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第16話 傷だらけのドラゴン

「ちょっと、どういうことよ、これぇ────っ!」


 俺がわめくより先に、ユイの怒号が洞窟の中に響き渡った。怒りを含んだその声は強烈で、声自体に殺傷能力があるんじゃねえかと思うほどだった。俺と四條さん、「ひゃっ」って思わず屈んで耳を庇っちゃったもん。


 だけど、ユイが激高すんのも無理はねえ。昨日からのイヤな予感が的中したんだからな。


 俺たちの目の前、数メートルの位置に倒れてるギュレーシィは、ここから見ても重傷だってわかるくらいぐったりして、ツヤツヤだったはずの毛皮は、ところどころごっそり毛が抜けて血が滲んでる。前脚の爪は割れたり折れたりしてて、かなりハードなバトルだったんだっていうことがわかる。


 いや、いくら水晶が欲しいからってさ、守り神代わりにいるギュレーシィをこんなに痛めつける必要ってあんのかよ? 

 恨みでもあるんじゃねえかっていうほど、それかサイコパスの仕業なのかっていうくらいの酷でえ状態。俺は水晶を根こそぎ奪われたことよりも、ギュレーシィの様子に胸が痛んでしょうがねえよ。


 これが漫画の世界だったらな、昨日焚き火をしていった奴らが、俺たちより先にここに辿り着いて、ギュレーシィという難関を突破し、お目当ての水晶をゲット! っていうお決まりの展開なんだろうな。

 主人公は出遅れただけじゃなく、様々なものを失った。準備に使った時間、五日分の食料、挙げ始めたらキリがねえわ。


 でも俺らがいまやってるのは、主人公たちに有利なRPGのシナリオじゃないから、こればっかりはしょうがねえと思うしか……。まあ、焚き火の後始末がちゃんとできてないのを見た時点でさ、まともな奴じゃねえだろうな、とは思ってたけど、まさかすべての水晶を持ち去り、ギュレーシィを瀕死にまで追い込むなんてな。はぁ……、脱力するよ。


 ユイはといえば、怒りがますます増幅してるって感じで、リンリンが心配になってオロオロするほど、顔を真っ赤にしてわめき散らしてる。


「この穴の数からして、相当の水晶を持ち帰ったようね。少なくとも二人、三人……それ以上? あたしたちより一日早く入った程度でしょ? ニアミスなんて信じらんない。もう、バカみたい! そうよ、バカズマがぐずぐずしてるからじゃない!」


 俺かよ! 俺もお前も四條さんも、チームとして同じ立場でやってんだろうがよ!


「悔しいのは俺も同じだよ、ユイ。俺に当たるのは間違ってるぞ」


 年下の女の子が相手だ。いきなり怒鳴られて俺だってムカッとしたけどな、怒鳴りかえさずにやさしく諭す俺。ちっとは成長した。いつもは口じゃユイには絶対に敵わなかったけど、初めて気持ちを言葉にしてやった。俺、言ったぜ……! ってちょっとスッキリした。

 でも、自分でもわかってるのに、間違ってると俺に指摘されたユイは、なおも興奮気味に詰め寄ってきた。


「新しいモンスターに遭遇するたびに時間くって、どんなに用意周到にしたって、結果がこれじゃ何の意味もないわ。あー、やだやだ。収穫物も持たずに来た道を戻るなんて」


 かちーん、ときた。


「ちょっと待てよ。それって、シャーグラスとのバトルのことを言ってんのか?」


 自分にまだ懐かないシャーグラスが気に入らねえのか、ユイが氷の女王を見下ろした。

 シャーグラスは、その大人げない様子を蔑むようにユイから目を逸らして、俺の脚の後ろに引っ込んだ。

 それをシャーグラスに拒絶されたって感じたのか、八つ当たりでわめき散らした恥ずかしさもプラスされて、ユイはぷるぷる震えてる。気が強くて意固地だからな、こいつは。今さら引っ込みがつかなくなってんのかも知れないよな。今はそっとしといた方がいいか……。

 俺はリンリンに声をかけてからユイのそばから離れて、四條さんと話すことにした。


「ギュレーシィって最強のドラゴンじゃないのかな」


 ユイに訊かなきゃ、この世界のほとんどのことは謎だ。四條さんだって、いつからここにいるのか知らねえが、全然詳しくない。だから改めてユイの大切さを思い知ったような気もするが、だからっていつもご機嫌取りすんのも違うじゃんか。


 俺と四條さんは、二人でギュレーシィのそばに屈んだ。うわ、やっぱこれ酷すぎるよな。なんだってお前がこんな目に遭わなきゃなんねえのよ。

 怪我の具合を確認しようとじっと覗きこんでたら、ずっと目を瞑ったままのギュレーシィがゆっくりまぶたをあげた。何重にも畳まれた白いまぶたをあげたら、右の赤い眼球と、左の青い眼球が弱々しい光を放ってる。オッドアイなのか……。

 俺とギュレーシィはしばらくそのまま目を合わせてた。


 立ったら三メートルくらいなんだろうな。倒れたままでギュレーシィの全身がどうなってんのかイマイチ把握しづらいけど、たぶんティラノみてえな体形なんだと思う。で、背中からは大きな翼が生えてる。全体的には白が多くて、ポイント的に黒い毛がビシッとツヤツヤしてて、すごく渋くてかっこいい。引き締まった筋肉質の手脚、でかい爪、毛は長め……だな。左腕には螺旋状に黒い毛が生えてて、すげえかっこいい。俺は絶好調のギュレーシィを想像して、またちょっと悲しくなった。


