暗闇をただがむしゃらにがむしゃらに・・・
僕の生きる世界から彼女は消えた。殺されたのだ。あの日、君を見つけた時には頭から血を流して死んでいた。君が死んで時間の感覚がおかしくなったんだ。早いようで遅い。短いようで長い。ずっと、長い時間を彷徨っている。死者が復活する世界なら良かった。SFのようになんらかのミッションをクリアすることでタブーに触れ、それでも死者は蘇る。そんな妄想は結局妄想でしかない。
「間宮、そろそろ依頼人がくる頃だぞ」
「ああ、わかった。久保田」
久保田朝陽。僕と一緒に探偵業を営んでいる。彼も最愛の人を病気で亡くしている。頭脳明晰で人より鋭い直感でいくつもの依頼を解決している。僕と一緒に探偵を始めたきっかけは…。
「すみません。ここがウィズですか?」
依頼人がきたようだ。ドアを少し開けて顔だけを覗かせている。椅子から立ち上がり依頼人を対面席に座らせる。その正面に僕が座り隣に久保田が座った。ここウィズは探偵事務所の名称だ。ウィズはこの町ではそこそこ有名になってしまっている。しまっているというのは僕達の上の存在のせいだ。まあ、それでも上下関係は弱いけど。
「それで、今日、きた理由とは?」
話を進めるために久保田が聞いた。
「実は、人を探してほしいんです」
「人探し?・・・警察には?」
もちろんウィズでも人探しは何度もやっている。最初こそは久保田のおかげもあってすぐに見つけることが多かった。しかし、最近ではあいつのせいで人探しばかり行っている。
「言いました。でも、そういう人探しはここよりもいいところがある。そこに行けってい言われて・・・」
「それって、もしかして・・・」
名前を言おうとして忘れたのかバックから名刺入れを取り出しそれを僕に渡してくる。その名刺を覗くように久保田は顔を近づける。その名前を見てやっぱりとため息をついた。
「あの・・・それが、どうかしたんですか?」
「いや、気にしなくていい。それより、名前の確認をしていなかった。須藤凛、であってるよね?」
「はい、凛って呼んでください」
「わかりました、須藤さん。それで探してほしい人の名前と特徴はありますか?」
僕は呼び名を無視して苗字で呼んだ。須藤はムッとした表情を見せた。その顔や髪の長さが過去の記憶を彷彿させる。
『ねえ!髪の毛切ってみたんだ!どう?ボブカット!似合うかな?』
『似合ってるよ』
『本当に思ってる?私の目を見ていって頂戴!』
拗ねたようにいう彼女。
ああ、そうか。もう、いないのか。
「ロングの髪の毛で茶色に染めてます。あと、身長は155センチくらいです。天音咲です」
「なるほど・・・。ん?君は高校生なんだよね?天音さんも高校生?」
久保田が気になったところを聞く。
「はい・・・・・・。ただ、今、2年なんですけど、中学の時までは仲が良くて、でも、高校に入るとキャラが変わってしまって。そのせいで自然と距離ができてしまったんです。それが、つい一ヶ月前からLINEのやり取りをするようになったんです。でも、学校では話す機会がなくて・・・。」
高校からは距離があったのに突然LINEを寄越してきた。そこさえわかればいいのかもしれない。いや、その前にあいつに文句でも言っておかなきゃいけない。
「それで?天音さんを探すってことはいなくなったわけだよね?いつから?」
「1週間くらい前からです。学校に姿を見せなくなって同じクラスで担任もいない理由を知らないみたいです」
「親とかその天音さんを知る他の友達は?」
「親には聞きました。いなくなってるのに特に焦ってるようには見えないんです」
・・・焦らない。親なのに、か?
「他の友達には聞けません。怖くてそれどころじゃないです」
「なるほどねえ。その学校には俺たちも行っていい?色々聞かなきゃいけないことがある」
久保田も僕と同じように嫌な予感がしているのだろう。あいつにはマジで文句を言う必要がある。
「よし、じゃあ、今から行こう。学校は空いてる?」
「はい。一応、平日なので」
今の時刻は5時すぎ。5月はまだ夕日を見せる時間じゃない。
席を立ったと同時にドアがガチャっとあいた。
「いやあ、お疲れ〜!今日も大変だったなあ!お?依頼人?君、かわいいねえ。どうしたの?」
開口早々須藤にナンパしたこいつは先述した通り上の人間だ。上下関係はないに等しいけど。こいつは栗林斗真。フリーの記者をしていてウィズを創設する時に一番力を借りた人でもある。なぜ、そいつが記者なのかって?それは知らん。けど、元々こいつの事務所だったのは事実だ。
「あ、えっと・・・」
須藤が困惑するのも無理はない。悪評がついたのはこいつがほとんどの原因だからだ。まず、ナンパをして人を不快にするスペシャリスト。そして、少し大きめの依頼だと記者としての仕事をしたいらしく依頼の後で話を聞こうとする。それこそ最初の頃はしつこいせいでビンタを食らうこともあった。ただ、僕らが文句を言えないのは明らかにこいつのおかげで依頼をする人もいたということだ。どんなことを広めているのか知らないが今ではそれなりに多くの人が依頼してくれる。
「栗林さん。これから須藤さんの学校に行ってきます。それと、鬼頭玲奈さんを呼んでおいてください」
鬼頭玲奈。さっき須藤が渡してくれた名刺に書いてある名だ。刑事をやっていて度々世話になっている。
「えー、なんで俺が?」
「中学の同級生でしょう。いいじゃないですか、それくらい」
「無理無理、怖いし」
「お願いしますね」
無視して久保田と須藤を連れてウィズをでた。
須藤、天音が通う高校に到着した。時刻は5時半。30分で着く場所で良かった。この近辺だと僕らが探偵業を営んでいることを知る人はそこそこいるはずだ。ことを早く進めなければ最悪の方向へと動くかもしれない。ただし、それを須藤にいうことはタブーだ。
「こんなに綺麗な学校に通っているのか」
「外見だけです。中はボロいです」
酷評な須藤の後ろを歩いていく。一階の事務から入り、意外と歓迎されたが、担任を呼んでもらった。須藤と天音の担任、安間というらしい。
「こんにちは、安間先生。僕はすぐ近くのウィズってところで探偵業をやってます。依頼があったので伺いました」
安間はいい思いじゃないのか目つきは悪い。当たり前か。教師はただでさえブラックで忙しいというのに僕達のために時間を割く必要があるのだから。
「何かようですか?こっちは部活が終わって生徒の家に向かうことになってるんです」
「それはいつからですか?」
「6時には行かなきゃいけない。須藤さん。どうして探偵なんか呼んだんだ・・・」
めんどくさい、そう言われている気分だった。
「咲がなかなか学校に来ないからよ」
「はああ・・・。もしかしてそれで探偵に依頼したのか?」
「うん」
担任にうん、は強いな。敬語くらい使えよ。
「・・・そうだ。探偵さん。私は今から生徒の家に向かうって言いましたよね。ついてきてもらえますか?」
思わぬ提案だった。正直、ここから探りを入れて聞き出すつもりだったのにこれは楽だ。
「承知しました。では、先に一つだけいいですか?」
安間は不審そうに僕を見る。
「天音咲さんはいつから学校に来ていないんですか?」
「・・・1週間とちょっと前よ」
1週間とちょっと前ね。
「では、準備できたら言ってください。すぐに向かいます」
「今から行くわ・・・」
おっと、これは失礼。
天音の住む一軒家についた。住宅街だからか目立つような家ではない。安間が天音の親と玄関前で会話している。目で合図を送られ家の中に入っていった。
「すみません、何か飲みますか?」
「お構いなく。すぐに帰りますので」
久保田が安間に言わせる前に断った。
「それで探偵さんもいるってどういうことですか?咲が帰って来ないことはよくありました。それなのにそんな大事にする必要ありますか?」
「よくあった、というのはどれくらいの頻度ですか?」
久保田は僕も気になっていたことを聞いた。
「しょっちゅうよ。スマホを渡したのが高校に入ってから。その一ヶ月後くらいにはたまに帰ってこないこともありました」
たまにあった、か。よくあったということは最近では頻繁に帰ってこないということか?
