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終わるころ、僕らは春を見る  作者: 肌附大樹
5/5

5年前のエピローグ

 事件から2週間。未だに須藤は病室で寝ている。毎日時間ギリギリまでいるが一向に目を覚さない。あの事件で僕を庇うように鬼頭さんに撃たれた須藤の息がまだあることを確認しすぐに救急車を呼んだ。緊急手術が行われた。輸血もして一命は取り留めたがまだ起きる気配はない。そして、今日も時間ギリギリまで起きてこなかった。

 次の日も須藤の病室に行った。久保田は今月の売上がほしいと事務所にいる。

「須藤・・・」

 自然と声が出てしまう。あの時、なぜキスをしたのか僕にはわからない。どんな気持ちでキスをしたのか。久保田や栗林さんはニヤつき顔で僕と須藤を見ていたがあれには本来どんな意味があったのだろうか。ただ、ちょっかいかけている訳ではなさそうだ。

 咲良の事件に対する復讐は完遂した。もともとどうやって殺すかと言うよりはただ殺そうという意志の方が強かった。生きてはいけない存在だと、だからって拷問しようかとも苦しめようかとも思わなかった。苦しめても咲良が帰ってくることはない。それを言ったら殺しても帰ってこない。でも、今後のことを考えた時、『救世主』は世界規模だと直感した。だから、殺して正解だと思った。『救世主』に入らずとも救ってくれる人はいるのだともっと発信していくべきだ。

 咲良、これでもう君を永久的に引きづらなくてもよさそうだ。忘れることはないけど少しは前向いて生きていけそうだ。こんな言い方もどうかと思うけど肩の荷が降りた感じがするよ。

 握っていた須藤と手をぎゅっと握る。

「咲良・・・」

 忘れない。顔も声も笑い方も息遣いも泣いた顔も寝顔もムッとした顔も拗ねた顔も声も全部忘れない。できるなら咲良の異変にいち早く気づいて救うべきだった。だから、今の僕にできるのは君を想い続けることだ。

「咲良・・・」

 咲良を想いながら、須藤の体調も思う。早く目を覚ましてほしい。それだけが願いだ。

 その時、握っていた手に力が入った。

「咲良・・・?」

 顔を覗き込むと須藤は目を開けていた。

「ここは・・・」

 意識を取り戻した。急いでよくわからないボタンを押してナースを呼ぶ。医者もついてきた。色々検査をして異常がないことが確認された。その間に久保田も呼んだ。検査が終わった5分後に久保田はきた。

「意識取り戻したって本当か?」

 飛んできた久保田が病室に入ってきた。

「はい!まだ入院は必要ですけど・・・」

「そうか、よかった。これ、よかったら食べて」

「ありがとうございます!」

 それは果物ばかりだった。気が効くイケメン久保田はやはり許せない。

「それでいつ目を覚ましたんだ」

「晴人さんがずっと私以外の名前を声に出してたのでそれが原因です。ムカムカして目が覚めたんだと思います」

 そんなこと言った記憶がない。無意識なのか?

「誰の名を呼んでたんだ?」

「咲良?って人です。ムカつきます。私以外の名前を呼んで手を握ってたんですから」

「お前、馬鹿なのか?」

 馬鹿ではない。多分。意外と聞こえてるものなのかよ。

「絶対に馬鹿です。乙女心を解ってません!」

 起きたとおもったらぷんぷんしている。これならもう安心だ。病室に毎日通う必要もない。

「流石、相手の恋心に1年間気づかなかった男だ」

「そんな言う?」

「言います!」

「言う」

 なぜ起きた後からこんな言われようなんだ。そろそろ帰ろう。

「ま、これで毎日見にくる必要も無くなったし安心だな。退院になったらどっか飯にでもいこうか」

 丸椅子から立ち上がって久保田を促す。

「え?毎日?」

「知らなくて当然か。こいつ、須藤が心配で2週間、朝から晩までずっとここに座って手握ってたんだぜ」

「え!?」

 言わなくていいことを・・・。

「そうだ。こいつそう言うところあるからな」

「そうなんですか?」

 須藤の目を見ると上目遣いで聞いてくる。

「そんなわけないだろ」

 これ以上揶揄われたくなくて歩き出す。が、それを久保田に引っ張られ丸椅子に座らされる。逃げることはできないそうだ。

 それからは2週間にあった話を僕と久保田で話した。須藤は驚いたようだった。そもそも2週間も寝ていた事実がびっくりなんだろう。表情豊かな須藤が笑ったりする度に安堵する気持ちでいっぱいだった。


