第四.五章 第二話
所変わって、前田侯爵邸。
「今日は休日。久しぶりにゆっくりしたいものだ」
前田利為侯爵・陸軍中佐が、書斎で紅茶を飲んでいた。
「今日は一日中、歴史書でも掘り返して、読んでみるか」
そう言って、本棚を漁っていると、執事がやってきた。
「閣下。斯波忠三郎男爵がお見えですが」
「忠三郎が…?突然だな」
「応接間にお通ししますか?」
「忠三郎が来るんだから、余程のことなんだろう。通しなさい」
利為は、急ぎ身支度をして、応接間に向かった。
斯波男爵家は、加賀斯波家とも言い、江戸時代は津田姓を名乗っていた。明治維新を機に、先祖の苗字である斯波に改姓した。
「殿、数か月前のパーティーぶりでしたな」
「うむ、あの七面鳥、また食べたいものだな」
「左様ですな」
「それはそうと忠三郎。何の前触れもなくやってくるとは、余程急を要する用事があるのか?」
「はい、実は、我が本家の当主が、半年ほど前にアメリカより帰国しまして」
「ほほう…。斯波の本家と言えば、足利幕府の管領の家柄だったな」
「はい。ですが、江戸時代は流浪した挙句、種子島に追放されまして。50年程前に一念発起してアメリカに渡ったのですが、御存じのように排日移民法によって日系人への風当たりが強くなってきたようで。当主の義寅殿とその妻子たちはアメリカに残ることを決断したそうなのですが、同時に義寅殿の末弟である実森殿に本家の家督を譲った上で、彼だけ日本に帰国させたとのことです」
「なるほどな」
「ですが、実森殿は渡航や帰国などでほぼ財産を失ってしまったようなのです。何とか代々受け継いだものは質に入れてはいないようなのですが…」
「相当に、困窮していると」
「はい…」
「まぁ…、助ける義理はないな」
「(まぁ、それはそうか…)」
「だが、これまで代々尽くしてくれた津田家、いや加賀斯波家の本家なのだ。近々ここに連れてくるがいい」
「殿…!」
「足利に連なる名門だしな。困窮して断絶したとなっては、同じ武家として不憫だ」
「では、何とか連れて参ります!」
数日後、実森のマンション。
「失礼いたしますぞ…、っていないのかなぁ…?」
忠三郎の弟、孝四郎がやってきた。彼は貴族院議員であり、東京帝国大学航空研究所の所長・教授でもある、船舶工学者でもある。
「まぁ、兄さんから連れてくるように『強く』言われちまったからなぁ。手ぶらで帰るわけにはいかんなぁ」
彼が、秘書と共に待つこと1時間強、漸くお目当ての人物がやってきた。
「私に何か用でしょうか…?」
すると、孝四郎は片膝をついて、頭を下げた。
「実森殿、アメリカからの帰国、お疲れさまでした。私、加賀斯波家当主:忠三郎の弟、孝四郎と申します」
「これはこれは…、初めまして」
「突然で申し訳ないのですが、重要なお話を持って参りました。お部屋にお邪魔しても宜しいでしょうか?」
「わかりました、どうぞ」
部屋の中に入ると、そこには数十冊の本と家具とキッチンしかない、管領の直系の末裔にしては寂しい部屋がそこにあった。
「では改めて、用件を申し上げます」
「はい…」
「近々予定を開けていただき、前田侯爵に会っていただきたいのです」
「わ、私がですか!?」
「これは、兄:忠三郎の意向であり、既に前田侯も了承済みです」
「な、何があったんですか?ほぼ一文無しの私では、何も手伝えることは…」
「まぁ、それは会ってからのお楽しみということで。悪いようには致しません。曲がりなりにも、我が一門の本家でございますし」
「それは、もう昔の話で…」
「いいや、本家は本家にございます。これまで数百年、種子島に流されたり、西南戦争で西郷軍への加勢を断ったら村八分にされたり、アメリカに渡っても白人連中に嫌がらせを受けたり…。本家とは思えぬほどの苦労ぶり、聞き及んでおります。だからこそ、分家として貴方をお助けしたいのです」
「孝四郎さん…」
「礼なら兄に言って下さい」
「わかりました」
「当日、兄がここに迎えに来て、洋服も持っていきますので、そのつもりでお願いします」
「そこまでしていただけるとは…」
余りの厚遇ぶりに、実森は驚きながらも、心から感謝した。




