おはよう
朝。ふわと浮き上がる細い意識。
たゆたう心地と身を包むあたたかさ。
それらを認識する頃に、目に仄明るい白が映って現実をささやく。
ああ、朝か。と。頷くように細い意識が太さを持ち始める。
かちこち。ちちち。どたばた。ぐわんごわん。
音が音として耳を通り抜ける。
まどろみ。たゆたう心地が眠さという衣を羽織った頃。
身を包むあたたかさも温度という形を身につけ、感触も手にした時。
布団だ、と。太さを持ち始めた意識が大きくそれを広げた。
眠さにまかせて身を丸めれば。
音が音という形をつくりはじめる。
かちこち。針が時を刻む音。
ちちち。朝を飛び交う鳥の声。今、数羽が羽ばたいた。
どたばた。人が賑やかに動く音。ぶろろと音がしたのは、父が仕事へ出た音。
ぐわんごわん。部屋下にある洗濯機が元気に動く音。ぴーぴーと響く音は洗い終わり。
音が情報として成長した頃、目に“外”が映る。
時計。針。数字。時間。
順に目で追い、起床時間まであと数分、まで思考がたどりつく。
あと数分。ふうと息を吐き、ごそりと布団へ戻る。
外から自分を閉じる。たゆたう眠さに身を落とし、包む温度に身をまかす。
だが。とんとんとん、という音が。
そうはさせまいと引き上げる。引っ張り上げる。
とんとんとん。とっ、とっ、とっ。階段を上がる音。歩く音。
くそ、と少し灰色な気持ちが滲んだ時。
がちゃ、と。
終わりを告げる、その手前の音が容赦なく叩きつけられて。
「朝だよ」
抗う間もなく、終わりを告げるその音を耳にする。
終わりを告げた主は、それだけを告げると階下へと戻って行く。
灰色に黒を落とすようなそれ。
それを苛立ちと呼ぶのかもしれない。
少々不機嫌のままに、それらを振り払うように布団を跳ね退ける。
スマホの画面を確認。
いつものようにSNSもメールアプリも通知なし。
いつものようにちょっと寂しいなと感じながら。
日常へと向かうため、ベッドから足を下ろして立ち上がる。
階段を降りる途中。
ふわりと鼻腔を仄かに刺激する香りは、昨日のカレー。
朝ご飯は昨日の夜の残りもの。
だけれども、自分の好きなカレー。
ちょっと弾んだ心地のままに。
階段を降りてリビングのドアに手をかける。
「おはよう」
それを、押し開けた。
とある朝。日常のはじまり。