第四.五章 第四話
実森は、翌年の三月までの間、前田家が無償で提供した一軒家に住むことになった。そこから週に四日、前田侯爵邸に赴いて、前田家の子息2人に英語や漢文を教えた。
「英語だけでなく、漢文の素養もあるとは。流石だな」
「滅相もありません。漢文は本当に父や長兄から教わったのみで」
「それで、人に教えられるくらいのものになるのは大したことだ。ずっと息子たちの家庭教師にしたいところだ」
「お褒めの言葉と、受け取らせていただきます」
利為は、実森のことを更に高く評価した。
その年の暮れ、彼は自分と同じ種子島出身の士族、鮫田きよと結婚した。きよも東京の修練女子大学の出身であるが、この時代、しかも島嶼部出身で夫婦共々大卒なのは、異例中の異例と言えよう。
同じ頃、利為は用事があって陸軍省に居た。その用事を済ませて帰ろうとすると、あまり会いたくない人物に出くわしてしまった。
「これは、侯爵閣下ではないか」
「これはこれは、メモ魔の東條君じゃないか」
同期の東條英機陸軍中佐である。当時彼は、陸軍大学校教官の職にあった。
「最近聞いたのだが、旧家の何某を経済的に支援しているとか?」
「耳が早いな」
「やはり、名門は名門同士つるむのだな」
「妬みか?」
「妬んではいない。ただ感想を述べただけだ」
「まぁ、ちょっとその家が窮乏していたから、助けてやる代わりに、息子たちの家庭教師をしてもらっているまでだけどな」
「それで、仕事の斡旋までしているのだろう?」
「…、お前、どこからその話を」
「君のようなボンボンが思っている以上に、噂が広まるのは早いもんだ。気を付けな」
そう言って、東條は去っていった。
「(あの奴…、何を考えているか分からん。不気味すぎる…)」
利為と東條は、陸軍士官学校では同期であったものの、そりが合わなかった。東條は陸軍大学校を二度受験に失敗し、三度目で合格しているのだが、前田はそれに関連してか彼のことを、『頭が悪く、先の見えない男』と酷評していた。また東條も、利為のことを『世間知らずのお殿様』と揶揄していた。
「(しかし一応は、彼も陸大を卒業している人間だ。いずれ出世するだろうが、あのねちっこい性格で、災いが起こらなければ良いのだが…)」
東條のことが考える度に、いずれ変なことが起こりそうな予感がする利為だった。
前田利為と東條英機が不仲なのは事実だったそうです。