「ああ、二学期に入った頃にはもう1週間帰ってこないこともあったわね」
「あ、あの、そういう話は学校側は聞いてないんですが・・・」
「言ってないから当然よ。友達の家に泊まるってことだってあるじゃない」
その時、玄関が開いた音がした。
「ああ、父よ」
リビングにいる僕たちは扉が開いたのと同時に立ち上がった。
「君たちは・・・?」
あまり仕事帰りというにはほど遠い服装をしている。
「ああ、初めまして、探偵事務所ウィズからきた久保田です。こっちが間宮」
どうもと言って会釈する。
「あなたは咲さんが家に帰ってこないことをご存知ですよね?何か思い当たることがあれば教えていただきたいです。奥さんの方にはもう聞きました」
「え、えっと・・・」
何やら考えた動きだった。・・・・・・まずい。
「ないならないでいいです。一応確認です。それではこれで失礼します」
帰るぞ、と促して安間と須藤、久保田を連れて車に移動した。安間にはまた来るかもしれませんと言って車に乗り込んだ。須藤には今日はもう帰れと言って家の近くまで送った。
事務所に戻ると大股で栗林の前に行く。ギリギリの距離まで近づいたせいで栗林は一歩後退りする。
「鬼頭刑事は?」
「ま、まだ、きてない。あと、20分はかかるらしい」
最悪だ。急を要するというのに。
「栗林さん。天音について何か手がかりはありませんか?」
「手がかり?え、なに?もしかして、そんなにやばい感じ?」
「ええ、まあ・・・」
久保田は言うのをためらった。
「とりあえず、俺が知ってる天音の話だと、両親は離婚していなくて父親は海外出張に行っていて帰ってくるのは年に2回程度。咲の方はスクールカースト上位だったらしい」
「だった・・・?」
「その辺はまた後で調べるけどそれがどうかした?」
久保田と目を合わせてため息をつく。咲の家庭環境は最悪だったらしい。リビングに家族写真がなかったと言え父親の方がやばい気がした。と言っても、今日見た男は父親ではないのは確かだ。
「天音の父親についてもっと調べてください。僕たちはもっと咲の方を調べます」
「お、おう」
着信音がして誰のかと思っていると栗林のものだった。
「うわっ・・・。今日、これないって」
絶対にぶっ飛ばしてやる。そう、心に誓った。
次の日になり、須藤の通う学校で聞き取りをしていた。理由は単純。天音と仲が良かった人たちを調べるためだ。もしかしたら、何かを知っているかもしれない。栗林が過去形で言っていた意味もここでならわかるかもしれないからだ。と、言っても・・・
「眠い・・・」
「ぐだぐだ言ってねえで早く聞き取りするぞ」
こんな口悪いやつだったけ?
「ねえ、ちょっといい?」
そこにはいかにもうるさそうな女子が群れていた。こういう女子きらいなんだよな。
「え?誰?」
「ああ、そこにある探偵事務所ウィズの間宮です。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
ボソボソと何か言っている。こう言う時は大体悪口を言っている時だ。よし、聞かなかったことにして帰ろう。
「もちろん!」
思いの外受け入れてくれたと安堵する。
「知らないなら知らないでいいけど、天音咲について聞いてるんだ。君たちは知ってる?」
「・・・天音咲。知ってるけど、もう関わるのやめたから」
ビンゴ。なんとなく須藤の発言からクラスで浮いたやつを探せばいけると思ったが当たったようだ。
「それは、どうして?」
え、言って大丈夫なの?いいのかな?いいでしょ?みたいな声が聞こえる。
「いいけど、誰にも言わないでよ」
「もちろん。プライバシーは厳守だ。約束する」
「なら。天音とうちらは仲が良かったんだよね。家ではろくにスマホ使えないらしいけど。そういえば父親は家に帰ってこないらしいじゃん」
「それって、海外出張でしょ?」
「それさえなければ今頃報われたのかな」
「ねえ、それってどう言う意味?」
報われたとは何を指すのか。
「あー、元々聞いてたんだよね。母親がクズすぎて嫌いとか色々。たまに泊めたこともあったよ。でも、最近かな。二ヶ月?一ヶ月前か忘れたけど急に関わらないでほしいとか言い出してさ」
関わらないでほしい?一ヶ月前なら須藤さんとLINEを再開した頃だ。
「真剣に頼まれるから理由だけでもって言ったんだけどそれもダメだった。ことが済んだら教えるとか言い出して、ドラマの見過ぎだと思ったけど顔が真剣だったから嘘には見えなくて・・・」
「その時、あれじゃなかった?見てはいけないものを見ちゃった的なこと言ってたよね?」
見てはいけないもの?その時、過去の記憶がフラッシュバックした。
『私、見ちゃいけないものを見たの』
深刻そうな彼女。
『どうしよう、怖いよ。・・・助けて』
・・・まさか、な。
「それで、もう1週間はあってないよね。何も言わずに消えた感じ?先生に聞いてもわからないらしくて須藤って人に聞いたけど、それでもわからないみたい」
中学の時から仲がよかったらしいから、と言って。
「1週間、誰も見てない?」
女子たちは頷いた。
「わかった、ありがと。また、何かわかったら教えてほしい」
女子たちはうん!と返事をして校舎に入っていった。
・・・まさか、そんなわけないよな。あの事件と同じなんてことは・・・。
他にも天音について知る人物がいないか調べてみたが特にピンとくる人物はいなかった。
事務所に戻りホワイトボードに天音咲について書いていく。両親のこと家庭環境のこと学校でのこと、その他諸々。
「結局、どこにいるかの手がかりは見当たらなかったな」
