知らずに生きれたら
もしもこんな残酷な世界じゃなければよかったのにと思ってしまうんだ。
栗林さんが死んでからの時間の流れは遅かった。少ししてから栗林さんの遺体は遺族に返された。遺族は斗真と一緒にいてくれてありがとうと泣いていた。そして、お通夜に呼ばれた。久保田と僕で。
「で、なんで、須藤がいるんだ」
「いいじゃないですか。私もお世話になりました」
「そうか」
あまり、関われるほど気分がいい訳ではなかった。なぜここに須藤がいるのかというと、須藤の見舞いに行ったときまだ意識がないものだと思い栗林さんの葬儀について話していたのだ。そして、気づかぬうちに須藤は目を覚していた。銃弾を取り除いて数日しか経っておらずまだ痛みがありおき上がれない。そのため横になった状態で睨みつけて来ていたことに気づかなかったわけだ。
「私も行きます」
「無理すんな。寝てろ」
「嫌です。起き上がることくらい・・・っ」
その状態で起きあがろうとした須藤を久保田が止めた。
「子供扱いしないでください。私は自力で起き上がれます」
「子供扱いしてほしくないなら無茶するな」
「それとこれとは違います。栗林さんに無理言って学校に連れてきてもらいました。なのに、こんなことになるとは思ってなかった・・・」
横になった状態でも目に涙を滲ませていた。どんどん溢れていく。
「私が、無理なこと言わなければ・・・」
「結果論で言えばそれは正しいと言い切れない。須藤が来なかったら間違いなく深山も青井も死んでた。犠牲者が1人だったことは不幸中の幸いだ」
「でも・・・・・・!!」
大きな声を出したせいで痛みが走りしゃべれなくなる。
「無理すんな。どうしても仕方ないことは存在する」
「嫌だ、そんなの嫌だ・・・」
「お前はそこで休んでろ。葬儀は僕と久保田だけでいく」
「私も・・・」
「その体で何ができる?葬儀は二日後の予定だ」
「それまでに治します」
「バカなことを・・・」
「間宮・・・、須藤に無理させるつもりはないが俺からも頼む」
「え?」
「は?」
「須藤が撃たれたのは俺のせいでもある。須藤に無茶させた。だから、こいつのわがままも聞いてほしい」
「久保田さん・・・」
「無理だ」
「もちろん、こいつに無理はさせない。それに間宮にも。だから、お願いだ」
そうやって、久保田は頭を下げた。須藤を見遣る。今まで見てこればなんとなくわかる。何言っても聞かないことくらい。
「わかった。勝手にしろ。その代わり、迷惑かけるなよ」
「あれ、間宮の愛情表現だからな」
「おい」
久保田が須藤に適当なことを言う。せっかく了承したと思ったのにこの扱いか。
「やっぱり、晴人さんは優しいですね」
「帰る」
そう言って、病室を後にしたのだ。
医者に須藤の外出許可をもらった。貧血気味だから無茶はさせるなと言うことだった。正直、連れてくるつもりはなかった。
葬儀会場に着いて、色々行った後、鬼頭さんを目撃。僕はその足で鬼頭さんに話しかけた。
「お久しぶりです」
「ああ、間宮くんか。わざわざ栗林の葬儀に来たのか」
「そうです。・・・僕を庇ってに死にました。なのに、最後は笑ったように見えました」
「初めて人のためになれて嬉しかったんだろう」
「そうですか?」
「ああ、あいつは学生時代からそうだった。誰かのために何かをするといつもお節介だと言われてきた。まあ、人を庇って死ぬことが人のためなのかは知らんがな」
「あなたは以前、自分にも情はあるといいました。なのに、悲しそうな顔とかしないんですか?」
「そういう、お前もそんな顔してないが?」
「僕はまだ受け止めきれない・・・」
「私も同じだ」
「最後に何か言ってたか?」
「何も。鬼頭さんについては何も言ってませんでした」
「そうか。まあ、警察としては栗林を殺した犯人は捕まえる。約束だ。間宮くん、あまり無茶をするなよ?」
無茶・・・。
「そう、ですね・・・」
「前回の章では出番がなかったからな」
「いきなりメタい発言しないでください」
「悪い悪い。私がいたら何か変わってたのかと思ってな」
「だから・・・」
「私は少し、外の空気を吸ってこよう。間宮くんはどうする?」
「僕はもう少しここにいます」
鬼頭さんはすぐに外に出て行った。栗林さんの死に顔を見る。なんで、そんな顔で死ねるんだ。なんで僕なんかを庇って死んだんだ。死ぬべきはあんたじゃない。お前を殺し、仲間の2人も殺し、須藤や深山、青井を撃った『救世主』が死ぬべきだ。絶対に許さない。死んでも許すつもりはない。
『あなたの父親にスパイスをかけておきました』
そういえば、あの時、あいつはそう言った。この先、父親に会うことはないと思いたい。でも、会わない可能性はゼロじゃない。何を仕掛けた。父親の何を刺激させた。父親に会いたいとは思わない。
「晴人さん。大丈夫ですか?」
声に振り向くと須藤が心配そうに立っていた。
「あの、これ、使ってください」
そう言って、ハンカチを渡してくる。あの時、貸したハンカチだ。
「いらない」
「そんなこと言わずに、使ってください」
「別に・・・」
その時、初めて気づいた。僕は泣いていた。目から涙が溢れていたのだ。
「・・・なんで」
「無理してるは晴人さんの方じゃないですか」
「いい。気にするな」
涙を拭い外に出た。今ならどこにでもいけそうだ。この虚無な状態ならどこにでも。
「待ってください」
止まらなぬ足を止めたのは須藤だった。後ろから抱きしめてきたのだ。
「そのまま行ったら車に轢かれちゃいます」
「・・・・・・・・・っ」
気づけば膝から崩れ落ちていた。
「・・・ああああぁあぁぁあぁ・・・・・・・・・」
声を押し殺そうとしても無駄だった。その背中を須藤は摩った。そして、隣にきてハンカチを渡してくる。
「別に、いいって」
「無理は良くありません」
「・・・・・・・・・っ」
泣いている暇はない。栗林さんを殺したやつを殺す。絶対に。そう思っても涙が止まる訳ではなかった。
「あの・・・、迷惑、かけちゃいます。すみません、もう・・・体力が・・・・・・」
そう言い切る前に僕の胸元で倒れた。
「ったく。泣いてる暇ねえな。全く・・・」
その顔が妙に嬉しそうに見えたのは気のせいだと思う。
「迷惑かけてんのは僕なのになあ」
須藤を姫様抱っこして室内の寝床に連れていく。
「おお、どうした?間宮くんってそんなキャラだっけ?」
「うるさい。仕方なくです」
「へー、そりゃあ、女子高生も好きになるわー」
「鬼頭さん、適当なこと言ってないで手伝ってくださいよ」
「無理」
「なぜ?」
「最近、足が痛いんだ」
「ったく、刑事なのに何してんだ」
「うるせっ!」
そう言って、背中を叩いてくる。
「ここ開ければいいか?」
結局、鬼頭さんは手伝ってくれた。案外、優しい。
「案外優しいとか言ったら殺すからな」
「っげ!?」
「マジかよ」
「あれ、間宮、そういうキャラだっけ?」
ドアを開けた場所に久保田がいた。心外だ。僕がそう言うことしないキャラだと思われているのか。いや、姫様抱っこなんかあんまりしないってだけだ。
「その下さっきもやった」
「うわーお。ここに寝かせとけ」
久保田は掛け布団を剥がし寝かせるように促す。そこに須藤を寝かせる。
「重かった」
「あんまり思っててもそう言うこと言うな」
「まあ、確かに寝てるからって言うのもあったけど流石に重い」
「間宮くん。今時の女子高生にそれは良くないよ」
鬼頭さんも割って入ってくる。
「女子高生はそういうの気にするんだよ」
「鬼頭さんも気にするんですか?」
「おい!」
「はああ、君は良くそれでモテたね」
「なんかすみません」
「静かにしとこう。もう、寝るだけだ。須藤がこれで起きても困るだろ」
鬼頭さんはそのまま出て行った。
「俺は端で寝るから真ん中で寝ろ」
「は?」
「別にいいだろ?」
「いや、良くはねえ」
「じゃ、おやすみな」
「お前・・・」
なあ、栗林さん。栗林さんが生きてたら今はどんな未来になってたんですか?そんな想像もできないことを問いかける。やめよう。栗林さんの言う通り、生きよう。事件を解決して幸せを掴もう。
□
間宮さんの胸元で倒れた時、まだ少し意識があった。でも、いつの間にか寝てしまっていて、声が聞こえた時には布団に包まれていた。
「重かった」
晴人さんの声だ。
「あんまり思っててもそう言うこと言うな」
重かったとは私のことだろうか。
「間宮くん、女子高生にそれは良くないよ」
この声は鬼頭さんか?