 □

 2週間も寝ていたらしい。スマホで日にちを確認したら本当に2週間経っていた。びっくりした。まさか、そんなに昏睡状態だったとは思うまい。あの時、晴人さんは言った。これで毎日くる必要も無くなった。それはつまり私のことを少なからず心配していたわけだ。あまり人に心配されない見放されるタイプの人種の私は素直に嬉しかった。死にたくない。そう願えば願うほど死んでしまいそうでどんどん冷えていく体に恐怖を感じた。

 そして、今日も晴人さんはきてくれる。昨日、明日もきてほしいとお願いしたが断られた。久保田さんが泣くふりしとけとジェスチャーしたことがきっかけで思い出した。晴人さんは涙声や涙目になると弱い。なので、私は涙声で明日もきてくれた嬉しいのに・・・。とか弱く言った。晴人さんは私を見るなり分かった、だから泣くなと答えた。

 つまり、今日は絶対に来てくれる。もしかしたら朝から来てくれるかもしれない。そうやってウキウキしていたのに朝、晴人さんがくることはなかった。来たのは昼間、久保田さんと一緒だった。久保田さんが無理矢理連れてきているようなそんなふうに見えた。

「遅くないですか?」

 口を尖らせる。なんで、こんなにも遅いのか。もっと話したい。もっと晴人さんの顔を眺めていたい。

「悪い悪い。こいつが昼間まで寝てたから」

 久保田さんは晴人さんを指差しながら言った。晴人さんは罰が悪そうに顔を逸らした。

「楽しみに待ってたのに・・・」

「ごめんね、待たせちゃって」

 久保田さんは優しくそんなことを言った。久保田さんの方が人気があるのはこの爽やかな笑顔がきっかけなのだろうか。そんな笑顔見せられて落ちない女子はいない。

「悪かった。もういいか。帰る」

「え!?」

 晴人さんは顔を見ないでぶっきらぼうに言う。

「ちょ、だって今来てくれたばっかりじゃん!」

「あー、忘れてた。昨日からこいつ須藤のことを考えてたんだってさ」

「おい、言わなくていいだろ」

 晴人さんが私のことを?本当に?なんだかすごく嬉しい。だから、そんなに私と目を合わせてくれないのか。ツンツンだなあ。

「私のことって?あ、もしかして名前で呼んでくれるんですか?」

「違う」

 そんなキッパリ言わなくても。

「そんなこと悩むわけないだろ。言うつもりはないから」

 ひどい。私が名前で言ってるのに晴人さんは私のこと名前で呼んでくれないなんて。

「そんなことより僕はなぜあの時、僕にキスをしたのかが知りたい」

 あの時?キス?・・・あーーー!

 思い出した瞬間、顔が熱くなった。そうだ。あの時、私は勢いで最後だと思ってキスしたんだ。こんなことなら目覚めなきゃよかった。

「ま、いいや。僕は帰る」

「おいおい、待て待て。俺ちょっと外出てくるから」

 久保田さんは晴人さんを丸椅子に座らせて、私に目で訴えた。気持ちは伝えろよ、とウインクまでしてきた。

 晴人さんに目を合わせられない。ずっと下を向いている。今、好きだなんて言えない。晴人さんだって困るはず。でも、久保田さんは気遣って外に出て行った。

「す、すみません。そんなつもりなかったんです。ただ、あの時はその・・・」

 穴があったら入りたい。そ、そうだ、布団に潜ろう。掛け布団を頭までかけようとして体を動かすと痛みが走った。

「痛っっ!」

「いきなりどうしたんだよ。無理すんな」

 晴人さんは掛け布団を肩までかけてくれた。そして、目が合った。思い出して顔が熱くなる。

「ま、無理にいう必要は無いよ。僕もデリカシーがなかった。ごめん」

 晴人さんが悪いわけじゃない。謝らせるつもりなんてなかった。

「わ、私が悪いんです」

 気づけば口を開いていた。

「あの時、色々あってもう死ぬんじゃないかと思って。そしたら、気持ちは伝えないと後悔すると思ったんです。気づけばキス、してました」

「・・・気持ち」

 ああ、もうだめだ。明日からはきてもらえない。

「それって、どんな?もしかして、好きとかそう言う類の?」

 はっきりと言われてさっきよりも顔が熱くなる。

「や、やめてください!そうです!好きです!だ、だから、キスしました!私、晴人さんのことが好きです!だから、名前呼びがしたかったんです!も、もう、忘れてください!キスしたことも好きと言うことも!」