久保田はそんなことを口にする。確かにそうだ。1週間もいなくてそれを聞いたのが昨日。八日間はもう家にも学校にもいないのだ。栗林から鬼頭に捜索するようにお願いしてもらっているが、そう簡単には動かないだろう。本来、これは誘拐事件とまではいかない。でも、僕も久保田もこんなことしているのはお互いに似ているところがあると感じているからだ。
「もしも、天音が死んでいたら、どうする?」
久保田がそんなことを躊躇いがちに聞いた。
「どうもしない」
「・・・お前も気づいているだろ。今回の事件、美羽の事件に似てるって」
「・・・・・・ああ」
美羽咲良。僕の彼女で高校の時に殺された女子だ。その事件の前、咲良も一ヶ月前から僕に対して話しかけようとも一緒に帰ろうともしてくれなくなった。どうしてなのか知りたかった。でも、知ることもなく咲良はこの世を去った。咲と同じように1週間前から学校に来なくなりそして、その三日後、死体を見つけた。
・・・待てよ。流石に似過ぎじゃないか?もし、そうだとしたら彼氏はいるのか?そうだとしたら誰だ。もしそうなら・・・。
「とりあえず、警察の資料も必要だ。それまでは他のこともするべきだ。例えば、家庭環境のこと」
家庭環境・・・。そうだ、咲良も家庭環境については言っていた。ただ、僕にできることなんて何もなかったけど。
「それだな。とりあえず、昨日見たあいつは気をつけたほうがいい。危ない感じがする」
「わかってる。無理はしない。どうする?2人で行くか?」
「・・・ああ」
ホワイトボードを隠して外に出た。あの雰囲気のやつがどこで何をしているのか、それを見つけるにはやはり天音の家に行ったほうがいいのかもしれない。
スマホに着信があったのでそれに答える。
「もしもし?」
「ああ、俺俺。あのさ、息子が病気になったから百万円銀行に振り込んでくれない?」
「死んでもらっていいですか?」
「おいおい、つれないこと言うなよ〜」
「わかりましたか?天音の父親について」
電話の主である栗林に問う。
「そんなことより、事件ってね。はいはい。天音の父親は死んでた。正確には死んだことになってる。海外で何があったのかまでは知り得なかったが、どこにいるのかもわからないらしい。本当に死んでいたのかは定かじゃないし、日本にもきている可能性はなきにしもあらずだ」
そして、声音を変えて栗林は放った。
「間宮と久保田も気をつけたほうがいい。天音家は色々目をつけられている可能性がある。もちろん、殺し屋みたいな物騒な奴らにもだ」
殺し屋?それをこんな真剣なトーンで話すものか?日本で殺しを商売にするのは大変じゃないか?
「承知、ああ、天音咲のことは大体理解できたのでそこは調べなくていいです。ただ、彼氏がいたのかどうかはわからないので調べてください。それと、警察をいつでも動けるようにさせてください。今日までに解決したいです」
「・・・今日じゃないと何があるんだ?」
「最悪の場合、死にます」
「それって・・・」
「ええ、そう言うことなのでお願いします」
電話を切るとすぐそこには天音家が見えた。昨日の男はいるはずだ。でも、いない可能性もある。玄関までいくと違和感を感じた。刺激臭のような匂いがするのだ。久保田は警察に電話をした。その間に、玄関を開ける。さっきより匂いが強くなった気がする。嫌な予感がする。リビングに入るとそこには頭から血を流した天音の母親が見つかった。近くには鈍器のようなものに血が付着している。これで殺したのか。でも、誰が。あの時の男はどこだ。夏になると言うのに長袖を着て弱そうな雰囲気を見せた。でも、僕は直感でやばいと感じた。そんなやつがこんな適当に死体を放置するのか?おい、待て。違う。隠れているだけだ・・・!だとするなら今久保田がいないなら後ろから・・・。
「・・・・・・っ」
ギリギリでかわすとそこにいたのはあの時の男だった。防具でも持ってきておけばよかった。
「お前、名前は?」
体勢を整えて相手を挑発しないように問う。
「・・・・・・」
無視か。この場をどうやって切り抜ければいい。ここで手荒な真似はしたくない。そして、男が右手に持っているのもに気づいた。刃物だ。鋭利で少しでも触れれば血を流すだろう。
「お前、探偵だな?」
今度は男が聞いてくる。
「・・・僕の質問に答えないのにそれはずるくないか?」
「俺は壇真人だ。お前は?」
「あんたの言う通り探偵だ」
「そうか・・・。なら、死ね」
刃物を突きつけ突進する。この状態でモロに食らったらどうしよもない。刃物を持つ手をギリギリで交わし首元目掛けてグーパンする。うまくあたりよろける壇の手を意地でも離さない。離せばきっとその隙をついてくる。パトカーのサイレンが聞こえて一安心する。が、その刹那。壇はリビングから出た。しまった。
「久保田っ!!」
叫んでも意味はない。ここから叫んで意図が伝わるとは思えない。ドアを開け、壇は玄関前に出る。急いで追いかけ蹴りを喰らわせようとするが刃物を投げつけられうまく決まらない。刃物は顔の横をスレスレで通っていった。カランカランと音を鳴らす。玄関のドアを開けるとそこにはいつの間にか一台の車が路上駐車されていた。久保田が危ない。
「久保田っ!!」
久保田は異変に気付いた。だが、車からは誰も出てこない。車のナンバーだけでも覚えておかないと。
「どけっ!」
「あいにくそんな気分じゃない」
久保田は壇のストレートパンチを華麗に交わし腹パンを食らわせる。その隙をついてライダーキックの要領で飛び蹴りをする。刹那、壇はサラッと避けて車の後部座席に乗って消えてしまった。
「クソッ!」
「なんだよ、今の」
その後、数分でパトカーが来た。殺人事件だったせいで刑事である鬼頭も来ている。
「なんだ、この惨劇は・・・」
リビングの状態を見て鬼頭はため息をついた。
「今回の事件は警察がやったほうがよかったな」
「・・・あんた、何考えてやがる」
「あ?」