「女子高生はそう言うの気にするんだよ」
そうです。私も体重は気にしているのです。だから、これ以上、広げたら私は怒ります!
「鬼頭さんも気にするんですか?」
晴人さんってもしかしてデリカシーない人なの?
「おい!」
久保田さんが止めにくる。久保田さんが巷で人気なのはこう言うことに気づけるからなのかな?
「はああ、君は良くそれでモテたね」
鬼頭さんと同感です!今すぐ飛び起きてビンタを食らわせたい!
そして、少ししてから。
「俺は端で寝るから真ん中で寝ろ」
久保田さんの声がそう発しだ。それって、私の隣には晴人さんがいるってこと?寝息とか聞こえないかな?もしかしたら、寝顔とかも!そうは思っても体力は限界。気づけば深い眠りについていた。
目が覚めて、あたりを見渡すとそこには晴人さんがいた。スマホをいじっていた。そのスマホで私の寝顔を撮っていたりして・・・。それはないか。
「あ、起きたか」
「晴人さん・・・」
「もう、大丈夫か?」
「はい・・・」
「そうか。夜中に起きたらどうしようと思って待ってたが気にしなくてもよかったか」
それって・・・。
「も、もしかして・・・」
「体調はもういいんだな?」
「え?あ、は、はい・・・」
今、言いたいこと言わせてくれなかった!
「あ、あの、私が倒れた時、何か言いましたか?」
「倒れた時?別に?」
「ほ、ほんとに?」
起き上がってそこに座る。
「お、重いとかも・・・?」
「重い?あー、言ったな。重いって言ったら久保田も鬼頭さんもやめろ!って止めにきたけど」
「あ、や、やっぱり、言ったんですね!?」
もう、怒った。絶対にビンタを食らわせてやる!膝立ちになって手を広げるがクラッとして前のめりになってしまう。そして、晴人さんの方へと倒れ込む。それをガシッと捕まえたのは晴人さんだった。
「全く、貧血なの忘れて襲いにくるな」
「・・・うぅ〜〜っ」
「ハハハハハッ」
「わ、笑わないでください・・・」
「怒ったところで貧血なんだから熱くなる血もないだろ。さらっさら」
ば、馬鹿にしてっ!
「うううぅぅぅ・・・」
「全く、まだ寝とけ。時間はまだあるから」
「ひゃっ!?」
晴人さんは私を軽く姫様抱っこして布団に寝かす。掛け布団までかけてくれた時、すごく近かった。近すぎてもう、だめ。心臓が止まりそう。勢いで目を閉じた。
「眠かったなら最初にそう言ってくれ。普通に話しかけちまっただろ」
え?!いや、そう言うことじゃなくて・・・。なんか、想像しちゃった私が馬鹿みたいじゃん!
「ち、違います!」
「もう、いいから寝ろ」
もー!朝から馬鹿にして!私の気持ちなんて一つも気づいてくれない!
□
須藤がまた眠った頃に久保田が起きた。顔を洗って外で話したいことがあると言われ外に出た。
「どうした?」
「お前、これからどうする?」
「これから?」
「探偵事務所ウィズ。俺は続ける。間宮はどうしたい?」
「何を言ってんだよ。続けるに決まってる」
「『救世主』の事件が終わってもか?」
「当たり前だ。探偵事務所ウィズのウィズの意味くらいお前も知ってるだろ?」
「忘れたものかと」
「忘れる訳ないだろ。あの街にも助けを求める人がいる。『救世主』の事件が終わっても続けるさ。久保田もそうだろ?」
「気持ちが一緒でよかった」
「栗林さんのこともあるしな」
「そう簡単にはやめられないってか?」
「そう言うこと」
久保田はきっと、栗林さんがいなくなってこのまま続けるのか不安だったんだろう。勝手にどこかに行ってしまう可能性が僕にはあったのかもしれない。
「それで?それだけじゃないだろ?話って」
「正解。『救世主』の事件に関与した深山のことだがたった今、面会許可が降りた」
「なら、終わってから行くか」
「そう言うと思ったよ」
相変わらず久保田は爽やかな笑顔を振りまいた。うざかった。やっぱり隣に居たくない。僕がかっこよく映らない。
そして、お通夜も終わり、すぐに須藤は病室に運ばれた。まだ、退院するまでは時間がかかるらしい。
久保田と2人で深山の病室に行く。
「どうだ、体調は」
「だいぶよくなりました」
心なしか元気そうだった。
「あの、2人には申し訳ないですけど、俺、家族を殺したこと警察に自首します。2人に依頼料はちゃんと払います。なので、出所するまで待っててください」
「君は言うと思ったよ。俺たちがちゃんと助けられなくてごめんな」
「いえ、あの後家に手紙が届いたんですよ。それでQRコードがついてて・・・」
QRコード?
