第12話 いたずら好きなモンスター
いや、待てよ。実は双子だったなんてオチかもしれねぇ。あらかじめここで合流する約束をしといて、俺と四條さんを怖がらせようと思ったんだろ? なっ、ユイ……。
や、頼むからそう言ってくれよ。「バカズマを騙すのなんてチョロイもんね」って笑ってくれよ、ユイ!
「ふふふっ」
高くて狂気じみた笑い声のあと、ズルッていう音。まだ遠くて暗いから、その足元までは見えない。けどあの音は、普通に歩いてる音じゃねえじゃん。なによ、あれ……。
「ふふふっ」
ズルッ、ズルッ。
四條さんはメガネのブリッジを何度も指で上げて、ピントを調節しようとしてる。
「ふふふっ」
ズルッ、ズルッ。
俺は恐怖で首を動かすことができなくて、視線だけをずらしてユイを見た。
「ユ、ユイ……一応きくけど、あれってお前の妹や姉ちゃんじゃ、ないよな?」
「あ、あぁぁぁぁ当たり前でしょ。あんな不気味な歩き方する姉妹なんかいないわよ……。そもそもあたしは一人っ子だし」
ユイの声も震えてて、横顔は引きつってる。
じゃ、じゃあ、あれは一体誰なのさ?
そいつはズルズルと音をさせながら、どんどん近づいて来る。あと十メートルって距離まできて、俺はその姿をはっきりと見た。絶叫しそうだった。だってよ! 同じ顔に同じ格好、声まで同じユイのコピーなんだもん。
そいつは、大きく口をあけたまま声を出すことも出来ない俺の横をすり抜けて、本物のユイの正面からその両手を握り、フォークダンスでもするみてえにくるくる踊り出した。
「おっ、おい、ユイ! 大丈夫か!」
「オロオロしてないでさっさと助けなさいよ!」
んなこと言われたって、どうすりゃいいんだよ……。とりあえず、手を取り合って回ってるユイ&ユイのパチモンの間に素早く割り込んだ。
こうして交互に見てると、どっちがどっちなのかマジわかんなくて、気が狂いそうだよ。どうする? どっちが本物のユイだ? そんでこいつの目的はなに? 俺たちに危害を加えることはあんの? 俺はどうしたらいいんだよ!
「えー、と。それはおそらくゲレーヴですね。『イタズラ好きの少年の幽霊。夜中に物音を立てて人を怖がらせたり、人に化けて驚かせたりする』。図鑑にはこう記されています。実際のゲレーヴは、体長約百五十センチ。体重六キロ。チャコールグレーのボディに鮮やかなパープルのラインが入っている、けっこう美しいモンスターです。あぁ、とても頭がいいそうで、人間の言語もかなり理解できるようですよ」
……は? こいつがゲレーヴ? そうか、俺はさっきこの洞窟に出現するモンスターのページをちゃんと見てなかった。ちゃんと頭に入ってれば、闇属性のゲレーヴが人に化けるってすぐにピンと来たのに。いやぁ、やっぱ予習って大事だわ。
「まずはユイを放そうな?」
両手を掴まれてずっとくるくるしてたユイは目が回ったらしく、ゲレーヴの手から離れてもフラフラしててまっすぐに立っていられないが、ふたりはその場に並んだ。
「わぁ、見事なコピーですね」
四條さんが感嘆の声をあげる。改めて異世界のモンスターってすげえな、と思う。
そういうわけで、本物のユイは目を回してフラフラしてて、ゲレーヴのユイは、手を後ろで組んでにこにこしながら、俺をじっと見つめてる。
もう、どっちが本物のユイなのか、って、俺たちを困らせるつもりはないようだ。俺は本物のユイに手招きしたが、まだ目が回ってて足元がおぼつかない。だから俺はちょっとためらいながらも、ユイの腕をとって引き寄せて、四條さんに預けた。
「おっ、お前、ゲレーヴか?」
ゲレーヴのユイと向き合って訊いてみた。けどゲレーヴは、ユイの顔で微笑んだまま首を傾げるだけだ。
いや、そりゃそうだよな。「はい、私はゲレーヴです」なんて答えるワケねえよ。
よくあるゲームやファンタジー世界に登場する、人間以外の生き物たち。モンスターや異形や、人外なんて呼ばれてる奴らが、ヒトの言葉を話して、誰かが決めた「種の名前」を認識してるなんて、それこそチートだもん。
俺が今いるこの世界は、みゅうをうまく活用すればそれなりに暮らしていけるってわかったけど、自分が生きる……? ための金は、自分で稼ぐしかねぇらしいし。
俺と四條さんはたまたま特技があって、それを使って収入を得られてるけど、たとえばさっきの遭難した彼女みたいな人は、これからどうなるんだ? ジサツして転生してきた他の人たちは、どうやってこの、二度と死ねない世界で過ごしていくんだろう。
それにはやっぱり、仲間の存在って大きいと思うよ、なぁ。
「ユイ、もう話せるか?」
振り返ってユイを見ると、まだ四條さんに後ろから肩を支えられてはいるが、だいぶ落ち着いたようだ。
俺の方に手のひらを向けながら、片手を胸に当てて呼吸を整えてから顔を上げた。
「ゲレーヴは人に化けるのよ。間違いない、ゲレーヴのいたずらね。あたしったら、知ってたはずなのに素人のカズマに引きずられて一緒に混乱しちゃったわよ。あぁやだ」
いや、微妙に俺のせいにしてねぇか? 関係ねぇだろ。そうじゃない、ユイに訊きたかったことは。
「闇属性のモンスターは強いんだよな? そういや捕獲ってどうすればいいの?」
ひのまるは俺を気に入って付いてきてくれたけど、通常はどうすんのか、まだ知らなかった。