「人が1人死んだんだぞ?しかも、警察に依頼したのは高校生だ。その友達の親が殺された。只事じゃないのはわかっていたはずだ」
「そんなこと言われても基本、警察は何か起こってからじゃないと動けないんだ」
「ふざけるな!!」
胸ぐらを掴もうとするがすぐに避けられてしまう。そして、腹パンを一発。打撃が強すぎて咳き込んでしまう。
「ふざけてない。私にもそれなりに情はある」
調べたら報告してやるから出てけ、そう言って僕たちを追い出した。
事務所に戻り作戦を練る。ただごとじゃないことがわかった以上迂闊に動くことができない。どうやって対応するのかそれも考えなければならない。ただ、天音についての情報はこれで途絶えた。須藤に聞いて他に有力な情報をもつものに手がかりを聞くしかない。
「凶器の指紋とあの刃物についた指紋が同じならあとは車のナンバーで場所を特定できればそれでいい。そこから動いていくしかない」
「そうだな。両親のことを知る術がない以上それが頼りだな」
久保田の意見に賛成する。ドアをノックする音が聞こえてホワイトボードを裏返す。久保田がドアを開けるとそこには須藤がいた。まだ昼間だ。学校はどうしたんだ。久保田が中に入れる。
「あの・・・」
「学校はどうした?」
座ってと手で合図する。素直に座った。
「学校は抜け出してきました。気が気じゃないくて・・・」
「何かあったのか?」
「2人とも今日の朝、学校に来て生徒に聞き回ったそうじゃないですか」
「ああ、そうだな」
「それがあってかカッコつけようとしたのか男子が誰のせいでこうなったのか推理し出して・・・」
何それ、子供か・・・。いや、子供か。
「それで私が怪しいって言われて・・・」
「そうか」
「はい・・・」
久保田がお茶を机に置いてくれる。3人分。こういうのよく気が回るよなあ。と感心する。
「・・・あの、こう言う時って何か言ってくれないんですか?」
「・・・・・・こう言う時?」
「ほら、慰めたり・・・」
なぜ?
「こいつそういうのできないやつだから気にしないで」
久保田〜?フォローって知ってる〜?
「そうだったんですね」
そこで納得されるのも嫌なんだけど・・・。確かに、咲良にもあまりいい言葉をかけた記憶がない。
「聞きたいことがあるんだけどいいか?」
その時、久保田に足を踏まれた。めちゃくちゃ痛い。
「痛って!ちょ、何?」
「まあいいか。・・・須藤さん、辛かったらいつでも来ていいよ。憩いの場くらい提供できる」
「・・・ありがとうございます」
感極まったのか泣いている。そろそろ聞きたい。
「あのさ・・・」
視線を感じて久保田を見るとお前もなんか慰めてみろと言わんばかりの顔だった。
「その・・・、そう言う時もあるさ。気にせず生きて行こう」
久保田にどうだっ!とドヤ顔を向けるも呆れたようにため息をついた。なぜ?
「無理です・・・」
いや、そんなこと言わずにさ〜。
結局、泣き止むまでに20分はかかった。それからタイミングを見計らって聞いてみる。
「天音咲のことだけど他に仲がいい人とか知ってる?」
ムスッとした顔をむけてくる。今、思ったけどこの子結構かわいいな。咲良に殺されそう。死者が生者を殺す。なんともファンタジーなんだ。現実的じゃない。
「あの、わがままいいですか?」
・・・わがまま?
「えっと、どうぞ」
「咲を見つけたら一緒にどこか出掛けてください」
嫌だよ。なぜ?
「まあ、まあ・・・。それで、他に手がかりになりそうな人は?」
「受け入れてもらえましたか?」
「ああ、わかった。わかった。それで、他にいない?」
「・・・あまり仲良くしている人と言ったらその辺くらいなんですよね」
「なるほど。ありがと。それと、もし誰からか連絡きたら絶対教えてね」
「はい!」
さっきとは違ってはっきりと答えた。泣いたり怒ったりって咲良みたいだな。
その後、栗林が戻ってきた。凶器に使われたものの指紋は母親と咲、壇のものだった。そして、一応渡した刃物は壇だけだった。一見、壇が殺したようにも見える。でも、本当にそれだけだろうか。
「壇の詳細は?」
「壇は以前まで工場で働いていた。でも、だいぶ前に辞めているんだ。理由はやりたいことができたと言っていた。夢があると。その時の顔は輝いていたらしい。工場長が言っていたよ。でも、その夢とは程遠いことをやっている。何で壇がここにきたのかはさっぱりだ」
壇はなぜ夢を持ちながらこんな道へと進んだのか。天音の母親は殺された。そして、天音の父親も・・・。いや、違う。父親が生きている可能性もある。もしかしたら・・・。
「天音の父親は海外で死亡が確認されたのか?」
「いや、そこまでは・・・」
海外の情報を入手するのは難しいと首を振った。
「じゃあなんで・・・?」
「死んだ情報だけは届くようになってるらしい。ただ死体が日本に届かなかったことが本当に死んだのか疑う証拠だ」
もしも、天音の父親が生きていたとして、もしも、壇が偽名だとしたら・・・。
「天音咲はどこにいる」
「須藤さん、咲さんに電話してみてくれる?」
「・・・はい」
明日までに決着をつけないと咲良の事件と類似しているのならば・・・。
明日、天音咲が殺される。誰かも知らない犯人に。
「つながりません」
「そうか、ありがとね」
仕方ない。天音の母親が殺されるのは想定外だった。それは咲良の事件では殺されていないからだ。そして、天音の父親の顔を僕たちは知らない。僕たちが知っているのはただ天音咲が消えたと言うこと。もしも、母親が何かを知ってしまい殺されたのか。それはあり得ないと言いたい。そもそも、なぜ壇はあの時のこのこと俺たちの前にきたのか。最初は不倫を疑った。でも、あの時の母親の顔はそういう顔でもなかった。いつも通りの日常にも感じた。なぜここまで複雑に絡み合っているんだ。絡み合う?いや、違う。僕が勝手にそうしているだけだ。犯人がまだ咲良の事件と同一犯とは限らない。似通っているだけだ。模倣犯の可能性もある。真実を知れると冷静さを失っていた。
