第二章 第三話
10月下旬、沙織は11月23日に開催予定の、南興労農党蜂起記念日に向けたイベントの最終調整を行っていた。蜂起記念日(日本における新嘗祭(「天皇が新穀を神祇に供進し、収穫を感謝する」行事)と同日だが、これは当時の楠木正武委員長による農業重視の考えのもと、敢えてその日に被せたとされる)では、青少年団が主導する『蜂起記念祝典』が毎年行われていた。その祝典では、楠木正武の業績を称える演説が行われたり、党と祖国を称賛するマスゲームが行われたりした。今回沙織は、青少年団女子部による、通常の管弦楽器と南興島の伝統楽器の両方を使った演奏会を担当していた。
「演奏は概ね良い調子のようね…。あとは衣装が届けば問題なし!」
そんな風に思っていると、隣の部屋から、明らかにいらついた声が聞こえていた。
「予算を超えちゃったの?どうにか掛け合えないの?」
どうやら、衣装にこだわってしまったせいか、予算をオーバーしてしまい、衣装の一部を削るか、全体的に手抜きをすることを迫られているようだった。
「沙織さん、衣装の手抜きは絶対にしたくありません!」
「それは分かるけど奈穂さん、党にもあまり金銭的余裕は無いようですし、髪飾りだけでも削ってもいいと思うんですけど…」
衣装担当の高宮奈穂は、沙織より2歳年上である。父親は中央委員にも入っていないが、奈穂自身は大学で極めて優秀な成績を修めているために、女子部次長に抜擢されていた。
「しかし、髪飾りがあるのとないのとでは、雰囲気が結構違ってくると思います。可愛らしくも、優雅にもなります」
「確か、銀を一部使っていましたよね?」
「ですね」
「せめてそこだけでもなんとかなりませんか?」
「…」
「難しいですか…」
「申し訳ございません」
「私も、奈穂さんの気持ち、わかりますし。無理には言いません」
そこに、大慌てで女子部員が駆け込んできた。
「ピアノ担当の貞野さんが、演奏会参加を辞退したいそうなのですが…」
「え、どうして…?」
「どうやら入院することになったらしく…」
「そうなんだ…、分かった。後で私から本人に連絡するなりするわ」
「沙織さん、どうしますか…」
奈穂が心配そうに聞くと、
「ちょっと父と相談するわ」
「委員長とですね」
「とりあえず、ピアノ担当は、何とか探すわ」
夕方、沙織が父の執務室に入ると、彼はとある人物と電話していた。
「今どなたと喋っているの?」
「おお、丁度良かった。ほら、あの森田君と喋ってるんだ」
「え、森田農水大臣?ちょっと代わっていい?」
「お、おう。良いが」
そして、彼は沙織に電話を手渡した。
「森田さん、お久しぶりです。その節は有難う御座いました」
「いえいえ、お久しぶりです。沙織さんもお元気そうで何よりです」
「あの、実はこのみさんに頼みたいことがあるのですが…」
沙織の言葉に、大統領も森田正好も、少し身構えた。
「このみさんに、労農党のイベントのお手伝いをしてほしいのです」
これには、男二人も仰天した。
(一部資料はWikipediaを参照)




