第三章 第一話
2017年8月19日、南興社会主義人民共和国大統領にして南興労農党委員長であった楠木正興が逝去した。そして、この地位を継承したのが、正興の次女で、まだ20歳の楠木沙織である。彼女の最初の仕事は、父の葬儀であった。
「日本の労働党とキューバの共産党は必ず呼びましょう」
と、関泰弘首相。
「蘇我委員長とカセージョ第一書記ですね」
「はい。あの二党は我が国と古くから親密です」
「特に日本の労働党は、私たちの党とは姉妹のような存在。これからも手を携えられれば」
「それと、ベネズエラのマドロス大統領とベトナムのリャン総書記も招待しておきたいですな」
と、岩松正純陸軍元帥。
「確かに。ベネズエラはやや中国寄りですが、ベトナムは中国と仲が悪いですからな。我が国のこれからの外交政策をアピールするためにも良いことでしょう」
因みに、この場には沙織のすぐ上の兄で、正興の死の直前に廃嫡された正朝の姿はない。彼は、正興が亡くなって初めての政治局会議で政治局員を解任され、中央委員に降格されてしまっていた。役職も、党組織運動部長から、閑職の人民議会副議長に左遷されている。そのため、とりあえずこの会議中では、さしたる混乱は起きなかった。
「あの…、そういえば遠藤副委員長はまだいらっしゃらないのですか?」
沙織が聞く。副委員長は文字通り党No.2であり、このような重要な会議に欠席するのは不自然であるといえた。
「副委員長は所用があると言っていましたが、委員長は聞いていませんでしたか?」
「いいえ、何も…」
「これは失礼いたしました。まぁ、あの…、沙織様には後程お伝えします」
「は、はぁ…(おじちゃんが言葉を詰まらせるの珍しいわね…)」
その頃、興城国際空港の玄関。
「暑いね…」
「お母さん、お迎えの車は?」
「確かこの辺だと、遠藤さん仰っていたはずだけど…」
母子が辺りを見回していると…。
「勝村さん」
「あ、遠藤さん、お久しぶりです」
「この度は日本からこんなところまで来ていただいて有難う御座います」
「いえ…。ただ、あの方に最後の挨拶をしたいと…。娘は今まで一度も会えませんでしたし」
「お辛かったでしょう。ささっ、あちらの車へどうぞ」
そう言うと母子は、黒い車に乗り込んだ。
「もしかしたら、勝村さんたちのことを悪く言うかもしれませんが、そのときは私が何とかします」
「申し訳ありません」
「いえ、日本から来てくれることを、前委員長は心待ちにしていたと思います。情勢が緊迫していなければ、というより、あの方が後継者になってしまいましたからね…」
「でも、その人じゃなくて、沙織さんが後を継がれたんでしょ?」
「だからこそ、今回私も、美桜ちゃんたちを呼ぶことができたんですよ」
「その…、一族の方は、私たちのことはご存じなの?」
「涼子様は知っておられます。しかし、それ以外のお子様はまだ何も」
「ちょっと、心配になってきた…」
「大丈夫です。何かあれば、この遠藤通明が抑えます。とりあえず、短い時間ですが、何とかお三方だけで会えるように工夫はしました」
そうして、車は楠木邸へと向かっていった。