ただの一つの事件として考えよう。天音咲が行方不明になったのは1週間と二日前。そして、今日、母親が殺された。その時に現れたのが壇だ。戦闘の末、車で逃げられる。
そして、新たな情報もある。まず咲は高校で仲良くなった人とカースト上位で盛り上がっていた。なのに、一ヶ月前に話すのはやめようと伝えられる。そして、なぜか須藤とLINEのやりとりを始めた。咲の父親は死んだかどうかは不明。死んでない可能性も死んだ可能性もある。壇はなぜか天音の家にいて刃物を取り出した。そこに血は付着していない。夢があったはずなのにそれとは遠い存在として今はいる。
あれ?じゃあ、なんで須藤の担任はあんなことを言ったんだ?他と話が一致しない。
「・・・もしもし?」
栗林が電話に出ている。驚いた表情を見せると僕をみた。何やらとんでもないことが起きたらしい。
現場に向かうとそこは火の海となっていた。家が全部燃えている。天音の家が燃えてしまっている。消防隊が必死に消火活動をしている。なんでこうなった。近くに誰かいないのか?・・・ん?あれは・・・。
久保田を呼んでそいつの前まで近づく。勘付かれて早足で逃げてしまう。急いで追いかける。角を曲がるとそこで刃物を持って待っていた。
「お前、誰だ?」
暗闇でパーカーも被っているせいで顔を認識できない。久保田と目を合わせてタイミングを決めた。足に力を入れてすぐに距離を詰める。あと一歩で攻め入ることができる。が、僕はしゃがんでフェイントをかける。久保田が突進して殴るそぶりを見せる。その隙にそいつの後ろにいく。これで動きづらいはずだ。首を絞めて後ろに体重をかける。久保田が刃物を蹴り飛ばし野良猫がニャーっ!と鳴いた。こんなところに猫いるのかよ。武器がないことを確認してパーカーを剥ぐとそこには壇がいた。
「お前!」
「なんで捕まるんだ・・・」
「答えろ!お前は殺したのか?天音の母親を!」
今ここにいるんだ。この気を逃せば明日は地獄が待ってる。それだけは避けたい。
「は?殺してない!お前がきたから犯人だと思っただけだ!」
「じゃあ、なんで車が近くにあったんだ!」
「迎えが来るのがその時間だっただけだ!あの女とは不倫関係にあるらしい!初めて知ったさ!当然、娘がいることもな!だから、あの時なんでお前たちが家にいたのか不思議でしょうがなかったんだ!」
「なんの迎えだ!」
「友達だ!その後に、バンド活動があるから早く行く必要があった!」
「お前はそれとは程遠い活動をしていたんじゃないのか?」
「それは下品ってだけだ。動画配信アプリで過激なことをしているからよく言われるんだ!」
(バンド活動とは)程遠い活動・・・。栗林、騙しやがったな!!
「そ、それより、離せよ!」
「無理だ!だったら、なんでここにいたんだ!」
「それでも、俺は!愛してたからだ!」
歪んでる。
「俺はあの人の姿に一目惚れした!でも、悲しそうな顔を見ているとたまらなくなってどんな扱いでもいいから俺と付き合って欲しいって言ったんだ!そしたら、思いのほか、うんって言ったんだ!だから、たまにあっていちゃついていただけだ!」
「歪んでる!お前は!おかしいだろ!まだ、高校生の娘がいるんだぞ!」
「知らなかったんだ・・・!結婚していたことなんて一切!」
「娘のこと何も知らないのか?あったこともないのか?」
「ない!いつも、靴も何もかも隠しているから!隠せって言われたから!それがこうなるとはな・・・」
「何してる!!」
後ろから鬼頭の声がした。すぐに駆け寄ってくる。
「こいつは天音の事件に関与している可能性があります。すぐに捕まえるべきです」
「ちっ!どけ、逮捕状ならとっくに届いてる」
手錠をかけてパトカーで連れて行く。
「色々、聞けたな」
「ああ、本当に何も知らなかったみたいだな」
「じゃあ、誰がこの家に火をつけたんだ?」
「それは警察の仕事だ。俺たちは俺たちの依頼をしよう」
「そう、だな」
翌日、僕らは早めに起きた。もしも咲良の事件との関連がないと思っても実際どっちなのかはわからない。模倣犯がいるとなればそれこそ話は変わってくる。いまだに咲の情報もない。どこに行ったとか目撃情報がない以上考える必要がある。今日の昼までには終わらせたい。
「なあ、昨日、壇以外に見かけたやつはいるか?」
「見かけたやつ?あの火事の時か?」
「ああ、僕は正直曖昧だからいいずらいけど」
「俺も曖昧だな」
一致した。やっぱりいたんだ。あの時、もう1人別の人物が。扉が開き栗林が出てくる。
「お前ら、もう起きたのか?」
「ええ、あの、壇が偽名ってことはありますか?」
「偽名?・・・それはないけど、どうして?」
「昨日までは壇と天音の父親が同一人物という線を考えていたんです。でも、壇が捕まって犯人がもしもまだ捕まっていなかったとしたら次に何が起こるかはわかりません」
「そうだなあ。でも、偽名は俺たちの場合すぐにわかるだろ?鬼頭とかいるし。その線があればとっくに言ってる」
「でも、壇のバンドが過激なことをしているとは言いませんでしたよね?」
「気づくと思ったんだが?」
「死ね」
「おお、直球だねえ」
「あの、栗林さん。天音咲さんの居場所特定できましたか?」
久保田が割って聞いた。
「それがなかなか見つからないらしい。警察も昨日の昼から当たってるらしいけどまだこれと言っていい情報はないらしい」
一体、何が起きているのか。咲良の時もそうだった。どんなに連絡しても既読無視だった。連絡がきて現場に行けば死体を発見。・・・既読?
