第四.五章 第六話
1941年12月8日、遂に大東亜戦争が勃発した。これ以降国内では、言論統制が強化され、反政府的言動・活動をしている者への圧迫が強まった。
当時の実質的な国家指導者は、あの東條英機である。彼はあの後、歩兵第1連隊長、関東憲兵隊司令官、陸軍次官などの要職を経て、内閣総理大臣兼陸軍大臣に上り詰めていた。彼の就任から開戦までの話は長くなるので今回はスルーするが、色々紆余曲折があった。開戦後は、難局続きの戦争・政治指導に奮闘していた。
だが、彼を酷評する前田利為侯爵・予備役陸軍中将は、『宰相の器ではない。あれでは国を滅ぼす』と危ぶんでいた。
そんな時、とある用事で実森が東京に単身で行くことがあった。用事のついでに、彼は前田侯爵邸に立ち寄った。
「久しぶりだな。忠三郎の一周忌以来か」
「ですね。あの後、本当に何もかもが変わりました」
「その通りだ。まさか本当に、我が国が米英と戦をするとは」
「私も、想定外でした。そもそも、こんな世界大戦が起こること自体が」
利為と実森が語っている側で、忠三郎の息子、斯波正夫男爵が頷いていた。
「じきに私も召集(予備役軍人が現役復帰すること)されて、出征することになるだろう。もしかしたら、生きて帰って来られないかもしれない」
「そんな…。因みになぜそのように思うので?」
「実は、東條とは昔からそりが合わなくてな。私も彼のことを批判しているし、彼も私のことを批判している。それが何十年も続いている。その腹いせで、戦局の厳しいところに送り込もうとしても、不思議じゃない」
「あの…、そんなこと言って大丈夫ですか?」
「陸軍省では割と有名になっているから、今更だ。それより、君こそ大丈夫か?」
「私が、ですか?」
「思い当たる節、あるだろう」
実森は、意外と鈍感なところがあった。ある意味自由人であったため、他人からどう見られているか、あまり気にしていなかったのである。
「実森さん。私は心配しているんですよ」
正夫が切り出す。
「実森さんが、戦時体制以前から変わらず、自由主義的発言を繰り返していることを」
「何故それを、正夫さんが?」
「特高(特別高等警察。実質的な秘密警察として機能した)から内々に聞かされました。あなたの一族らしき人が、時勢にそぐわない発言を繰り返していると」
「そぐわないかもしれないけどねぇ…」
「悪いことは言わない。君たち一族の身の安全のためだ。今は、そうした発言は控えた方が良い」
利為は忠告した。
「これから締め付けが厳しくなるだろう。くれぐれも、睨まれないようなことはしないでくれ」
「何かあったら、私たちにも疑いの目がかけられかねないので…」
実森は内心不服であったが、黙って頷いた。
1942年4月、利為本人が予感した通り、召集を受けた。そしてボルネオ守備軍司令官として、その地に赴任した。彼が陣没したのは、同年9月5日のことであった。




