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第10話 いざ、洞窟へ!

 でっかく口を開けた、まさしく魔物の巣窟って感じの洞窟の入口で、俺たち三人はしばらく佇んでた。いや、正しくは「放心状態だった」。


 入口手前には、観光地っぽく「ヨコハマ洞窟入口」ってプレートがあるが、中はちゃんとした順路みたいに舗装されてるわけじゃなさそうだ。


 横浜駅西口のこの入り口から、中は駅の外周を一回りする長さらしい。東横線と、JRはなんだっけ……、京浜東北線と、東海道線と横須賀線、あとはなんかの特急、それから、あぁ! 忘れてた。相鉄線もあったじゃねぇか。それから市営地下鉄と京浜急行か。けっこうな距離だぜこりゃ。で、これは一体なんの冗談だよ……。


 目の前にあるのは、さも洞窟の入口ですって感じで作られてるけど、まぁ、例えるなら『通り抜けフープ』。入口「だけ」があって、裏に回ってみたら厚みは十センチ程度しかなく、楕円形の巨大石をきれいにスライスして中をくり抜いたっていう、え? コレナニ? って相当リアクションしづらい仕様。入口の輪郭は曖昧だし、どう見たって怪しさしかねぇ。いや、そもそも異世界にきて「怪しい」なんて言っちゃうのはとんだマヌケ野郎なのかもしれないけど、そうだよ、またユイに鼻で笑われそうだけど、ここに進んで入る気になんて、とてもじゃないがなれるわけねぇ。


「なあユイ、ユイは洞窟に入ったことあんの?」 


 それぞれの得意分野で日銭を稼ぎ、毎日の食事代に困らなくなった俺たちは、食べたいものを十分に食べて体力を付けた。そしてあの会議から十日後、ついにもろもろの準備を整えてここまで来たわけだ。けど、やっぱりどうしても不安はある。だって何が起こるかわからねえ、未知の領域に繰り出すんだぜ。


「あるに決まってるでしょ。横浜では初めてだけど、どこの洞窟でも中にそれほどの差はないわ」


 へぇ。そんなに何度も入ってんのか。で、


「前にさ、『時々出現する』って言ってたよな。それってどういう意味?」

「そのまんまよ。この世界には、洞窟、湖、山脈など、時々出現するものがあるの。たとえば河口湖を例にあげると、本物は山梨県に固定だけど、同じ見た目で同じ規模のコピーのような湖が、明日突然このへんに現れることだってあるのよ。ていうかそれが珍しいことじゃないの。河口湖にしかいない水属性のモンスターだって、その場に行かなくても入手できるってわけ。でも、次はどこに出現しますよ! ってニュースでやるわけじゃないから、遭遇したらチャンス! この洞窟だって、きっとニューギニアあたりの観光地のコピーね」


 言い終わると同時に、ユイは先頭に立って洞窟の中に一歩踏み出した。俺と四條さんもそれに続いて、なんかまるで敷居みたいにちょっと盛り上がってる石をまたいで中に入る。いや、ユイはさらっと言ってるけど、ニューギニアの洞窟って怖すぎだろ! どんな魔物が潜んでるかわかったもんじゃねえじゃん。


「観光地にしては、中が真っ暗ですけど!」


 俺は思わず悲鳴をあげた。だって、入ったら一瞬で漆黒の、暗黒の闇に包まれたんだぜ。マジで鼻つままれたってわかんねえような真っ黒い世界。


「ユイ、『突然現れる』ってことはだよ、突然消えることだってあるんだよな? その場合、俺らってどうなんの? 時空の狭間で永遠に闇の中を漂うわけ? それともその時が本当の死?」


 自分の声が暗闇の中で反響してんのを聴く日が来るなんて、思いもしなかった。こんな場所で想像すんのは、やっぱりダークなことばっかだ。ジェイソンとかゾンビとか、殺人鬼が襲ってくる想像。あぁ、怖えぇよぅ。俺だって死体なのに。俺だってゾンビみてえなもんなのに。