「なあ、久保田。須藤のLINEって見れたか?」
「え?」
「もし、須藤が今も咲に連絡していたとしたら事件は繋がってるかも知れない」
「・・・既読。あ!確かに、あの時、見れた。既読は表示されていたけど返信はなかった」
「繋がっている可能性が高いな」
「早く見つけ出すように鬼頭に話してくるよ」
こう言う時の栗林さんは動くのが早い。僕たちも動こう。まずは、学校への聞き込みだ。まず、須藤が学校にいるかどうか。昨日の話を聞く限り多分いじめにつながることが行われる可能性はある。
須藤の通う学校に行くと事務室に向かった。須藤の担任を呼んでもらうように頼んだが今日は欠席すると事前に伝えられていたらしい。須藤のクラスを除くと須藤らしき人はいなかった。そう簡単にことが動くとは思えない。嫌な予感は拭えていないけど最悪の場合、天音が死んでいてもおかしくない。そもそも知らないことが多すぎる。どこで消えたのか、誘拐されたのか、まだ何もわかっていない。だから、僕の直感が咲良との事件に関連性があると思ったんだ。
「あれ?探偵さん?」
後ろから声がして久保田と振り向くとそこには昨日聞き込みをしためんどくさそうな女子の1人だった。
「何してるんですか?」
「ああ、君の担任はいるかな?」
「今日は見てないですよ。昨日、出張で来れないって言ってましたよ」
事務の先生と同じ発言。でも、二日前の時は他とは違った。安間は何か隠していることは間違いない。
「今日、他に来てない生徒はいる?」
「あー、須藤さんは来てないです」
「なぜかわかるかい?」
「・・・昨日、クラスの男子が騒いだからじゃないですか?」
「騒いだ?」
須藤からは聞いているが実際の話は知らない。須藤が嘘をついている可能性がないと証明できないからだ。
「昨日、探偵さんが聞き込みしているのを男子が騒いでいて、安間先生も知っていることがあるなら教えてくださいって怒ったから肩身が狭かったんじゃないかな」
「担任もそれに加担したのか?」
「事実が知りたいから教えてってみんなの前で」
飛んだバカ教師だ。そんなことしたら集団心理でいじめに遭うことくらい想像できる。
「君たちはその時どうしたの?」
「どうって・・・正直関わりたくなかったけど咲と仲良いの知ってたから男子にそれはひどくない?って言いましたよ」
もちろん、安間先生にもと付け足した。
「咲はクラスでも孤立しそうな人と話しかけるようにしてたから。私たちとは違う、けど、私たちはそれがカッコよく感じたんです。でも、最近は色々違ったから」
「それとは逆?みたいな感じ?」
「そんな感じです」
咲がどんな人なのか、正義感があるのかどうかはわからない。でも、その年で母親が知らない男と不倫してたと知れば変わってしまうだろう。
「ありがと、もしも安間先生が教室に来たら連絡してほしい。それと、今日だけはあまり1人で行動しないでほしい」
「・・・それって?」
その時、タイミングの悪いことに着信音がなった。失礼と言って電話に出る。
「何?」
「最悪だ。壇真人が脱走した」
「は?」
「今、警察が全力で捜査してる。鬼頭から連絡があった」
「待て、栗林さん。それって須藤とか危ないじゃないですか?天音咲は後だ。須藤を見つけ出してください」
すぐに電話を切って久保田に合図する。
「久保田、車をすぐにだして」
女子に向き直る。
「安間先生を見つけ次第連絡ほしい。それと天音咲の家庭環境とか他に逃げるのに関係しそうなことを思い出したらこの電話番号に連絡してほしい」
名刺を取り出し女子に渡す。これ以上、悠長に調べられない。最悪、死ぬ。須藤も天音も。壇が逃げるとは思えなかった。いや、百パーセントでの話ではない。あいつが全てを話しわけじゃない。不倫関係にあったのは事実だ。でも、だったらなんで・・・。
急いで、須藤に電話をかけるが出てこない。代わりに栗林に電話した。
「おい、なんで壇が逃げたりするんだよ。おかしくないか?」
「俺だって鬼頭の元に行ったら騒いでたんだ。どうしたらいいかなんて俺にもわからない。俺に推理力を求めるな。ウィズの中で推理力があるのは久保田だろ」
「わかってる。でも、いまだに久保田もわからないことがある。そもそもこの事件の裏がまだ掴めてない」
「それなら一つ、わかったことがある。安間についてだ」
・・・安間?スピーカにして久保田にも聞こえるようにする。
「安間は以前壇とバンドを組んでいたらしい。安間はボーカル。壇はドラムだ。でも、安間の家庭がバンドを反対していて結局すぐにやめたんだ。接点はそのくらい。でも・・・」
栗林の安間についての話を聞き終え余計に急ぐべきと判断した。
2時間が経ち昼頃。須藤から連絡が来た。
「どうした?」
「咲から連絡がありました。話したいことがあるからきてほしいって」
「どこに?」
「住所送られたので送ります。依頼料はちゃんと払います。咲を連れて帰ってきます」
「待て、いつ行くんだ」
「夕方にきてほしいって書いてあったのでその時間帯に行きます」
「そうか・・・」
「あの時の約束、守ってくださいね」
「・・・ああ、約束するよ」
そして、電話が切れた。
咲良と同じ事件だとすぐにわかった。きっと、咲は殺される。それまでに決着をつけないといけない。
夕方になり、送られた住所の元へ行く。廃工場らしい。久保田も一緒だ。警察には少人数できてほしいと伝えてある。誰も死なせない。咲良の事件との関連性をそいつらから聞いてやる。そして、犯人を捕まえる。
廃工場に入る手前、声が聞こえた。
「咲!やっと会えた!!」
須藤の声だ。でも、肝心の咲の声が聞こえない。
「ねえ!一緒に帰ろ!」
須藤の声だけが聞こえる。久保田と入るタイミングを伺う。
「・・・どうしたの?一緒に帰ろうよ!」
何度も須藤は声をかけるが一言も咲は答えない。
「ねえ!やっと会えたんだよ?また学校に行こうよ!」
「・・・できない!!」
咲はやっと声を出した。でも、その声音は怒りのような悲しみのような、それを堪えるような形だった。
「私は、もう帰らない。帰りたくない・・・」
「ど、どうして・・・?」
「殺したから・・・」
小さくはあるがそう聞こえた。
「え?」
「殺したの!母親も!父親も!」
「・・・え?い、いや、う、うそ・・・?だよね?」
「本当よ!!ある日、知り合った人に相談したら殺せばいいんじゃないかって言われたの!・・・だから、殺した。殺さなきゃいけなかった。苦しい生活をするくらいなら元凶を殺すべきだって言われたの!」
両親を咲が殺したのか。でも、知り合った人とは誰なんだ。それは咲良の事件に関係あるのか?
