1.秘仏とのご対面
管理者である東 忠重さんは、お堂の南京錠をはずすと、扉を開けた。
そして僕に目配せする。
無精ひげをはやしたあごをしゃくった。
見てみろというわけだ。
中は暗い。戸口から入ってくる12月の弱い日差しだけが頼りだ。
小さなお堂だったから、てっきりすぐ眼のまえに祭壇があり、例の観音像がむき出しの状態で安置されているのかと思いきや、内陣を真横から見たアングルだった。
床は畳張り。鮮やかな赤い座布団があり、左側に香炉やロウソク立てなどが載った経卓、右手に簡素な厨子があった。
その閉ざされた黒塗りの木箱のなかに、夢のお告げで手に入れたという秘仏があるにちがいない。
思わず生唾を飲み込んだ。
「本来なら年に一度っきりしか姿を見せないことになってるんだが」と、赤ら顔の東さんは苦虫を噛み潰したような表情で言った。「尾妻。おまえの押しにゃ根負けした。その年で興味があるのもめずらしい。特別に見せてやるから、これっきりにしろ。いいか、誰にも内緒だぞ」
「無理言って申し訳ありません。せっかくだから拝見させていただきます――」
と、僕は東さんに続いて、靴をぬいでお堂のなかへ入った。
厨子のまえには高坏にリンゴやバナナなどが供えられ、菊の花が活けられた花立があった。濃密な線香の匂いがした。
「おまえも変わった男だ。業務用スーパーのケチな配達係じゃなく、学者にでもなるべきだったな」
「そんなんじゃ食えませんって。道楽で生きていけたら御の字ですが」
「ま、それもそうだ」
東さんは厨子の留め金をはずし、おもむろに観音扉を開けた。
僕は背伸びして彼の背後からのぞき込んだ。
ついにご対面――。
観音像は高さ30センチにも届くまい。両足をそろえた直立像である。金箔を施されているが、経年劣化で胸のあたりが剥げていた。
脇侍はない。渦巻模様の入った光背を負い、右の手のひらを前に向けた説法印をとり、極めてオーソドックスなポーズ。金色の蓮華が足もとを飾っていた。一応、町の有形文化財として数年前に指定されたそうだ。
拍子抜けせずにはいられない。
もとより、奇抜なデザインのそれを期待すべくもないが、あまりにもシンプルすぎる。
眼の肥えた仏像マニアでもなんでもない。とはいえ、素人目にも優れた出来とは思えなかった。
由緒ある像は、たおやかな身体のラインをはじめ、優しい両手の仕草に、豊かな頬、慈愛にあふれた表情、流れるような衣紋まで表現されているものだ。
この方波見観音の場合、肝心の両眼に力がなく、まっすぐ結んだ唇さえ平坦だ。要は無表情なのだ。あまりにも柔軟性に欠け、面白味すらないと批評するのは手厳しいだろうか。
「この観音像こそ、いまからおよそ600年前、ご先祖が夢のお告げで手に入れたっていう品ですか」
僕は東さんの肩越しに聞いた。
『いかにも観音像作りにかけては、素人が手がけたって感じですね』と、あやうく無遠慮な言葉が出そうになったが、ぐっとこらえた。
東 忠重さんはこちらをふり返り、片方の眉を吊りあげ、怖い眼つきでにらんできた。
秘仏はふだん、この東さんが管理している。彼どころか代々にわたり、その役目を引き継いできた。
ご先祖がいかにしてこの観音像と出会ったかを説明しなくてはなるまい。
にわかに信じがたいが、夢のお告げで観音菩薩の導きがあったというのだ。それはこんな家伝だ――。