第三章 第十三話
次の日、沙織は一人で、とある名家の屋敷に向かった。
「やっぱり、豪邸ね…」
そう思っていると、執事と思わしき中年男性が門より出てきた。
「楠木沙織殿ですね?殿が中でお待ちです。どうぞお入りください」
そう言って、沙織は屋敷の中に案内された。屋敷の中は、玄関横の応接間以外は純和風であった。沙織は、それより奥の、和室に通された。そこには60歳前後の、袴を着た男が座っていた。その袴には、児文字の紋が付けられていた。
「楠木殿、初めまして、ですな?」
「はい、この度をお招きいただき、有難う御座います」
「いえいえ。改めまして、宇喜多家当主の秀和でございます」
「南興楠木家当主、沙織でございます」
かつての南興島酋長家である宇喜多家と、楠木家の、80年ぶりの邂逅である。
「貴殿の曽祖父、正武殿がこの屋敷に来たのが80年前、祖父:秀一によれば、その時から社会主義に傾倒していたらしく、それ以降、彼は我が宇喜多家とは疎遠となりました。貴殿の祖父の正光殿も同様に、我が家に一切連絡をしませんでした。しかし、貴殿のお父君、正興殿は違いました。よく世界情勢を見極められ、日本との関係を回復しようとされました。その一環として、20年前、党幹部を我が家に派遣されたのです」
「伯父、岩松正純から聞きました」
「岩松家も新田の支流、南朝の名門でございますな。正純殿も5年前、この屋敷に来られました。新田義貞公に劣らぬ武人の雰囲気があったことを覚えております」
「私も、そう思います」
「それ故、次の楠木家当主がどうなるか、心配だったのです。正直に申し上げますと、正朝殿が当主となってしまうと、せっかく縁が戻った両家が、再び疎遠となってしまうと、大変憂慮しておりました。しかし、正興殿が亡くなる直前に、跡継ぎを沙織さんに替えられたことで、私も一安心いたしました。日本に友好的な方が継がれるのなら、交流が続けられますからな」
「ご心配、有難う御座います」
「名門同士、こうして交流することは重要なことです。民主主義が根付き、全ての人が法の下で平等となったとはいえ、我が民族の伝統は絶やしてはいけません。その『心』を守ることこそが、我ら名門の役目だと、私は思うのです。こうした交流・意見交換が、伝統の維持し、より深いものとなると思うのです」
「私も、先日陛下の拝謁を賜ってから、その思いを強く致しました。たとえ、日本と南興で国が分かれても、私たちの血の殆どは日本民族。そして楠木家は、建武の時代に後醍醐天皇より引き立てられた恩があります。住む国こそ違えど、私達も、何らかの形で皇室に奉仕しなければならないと思いました」
「御立派な志があって、私も安心致しました。しかし、惜しむらくは、貴殿の国が社会主義国であることですな」
「それについても、党内をどうにかしなければと、思っております」
「それはそうと、最近気になる名家がありましてな」
「は、はあ…」
「貴殿が南朝の流れですので、恐らく因縁のある家だと思いますがね」
「北朝、ということですか」
「そうです」
「もしかして、斯波家、ですか?」
「ご名答、何かご存じだったりしますか?」
「口外しないでほしいのですが」
「無論」
「さる大臣の方と、斯波家の出の方が幼馴染だったと」
「その通りです。そのお方、春子殿というのですが、その妹の睦子殿が斯波家を継がれたのです。それに対して春子殿が、色々あった末に、実家を悪く言うようになっているとか」
「そこまで、ですか」
「しかし、春子殿の息子さんが逆に斯波家を尊重し、それを斯波家一門も認めていて、既に事実上の後継者扱いとしている様子。これに春子殿は激怒されているようで」
「ですよね…」
「それだけなら良いのですが、その斯波家一門の中にも、春子殿に近い方が居たりして、家中の対立が深まっている様子。これを当主である睦子殿が抑えきれていないのです」
「大臣の方から聞いたものより、深刻そうに聞こえます」
「このままいけば、せっかく明治期に少しずつ復活してきた斯波家が分裂し、今度こそ没落してしまいそうだと、私の周りの人たちは言っていますねえ」
「なるほど…」
「ご存じのように斯波家は源氏の名門。足利将軍家や今川家が既に断絶している今、足利家支流の筆頭格は間違いなく斯波家。その家が消滅してしまうと、一層伝統を守ろうとする勢いが削がれてしまいかねない。故に、助け舟を出したいところなのですが…」
「なにか、問題が…?」
「これは内々の話ですが、斯波家がかつての北朝の主要勢力であり、且つ睦子殿の祖父が結構なリベラルだったようで、皇室からの評価は決して良くないのです」
「そうだったんですか…」
「故に、私達も大きく動けないのが実情でしてね」
「なるほど…」
「それでも、私としても、何とかできないか思案しているところです。くれぐれも、この件は内々にお願いしたいのと、もし何かあった時には、是非御助力をお願いしたい」
「事情は分かりました。どこまでお力になれるか分かりませんが、それでも良ければ」
「一向に構いません。初対面なのにもかかわらず、面倒な話をお聞かせして申し訳ありません」
「いえ、私は大丈夫ですよ」
その後は二時間ほど、二人は文化からプライベートなことまで、諸々の話を抹茶を飲みながら歓談したのであった。