「・・・そ、そんなの、うそだよ!うそ、うそ嘘嘘嘘、絶対うそ!!」
叫ぶように声を出す須藤。
「ねえ!うそだよね?嘘って言ってよ!ねえ!ねぇ!」
感情爆発させる須藤。親友である咲が人を殺したとは思いたくないんだ。
「仕方ないの!!どれもこれも全部!・・・知ってるでしょ?私の家庭環境がどんなものなのか!私は邪魔者だった!父親は海外出張で家にいない。母親はそれをよしとして色々な男を呼んではそういうことをしてた!そういう時の私はすごく惨めだった!いつもいつも邪魔者みたいな目で見られて消えろ邪魔って言われたの!そう、言われてたことくらい知ってたよね!?」
「・・・・・・そ、それは」
咲の家庭環境は想像したような結果だった。でも、壇は違う。壇は何者なんだ。
「久保田・・・」
「そろそろ教唆犯も出てきてほしいくらいだな」
状況を変えるなら僕たちが出て行ったほうがいい。それは久保田も同じだった。
廃工場の中に入っていく。須藤と咲が2人して僕らを見る。
「ごめんね。今の話全部聞いてた」
「僕たち探偵事務所ウィズで働く探偵さ」
そうやっていつもカッコつけるセリフを吐いて名刺を天音の足元に投げる。
「間宮晴人?」
名刺が届いてよかった。
「そう、須藤さんから依頼があってね。君を見つけてほしいって」
「・・・そう、なの?」
須藤は頷いた。
「でも、必要なかったみたいだね。本人が須藤さんに会いたいと言ってくれて」
本来ならこれで依頼完了。でも、聞きたいことがある。
「残念ながら僕らも聞きたいことがあるんだ。それに答えてもらってもいいかな?」
警察はまだこない。教唆犯がどこにいるのか誰なのか聞く必要がある。それによって彼女の罪も変わる。
「壇真人って知ってるか?」
「・・・壇?」
誰?と言わんばかりの顔だ。知らないのか?
「じゃあ、君に両親を殺すように言ったのは誰だ?」
「・・・わからない」
それは顔なのか?それとも名前?惚けてるようには見えない。
「質問を変えよう。君を誘惑したのは誰だ」
「わからない」
「どうやって知り合った」
「ネット。でも、現実でもあってる。それ以上は答える必要ないでしょ?」
何かを隠してる。咲良もそうだった。何を隠す必要があるんだ。さっき両親を殺したと言ったのは自分じゃないか。きっと、父親の死が不明なのは上の存在が綺麗に抹消したからだ。
そもそも、なんでそんなことを親友にさらけ出せる?犯人として警察に捕まるんだぞ?自分が生きるためにはこうするしかなかった。その言葉と行動がまるであってない。まさか・・・。
「君を援助した奴がこの近くにいるのか?」
天音の表情を見るにそういうことだ。この近くに誰かいる。でも、僕の考えだと1人だけだ。その時、電話の着信がなった。
「ごめん、ちょっと外に出る」
そう言って、廃工場から外に出る。
「もしもし?」
「出るの遅くないですか!!」
うるさい声がしたと思ったら相手は朝に話しかけた女子だった。履歴を見ると3回も連絡がきてる。今の今まで気づかなかった。
「すまない。それで?何か思い当たることがあったのか?」
「それはないです。他の友達にも聞いたけど誰もピンとくるものはないって」
ですがと続ける。
「2時間前に安間先生が来ました。今日、欠席した人は須藤だけか?って少し焦ったようにも見えましたけど、一応報告です」
2時間前に安間が?なんで、焦る必要が・・・。やっぱり、推理は正しかったのか。
「今どこにいる?」
「どこって家ですけど?」
「なら、誰か家に来ても絶対に入れちゃダメだ。あと、悪いけど君たちの周りには警察がいる。もちろん、君たちを守るためだ」
すると、足音が聞こえた。後ろを振り向くとパーカーを来た人が刃物を持って向かってくる。
「悪い、きる。言うことは絶対だ」
すぐに電話を切ってポケットにしまう。
「誰だ?」
応答はない。そいつは駆け足で向かってくる。ここで対峙したほうがいい。中に入れると厄介だ。
刃物を振り翳し距離を詰めてくる。パーカーに仮面という夜みればホラーのワンシーンだ。
左ストレートを喰らわせるが思った以上に硬い。防弾チョッキでも着ているんだ。なら、腕を狙って戦うしかない。刃物以外に銃を持っていそうだ。足首だけが異様に大きい。右手にもつ刃物を交わして右手首を持ち足を引っ掛ける。うまく倒したところで足の袖を引き上げる。そこには予想通り銃があった。右手を地面に叩きつけて刃物と手の距離を置く。壇が持っていた刃物とは少し違うみたいだ。銃を取り上げ太ももに一発ぶち込む。銃声が久保田たちに聞こえたはずなのできっと教唆犯も出てくるはずだ。そして、右腕にも一発打ち込んだ。そして、仮面を剥ぐ。
「お前は・・・」
「・・・くそっ!なんでまたお前に!」
壇真人だった。予想外だ。てっきり安間が来るのかと思っていた。
「人を撃つのに躊躇いがない人間なんて初めて見た・・・」
「悪いね。人であることをやめてるんだ」
ちょうどいい。ここで色々聞き取れたら儲けもんだ。
「5年前の美羽殺害事件について何か知ってるか?」
「いきなりなんだ?」
「質問に答えろ。お前の脳みそぶちまけるぞ?」
「それはごめんだ。・・・まあ、あの事件は日本中が騒いだよな。人が死ねば未成年だろうとテレビで晒されるんだからさあ」
「そんなことは聞いてない」
「美羽の事件は俺が関与してるわけじゃない。今はもっと上の存在だな」
「そうか。そいつの名前を教えろ」
「それは無理だ。俺もそいつを知らない。顔も見たことないし声も発しない」
意外とベラベラ喋るんだな。上の存在ってことは団体なのか?
「俺がこれ以上話せることはないな」
「待て。お前、なんでそんなに話せる?」
「は?・・・そんなの決まってるだろ?救うべき人を救う。それが俺たちのモットーだ。それに反する人と関われば全員殺す」
殺す?やっぱり、あの女子高生たちに警備をつけたのは間違いではなかった。でも、そうなると須藤がやはり危ないままだ。
「救うべき人に殺しをさせるのはどうしてだ?」
天音の両親を殺させるくらいならその団体の上の存在が殺せばいい。そっちの方が天音は楽だろう。
「確かにそうだろう。でもな、何もかもが代償なくして得られるものはない。俺たちは金で集まってるわけじゃない。あ・・・そういえばお前の親って・・・」
「黙れ!!」
今は親のことなんか関係ない。
「そんなにいうならそういうことだろ。なあ、俺たちと一緒に生きよう!そして、家族とは決別しよう!」
「・・・お前、何を言ってやがる」
「・・・・・・うっ!ぐはっ・・・・・・」
は?何が起きた。壇の頭部を見ると頭から血を流している。撃たれたのか?誰に?どこから?
