第二章 第十一話
「だから、働きすぎないでって、言ったのに…」
「お父さん…、何でそんなに無理して…」
「父さん…、だから俺たちは何度も言ったんだよ…!」
「…」
ベッドで眠る正興の横を、涼子、沙織、正藤、そして岩松正純も、涙ながらに見つめていた。
「親父…!」
するとそこに、正朝が現れた。
「何で、何でそこまで無理して…!俺はまだ、国を背負うほどの力量はねえんだよ…!」
彼の言葉に、正藤と正純は共に、『流石に自分の力量は推し量れるか』と、一瞬だけ少し安心したが、それで彼の廃嫡の動きを止めるつもりはなかった。
正興は、脳卒中と診断された。下半身不随を起こしており、医師団は、これから以前のように仕事をすることはまず無理だろうという見立てを、彼らに伝えていた。
「これからことを、考えなきゃな…」
正純は静かに言った。
「俺はどうすればいい…?」
正朝が聞くと、
「今は、大統領の側にいてあげろ」
と、正純は言った。彼はギリギリまで、正朝を次期大統領から引き摺り下ろそうとしていることを、悟られないようにするつもりであった。
「じゃあ、俺は軍の方々と話に行かなきゃいけないから」
「俺も、一旦家に帰るわ」
そう言って、正純と正藤は部屋を後にした。
入れ替わりで、沙織たちの長兄である正顕が入ってきた。
「正朝、ここは気をしっかり持て。これからは…」
そう言うと、正顕は言葉を詰まらせた。
「正顕兄さん…?」
「いや、まぁともかく、万一の時は気丈に振舞わないと、国民から心配されるぞ」
そう彼が言うと、正朝は頷いた。
一時間後、涼子を残して、正顕と沙織は部屋を後にした。邸宅の中を歩いているとき、沙織の方から正顕に話しかけた。
「これから、私たちどうなるんだろう…」
「そうだな…。少なくとも、大変な日々が待っているだろうな」
「ねえ、正顕兄さま」
「何?」
「正顕兄さまも、正朝兄さんを廃嫡しようとしていることに、賛成しているの?」
そう言うと、彼は立ち止まってから、言った。
「正直、俺はまだ迷っている」
「どういうこと?」
「確かに、正朝はああいう性格だけど、それを含めて支持している党幹部や将校も少なからずいる。もし万が一、父さんが意見を変えたら、果たして彼らがついてくるかどうか。俺には、分からない」
「もしかしたら、内部分裂ということも?」
「まぁ、可能性は低いだろうけどな。次期大統領に正朝がなろうと、沙織がなろうと、とりあえずは忠誠を誓ってくれると思う」
「そう、なの?」
「ああ。この国は実質、楠木家が率いる国だからだ。しかし、それ以上の問題がある」
「やっぱり、正朝兄さん本人のこと?」
「あいつは、どんな手を使ってくるか分からん。ついでに言うと、孝也兄さんも、佳歩姉ちゃんもな」
やはり正顕は、元後継者だけあって、状況分析はしっかりしていた。
「それなら、そのまま正朝兄さんが継げばいいはずじゃ…?」
「それには、やはり性格をなるはやに矯正する必要があるけど、果たしてうまくいくかどうか…。外交とかで、そういう性格がもろに出てしまったら、非常にまずい」
自分の部屋に戻った沙織は、悲しみと共に、困惑の渦に巻き込まれていた。
「(もし、正朝兄さんじゃなくて、私が継ぐことになったら、本当に私はやっていけるの…?やるとなると、恐らく死ぬまでやらなきゃいけなくなる。それより、本当に国民は、党幹部は、将校は、私についてきてくれるの…?私には、とても率いていく自信がない…。どうすればいいの…?)」
沙織はこの日、一睡もできなかった。




