第三章 第十話
所変わって、埼玉県某所。そこに、玉川芳彦の家があった。
「とりあえず、今回は理系に進めたから良いけど、卒業したらまた医学部目指すんでしょうね?」
「頑張ってはみるよ。気力次第だけど…」
「今、文系は就職難しいし、政治家なんてもってのほかよ。あんなの不安定にも程があるわ」
玉川春子は、一人息子の芳彦に圧をかけていた。
「そうだぞ、医者や歯医者なら、食うに困らない」
「手に職を付けないと、これから先どうなるか分からないわ」
「母さんの言う通りだ。とりあえず、理学部でいい成績取れ」
「もう一回言うけど、どうしても法学部に行こうとするなら、家から追い出すからね」
「…」
芳彦の父、武雄も、春子に同調して、芳彦に迫った。芳彦は、その場では頷くしかなかった
「(くっそ…、これでは親の言いなりじゃないか。特に母さんと婆ちゃんは、どうしても俺を医者にしようと邪魔してくる)」
前々から、母も外祖母も、何が何でも芳彦を医者にしようとしていた。全ては、自分たちの病院を継がせる為である。しかし、芳彦は全く以て、医者どころか、医療系そのものに興味を持っていなかった。その上…、
「(それに、母さんは何かにつけて斯波家のことについて否定的なことを言う。その癖して『奥さんは大卒以上、日本人じゃなきゃ許さない』って言ってくるし。何なんだよ)」
『伝統』を重んじようとする芳彦は、名門である母方の実家を悪く言う母が許せなかった。
「(そろそろ、俺も決断しないといけないかもな…。それには、お金が要る…)」
世良田大学理学部に内部進学が決定した直後から、芳彦は、立川尭久、萱野光洋ら『玉川党』の面々と、密かに起業計画を始めた。
そのことを芳彦は、叔母で斯波家当主である睦子に報告しに行った。
「叔母ちゃん、俺、そろそろ起業の為に動くわ」
「なるほど、くれぐれも無理しないようにね」
「もしかしたら叔母ちゃんに手伝ってほしいっていう事があると思うけど、なるべく自分たちでやってみる」
「ありがとうね。斯波家もある程度経済的余裕ができたとはいえ、まだ油断はできないのよね。ただ、芳君が大きな決断をするときは、全力で助けるから。もう、斯波家を継げそうな子は芳君しかいないもの」
この当時、斯波睦子は独身で、子供が居なかった。従弟妹達は、独身だったり、名字が変わっていたりしており、その上余り親しい状況とは言えなかった。つまり、彼女と親しい親族は、甥である芳彦ただ一人となっていた。家督相続を放棄した春子はともかく、芳彦の優秀さも折り紙付きで、且つ斯波一門を尊重する姿勢から、睦子だけでなく斯波一門全体から高く評価されていた。そのため、名字は異なるものの、春子の『斯波家には早く断絶してほしい』という思惑に反して事実上の後継者扱いを受け始めていた。
「有難う。俺も斯波家を復活させるために、頑張るよ」
「近いうちに、貴方たちの仲間もここに連れてきなさい。家臣団として本当に相応しいか、一応私が見定めたいから」
「分かった。多分叔母ちゃんの眼鏡にはかなうと思うよ」
斯波家当主のGOサインが出た芳彦は、最初の野望に向かって、動き出すのであった。




