けず嫌いなひのまるがそんなこと望むわけはねえ。男同士のサシの勝負にチャチャ入れんなや、って嫌がるに決まってる。岩の破片が当たったまぶたが腫れて、血が滲んでたとしても。
あぁ、俺、判断力がねえ。決断が遅せえ。こんなことやってる間に、ひのまるが不利になったらどうしよう?
「ひのまる、ピカピカボイス!」
なにその技! そんなのひのまる持ってんの?
可愛い技の名前が恥ずかしいのか、叫んだ四條さんの語尾は消えそうに小さかった。イケボで技の指示、いいなぁ。
ピカピカボイスといわれたひのまるは、今までに聴いたことのない、電気をまとったような声……どう表現したらいいんだろう。電気で周囲を包まれた声とでも言うか、やや電子音的で、それでいて高くて澄んだ声を喉の奥から発した。そうだ、「聞こえるレーザー光線」っていえばいいかな。とにかくそんな声の攻撃でギュレーシィを襲った。そんでピカピカボイスを出したあと、さっき受けた攻撃のダメージがじわじわしてきたのか、つらそうに首を落として肩で息してる。
まだまだギュレーシィはダメージといえるほど弱ってはいない。先の読めないこのバトル、ひのまるの代わりに別のモンスターを出すか? と思ってるうちに、ひのまるがギュレーシィめがけて突進していった。