「あぁ、どうなんだろう。洞窟に入った人が消えちゃったなんて、そんな話は聞いたことないわね。まあ、誰かが中にいる間は、そのまま消えずにあるんだと思う。断言はできないけど。それか、最悪でもどこか知らない土地に出るんじゃないかな」


 ユイも知らない、か。それはますます不安だけど、俺がこれ以上ビビってたらひのまるだって不安になる。そんなんじゃダメだよな。


「Hey、みゅう」


 みゅうを呼び出したら、すぐに目の前の高さに現れた。あぁ、ありがたい。拝んじゃいたいくらいだ。


「みゅう、洞窟の中を照らしてくれ」

『了解です!』


 すぐに、みゅうはモニターの明るさを最大値にして洞窟の中を照らした。地面はゴツゴツして歩きづらそう。入ってすぐに道が左右に分かれてて、片方の天井は異常に低い。こっちは身体を折らなきゃ無理だろうな。自然のままの洞窟って、こんなに進みにくいもんなんだ、これを横浜駅の外周分の距離歩くのかって、早々に暗い気持ちになった。


「食料は念のために一週間分持ったわ。行きに二日、帰りに三日の五日間で出てくるのを目標にしよう。カズマ、モンスター図鑑出して」


 ユイが手のひらを上に向けた。おま、なんでいちいち偉そうなの? って思ったけど、もうそんなこと指摘するのも面倒臭せぇ。言われた通り、モンスター図鑑を出してユイの手のひらに載せてやった。いいか、「やった」んだからな、俺が言いなりになってるわけじゃねぇぞ。


「……なに?」


 内心でほくそ笑んでた俺に、ユイはシラーっとした感じで冷たく言った。「いや、べつに」ってごまかして、俺もユイの手元を覗きこむ。


 『モンスター図鑑』ねぇ。昨日ホームセンターで買い物してた時、本のコーナーで見つけたんだけど、誰が作ったんだよ? だって「何でもアリ」の異世界だぞ? この世界に暮らしてるモンスターがすべて写真つきで紹介されてて、地名なんかから逆引きもできる優れものだけど、なんか、おかしくねぇか? ……あぁそうか。いちいちそういう疑問を持つことがいちばん愚かなんだよな。目の前の出来事にそのつど疑問を持ってたら何も進まないんだ。わかった、わかったよ。俺もいい加減腹くくるわ。


「カズマ、あんたちゃんと見ときなさいよ」


 「どうくつ」のページを開いたユイは、考え事してた俺と四條さんを呼んだ。


「洞窟内に出るのは、このコウモリみたいなピピスとピピスン、岩の塊のイシグラーとイワグラー、幽霊のゲレーヴ、そしてドラゴンのギュレーシィみたいね!」


 ユイが写真をひとつずつ指しながら言う。

 しっかし、『すべてのエリアのすべてのモンスターを網羅!』ってところが胡散臭せえ。だってさ、俺や四條さんが生きてた「現実世界」でも、いまだに「新種発見」なんてニュースがあるくらいだぜ。それを「すべて」ってあんた……って疑いたくもなるよな。


 あっ、そうか! この世界を創ったヤツがこの図鑑を作ったんだ! そう考えると、使われてる写真だって怪しい。「写真」の確実性なんて、CGでどうにでもなる「現実世界」でだって、何かを証明する決め手としては弱い。それなのに「すべてのモンスター」って……。これ発行したあとに見つかったモンスターだっているかもしれないじゃん。その決めつけ方が胡散臭せぇんだよな。そうなると発行元が気になって裏表紙を見たら、『異世界研究所』って。『異世界研究所』……。