「もう、自首するので全部いいます。『救世主』とは関わってました。依頼する前から。でも、殺す勇気がなかった。探偵に依頼しようとしても怖くてできなかった。でも、2人が勘づいてくれてよかった。と思うと同時に、『救世主』の掟に違反すると思いました。それを2人が助けてくれた。なぜ、あの時、居たのかわかりません。でも、青井を殺さなくてよかった」
「QRコードにはなんて書かれてたんだ?」
「銃の在処です。後、人を一撃で仕留める方法。使うとは思ってませんでした。でも、怒りが爆発して・・・」
結局、人の怒りは誰かが止めれるものではないのだ。
「そうか。青井はどうするんだ?」
きっと、銃の在処が青井たちの通う学校だったってだけだ。それならわざわざ青井の学校に行く辻褄も合う。
「知沙にはいいました。待ってるって言ってくれて・・・。犯罪者ながら嬉しくもありました」
「教唆犯はどこにいる?」
「教唆犯?いや、俺たちはその存在を知らないんです。ずっと機械音声だったし、仮面を被ってる。正体なんてわかりません」
「今から、自首するのか?」
「はい。お世話になりました」
2時間後、深山が出頭したと鬼頭さんから伝えられた。
事務所に戻り、とりあえず寝た。須藤がいつ起きるのかと思うと寝れず朝まで起きて来なかった時はそれはそれで安心した。けど、睡魔はこんな時でもやってくる。
「ねえ!今度、プールにでも行かない?」
「え?」
「だって、夏休みだよ?一緒に行こうよ!」
「ああ、そうだね。でも、この辺のプールってどこにあるの?」
「やだなあ。この辺より、この近くの大きな遊園地があるじゃん!そこ行こうよ!遊園地とプールが一緒の場所だよ!」
「なんか聞いたことあるような、ないような」
「あるよ!そこにしよ?」
僕の目を覗き見るように聞いてくる。
これは夢か。この記憶はある。なんでここで思い出すんだ。
「まあ、いいけど」
「いいけど、じゃなくていいよ!って答えてよ」
「いいよ」
「うーん。・・・よろしい!」
そして、僕と咲良は県外のプールに行ったんだ。ギネスにも載ったとてつもない高さのジェットコースターがある場所。着替えてから集合することになっていた。
「咲良・・・、いないじゃん」
あ、いたわ。誰かと話してる。男のチャラい人。ナンパ?モテる人っていいな。それが、僕の彼女なのか。
「何してるんですか?」
咲良に近寄り男たちに話しかける。
「あ?誰でお前?」
「誰って。名乗るための名刺とか持ってないんですけど」
「名刺って、ここに持ってくる人はいないだろ?俺たち、今この子と話してんの。邪魔だから退いてくれる?」
「そう言われても、彼女だし。これから遊ぶのにどけって言われても困るというか」
「え?彼女?」
「こんな髪の毛ボサボサなやつが?」
「そうです。私の自慢の彼氏です。ほら」
そう言って、咲良は僕の髪をかきあげた。
「なんだよ。行こうぜ」
チャラい男たちはそのまま出て行った。
「知り合い?」
「そんな訳ないでしょ。全く、私は晴人のこと自慢できるのに晴人は私のこと誰にも自慢しないよね」
「だって、自慢する必要ないから」
「それって、その価値がないってこと?」
「そうじゃなくて。自慢したら他の男子も好きになる可能性がある訳でしょ?だったら、僕1人が咲良の良さを知ってればよくない?」
「・・・うっ、ちょ、ちょっと、そう言うのは・・・」
顔を赤らめている。
「どうかした?」
「い、いや、なんでもない!そ、それより、どう?水着、似合ってるかな?」
似合ってないなら着なくないか?自分で決めたならそれでよくね?
「うん、似合ってるよ」
水着の種類とか知らないしなんでもいいや。
「ほんとに思ってる?」
「思ってることとしたら、学校で使ってるのとは違うくらいかな」
「はあ・・・、晴人ってさ、学校の水着の方が好きなの?」
「え?今の水着姿の方が好きだよ?」
「うっ、ちょ、やめてよ」
え!?今の失言だった?うわー、やらかしたよ。
「前に清楚系が好きだって言ってたから、その路線にしたけど・・・。好きならよかった」
この時、まるで意味がわからなかったんだ。その後は普通に遊んでたけど。
「ねえ、せっかく来たんだし、アウトレット行かない?」
「え?アウトレット?野球とサッカーみたいな?」
「それ、ワンアウトとかレッドカードとかの話でしょ。そうじゃなくて、いろんな店が揃ってるの!」
「商店街的な?」
「そういう庶民的なものじゃない!ちょっと高めだったりするんだけどいい服あるんだよ」
全くついていけない。
「そうだ!晴人に服選んであげるよ!それ来てほしいな!」
「服?」
「だって、いつも薄い長袖とかじゃない?たまには半袖とか着ようよ」
「そうだね。咲良のファッションセンスに任せるよ」
「任せて!私、こう見えてもファッションセンスはあるんだ!」
僕の腕を引っ張りアウトレットに入っていく。着せ替え人形みたいになって困惑したけど咲良が楽しそうでそれが嬉しかった。その時間が家族を忘れられる瞬間でもあった。
「今度、また行こうね!」
「うん。こう言うのも楽しいね」
「それじゃ、・・・・・・家、帰ろっか」
寂しそうな目を一瞬したがなかったように笑った。それが切なくて苦しく感じたんだ。
高速バスで県内に着くと後は別々にバスに乗って帰るだけ。でも、それまでに時間がある。浜松駅にある家康くんの前で切り出した。
「咲良、これ」
「うん?どした?」
咲良は僕の持っているものに気づいて目を輝かせる。
「くれるの!?」
「うん。たまにはプレゼントをと思って」
「開けていい?」
そう言う前からとっくにあけていることはツッコまないでおこう。
「うわー!?え!これって!」
アウトレットで欲しそうにしていたペアキーホルダー。どこでもよくねと思ったけど、よくある女子心みたいな乙女心を尊重した。ネットに書いてあったからというわけでは決してない。
「今つける!」
嬉しそうにバックにつけてどう?っと聞いてくる。
「似合ってるよ」
「ふふん!あ!そうだ!私もつけてあげる」
もう一つのキーホルダーを僕のバックにつける。
「私もって咲良しかつけてないじゃん」
「あ、もしかしてつけたかった?」
「別に」
「そう、ツンツンしなーいで!」
できた!と1人喜んでいる。
「写真撮ろ!」
強引にキーホルダーが見えるようにしてツーショした。家康くんが半切れだったがまあどうでもいい。
「また、プール行こうね!」
そう言って、咲良はバスターミナルへと走っていったんだ。
でも、これが夏休み最後の咲良との思い出になるなんて思いもしなかったんだ。
「・・・・・・・・・・・・っ!」
目が覚めた。外は暗い。夜中だろうか。久しぶりにこんな夢を見た気がする。最近はずっと両親のことだったから悪夢だと思ってた。でも、咲良との思い出も結局は悪夢になるのだろうか。
食卓に着くと紙に飯は冷蔵庫と書いてあった。時計を見ると深夜0時だった。先に風呂に浸かった。夕飯で作ってくれたものは美味しかった。最近は栗林さんと久保田に任せっきりだった。須藤がずっとくっつき虫みたいについてくるので手伝えなかったのだ。
そして、二日経ったある日。久保田がポストに間宮あてに届いてると言って封筒を渡してきた。すぐに開けるとそこには『久しぶりだな。この場所にこい』と乱暴に書かれてあった。しっかり住所まで書いてある。
「誰から?」
