人類は絶滅して私達はスローライフゾンビになりました
人類は絶滅しました。それはもうあっけなく。
まあ、当たり前ですよね。ネズミ算式に増える不死身のゾンビに、噛まれただけでゲームオーバーになってしまう人間風情が敵う訳ありません。
現実はゾンビ映画と異なり、特効薬も意外な弱点も無敵のヒーローも存在せず、粛々と人類の時代は終焉を迎えました。
そして、我々ゾンビは現在、スローライフを送っています。別に動きが緩慢なことに掛けた寒いジョークではありませんよ。ただ、確かにあまり激しい運動をすると腕や首、その他諸々が飛んでいってしまう危険があるので、ある程度慎重になる必要はあります。
私達は、ほぼ不死身です。人間が生きていた頃は、本能に従い必死になって彼らを追いかけ喰らいついていましたが、別に食事をする必要はないので、人類が絶滅したからといって特に困りません。
体の腐敗も進行しないようですし、パーツが取れてもすぐにくっつくので、木端微塵に爆発四散でもしないかぎりは永遠に生きていられるようです。
基本的に仕事をする必要はありませんから、のんびり自分の好きなことをして楽しむ悠々自適な生活を送っています。
味覚や嗅覚が生前に比べ、かなり鈍くなっているので、食事を楽しむことが出来ないのは少し残念です。人気がある娯楽は、体を動かさずに済む読書や漫画、アニメ、映画などです。
映画に関しては新しく撮影しても実質全てホラー映画になってしまいますが、小説、漫画、アニメなどは休息が不要になった製作者サイドが本気を出しているおかげで以前よりも活発に盛り上がっているくらいです。
勿論それらの娯楽を提供するために出版、印刷、流通、販売にテレビ局やネット環境の整備業務など諸々の業務も発生するわけですが、十分ボランティアで人手が足りています。
ゾンビは娯楽に飢えていますから、それを得るための努力は惜しみません。
かくいう私も娯楽に飢えたゾンビの一人。元は中学三年生の女子だったのですが、正直高校受験から解放されてホッとしています。唯一心残りがあるとすれば…………あれは……ひょっとして……
「もしかして、亜蘭君?」
「あれ、伊座辺さん? 久しぶりだね!」
まさか、片思いしていた亜蘭君にもう一度会えるなんて! ゾンビになっていれば再会できるのですが、逃亡中事故に遭って亡くなった知り合いも大勢いましたから。
「うん、久しぶり! 元気そうだね……って言うのはおかしいかな」
「はは、そうだね。本屋に寄るとこ?」
「そう。今日好きな作家さんの新刊が発売されるんだ」
「ひょっとして、ルイズ・フランシュ先生の『ぞんぞんびより』?」
「そうだよ! 亜蘭君も知ってたんだ!」
「いや、俺も買いに来たんだよ! 奇遇だね!」
まさかこうやって亜蘭君と話せる日が来るなんて、ああ、本当にゾンビになって良かった。そういえば、彼に確認したいことがあったんだけど……
「「あのさ」」
「あっ、亜蘭君からどうぞ」
「実は……伊座辺さんに謝らないといけなくて……その、伊座辺さんのこと噛んだの、実は俺なんだ……絶対に許してもらえるようなことではないけど……本当にすみませんでした!!!」
ああ、やっぱりそうだったんだ。
私の妄想でも幻覚でもなかった。
学校の屋上まで逃げたけど、結局男子生徒のゾンビに追い詰められて、噛まれて人を襲うようになるくらいなら飛び降りようとしていた私。それでも勇気が出ずに肩を掴まれて観念した瞬間、誰かにゾンビが殴り飛ばされました。
こんなピンチにヒーローが現れてくれるなんてことがあるんだと感動していた私に、容赦なく噛みついたヒーロー。
えっ、なにそれ……と思いつつ、薄れゆく意識の中、私が目にしたのはゾンビになった亜蘭君の悲しそうな顔でした。最後の瞬間まで彼の幻覚を見るなんて、どんだけべた惚れしていたんだと自分自身に呆れました。こんなことなら玉砕覚悟で告白していれば良かったと後悔で胸がいっぱいに……
「ごめん……そうだよね……ゾンビになんかなりたくなかったよね……誰かが伊座辺さんに噛みつこうとしているのが見えて、気付いたら殴り飛ばしていたんだ。君を助けたかったけど……どうしても本能には抗えなくて……せめて出来るだけ優しく噛んだつもりだったけど……」
過去の悔しさを思い出して、気付いたら涙を流してしまっていたようです。慌てて弁解している亜蘭君。でも、私だって若干パニックです。だって亜蘭君の言葉が本当ならそれって……
「ううん、私ゾンビになって良かったと思ってるよ。それに……噛まれたのが亜蘭君だったのも……その……嬉しかったというか……」
「えっ……」
本当にゾンビで良かったです。そうでなければ今頃顔が真っ赤になって沸騰していたでしょうし、心臓が暴れて破裂していたかもしれません。でも心と頭が恥ずかしさで暴走するのだけは止められず、私はさらにとんでもない行動に出てしまいました。
がぶり。
「伊座辺さん!?」
「……お返しです。何ならファーストキスです。だから、もう私を噛んだことは気にしないでください。あと亜蘭君のことが好きです」
行動も順序も内容もぐちゃぐちゃな告白をしてしまいました。
「えっと……その……俺もファーストキスでした。伊座辺さんのことが好きです……もしよければ、付き合ってもらえませんか?」
「……はい……喜んで……」
片思いのまま終わった人生でしたが、ゾンビ生では両想いだったと分かり、お付き合いすることになりました。
ゾンビになって、本当に良かったです。