 手で顔を隠した。全部言ってどうするのよ!好きなことも言っちゃった。

「・・・知らなかった。久保田と栗林さんがニヤニヤしてたのはそう言うことだったのか」

 今更すぎる!久保田さんには結構早い段階でバレた。栗林さんはその後すぐに気づかれた。まさか、晴人さんだけ知らなかったなんて。

「ご、ごめんなさい!勝手に好きになって」

「なあ、須藤は・・・」

 答えたくない。手で顔を隠したまま晴人さんとは真逆の方向を向く。せめてもの抵抗だ。

 でも、そんな抵抗関係ないのか私の手に触れた。ビクッとして体が跳ねた気がした。手を下ろさせ私の顔に触れた。痛みはなかった。そうだ、顔の腫れは引いたんだ。晴人さんの顔と向き合った。目と目が合い、緊張して目が泳ぐ。

「こっち、向いて」

 そんなこと言われても向けない。振られる。心の準備ができない。

「ひゃっ!」

 目を泳がせていると頬をつねられた。思わず晴人さんの目を見た。そこには笑みがあった。

「ははっ、変な顔だな」

「へ、変って!」

 それでもつねることはやめない。意外とSなところがある。

「今の今まで知らなかったよ。須藤がどこかに行きたいと願うのは気分を変えたいからだと思ってた。でも、デートがしたかったんだな」

 デートという単語が出てきて顔が熱くなった。

「けどね、今のその状態じゃ無理だな。僕のせいでもあるけど退院したら考えよう。それまではお預けだ」

 これは付き合うということでいいのか?

「しょれって(それって)」

「あ、付き合うかどうかで言ったら無理だな。だって、未成年だし。成人男性と付き合うのは無理だろ」

「でも、あまりだんしぇいってかんひがしないっていふか(あまり男性って感じがしないっていうか)」

 聞き取れたのか思いっきり頬をつねってきた。

「いいっっっっ!!」

 それでもぐいぐいつねってきて止めようとしない。

「あのな、そんなこと言ってるといつか痛い目遭うぞ」

「いっっっっっっ!!」

「分かったな?」

 首肯する。何度も頷いてもつねってくる。おもしろかっているのか。

「ごめんなひゃい!ごめんなひゃい!(ごめんなさい、ごめんなさい)」

「分かったんならいい」

 やっと頬から手をどかした。痛くて頬を手でさする。

「僕が言えた話じゃないけど、もう無理すんなよ」

 晴人さんは立ち上がった。

「え?もう行くの?」

「まあな、依頼がある」

「そう・・・」

「ああ、分かった分かった。明日も行くから」

 何を感じたのか明日もきてくれるらしい。決して付き合うことはないけれどそれでも自分の気持ちが言えてよかったと思う。

 午後には青井ちゃんがきた。あの時の、青井ちゃんは別の人だと久保田さんが教えてくれた。別の人がなりすましていたらしい。

「青井ちゃん・・・」

「大丈夫?怪我したって聞いたけど」

「うん。もう大丈夫。まだ痛みはあるけどね」

「なら、よかった。これよかったら食べて」

 紙袋の中にはゼリーが入っていた。

「うわー!美味しそう!」

 それからは夏休みの出来事を話してもらった。

「透くん、最近連絡が遅いんだよねえ」

 深山透。あの時、私に暴力をふった男子だ。

「どうかしたの?」

「なんかね、須藤ちゃんが入院したって聞いた時くらいから連絡がないんだよね。電話しても繋がらないし、警察に捕まってるはずだから連絡はできないって思ってたけどそうでもないみたいね」

「どうゆうこと?」

「自首した日は流石に連絡来なかったけどそのちょっとしてから連絡きてさ。警察にバレないようにスマホ使ってるとか言ってて。多分、バレて没収されたんだと思うけどね」

 深山くんはあの時、あの場所にいた。もしかしたら、鬼頭さんが連れてきたのかもしれない。

「あ、そうだ。今度、一緒に夏祭り行こうよ。舘山寺なら8月末にあるしさ」

「行く!絶対に行くよ!」

 そんなふうに話して時間は過ぎていった。

 次の日も、久保田さんと晴人さんがきた。久保田さんが先に来たけど。

「どうだった?自分の気持ち、伝えられた?」

「・・・はい。でも、だめでした。未成年と付き合うのはだめだろって」

「あいつらしいな。でも、気にするな。まだチャンスはあるから」

「ありがとうございます・・・」

 思い出せば泣きそうだった。付き合えるかもしれないと思った自分が馬鹿だった。

「あの・・・泣いていいですか・・・」

 晴人さんのあの笑顔を見てると、顔を見てると、帰ってく背中を見てると、一生このまま終わらないでほしいって願ってしまうんだ。晴人さんに車で送ってもらった時もそう。できればこのまま2人でいたかった。気づいて欲しかった。もっと早く。伝えていればよかった。昨日、伝えてもどんな顔してるのかわからなかった。逃げるように出て行った気もするし、私の気持ちを考えないようにして出て行った気もする。