「父親だ」
「父親?」
「ああ、連絡なんて取り合ってなかったのにな」
日にちも書いてあった。明日の日程を指していた。どうやら、父親も僕が母親を殺したことを知ったのかもしれない。
「まあ、父親は字が汚いからしょうがないな」
「俺も、何かするか?」
「いや、いいよ。どうせ、大したことじゃない」
部屋に戻ろうと歩く足を久保田は言葉で止めた。
「仮面を被ったやつが言ってた母親を殺したことと関係があるのか?」
「・・・気にしなくていい」
「無理だ。全部言え。間宮にはその責任がある」
「なんで」
「お前の家庭環境は少しだけ咲良から聞いてた。なんかあった時はお願いと。それが今だと俺は思う」
「咲良が?」
「そうだ。お前のことを心配したんだろうな。お互い好きなくせに一年も焦らしたんだ。付き合ったとなればちょっとした変化も気づくだろうよ」
勘違いしている。母親を殺したのは咲良が殺されてからだ。
「なら、もういいか。咲良の事件からでもいいか?」
「もちろん。覚悟はできてる」
そうか、と呟いてから食卓の椅子に対面で座り母親を殺した経緯を説明した。その間、久保田は顔色一つ変えず聞いてくれた。
僕が咲良を好きになったのは中学の3年生。同じ中学できっかけは隣の席だったことだ。ダサすぎてあまり言いたくない。でも、話していくうちに楽しかった。話も合うし咲良のツッコミとか面白かったのだ。それから、会いたいと思う回数が増え土日なんてなければいいと思ったくらいだ。なのに、席替えがあった。先生は残酷だ。こんな楽しい席を他の人とも触れ合いたいでしょう!と言う勝手な理由で引き剥がそうとするのだ。だが、幸運なことに隣同士だった席が咲良が前にきたのだ。これはもはや運命と言っても過言ではなかった。神様は味方してくれたのだ。それから、受験シーズンも始まり咲良と同じ学校に行きたい一心で勉強した。次の席替えでは離れ離れになってしまったがそれでも積極的に話しかけにいった。勉強を口実にただ話したかっただけだ。一緒にいたかっただけだ。ある日、咲良のことが好きなのか聞かれた。隠したつもりだったが、バレバレですぐに久保田にも広まった。その頃、久保田は受験生というのに好きな人ができて毎日その人に会いにいくという受験生とは思えない行動をしていた。帰りに病院に行っていることは友達だったわけだし知っていた。そして、受験校を決めるとき咲良にそれとなく聞いたのだ。
「どこの学校受ける?」
「ここにしようかな」
そんな会話をしてまたひたすら勉強した。その間、久保田は勉強していたのかわからない。
「お、俺もそこ受けようかな?」
「いいじゃん、それ!絶対、楽しいよ!」
楽しいよ、という言葉に浮かれてまた勉強に火がついた。受験当日、久保田も同じ学校にいることを知って衝撃を受けた。
「なぜ、ここにおる?」
「勉強できなくて、ワンランク下げた」
久保田は頭がいい。だけど、毎日病院行っていたせいで勉強時間が足りなかったのかもしれない。
そして、3人とも合格。が、久保田は二ヶ月後くらいに高校に来なくなった。失恋だろうと考え、咲良と励ましに行った。
「俺は好きな人がいる。彼女だ。今はもういない。病気で余命数ヶ月だったんだ。ショックだ。知っていたから心の準備はできていたはずなのに立ち直れそうにない」
この時、初めて彼女がいることを知り、強制的に終わったことを知った。変に慰めることもできず、今はそのままでいい。それが自分のためだ、とよくわからないことを言って帰った。
その後、久保田は高校に来た。クラスの人気者になり告白するものがいても断っていた。好きな人を忘れられないからとかっこいい言葉を言って。
「流石にムカつくよな!だって、あいつイケメンだぞ?そんなこと言われる彼女も羨ましいはずだ!」
と、好きな相手である咲良に言っていた。学年で一番と言っても過言ではないイケメン。隣に居たくない。
「私は今、むかついてるけどな」
「え?」
こんな愚痴を聞きたくないのか。当たり前か。
「だって、私の好きな人が私が好きだとアピールしても気づかないから」
その言葉をうまく理解できずに咲良を見てしまう。
「そ、そんなに見ないで!恥ずかしい!」
「そ、それってさ・・・」
「や、やめて!」
「俺と同じ気持ちってこと?」
「そ、そうだよ。今更?」
「今更」
「やっぱり噂とか聞いてないんだ」
「噂?」
「中学の頃から両片思いだって噂されてたよ」
「まじ!?」
「まじ」
「え、じゃあ、付き合おう!だ、だってさ、お互い好きなんでしょ?だったらさ!」
「そういう告白の仕方あり?」
「だめ?」
「だめ!」
深呼吸して、座っている咲良の前にいく。目を見て口を開く。
「僕は一年前から咲良が好きでした。付き合ってください!」
「はい!」
そう言って、抱きついてくる。クラスの誰も居ない教室とはいえバレたらどうしようと思った。
が、結局、その次の日にはクラスに広まってました。
そして、3年生になった、5月。最近の咲良の動きがおかしかった。冷たくてクラスでも1人でいた。気になって話しかけても冷たい態度だった。嫌われたのだと久保田に相談したこともあった。この時にはもう、久保田も彼女のことを引きづりながらも進路を考えていた。気にするな、すぐに仲直りできるだろと笑われたけど。
そして、咲良から電話がかかってきた。
「お願い・・・、きてほしい・・・・・・」
異様な空気を感じてすぐに自転車を飛ばした。久保田にも連絡したが行けたら行くわとの返事だった。絶対に来ない。
呼ばれた場所に突っ走る。廃工場のような誰もいなさそうな場所に咲良はいた。
「どうしたんだよ、こんなところで」
「・・・晴人」
汚い床でしゃがみ込んでいる咲良に寄り添う。
「こんなところで何があったんだよ。早く帰ろうぜ」
「無理だよ」
「え?・・・どうして」
「私、もう殺されるの」
「・・・は?」
言ってる意味が理解できない。
「何か変な夢でも見たんじゃない?誰かに殺されるようなことしてないでしょ?」
「・・・した」
僕の目を見ようとしない。顔を伏せたままだ。
「何言ってんだよ。そんなことあるわけないだろ?誰が殺すんだよ。咲良のことを」
「言えない。晴人に嫌われたくない」
「そう簡単に嫌わないから・・・、教えてほしい」
咲良の頭に触れるとビクッとした後、僕の見た。涙をいっぱいに浮かべて。
「本当に?」
「今まで嫌ったことあった?」
「・・・ない、でも」
怖い、とボソボソ言う。何が起きてるのかさっぱりだった。
「なんでもいいから行って見なよ」
「・・・私さ、ある団体に呼ばれたんだよね」
突っ込んでいいのかわからない。
「その団体はさ私を救ってくれるって言ったの。でも、そのためには両親を・・・」
ううっと泣き出してしまう。全く、何が起きているのかわからない。
「両親を・・・でも、無理だった・・・。そんなことできるはずない・・・。でも、殺らないと殺されちゃう・・・」
「そんなことしなくていい。無理なら僕と一緒にいよう。一緒に逃げよう。どこか遠くでもいい。海外でもいい。咲良が行きたいって言った場所に2人で行こう」
「・・・私も行きたい。生きて晴人と・・・・・・・・・っ・・・・・・」
「・・・は?」
そこに咲良の顔はなかった。横に倒れていた。何が起きた。何があった。なんで、咲良の頭から血が流れてるんだよ。
「・・・咲良?おい!咲良!!」
