第二章 最終話
その夜、正興の部屋に、幼児を除く楠木一族の殆どが集められた。一応、見届ける役として、遠藤通明も居た。
「家族のみんなに、言わなければならないことがある」
皆が頷くと、正興は、残された僅かな体力を振り絞るようにして、言った。
「正朝を、楠木家の跡継ぎから外す」
この時には、正朝以外の一族全員に、正朝廃嫡の件は伝わっていたため、皆驚いていなかった。
「お、親父…!嘘だろ…?」
「正朝、お前は傲慢すぎる。粗野すぎる。わしや正純が何度言っても、その性格を改めなかった。妹を冷たく扱い、妻を罵倒し、果ては兄をも蔑むような姿勢、もはや後継者の器に非ず。よって、お前にはこの国を継がせない。既に、他の政治局員、局員候補も話をしておいた」
正興がそう言うと、正朝は愕然としながら、椅子に腰を下ろした。
「そして、皆に改めて、後継者を誰にするか、ここに伝えておく」
正朝以外の一族が、正興を見つめた。
「南興社会主義人民共和国次期大統領、南興労農党次期委員長、そして楠木家次期当主は…、沙織とする」
すると、正藤と正純が率先して、
「賛成です」
「異存有りません」
と言った。その他、正顕を始めとする他の一族の賛意を表明した。しかし、やはり正朝は…、
「おい、なんで、何で沙織なんだよ!?何でこいつが…!」
「正朝様!お静かに」
遠藤が止めに入ると、正朝は怒りの表情のまま引き下がった。
「沙織、びっくりしたよな」
突然の、父からの直々の後継指名に、沙織は驚いて、黙ってしまっていた。
「沙織、無理もない。これは数時間前に決まったことだ。まぁもっとも、前から正純や正藤が色々と動いていたことは、風の噂で聞いていたがな」
そう正興が言うと…、
「こ、これは大変申し訳ありません!」
「父さん、申し訳ない」
正純と正藤が頭を下げた。
「お父さん、何で、私が継がなきゃいけないの…?」
既に沙織は、涙を浮かべていた。
「国を守るためだ。国を守るためには、沙織が上に立たなければ、この国は前に進めない。今日、皆で話し合って決めたことだ」
「でも私、トップになるための勉強は何も…」
「それは申し訳なく思っている。だが、わしにはもうこの選択肢しか残されていなかったんだよ。こんなひどい父親で許してくれ」
「お父さん…!」
沙織の頬に、幾つもの涙が流れていた。
「沙織、楠木一族を、党を、そして南興を、頼んだぞ…」
彼の言葉に、沙織は、静かに頷いた。そして、涼子を残して、他の一族は部屋を後にした。
8月19日午前4時頃、楠木正興大統領は危篤状態に陥った。そして、楠木一族と政治局員に見守られながら、同日午後2時に、この世を去ったのであった。
楠木正興大統領逝去の報は、翌日朝9時に国営放送で報道された。興城市民は大挙して、花束を以て広場に集まり、人民議会前の正興の巨大肖像画の前に献花した。また、正午には党政治局による記者会見が放送され、次期南興社会主義人民共和国大統領に、楠木沙織が就任する旨が発表された。
「沙織ちゃん、いや、委員長閣下」
「おじちゃん、流石に二人の時は今まで通りに話して」
「これから、世界各国から弔問客が訪れるだろう。辛いと思うけど、気丈に対応しなければならない」
「うん、頑張る」
「俺もできる限りサポートするからな」
「有難う」
「沙織。すまないな。俺が色々動いてしまって」
「おじちゃんの気持ち、分かるよ」
「俺は、見ていられなかったんだよ、正朝のあの様子を」
「でも、これからの正朝お兄さんが心配」
「ハハ、沙織ちゃんは優しいな。例え嫌われていることが分かっていても、思いやることができる。中々できることではない。だからみんな、君を支持したんだ」
「私なんか…」
「沙織、これから自分に自信を持って動くんだ。指導者は、皆を安心させなければならない」
「うん」
「(沙織の頭を撫でながら)大丈夫だ。俺たちが支えるから。少しずつ、指導者の素質を磨けばいいからな」
そう言うと、沙織は微笑みながら頷いた。
楠木沙織、20歳。図らずも一国の指導者になってしまった若き女性に、これから幾つもの難題が降りかかることになる。その最初の難題が、父の葬儀で降りかかることになろうとは、まだ沙織はおろか、楠木一族も、皆知らない。
(第二章 完)
遂に第二章完結です!これから沙織は、南南興大統領として数々の難題に直面することになります。その最初の難題は、まさかまさかの…?乞うご期待!




