第四.五章 第七話
利為の葬儀が行われたのは、陣没から数週間後であった。旧華族や陸軍軍人に交じって、実森もそれに出席した。
「京都から御足労有難う御座います」
利為の嫡子:利建が声をかける。
「いえいえ、私こそ利為侯の援助があったからこそ、こうして生き永らえることができました。我が斯波家にとって、命の恩人であります」
「父は、仰っておりました。どうかこれからも、斯波の本家と良い関係を保てと」
葬儀が始まった。葬儀委員長は、東部軍司令官の中村孝太郎大将、かつて林銑十郎内閣で陸軍大臣を務めたものの、病で史上最短の僅か1週間で辞職したことで知られる。そして、弔辞を読んだのは、東條英機首相兼陸軍相であった。
これまで述べた通り、確かに東條は利為と生涯を通して反目していた。しかし彼は、陸軍士官学校の同期生として、旧友としての情があった。その情が溢れたのか、弔辞を読んでいる最中、感極まった。
「英機、君ト竹馬ノ友タリ。陸軍士官学校ニ於テハ、寝食ヲ同シ、日露ノ役ニ於テハ、同一旅団ニ死生ヲ共ニセリ。爾来、星霜四十年、相携ヘテ軍務ニ鞅掌シ、交情常ニ渝ハルコトナク、互、許スニ信ヲ以テシ、巨星南溟ニ墜チテ再タ還ラズ。哀痛何ンゾ譬ヘン。英機、君ノ声咳ニ接スルコト長ク、今、霊位ニ咫尺シテ猶生クルガ如キ……」
(現代語訳)
「英機、君とは竹馬の友であった。陸軍士官学校においては寝食を共にし、日露戦争においては同じ旅団で生死を共にした。それ以来、四十年もの間、互いに協力して軍務に忙しく働き、関係は常に変わることなく、互いに許し合った。しかし、大人物は南方に墜ちてしまい、もう帰ってくることはない。この哀痛の念は、どのようにたとえられることができようか。英機、君の声に長く接してきた。今、私は位牌の側に立ちながら、君がまだ生きているように…」
そこまで読んで、東條は慟哭し、絶句した。
「あの東條が…」
実森は驚愕していた。戦争を主導しつつ、特高を駆使して反対勢力に圧力を加える冷徹な『独裁者』の印象を持ちつつあった彼にとって、東條に人間らしい一面があったことはとても意外に感じた。
その後、一貫してしめやかに式は進んだ。
葬儀が終わり、実森は窓から夕日を眺めていた。利為の援助があって、斯波家は暮らしを立て直すことができた。そして新たに家族を持った後も、時折利為から助言や『厚意』を受けてきた。実森は改めて、彼に恩を感じていた。
「失礼致します」
実森の後から声が聞こえてきた。振り返ると30歳くらいの軍服姿の男が立っている。
「貴殿が、斯波実森殿ですね」
「いかにも」
「私は、総理秘書の陸軍航空兵大尉、荒垣正と申します」
「総理秘書の方が、何用でしょう」
「実は東條総理が、貴殿とお話がしたいと。利建様と共に、応接間でお待ちです」
「そうですか」
自分のことを要注意人物としてみているという東條が、私に何の用なのか。見当は付かなかったが、荒垣の要請を受けた。
「総理。斯波実森殿をお連れ致しました」
「うむ、御苦労」
実森が応接間に入ると、ソファに腰深く座っている東條が目の前に居た。慟哭していた先程とは打って変わって、東條は威厳のあるオーラを醸し出していた。その横の椅子に利建が座っていた。
「斯波実森殿、ですな。噂には聞いている。ここに座りなさい」
東條に促され、実森は東條に向かい合う形で、ソファに座った。室内は、沈黙に包まれた。