「晴人・・・。逃げて・・・!ごめんね。こんなところ呼び出して・・・。もう、無理かも。またね。・・・晴人」
「お、おい!それはないだろ!一緒にどこかに行こう!大丈夫、救急車を呼べば問題ないはず!咲良が起きたらどこかに行こう!絶対だ!約束だ!」
「戯言はもういいですか?」
機械音声で仮面を被ったそいつは僕を見ていた。
「お前、誰だよ」
「名乗る必要はありません。だって、たった今、私の任務は遂行しましたので」
「任務?」
「ええ、あなたの彼女を殺すことですよ」
「ふざけんなよ、貴様!!」
走り出し、考えなしに突っ込む。顔面を殴りかかろうとするが、右手に持っている銃に気づかず足に命中。
「あああ・・・っ!」
悲鳴をあげてそいつの前で倒れ込む。
「貴様・・・!」
「あなたは随分愚かですね。もう少し、プランを立てて動いてみてくださいよ」
「・・・ふざけんなよ」
「ふざけてません。これは任務なので」
「任務任務って咲良を殺すことが任務なのかよ!」
「あなたには関係ありません。知りたければ私を殺すことです」
「お前・・・!!」
「・・・まあ、あなたは殺さずに取っておきましょう。これからが楽しみです」
「待てよ!」
叫んでもそいつは止まることなく廃工場から出て行ってしまった。
「咲良!!」
撃たれた足を引き摺りながら咲良に声をかける。
「待ってろ。すぐに救急車を呼ぶ」
声は出ない。咲良に何があったのか。きっと、そいつを問い詰めればわかる。なぜ理不尽に撃ち殺したのか真相を知りたかった。
「・・・晴人、ありがと・・・・・・・・・」
それ以降は全く覚えてない。絶望して発狂したのかもしれないし、最後にキスをしたのかもしれない。でも、気づけば僕は家にいた。
その頃、母親は僕に暴言を吐くことはなかった。泣きながら謝罪してきたら許すしかないだろう。
「どうしたの、その傷。救急車呼ぶわね!」
「咲良が・・・死んだ・・・」
「え?・・・咲良って彼女の?」
「うん。死んじゃったよ・・・。ねえ、なんで僕の小遣いって少ないの?なんで、バイトもさせてくれないの?」
「・・・え?」
「それができてれば、咲良と一緒にどこへでも行けた!咲良が苦しんでいるのに何もできないんだぞ!実際、何もできなかった!なあ!なんで、咲良は殺された?おかしいだろ!あんなに優しい人間が殺されて!お前らみたいな愚民がいつまでも生き続けるんだ!僕は・・・・・・咲良を救えなかった・・・・・・・・・っ!」
母親に言っても仕方ない。そんなことはわかってる。でも、わかっていても怒りが収まることをしらない。
「仕方ないわ。これからは前を向いて生きましょ?咲良ちゃんのことは忘れてさ、ね?」
咲良を忘れて?
「ふざけんなよ!!そんなことできるわけがない!あれ以上の人なんか見つからない!いるわけがない!」
足の感覚も忘れてキッチンへ行った。ナイフを取り出し母親の元と戻った。
「何してるの!?危ないじゃない!」
「そんなの知るか!!お前ら愚民のせいで人生がめちゃくちゃだ!こんな世界に生まれていなければ!あんたらの子供じゃなければ!ただそれだけでよかったんだ!!」
「晴人!やめなさい!」
「お前が気安くその名前を呼ぶな!!」
母親の胸元目掛けてナイフを振りかざす。母親は抵抗する暇もなく刺された。そして、何度も何度も刺して行った。
「お前みたいな奴がいなければ!お前にも情があれば!家族に優しさがあれば!!咲良も!俺も!心の安寧が保たれたと言うのに!!」
何度もいろんな箇所を刺しまくる。顔もめったざしにしても気が休まることはなかった。
「お前ら全員死んじまえよ!!」
呼吸が乱れ目つきは鋭くナイフを握りしめていた。
「これだけじゃ終われない・・・」
立ち上がり、父親の元へ向かう。最近は残業続きで帰ってくるたび僕を殴りにくる。
「あいつも終わらせてやる」
玄関を飛び出しひたすら走った。走り続けてやがて倒れた。
「まだだ・・・」
そうやって声を出しても足を撃たれているせいでもう力はない。憎悪だけが増していき、家族を恨む気持ちだけが残っていた。
目を覚ました僕は病院にいた。
「目を覚ましたか」
警察手帳を見せてきたのは鬼頭さんだった。隣には栗林さんがいた。
「君が撃たれて逃げたのだろうという推測があるが間違いないか?」
「・・・ええ」
適当に返事をした。警察がいるならもう逮捕は確実だな。
「そうか。これから、栗林って奴が面倒を見てくれるそうだ。家族が昨日殺されていることがわかってね。これからは栗林と過ごすといい」
「はい」
何が起きているのかわからなかった。でも、それから栗林さんと過ごす毎日が始まったのだ。
「なるほどねえ。その頃には美羽は『救世主』と接触してたのか」
「そうだと思う」
「にしても気に食わないな」
「え?」
「家族は別にして俺の評価どうなってんの?」
「そこ?」
「そこ」
「まあ、いいじゃん」
「で?これどうするつもり?」
「行くよ。どうなるかはわからない。でも、行かないと別に危害が加わる可能性もある」
「そうか。なら、俺は止めない。過去に終止符を打ってこい」
僕は立ち上がり準備した。父親との5年ぶりの再会だ。どうなってもいい覚悟はできてる。
□
病院から退院許可が降りた。母親が迎えにきてくれた。家に帰って外に出かけることを伝えて家を出た。無理しないのよと言われたが無理する体力はない。でも、晴人さんには会いたい。少し会わないだけで寂しくなるなんて思ってなかった。少し浮いた気持ちもあったけど栗林さんが亡くなった今どんな気持ちなんだろう。晴人さんは声を押し殺すように泣いていた。その目は怒りに満ちてるようで今から会いに行ってもいいのか少し不安要素はある。
探偵事務所ウィズのある一角。そこの狭い階段を登れば辿り着く。
「・・・・・・・・・うっ!」
誰かに後ろから掴まれて口にハンカチを覆われる。何これ・・・。
「んっ・・・・・・」
「あんまり欲情するな」
そう言うつもりじゃ・・・。
声から男の人だと思った。この時間帯は人がいない。口を覆われている時点で叫ぶこともできない。男に後ろで引っ張られる。抵抗しても意味がなかった。そのうち、意識が遠くなって行った。そして、目を閉ざした。
□
明日の昼間につけばいい。この時間に準備をすることは容易かった。ただ会うことが怖かった。過去のトラウマが棲みつき今まで通り声を出すことができるのか不安なのだ。
『父親にスパイスをかけておきました』
『救世主』の言ったその言葉が何を示すのか。そこも不安要素の一つだ。
「お前が料理するなんて久しぶりじゃないか?」
「そうだな。今まで須藤がいたからな」
「そうだ!須藤も呼ぼうぜ」
「いきなり?」
「だって、今日、退院だろ?来いって言ったらくるだろ」
「そんな暇じゃねえって」
「恋って言えばすぐくるもんだろ?」
「なんかイントネーションおかしくないか?」
「・・・・・・・・・気にすんな」
「その間が気になる」
「・・・・・・あれ?出ない」
「暇じゃないんだろ。ってか、いつの間に連絡先交換したんだ」
「だいぶ前。LINEいるか?」
「いらない」
「うわ、キッパリと言うなあ」
そんなことを言いながらも料理は完成した。これでも、久保田がここにくるまでは料理は研究しながら練習してたのだ。けど、このイケメンはそんな努力も知らず美味しいものをたくさん作るのだ。クソッ!