周りを確認するとそこにはスーツを着た人が立っていた。まずい。
「こい!」
「もう、いい。俺が今日こうなることはわかってた。昨日、死体処理ができなかった時点でそうなることくらいはなあ」
「死体処理?」
「ははっ、俺はこう見えても演技はできるんだ。これも家族が原因でね。親の顔を見て生きてきたんだ。嘘を言うのも得意なんだ」
「じゃあ、なんであの時、お前は家に来た?」
「運の悪いことに不倫関係は正解なんだ。でも、団体は俺が不倫してることを知らなかった。ちょっとショックだったさ。天音咲が母親を殺すって聞いた時はね。何もかもショックだった」
「団体を教えろ」
こいつはもうそんな体力はない。
「『子供を救う』って意味で『救世主』だ」
救世主?
「いい人生だった。親が消えてから安間に出会ってバンドやって最後はこんなんだけどよかったなあ」
ふざけんな。
「なあ、探偵。咲に言っておいてくれ。お前をこんな目に合わせてすまなかった、と」
そしてまた銃声が聞こえた頃には壇の頭は原型をとどめなかった。
急いで銃を向けたがそいつはすぐに折り返して消えた。
「・・・襲ってこないのか?」
急いで廃工場に戻ると咲は泣いていた。
「私だって認められたかった。邪魔な存在じゃないと言って欲しかった。なのに、最後の最後まで邪魔だ消えろって、気持ち悪いって言われて耐えれなかった」
「ありがと・・・。話してくれて・・・」
須藤は咲に寄り添いそして、抱きしめた。そっと包み込むように。
久保田は小声でとりあえず話は聞けたと言った。ただ、僕が予想したことは杞憂に終わっていた。もしかしたら、銃声を聞けば動くかと思ったがそうじゃなかったらしい。いや、あの時、壇を仕留めたあいつが銃声をあえて聞かせたのだとしたら一件落着だと思ったのかもしれない。そう、思いたい。
「ごめんね。迷惑かけて、でも、うん、凛に話せてよかった」
いつの間にか抱きしめ合っていたのが終わりお互い涙を滲ませている。
『それに反する人と関われば全員殺す』
壇の発言を思い出し我に帰る。まだ、終わってない。咲良の事件が『救世主』の知っている事件なのであればまだこの近くにいるかもしれない。
『知られたらダメなのに晴人に教えちゃったから』
だから、咲良は僕の目の前で死んだ。頭から血を流しながら。ってことは、今、ここで咲と須藤、僕と久保田も殺される可能性がある。
「逃げよう。このままだと誰かに殺される可能性がある」
「え?」
須藤はそんな馬鹿なと言う顔だ。だが、時すでに遅し。
「凛!!」
銃声が聞こえると同時に銃弾が少女に当たった。音の方に目を向けるとそこには仮面の被った人が立っている。さっき壇を殺した人とは背丈が違う。そして、安間とも少し違う気がした。
「咲!!」
倒れた少女は頭から血を流している。
「ねえ、ねえ!咲!!」
急いで銃を構える。このまま頭を狙って撃てばいい。でも、この距離から狙うのは難しい。銃の戦い方は知らない。近距離でぶち込む脳筋スタイルしか身につけてない。
「天音咲!お前の母親と不倫した男、壇真人がこういった。『お前をこんな目に合わせてすまなかった』と。久保田!2人を連れて遠くへ行け。警察がもう時期くるはずだ」
仮面の人は少しビクついた。気になって靴を見ると厚底の靴を履いていた。
「わかった」
短くいって2人と一緒に出ていく。咲は久保田が抱えている。
「あんた!名前は?」
返答はない。でも、動揺が見える。やっぱり来てたんだ。
「安間だよな?」
あと四発。どうやって、動く?色々情報を聞き出したい。
「誰でもいいだろう。お前もころ・・・」
そいつは倒れた。撃たれたんだ。
「ど、どうして・・・?」
「機械音声も使わず、まして、これからの仲間も殺したんだ。命令は背いては行けない。完遂しろ」
と、機械音声でそいつは言う。
「久しぶりだね〜!会ったのは5年ぶりかな?」
5年ぶり?
「・・・お前、まさか?!」
「お〜、ようやく気づいた?君の彼女を目の前で殺したんだから流石に覚えてるか〜」
「貴様ー!!!」
気がつけば走り出していた。銃を構えて一発放つ。そいつは軽々避けた。そして、左ストレートをかます。しかし、避けられ腹蹴りを食らって安間の横まで倒れる。力が強い。蹴りが強いのか?何か格闘術でもやっていたのか?
そいつは歩き出して安間の前で立ち止まる。そして、また二発目三発目と頭に鉛玉を打ち込んだ。顔を近づけて安間の仮面を外す。やはり、安間で正解だった。
「こいつとおしゃべりしてろ。また会う時は君を必ず救おう。約束する。君はこちら側の人間だ」
こちら側の人間?ふざけるな!
「咲良を返せよ!」
走り出すが、そいつは僕の顔面を蹴り上げてそして、廃工場からでた。
「おい、安間!お前の知りうる限りの情報を教えろ!」
「そしたら、・・・どうするつもり・・・?」
「復讐してやる。この手で全てを終わらせる」
「上・・・級国民・・・敵に・・・な・・・」
「・・・は?」
すでに安間は息をしていなかった。
事件から一日。久保田と須藤からその後を聞いた。まず、須藤からだ。あのあと、咲が死んだこと、警察が遺体を回収したこと、学校が一時休校となったこと、担任が変わること。久保田からは、咲はある男に声をかけられたそうで仮面を被った人について行ったところ殺害現場を目撃した。君の親もこうやって殺せとその時言われたらしい。それから、これからは仲の良い人とは関わるなと伝えられた。一ヶ月以内に話すとそいつも殺すことになると脅されたそうだ。教唆犯は顔も名前も教えてくれないらしく、ただ犯罪はもみ消してくれると言われた。それが2人が咲から知ったことだった。
そして、事件は表沙汰にはならなかった。あのあと、廃工場に来たのは鬼頭とその他の警察だけだった。死体も全部警察が処理。記者を本業とする栗林も来なかった。警察も軽く捜査しただけで取り調べを受けるようなことはなかった。
上級国民とはなんなのか。それが何を示すのか。『子供を救う』と言う意味で『救世主』とはどんな団体なのか。トップは誰なのか。
絶対に復讐してやる。咲を殺したこと。無情にも壇も安間も殺したこと。そして、僕の過去を知っている『救世主』の存在も全部、ぶっ殺してやる。
咲良の事件の真相。なぜ殺す必要があったのか。何も言わずに言えずに殺されて僕を逃したいあいつを絶対許さない。後悔させてやる。そして、僕の冬を終わらせる。