「カズマくん、見てください。集中的に脚を狙ったようですね。追ってくるのを避けるためだったのかもしれません。おそらく使った技は、炎、闇、電気。私も属性についてはあまり詳しくはありませんが……」


 四條さんもギュレーシィのそばに屈んで、怪我の状態を調べながら言う。


「あっ、こんな時こそモンスター図鑑の出番ですよね!」


 どうしても4980円の元を取りたいから、四條さんが持ってるモンスター図鑑を出してくれるように言った。属性一覧とその相性を示すページには、全十二種類の属性の解説と、モンスターの捕まえ方、お薦めの技構成なんかが紹介されてた。


「げ、痛そう……。これじゃしばらく満足に歩けねえだろうな。そういえば野生のモンスターは、どうやって回復するんだ?」


 ユイが会話に入ってきやすいように、わざと大きな声を出した。そうしたらユイはリンリンのいい香りに包まれながら歩いてきて、ギュレーシィの様子を見て言う。


「ヒトと同じように、休めば自然に回復はする。でも、半日程度の時間はかかる。すぐに治すには食べることが必要だけど、洞窟の中じゃピピスくらいしかいないんじゃない?」

「えっ? えっ? こいつら、モンスター同士、共食いすんの?」


 いきなりそんなこと言われたって、ちょっと想像できない。マジか!


「土や闇属性のモンスターは、捕食対象にはならない。カズマたちの生きてきた現実世界に当てはめてみて、身体=『肉』のある種に似た子たちは、カズマがいた自然界のルールと同じ、弱肉強食よ」


 てことはつまり、ギュレーシィは腹が減ったらピピスやピピスンを食ってたわけか……。と、俺はまたしても複雑な気持ちになった。壁面に留まってるピピスたちは、時間が止まったように動かない。


「いま、治してやるからな」


 気を取り直してギュレーシィの手当てをしよう。四條さんと向き合って、バッグから「ドラゴン」専用の傷薬を取りだした。俺がそれをギュレーシィの口元に持って行ったら、離れて見てたユイがいきなり怒鳴る。


「何してんのよ、カズマ! あぶないわよ!」


 噛まれると思ったのか、ユイが心配してまたわめいた。今日のユイは喚いてばかりだな。

 いくらダメージが大きく倒れてても、ギュレーシィは口を動かす体力は残ってた。大きく開いたギュレーシィの口の中には、鋭い歯がたくさん生えてる。そりゃ、これで噛まれちゃ人間なんてひとたまりもねえわ。


 洞窟の一番奥で水晶の番人をしてるこいつは、たびたび訪れるそれ目当ての人間たちに、ほとほと呆れてんのかもしれねえよな。人間に命令されて襲ってくるモンスターを返り討ちにして、だけど時々こんな重傷を負わされて、ただ生きるために(たぶん)美味くもない獲物を取ってたんだよな。


 俺は、もしも話し合いで水晶を分けてもらえるなら、ギュレーシィを傷つけなくても済むんじゃねえかって思ってた。……それってなんかシールズみてえだけどさ。けど、そんなうまい話があるはずないってわかってたから、ユイには言わなかったけど、バトルしたあとにはすぐに回復させてやりたいと思って、四條さんと一緒にホームセンターでこっそりドラゴン用の薬を買っといたんだ。


 おとなしく薬を飲んでくれたギュレーシィは、水晶の前に立ちはだかる恐ろしいモンスターなんかじゃなくて、やさしい顔した凛々しいドラゴンだった。


 薬のおかげでたちまち元気になったギュレーシィは、雄々しく立ち上がった。ばさって音を立てて背中の翼を羽ばたかせたら、巻き起こった強風で俺たちは飛ばされそうになった。「きゃあーっ」「うわーっ」なんて俺たちは、ジェットコースターに乗ってるみたいに歓声をあげて、ギュレーシィの復活を喜んだ。みんなで笑って、初めて会ったモンスターの元気を祝って感謝して、水晶はなくても満足だった。また別のところでなんか手に入れればいいよ……って。


 ギュレーシィが俺ら三人を順番に見て、それからひのまる、シャーグラス、リンリンたちと視線を合わせた。その表情に、俺は見覚えがあった。


「戦って、仲間にしろってことか……? お前を?」


 悠然と頷いたギュレーシィの姿がなんだか神々しくて、俺は鳥肌が立った。体力満タンのギュレーシィか。こっちは三匹、いや、ここは天井が高いから、また出て来てくれるか? マルゲ。四條さんは興奮して鼻の穴を広げながら、ドヤ顔で手のひらを上に向ける。出てきたマルゲは、場所の広さに驚いたような顔をして、それから優雅にヒレを振るった。やるか? ギュレーシィとバトル。なんか俺、わくわくしてきたぞ。


 ギュレーシィ、お前が仲間になってくれたらそりゃ嬉しいけど、俺らは水晶を狙ってきたんだぜ。それでもいいのか? 

 そして、シャーグラスに続いてギュレーシィまでいなくなったら、この「ヨコハマ洞窟」って観光地としての価値がゼロになるんじゃ? って心配なんだけど、大丈夫なのか? いや、いいよな? いっちゃえ! バトルスタートだ!

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