□
目が覚めると汚い場所に連れてこられたみたいだった。暑苦しい。服が汗を吸収しても汗が出てくる。
「どこよ、ここ・・・」
ふと気づいた。手足が椅子に縛られている。身動きが取れない。
「目が覚めたか」
対面にいたのは髭をはやし目つきの鋭い中年男性が立っていた。
「誰?」
「俺のことは気にするな。お前は人質だ。今から俺の質問に答えろ」
「・・・あなたが誰なのか教えて」
「だからぁ、質問に答えればいいんだよ!」
男は歩み寄ってきて私の頬を殴った。
「いっ!!」
「わかったか?」
顎をクイっと上げて威嚇してくる。頭を上下に振って了解する。これは逃げられない。逃げたら殺される。一体この人は誰なの?何が目的なの?
「お前はこいつに見覚えはあるか?」
スマホで写真を見せてくる。それは明らかに晴人さんだった。でも、ここで答えたら晴人さんはどうなるの?
「知らない」
「それはねえだろ?さっき、お前は探偵事務所に入ろうとしてただろ」
あの時、連れ去ったのはこの男なのか。
「し、知らないってば」
「そういう嘘はいらないんだよ!」
また一発頬を殴られる。
「いっっ!!」
「あ、一応言っておく。これでも、俺は怒ってるんだ。抑えるようにはしてる。でもね、そう言う態度なら最悪君を殺すかもしれないな」
・・・殺す。いやだ。助けて、晴人さん!久保田さん!
「素直に聞く。いいな?」
「は、はい」
「こいつは?」
「晴人さんです」
「晴人、かあ・・・。間宮ではないんだな・・・。お前と晴人、どう言う関係だ?」
「別に大した関係じゃないです」
「おいおい、それはねえだろ。じゃ、なんで名前呼びなんだ」
「私がそう言いたいってお願いしたから」
「あ〜、なるほど。お前、晴人のこと好きなんだ。情報通りだな」
情報通り?私が拉致されたことと関係があるの?
「けど、やめとけ。あいつは彼女殺されてから人を好きになってないから」
「・・・え?」
「それも知らないのか?お前は一緒にいて何を見てきたんだ」
聞いてない。晴人さんに好きな人がいたことも。その人が殺されてたことも。何も晴人さんから聞いてない。
「教えてやろうか。晴人はな、彼女が殺されてそれを家族のせいにしたんだ。その結果、晴人は母親を殺した。これも知らなかったんだろ?」
嘘、嘘だよ。そんなの。
「嘘だよ!・・・そんなの嘘に決まってる!絶対、嘘!優しい晴人さんがそんなことするわけない!」
「じゃあ、見せてやるよ。晴人が母親を殺したところ」
男はスマホを操作して見せてくる。
『そんなの知るか!!お前ら愚民のせいで人生がめちゃくちゃだ!こんな世界に生まれていなければ!あんたらの子供じゃなければ!ただそれだけでよかったんだ!!』『お前が気安くその名前を呼ぶな!!』その後、晴人さんは母親を刺していた。『お前みたいな奴がいなければ!お前にも情があれば!家族に優しさがあれば!!咲良も!俺も!心の安寧が保たれたと言うのに!!』それでも刺すことをやめない。『お前ら全員死んじまえよ!!』とても、晴人さんが言うようなセリフには聞こえなかった。
「嘘!こんな動画絶対嘘よ!」
「ああ、耳障りな声だなあ!」
そして、また頬を殴ってくる。
「うっ・・・!」
「お前はさ、わかるか?子供が親を殺すことの意味が!」
そう言いながら何度も殴ってくる。右頬、左頬と何度も何度も。
「子供が親を殺すことはあってはならない。なのに、こいつは一度の怒りでここまでやったんだ。俺の愛する妻を殺したんだ!」
妻?まさか、この男は晴人さんの父親?
「このまま悪魔を野放しにするつもりはない。悪魔を誘き寄せる餌になってもらう」
それでも、止めることなく何度も何度も殴ってくる。
「うっ・・・・・・いっ・・・・・・!」
「おっと、やりすぎた。お前の出番は晴人がきてからだ。その時にお前を殺す。安心しろ。未だに彼女のことを思い続けてるやつだ。お前を殺してもあいつはショックを受けることはない」
「・・・そんな」
「流石にショックか?まあ、気にすんな。晴人の顔は拝ませてやるから」
そんなの嫌だ。まだ死にたくない。咲ちゃんにも言われたんだ。まだ絶対に死にたくない。
「うっ・・・・・・!」
「ま、その間はサンドバックにでもするか」
「・・・えっ?」
その後は気を失うまでサンドバックにされた。
□
昼前、久保田のLINEに電話がなった。
「おい、間宮に変われって」
久保田が不思議そうにスマホを渡してくる。
「もしもし」
「よお、久しぶりだな」
その声は父親だった。久しぶりに聞く嫌な声。過去のトラウマがフラッシュバックする。
「なんでいきなり・・・」
「お前に見せておこうと思ってな」
ピコンっと音を立てた。スマホから耳を離し送られてきた写真に目を向ける。
「・・・は?」
久保田が聞こえるようにスピーカーにする。
「なんだよ、これ」
久保田も愕然としている。
「おい!これはどう言うことだ!!」
父親に向かって怒鳴る。
「そのままだ。少々イラっとしたから殴っただけだ。ああ、安心しろ。殺してはないから」
「お前・・・」
「お前?言うようになったなあ」
ドサッと音がした。
「今何した?」
「あ?ちょっと蹴っただけだ。気にすんな」
「お前、何がしたいんだ。須藤をなんで攫った?」
「お前が来なかった時用のサンドバックだ。こいつを餌にすればくるんだろ?」
「お前のところに行くまで何もするなよ?」
「それはどうだか。だって、お前、彼女のこと忘れてねえんだろ?だったら、こいつが死んでも別に何もないよな?」
「それとこれとは話が違うだろ!」
「女は1人までにしとけよ?」
「ふざけるな・・・」
どれだけ身勝手なんだ。
「来なかったら殺す。まあ、宣戦布告だ。戦場で会おう」
有無を言わせずに切った。
「ふざけるな」
「まて」
「今すぐ行く」
「だから、待って」
「なんで?」
「殺すのか?」
「・・・・・・そのことで話があるんだ」
□
目を覚ますと横向きに倒れてた。何があったのか。意識のあった時は座ったままだったのに。
「目が覚めたか」
「こ、来ないで・・・!」
「そいつは心外だなあ」
また怒りを感じたのかお腹を蹴ってくる。
「・・・うっ・・・・・・」
「ハハッ、最高の気分だ。このスマホは返しておこう。あ、晴人はいい怒鳴り声だったぞ」
・・・怒鳴り声?
