第一章 第七話
先程の森田の呟きについて、沙織は気になっていた。森田邸に戻って、リビングでくつろぐついでに、彼に質問した。
「あ、あの管領斯波家なんですか!?」
「そうですよ。斯波睦子は、管領斯波家の当主です」
沙織が驚くのも無理はない。斯波家は、室町幕府三管領の一角を担う名門であった。斯波家は足利将軍家の分家で、鎌倉幕府時代からある程度格式も高かった。南北朝時代にはライバル心からか何度も将軍家に反旗を翻すくらい有力な家柄であったが、結局恭順し、幕府管領と数ヶ国の守護に落ち着いた。尤も、戦国時代に没落して、細々と江戸時代を過ごさざるを得なかったのだが、明治期以降、当主に学者や技術者が現れたお陰で家運をやや持ち直していた。
「実は、私の妹が、睦子ちゃんのお姉さんの春子ちゃんの幼馴染でね。私が高校卒業して、東大に行くまで、睦子ちゃんはともかく、春子ちゃんとはそれなりに遊んでいましたよ」
「あれ、でも森田さんって、山口県の方ですよね?」
「ああ、実は斯波家は、太平洋戦争で日本が劣勢になりかけていた時に、時の当主である春子ちゃんのおじいさんが、下関に疎開したんです。で、そのまま昭和末期までかな、下関に居続けまして。で、そのおじいさんが亡くなって、春子ちゃんのお父さんが埼玉に移ったと聞きました。それ以降、殆ど付き合いは無いんですが、私の母親から、時々斯波家の様子と、春子ちゃんが嫁いだ玉川家の様子を聞いているのです」
「なるほど…。因みにお聞きしたいのですが、斯波家と森田家って、どういう関係だったんですか?」
「ああ…、まぁ春子ちゃんのお母様と私の母親が友人でして。時々お茶会やパーティーを一緒にやるくらい親しかったんですが、まぁ何て言うんでしょう…」
「あ、言いにくいのなら大丈夫です」
「あ、いやいや。まぁ、何と言うか、春子ちゃんのお母様が金銭問題を起こして、斯波一門の方々から白眼視されて、追い出されるようにして蒸発したんです。それが、春子ちゃんが中学生の時かな。私も心配になっていましたが、それ以降母から、『あまり斯波家と関わるな』と言われるようになりまして。しかし数年後、そのお母様が若い医者と再婚して、羽振りがまた良くなったらしいと聞いたんです。春子ちゃんは、斯波一門の方々と折り合いが悪く、高校卒業後、早々に家督相続権を放棄して、東京に逃げ出して、お母様の家に転がり込んだようです」
「うわぁ…、相当家中で揉めているんですね…」
「それ以降、私の母に、そのお母様との共通の知人を通じて、斯波家や玉川家の情報が入ってくるようになったようです。春子ちゃんの息子さんが優秀だの『神童』だの、色々聞いていたんですが、まさかあんなことになっているとは…。まぁ、余り他言しないでいただければ」
「勿論、承知しました」
部屋に戻って、沙織は森田から聞いた話を反芻していた。芽美も、沙織からの話に驚いた。
「あの斯波家…。しぶとく生き残っていたのね…」
「確かに、楠木家としては、ある意味気になるわよね」
「まぁね…。と言っても、700年弱前の話だけどね」
今更だが、沙織たちの『南興楠木家』は、南朝の忠臣:楠木正成の末裔にあたる。戦国時代に分家して、17世紀初頭に、南興に移住してきたのである。沙織の曽祖父にあたる楠木正武は、20代の時に日本に、次いでソ連に留学して、社会主義思想に没頭、そこに独自の思想を加味して『南興社会主義』思想を構築し、一国を打ち立てたのである。当初こそ党委員長・大統領の世襲は考えていなかったものの、序章の通り紆余曲折を経て、事実上の世襲へと転換した経緯がある。
対して斯波家は、一時期南朝に鞍替えしていた時期はあるものの基本的に北朝側であり、楠木家にとっては伝統的に(足利家ほどではないにしろ)『因縁』があった。
「まぁ…、南興にとってはそこまで関係はないと思うけどね。念のため、とりあえずお父さんにはこの話は伝えてはおくけど」
「流石、抜かりないわね」
一連の話を沙織から聞いて、南南興大統領である正興も衝撃を受けたことは言うまでもない。