「その子の同意を得ること。利き手じゃない方の手のひらを向けて、そこに吸い込まれてくれれば、次に出した時から戦ってくれる。先に攻撃をしかけて弱らせてから収める人もいるけど、あたしはそのやり方は嫌い」
「わかった。モンスターにだって感情がある。意思を尊重して大事にしてやりたい」
俺はユイの言葉に頷いて、まだJKの姿のままでいるゲレーヴの前に手のひらを差し出した。俺の名前とこの世界での目的、それからモンスター図鑑を見せてお前は「ゲレーヴ」という種類だということ、仲間になってほしいことを話した。
「俺たちと一緒に旅をしないか? 仲間になってくれ!」
なんだかよくわかんねぇけど、俺はすごく感情がほとばしって、すごく感情的になって、勝手に感動して涙がぶわって溢れてきた。
これから洞窟の奥に進んで、ギュレーシィを倒さなきゃならない。ドラゴンタイプに弱点はないらしいが、闇属性のゲレーヴがいてくれたら、少しは勝ち目があるような気がする。いや、ぜってー勝つ。
俺はゲレーヴを拝んで頼み込み、もう一度左手を出した。
ゲレーヴは俺をじっと見つめながらゆっくり近づいて来て、ユイの姿のままで手を俺の前に伸ばした。
「きゅいきゅいきゅ~い」
その時、どこか近くから何かの啼きごえみたいなのが聞こえた。
俺の方に向かって来てた、ユイに擬態したゲレーヴの動きが止まる。俺とユイと四條さんが声のした方を見ると、化けてない、本来のゲレーヴが五体、こちらの様子を窺ってた。そうしたら、目の前のJKゲレーヴが、ユイの形から本当の姿に戻った。俯いては何度も向こうに視線を送ってる。さっきまでのユイの笑顔は消えてた。
そんなゲレーヴが、とても寂しそうで悲しそうで、俺はもうこいつを誘うことができなくなった。
後ろで見守ってるユイと四條さんのところに戻って、洞窟の先に進もう、と目で促した。ひのまるとリンリンが心配そうに寄ってくる。俺はそんな二匹のやさしさが嬉しくて、同時に背中を撫でてやった。
「……行こう。こいつにも仲間、いや、家族かもしれねぇな。ここで一緒に暮らしてるやつらがいるんだ。俺たちの勝手で引き離すなんてできねぇよ」
「そうですね……。知らずに捕獲していたらと思うと、次から慎重にならざるを得ませんね。主人公の都合のいいように進んでいくゲームとは違いますから」
四條さんがしみじみとした口調で言った。やっぱ、仲間や家族は何物にも代えがたいっていう想いがあるんだろな。四條さんだって、現世に残してきた家族がいるのかもしれない。俺だって同じだ。
「でも、こういう考え方もあるわ。これはカズマの物語だから、仲間にしたいという気持ちに嘘をついてはいけない。相手を思いやってばかりでは、大切なものは守れないわ。さっきも言ったばかりでしょ。カズマの目的は? カズマは何をしにここに来たの?」
俺の目的……。ユイと四條さんとの三人で、洞窟の奥にある水晶を採りにきたんだ。そんでそれを高く売りさばいて、しばらくは金に困らない生活を送りながら、現世に遺してきた家族を支えたい。それから出来れば絵も描き続けて、漫画が描ければなおさらいいって、この何日かでそう思うようになってた。
俺は、振り向いてゲレーヴを見つめた。くっそー、やっぱこいつかっけーな。こいつと一緒に旅をして、ギュレーシィと激熱なバトルなんかやりたかったぜ。でもお前は、ここに必要なやつなんだよな。いなくなっちゃダメなやつなんだ。わかるよ。
「なぁ、写真撮ってもいいかな?」
何を言ってるのか伝わるとは思えないけど、俺はゲレーヴに言った。岩の陰でこっちの様子を心配そうに見てる仲間を呼んで、全員で記念撮影をした。洞窟の探検が終わったら、それを見ながらスケッチをするんだ。
ゲレーヴたちと別れて、俺たちは歩き疲れるまで洞窟を進んだ。地図はなくても、来たところまでのデータはみゅうが記録してくれてるから、帰りに困ることはない。
比較的地面が平たくて広い場所を選んで、リュックから飲み物と食料を出した。寝袋をソファ代わりにして、三人でくつろいだ。今日の反省と明日からの進路をチェックする。
食事がすんだひのまるとリンリンは、広げた寝袋の上でまどろみながらそれぞれのパートナーに甘えてる。つまり、俺とユイだけど。その様子を見た四條さんが、また体育座りになっていじけそうになったから、慌ててひのまるを抱っこさせてあげた。だってマルゲはなぁ、六メートルだもんな……。
疲れたけど、気持ちはなんだか充実してる。生きてた頃は、こんなに気持ちのいい疲れ方なんかしたことなかったかもな。
「ひのまる、おいで」
寝袋のファスナーを首の上まで閉めてから、ひのまるを呼んだ。いや、これじゃひのまるが入れねぇな。もうちょっとファスナーを開けて、ひのまるが俺の腕の中にすっぽり収まったら、もう一度内側からファスナーを閉めた。
ひのまるの頬を撫でた時に首の炎に触れたけど、全然熱くもないし、それ以前に寝袋の中に入れても燃えてこない。熱いのはわかってたけど、普段は燃えてるってことを失念してたぜ。よかった!
「シャーヴォルは、信頼したパートナーには熱を感じさせないそうよ」
ひのまるは、シャーヴォルっていう種類らしい。カッコいい名前じゃんか!
みんな、おやすみ。初日から色々あったけど、明日も楽しもうな!