「お前の今の姿を見せたんだ。最高の表情だった!」
そして、その写真を見せてくる。
「あっ、・・・・・・や、やめて・・・!」
その写真に写る私の頬は真っ赤で多少青くなってる部分もある。その頬を男は触ってくる。
「いっ・・・!」
触られるだけで痛い。痛みで涙が出てくる。
「いいねえ。その顔。晴人が来ないなら一発かましたかったなあ」
「やめて!」
「おお、だから、そんな大声を出すなって!」
男はそのまま顔を踏んでくる。地面は砂もあって痛い。血が出てきそうだった。助けて・・・!
「全く、お前のこと餌にしろって言われた時は高校生だしなあって思ったけど、流石、高校生ブランドは違うな」
踏むのをやめて喉元を蹴ってくる。
「・・・うっ・・・・・・はあ、はあ・・・・・・」
苦しい。こんな人が晴人さんのお父さんだったの?晴人さんはなんでこんなの耐えられたの?
「あ、あの、な、なんで、晴人さんにどんな教育をしたんですか?」
恐る恐る聞く。
「あ?別になんでもいいだろ。まあ、一つ言えるのは我流だったな。俺の気に触るものはこうやって蹴ったり殴ってたな」
と言って、またお腹を蹴ってくる。
「こうやって、何度も痛めつけて体に教え込ませる。古いやり方だって?いいや、今が甘いんだよ。もっと厳しくしてもいいはずなんだ。晴人は何もできないやつだった。だから、できるまでこうやってた。反抗し始めた頃は刃物で切り付けた。あいつは夏でも長袖を着る。その傷がバレたくないからな。虐待だと思うなよ?教育だ。本人が嫌がらないんだ。別にいいだろ?」
「よくない。全然良くない!そんな事したら嫌でも嫌って言えない!」
「はあ、うるさいねえ。そろそろ、黙ろ?ちょっとは言う事聞けよ」
男は鉄パイプを持ってきて素振りを始めた。
「・・・ま、まって」
嫌な予感がした。男は鉄パイプを勢いよく振り翳した。
「いいいいいいぃぃぃいいい・・・・・・っ、ああああぁぁぁ・・・・・・」
痛い、痛すぎる。こんなの耐えられない。無理。早く助けて!もう苦しいよ!お願い!晴人さん!久保田さん!
「さあて、もう一度、やればもう黙るよな?」
「あああああああぁぁぁぁぁぁあぁああぁぁぁ・・・・・・」
お願い、誰でもいいから!自分じゃどうしようもない。誰か!
「さて、ラスト行くぞお!」
男は鉄パイプを振り上げる。それが勢いよく下がった時私は目を瞑った。もう、だめだ。もう、耐えられないよ。自然と涙が出てきた。ここがどこかわからない以上、晴人さんが助けてくれるわけない。
ガンッと鈍い音がした。私の腕に痛みがない。ギュッと閉じていた目を開ける。そこにいた後ろ姿は間違いなく晴人さんだった。
「やっぱり、すぐにきて正解だった。呼ばれた時刻まで我慢してたらきっとあんたなら殺してると思った」
安堵した。これできっと助かる。
「ありがと・・・、晴人さん・・・・・・」
「傷を与えてる時点で感謝されることはない。もう少しまってろ。すぐに決着をつける」
「まさか、もう来るとはな」
「案外、近くてよかった。それが唯一の救いだ」
晴人さんは鉄パイプで男から距離をとる。
「須藤、会えなくて寂しかったか?」
「・・・・・・うん!」
「そんなにか?まあ、いい。今日はご馳走でも作ろうか」
・・・ご馳走!いや、でも、重いって言われたし・・・。
「だ、ダイエット中なので・・・!」
「そうか、また肉系のもの作ろうって久保田と話してたんだがな」
「や、やっぱり食べます!」
ああ、意味ないじゃん。釣られちゃってるよぉ!