「『ゲレーヴ』? って属性はなんだ?」


 フォルムと配色がかっこいいモンスターのことが知りたくて、気を取り直してユイに訊く。


「『闇』ね。闇属性のモンスターは強いわよ。遭遇したら手に入れておくのもいいかも」


 入口でああだこうだ話してたって仕方ないってことで、俺たちは覚悟を決めて歩き出す。えっ! 俺が先頭かよ! まあ、一応女の子のユイを真ん中にして、四條さんが最後尾を守る。それは妥当だな。ユイと四條さんも自分のタブレットを起動させたから、まあまあの明るさは確保できた。


「ぎゃあーっ! 出た!」


 天井にとまってたらしいピピスが、いきなり襲ってきた。俺はビビッて悲鳴をあげてるだけなのに、ひのまるが自己判断で火を吹いてくれた。ピピスはそれに焼かれてはらはらと地面に落ちた。死んではいないみたいだけど、動かない。回復の薬がなければ時間の問題だろうな。ちょっと複雑な気持ちだけど、襲ってきたからしょうがなかった。かすかに呼吸してるピピスの横に、百円が落ちてるのを見つけた。


「おっ、百円拾った!」

「野生のモンスターを倒すと、いくらか拾えるの。そっか、だったら一般人とバトルするよりも、こっちの方が確実だったわね。失念してた」

「まあ、似顔絵描きと執事喫茶の方が稼げるんで~。それに、ひのまるたちをひたすら戦わせるのも気の毒だしな。ユイは何のバイトしてんのか知らないけど」


 ユイが何をして日取り一万円持ってくるのか、俺も四條さんもまだ知らない。俺たちの稼ぎ口をてきぱきと決めたのはユイだから、自分が何をしてんのかだって言ってほしい。チームだから知りたいと思うのは当然なんだろうけど、訊いちゃいけないオーラが漂ってて、どうしても訊けない。だから自分から言いやすいように誘導したつもりだったのに、黙って百円玉を拾うと、それをがま口に入れてユイはすたすたと歩きだした。


 まさか、言えないようなこと……パパ活とか? いや、まさかな……。


「鍾乳石にピピスとピピスンがびっしりついてますね。いまのひのまるの一撃を見て慎重になったのか、襲ってくる気配がない」

「はい? しょうにゅうせき……?」

「ああ、洞窟内部に形成される堆積物のことです。上を見てください。ピピスたちがとまっている壁が垂れ下がったような部分、あれを鍾乳石と言います。つららのようなものだと言えばわかり易いですかね」


 四條さんは、博物館の音声ガイドみたいにインテリっぽいイケボで説明してくれた。この声、ヘッドホンで聴いたらマジやばいわ。超かっけぇ、ゾクゾクする。


「四條さん、執事喫茶で声に自信をつけましたね。ちょっとした暗がりで聴く四條さんの声、男の俺でもドキドキするくらいイケボです」

「いえ、それほどでも」


 語尾に笑いを含んだような四條さんは、照れながらも喜んでるようだ。そうだ、四條さんにも辛いことがあって、それでジサツを選んだんだった。俺のことを「今からでも才能を認められるべきだ」って言ってくれた四條さんが、死んだあとだとしても自信を持ってくれるなら俺も嬉しい。


「じゃあ四條さん、観光ガイド、お願いしまーす!」


 ユイは、園芸用の支柱にバンダナを結び付けた旗を四條さんに持たせた。四條さんはイヤイヤ、と手を振って尻込みしたけど、ユイに敵うわけがねぇ。


 今度は先頭に四條さんが立って、ユイ、おれ、と続いた。四條さんは目に入ったものを解説しながら進んで、モンスターが出現すると、「戦いますか?」と振り返って俺たちに訊いた。知識豊富でイケボの四條さんの案内で、洞窟を探検するのは楽しい。普通に観光してるような気になってくる。でもこれは、水晶を手に入れるための大冒険なんだ!


「あ、またピピスですね。戦いますか?」


 振り返った四條さん。その背中から人の手のようなものがにゅうっと出るのが見えた。ぎゃあああっ! 幽霊が出た!

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