 久保田さんはハンカチを貸してくれた。有り難くハンカチで目元を拭いた。その間、久保田さんは何も言わなかった。

 どれくらいか経った時、晴人さんは来た。昨日と変わらない顔だった。私の顔を見るなり驚いた表情を見せた。

「お、来たよ。泣かせ野郎」

「え?何があった?」

 晴人さんは戸惑った表情だ。

「お前のせいだぞ、間宮」

「今の今まで依頼やってたのにか?」

「おう」

「・・・まじか」

 どうにか泣き止んだ。ハンカチで目元を拭った。

「このハンカチ、洗って返します」

「いや、いいよ」

 久保田さんは私が何度も洗って返しますと言ってもパッとハンカチを取り返した。

「あ・・・」

「残念だったね」

 久保田さんは爽やかな笑みを浮かべた。ずるい人だ。

「じゃ、元気そうなんで帰る」

「おいおい、泣かせ野郎。お前はまだ、ここにいろ。俺はこの後予定あるからお先に」

 久保田さんはそのまま病室を出ていった。

 晴人さんと2人っきりだ。

「あ、き、昨日ぶりですね」

 話題が見つけられず、適当なことを言った。

「当たり前だろ」

 それを言われたらおしまいだ。

「昨日はすみません。いきなり告白なんかして」

「謝らなくていいだろ。気づけなかった僕が悪い」

「その・・・」

 またしても頬をつねられた。昨日よりは優しかった。

「あんまり暗い顔すんな。別に嫌いなわけじゃない。それに、お前の笑顔に救われてる奴だっているんだから」

 それが晴人さんならいいのに。

「なんだろうな。苦しい思いさせたのに好きになられるとびっくりだよな」

「でも、それでも好きだから・・・」

「知ってる。昨日、久保田が色々教えてくれた。まさか、あの時もそうだったのかと驚いたよ」

 その声は優しかった。

「迷惑かけてないかと・・・」

 その時、グイッと強くつねられた。

「いっっっ!」

「あのな、もう無理すんな。昨日も言った。これからはもっとわがままになれ」

「前まではわがままだって言ってたくせに」

「・・・あ」

 思い出したのか少し間があってまた頬をぐいぐいつねってくる。

「前言撤回だ。これからはもっと甘えろ。わがままを言え。自分を苦しめるな。もっと、素直に生きろ。人に迷惑かけて当たり前だ。その時は僕たちがいる」

 思わず泣きそうになった。涙が溢れそうだ。頬をおもいっきりつねられ目を閉じた。頬に涙が伝った。苦しかった。家族は今も病院に来てくれない。私のことが好きじゃないから。だから、迷惑かけないように甘えないようにわがままを言わないようにしてきた。それが自分を苦しめるとも知らずに。きっと、バレてたんだ。私の家庭環境について。それを今まで言わずにここまできたんだ。もしかしたら、考え過ぎかもしれないけど。

 晴人さんは頬をつねるのをやめた。今度は髪の毛をクシャクシャにしてきた。

「あ、ちょっ!」

「無理すると苦しくなるんだ。もっと早く僕たちから声をかけるべきだったな」

 自分に言い聞かせるように晴人さんは言った。それに言及しようかと口を開いた時、また髪をくしゃくしゃにしてきた。言わせるつもりはないらしい。

「や、やめてー!」

 その言葉通り晴人さんはやめた。クシャクシャの髪の状態で晴人さんは写真を撮ってきた。

「あ!」

 晴人さんはそのまま逃げるように病室を出ていった。

「・・・明日来たら絶対に頬つねってやる」


 □

 2週間前に間宮晴人にバラした『救世主』のアジトに来た。『仮面』を祀る場所に行けばそこには安藤康、深山透、篠原ハルが椅子に座っていた。やはり死んでなどいなかった。その程度で死ぬほどこいつらは弱くない。

