第一章 第三話
2015年4月、沙織は興城大学文学部日本文化学科に進学した。流石に『西側陣営』の文化を専攻するのはいかがなものかという声が、一部の党幹部からあったが、父である楠木正興大統領の『末っ子だから、少しは大目に見てやってほしい』という一声で、即時に収まった。彼女はそこで、興味のある日本のエンターテインメントのみならず、近代以前の芸術や文学についても、大学で研究することになった。
それから、少し夏っぽさが気候に出始めた5月下旬。沙織は父に呼ばれた。
「どうだ、大学は?」
「楽しい!でも、まだ教養科目ばかりで、専門科目が少ないから、何とも…」
「まあな。でも、そうした教養も、いずれ役に立つ。子育てとか、茶会でも話のネタにもな」
「はい」
「それと、勿論党務や政務でもだ」
「は、はい」
「そこでだ。一応、沙織も成人しているわけだ。女とはいえ、楠木家の者として、そろそろ動いてもらわないといけない」
「それは、どういうこと…?」
「次の党中央委員会で、君を中央委員候補に加えるから、そのつもりでな」
「えっ…、えーーーーーっ!?」
寝耳に水とはこのことである。大学生活で、自分の好きなことに集中できると思っていたからである。
「そんな驚くことか?」
「い、いや、私まだ18歳だよ?正顕お兄ちゃんでさえ20歳で中央委員候補になったのに」
「わしも考えたんだけどな。しかし、今回の人事で、結構な数の女性中央委員が引退するんだ。流石に、世界的情勢も考えて、ある程度の比率は維持したい。ただでさえ、この国は太平洋に孤立した社会主義国だ。ほんの少しは、欧米の顔色は伺いたいのよ」
「それでも、私じゃなくてもいいじゃん…」
「まあ、そういう事だから頼んだからな。わしはそろそろ政務に戻る」
「ちょ、お父さん!?」
こうして6月3日、彼女は南興労農党中央委員候補に『選出』され、同時に党青少年団女子部長に補職された。
その数日後、市街地にて。
「やっぱ、幹部になるの早いね~」
「あんまり外でその話しないでよ~」
「ごめんごめん。でも、おめでとう」
「ありがとう、芽美」
「それで、これから定期的に青少年団の面倒を見るんだっけ?」
「そうなの。上手く纏められるかな…?」
「沙織なら大丈夫よ。何と言ったって…」
「あ~、もう分かってるから…」
そう、沙織と芽美が喋っていると、一人の少女を見つけた。
「あの人、健康学概論に居る子だよね…?」
「ああ、あの水色ワンピースにメガネの子?」
「そう」
「あの子ね、日本からの留学生よ」
「へえ。芽美、喋ったことあるの?」
「う~ん、グループワークで2回くらい一緒になったくらいかな」
「そうなんだ…」
すると、その少女が、二人に気付いて、近づいてきた。
「あ、あの、興城ドームホテルって、どうやって行くんでしたっけ?」
「ああ、ドームホテル?なら、これから一緒に行く?私たちもこれからその方向に行くんだ」
「あ、では、ご一緒させて下さい」
そうして、3人で通りを歩き始めた。
「あの…、大岡さんの隣の方は?」
「あ、私、楠木沙織と言います。宜しくお願いします!」
「く、楠木!?」
「は、はい」
「も、もしかして…!」
「あ、はい、そうですね…(苦笑)」
「なるほど。私、森田このみと言います。日本から来ました。父は…、一応保守党の参議院議員で、農林水産大臣をやっています」
「ああ!あのBand of GIINの森田正好さんの?」
「そうです!ご存じなんですね」
「渋くてかっこよくて、時々聞いてますよ!」
「ありがとうございます!」
すると、芽美が…、
「へえ、沙織、日本のバンドにも詳しいんだね」
「そうよ、詳しいのはアイドルだけじゃないし」
「それは失礼(笑)」
「それで、このみさんは、ホテルで何か用事があるの?」
「あ、はい。実は今、父が視察に来ていまして」
「そうなんだ!」
「はい、それでちょっと顔見せろと」
この後も、和気藹々と喋りながら、3人はドームホテル方面へと向かった。