□
車の中で久保田に伝えることは伝えた。ここからもう少し距離を取れば久保田も動ける。無駄話が多すぎた。ダイエット中なのにご馳走とか言ってよかったのだろうか?何を気にしているのか?咲良といた時もこんなことあったような気がする。
「話は済んだのか?」
「わざわざ待つとはね」
「俺の目的はお前だからな」
「そうか。やっぱり、母親を殺したことは知ってたか」
「当たり前だ。名前も知らないやつから動画が送られてきたんだからさあ」
『救世主』だ。僕の彼女を殺した奴がきっとスパイスとして言ったんだ。
「お前、親を殺すってどういう神経してんだ?」
「お前はそういう話好きじゃないだろ。さっさと終わらせよう」
父親が何か仕込んでる様子もない。銃を持っているとも思えない。いける。ここで戦闘不能にして終わりだ。
すばやく動いて鉄パイプで腹を狙う。が、あっけなく止められる。剣道のように面を狙うがそれも交わされる。
だが、ある程度距離は取った。あとは久保田に須藤を任せる。それでいい。
「久保田!!」
そう声をかけると久保田はバッと走ってきて須藤の元に行った。これで安心して父親を倒せる。一応、鬼頭さんには連絡した。監禁、拉致で逮捕できるはずだと。逮捕状が請求できるまでは辛抱するしかない。
「そんなねちっこいことしなくてもお前がきたらそれで終わりなのになあ。用意周到とはこのことか?」
「残念だけど、聞きたいこともあるんだ。そう簡単に仲間を殺されては困る」
「仲間かあ。俺の愛した人を殺したお前にもできるとはなあ」
「できないと思ってるのか?」
話しながらもお互い攻防を続ける。
「逃げるつもりはない。お前との関係はここで絶つ」
「そうか。血縁関係は切っても切り離せないぞ?」
「それでもいい。僕はまだ終われない」
「答えろ!動画で見た。お前が殺したところを!なんでそんなことした!」
「あんたらが生きることで俺はいつも苦しめられるんだ!!全部壊れてしまうことで全てが楽になると思った。もちろん、あの時、お前を殺すつもりだった!でも、その前に力尽きた。だから、今度会ったら必ず殺すと誓った」
「そうか、それは俺たちの責任だと?そうか・・・」
今だ。隙がある。そこに狙いを定めて剣道で言う銅の動きをした。しかし、一瞬で止められてしまう。そして、鉄パイプを弾かれ顔面を強打する。転がり、距離ができた。
「やっぱり、俺たちが悪いのか・・・」
そう言って、鉄パイプを落とした。
「・・・は?」
「俺は今まで愛した妻が逃げたのかと思って過ごしてきた。でも、動画が送られてきてお前が殺したと知った。以前からもう暴力や暴言はやめようって言われてきた。だから、お前が殺した日、しっかり謝ろうって誓った。だが、時すでに遅し。2人ともいないんだ。動画は最初ヒィクションだと思った。帰った時の家は綺麗だったから」
「・・・綺麗?」
「ああ、そうだ。お前はあれ以来帰ってこなかったからな。当然だ。正解だ」
なんで、こんな悲しそうな目をするんだ。
「他にも動画が送られた。バンドで有名だったか?そいつを殺す映像が流れた。その表情を見て殺りかねないと思った。だから、動画の通りそこにいる須藤を拉致した。愛した妻があんな表情で死んでたら怒りが湧いたんだ。それもこれも全部俺が悪いのにそれに気づかず教育だと言った。須藤に言われたさ。教育じゃない。虐待だとね」
「お前・・・」
「もう父さんとは呼んでもらえないか。俺は教育の仕方がわからないからな。両親の洗脳教育が正しいと思ってしまっている時点でだめだよな」
「・・・なんで」
「俺をどうしたいかはお前が決めろ。俺は今の今までお前に報復をするつもりだった。でも、俺はされる側なんだよな」
いきなりしおらしい事いいやがって。
「ふざけんなっ!」
「だよな」
「何が報復だ!洗脳教育だ!呼んでもらえないだ!当たり前じゃないか!俺の存在がゴミみたいであの時できた傷は一生消えない!トラウマも!暴言も!暴力も!全部だ!なんでお前1人で終わらせてるんだ!!最初っから勉強しとけよ!!俺を産むってなるくらいなら!子供に対する教育くらい学んでおけよ!なんでああやって人に勉強しろ!テレビばっかり見るな!って怒鳴りつけてきたやつがそんなこと言ってんだよ!!」
怒りに拍車がかかったような気がする。
「お前がすぐにやめていればトラウマなんてなかった!怒鳴り声や叫び声、少し大きな声でも恐ることはなかったのに!一般的な家庭だったら咲良も・・・!!咲良も、助けられたかもしれないのに!!」
咲良を救えなかった原因に些細な変化に気づけなかったことが取り上げられる。少しも辛そうな顔を見せなかった。見せてもなかったように明るい表情で話しかける。もっと、気にかけれたかもしれない。もっと、そばにいてやれたかもしれない。もっと、支えることができたかもしれない。
許さない。許せない。許したくない。復讐してやる。全部。咲良の害になった奴ら全てを。それがたとえ強大な権力だったとしても。それが倫理に反しても。
鉄パイプを取りに行き歩いて膝をついている父親のもとに行く。絶対に許さない。
「お前はもう、ここで地獄にいけ」
鉄パイプを勢いよく振り上げ、頭部にぶち当てた。父親は地面に倒れ込んだ。まだ、この程度で終わらせない。こんな生ぬるく終わらせるはずがないだろ。そして、もう一度振り上げる。振り下げた途中で動かなくなった。
「久保田!!」
「やめろ!お前言ったよな?僕がもし殺そうとしたらこの銃で殺してくれって」
腹には銃が当たっている。
「確かに、憎いのかもしれない。俺だって憎い奴くらいいる!でも、それは一時の快感にしかならない!」
「それでも!」
「それでも、お前がやるなら俺はこの引き金を引く」
「ああああああぁぁぁぁぁぁっ・・・・・・」
久保田は鉄パイプを奪い取り遠くへ投げ飛ばす。
「『救世主』のことだけを考えろ。どんなに辛い環境であっても両親を殺してはいけない。自然の摂理に反してはいけない。生物はそうやって成り立ってるんだ」
父親は気絶したのか動かない。
「本来の趣旨を思い出せ」
「・・・ああ。取り乱した」
やっと理性が戻った気がした。きっと、久保田がいなければ父親を殺してた。いつかは殺そうって思っていたのは事実だ。でも、スパイスが消えた分また動きやすくなるだろう。今はこれでいいのかもしれない。
「晴人さん!!」
須藤の声がして振り向く。そこには『救世主』のそいつに捕まっていた。人質になっていた。
「須藤!」
「あれ?恋でも芽生えましたか?」
「お前!」
銃を久保田から奪い取って走る。
「須藤を離せ!!」
「それ以上、動くとこの子の命はないですよ?」
その声で急いで止まった。
「聞く耳があってよかったです。このまま脳が飛び散っても後片付けが大変ですからね。あなたの家のように」
さっき、父親が言っていたことはこのことなのか。
「どうやって、僕の殺した映像を持ってきた」
「仕込まれてたからですよ。あなたが帰る前にね」
僕の帰る前に家に細工をしたのか。
「この子は貰っていきます。動くとあなたの周りの命がないですよ?あなたの父親がこの子を殴ってもいい表情ではなかったです。なので、作戦変更です。また、絶望と憎悪の表情を見せてくださいね?」
「晴人さん!」
必死に抵抗する須藤。
「あなた、うるさいですよ」
そいつの持っていた銃で須藤を気絶させた。そいつは須藤を担いで歩いて行ってしまう。
「待て!」
走ってもそいつは無視して行ってしまう。
「おい!」
久保田が僕の腕を引っ張った。
「今はいい。須藤にGPSをつけた。逃げても俺たちはすぐに追いつける」
「本当か?」
「本当だ。あとは父親をどうするかだな」
「警察に任せよう。当分は出てこないはずだ」
その十分後、警察がきて父親を逮捕した。
「晴人、ごめんな」
パトカーに入る前、父親はそんなことを言った。
栗林さんの言葉を思い出した。身近にいると言う言葉。父親の可能性がなくもなかったがそいつが現れたことで父親はあり得ない。それに、栗林さんの言う身近が誰を指すのか。あれ?身近って栗林さん目線の可能性もあるのか?
□
目が覚めると私は謎の宗教でもやってるのかという場所にいた。
「・・・ここは?」
椅子に座らされて手足が拘束されている。また、この状態・・・。
周囲に人が4人いた。見覚えがある。そして、その崇拝しているのか少し高めに立てられている『仮面』があった。晴人さんが追っている事件。咲良さんの事件も関与していると晴人さんの父親は言っていた。父親と『救世主』はどんな関係なのか。
さっきまで拝んでいた人がフードを下ろした。髪が長いので女性?そして、仮面を外して『仮面』から階段を使って降りてくる。
「な、なんで・・・。あなたが・・・」
「黙ってなさい。須藤凛」