「な、なんで、あんたが?」

 篠原ハルは声を振るわせる。

「なんでここに来た!」

 深山透は鉄パイプを持って大きく振りかざす。それを避けようともせず一歩距離を詰めて腹に蹴りを食らわせる。

「ぐっ・・・!」

 危険と判断したのか篠原ハルが深山透を椅子に座らせた。いい判断だ。

「お前たちがなんで生きてるのか知ってるか?」

 『仮面』に近づくための階段を登っていく。

「・・・それは、鬼頭さんの命令で」

「ああ、でも、それを提案したのは鬼頭玲奈ではない。私だ」

「・・・は?」

 深山透は思考を巡らせている。

「お前たちが頭を撃たれても死ななかったのはお前たちとそっくりの顔を作ったからだ。そして、それに銃弾に耐える素材を使った」

「何が目的?」

 篠原ハルは探るように口にする。

「目的?何か勘違いしているようだ。鬼頭玲奈がいなくなった今、ここを統率するのはこの私だ」

 階段を登り切り3人を見渡す。安藤康だけが怒りに満ちているようだ。2人はまだなんなのか理解していない。

「でも、なんであんたがそんなことするんだよ!」

 至極当然の質問だ。今の私はこいつらと真逆の立場にいると思われている。

「間宮晴人は復讐に燃えると他の人間に興味をなくす。そいつがどんな人でも関係ない。邪魔なら殺す。それだけだ。でも、これはもともと鬼頭玲奈が消えるために行われたものだ」

「・・・鬼頭さんを?」

「ああ、そうだ。鬼頭玲奈は『セイバー』側から好かれていない。私はもともと『救世主』のトップだ。降ろされたわけではない。鬼頭玲奈は『救世主』とは違う思想だった。救う代わりに代償を払う。もっとも、私たちにふさわしくない思想だ。そのため、これ以上生かして置けないため間宮晴人に殺させた」

 丁度いい人材がいたからな、と3人を見ていう。

「許さない!僕はこれでも鬼頭さんのために忠誠を誓った!なのに、あんたの都合で殺したことは許さない!」

 安藤康は椅子を倒して私に銃を構えている。冷たい時間が流れている。

「僕たちにこんなことさせたなら、なんで鬼頭さんだけ防弾着をすら着せなかったんだ!」

 どうやら上から見物させるつもりはないらしい。仕方なく階段を降りていく。

「鬼頭玲奈は防弾着を着なかった。それは事実だ。だが、私は提案した。案の定、鬼頭玲奈は着なかった。自分に自信があるやつはもしもを考えない。だから、『仮面』の真実も知ることができないのだ」

 安藤康は銃弾を放った。難なく交わし素早く動き首をとらえた。が、手から銃を離した。軽いフェイントだ。そして、腹を蹴り飛ばした。銃を拾いにいく。

「なんで、鬼頭さんを・・・」

 銃を拾い上げる。

「なんで、鬼頭さんを、か。それはさっき言った通りだ。どうする。このまま抵抗してもいいが勝ち目はないぞ」

 それでも安藤康は動く。が、それを深山透が止めた。

「やめろ!確かに、俺たちは鬼頭さんの元で動いてた。でも、これからはこの人に従おう。俺たちは『子供を救う』ことが目的だ。私情を挟むな。それでも無理ならやめろ!」

 深山透のいう通りだ。『救世主』の目的である『子供を救う』は私情を挟むほど甘いものではない。指示があるまで動くことはない。だから、プライベートは自由だ。誰と何をしてもいい。誰かと海外に行ってもいい。そのため、知らないうちに団員が増えていることもある。

「この銃は回収だ。そして、今日集まったのはこれからの指示をするためだ」

 安藤康は睨んでくるが関係ない。

「これからが本番だ。お前たちは戦争が始まると思え。今までの鬼頭玲奈のやり方とは違う。無償の善意を国民に注ぐのだ。全ては『子供を救う』『救世主』のために」

 それはつまり、家庭に問題のある子供を救う、どんなやり方でも引き離す。それがこれからの本来のあり方だ。

「待てよ!じゃあ、・・・僕らが今まで鬼頭さんの命令に従ったのは、全部、あんたの命令だったのか!?」

 今更すぎるな。

「ええ、私の指示です。5年越しに間宮晴人に事件の一角を見せる。無惨にも殺された人間を見せることで復讐を仄めかす。身内が死ぬことで怒りは煮えたぎる。間宮晴人の憎悪がお前らの姿に触れさせない。そして、ここに来させることで鬼頭玲奈を殺させる。いい材料が揃っていてよかった。もちろん、君達がいたおかげだ」

「じゃあ、もしも鬼頭さんがいなければこんなことは起こらなかった?」

「ええ、もちろん」

 私の考える世界を創造するためにね。

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