31 文化祭③
とある学校の被覆室にて。
「サイズは悪くないみたいだね。ちょっとウエストが採寸した時より細くなってる気がするけど」
「あーあの時はご飯食べた後だったし。普段はこのくらいだよ」
「本当に?この衣装のサイズでもくびれ出来すぎでしょって思ってたのに……」
「いやー、何もしてないんだけどね」
「……その遺伝子ほしいわ」
「それってもしかして告白だったりする?」
「藍なら……それもいいかもね」
昨日は私たちのクラスのメイド&執事喫茶が大好評だったので非番だった私も駆り出されて、予定より少しだけ多く働いた。
その仕事の中でちょっと芽生えた感情がある。
それは、コスプレメイドになりきって普段できないようなことを「これは仕事ですから」という体でしていた時に少しだけ感じていたこと。
紅紫兄的に言えば視線と背徳感に挟まれていてとても興奮する、というやつ。
つまりは、普段は恥ずかしすぎてできないことを人前で出来たのはとても楽しかったということだ。
……なんだか新たな世界の扉が開かれたような気がしてとても危険な気がするんだけど。
私もこのままいけば紅紫兄みたいなやべー奴になってしまうのだろうか?
それは……いやだな。
「ほかに違和感とかある場所あったりしない?」
「うーん、最高すぎて文句のつけようがない」
そして今日は文化祭の二日目。
そう、魔の二日目だ。
理由は言わなくてもお分かりいただけるでしょう。
ミスコンというイベントだ。
名前は聞くけど実際に出たこともないし、見たこともなかったイベントに不意打ちを受けて私のヒットポイントのゲージがレットゾーンに入っている。
「そう。それはよかった」
「それにしても、こんなに可愛いのどれくらい作るのに時間かかったの?」
今はステージに出る時に着る衣装の確認をしてもらっている。
ちなみに私の衣装を作ってくれた人は私のクラスの手芸部……手芸の範疇を超えているような気がするんだけど、いま私の衣装を調整してくれている本人である姫川姫花ちゃんが作ってくれた。
ワンピースだ。市販のものよりもかわいくて着心地がいい。
手芸部っていうより洋裁部とかのほうがいいんじゃないかな?
それにここまでのレベルの物が作れるって部活動の水準を超えてる気がする。
「うーん、土日の昼頃に起きてだらだらやってたから6時間しないくらいだと思うけど」
「すご!やっぱり慣れてたら早くできるものだったりするの?」
「いやー、モチベーション次第かな。結局気合で強行突破するしかない。今回は作りやすい奴だし思ってるより楽だったよ」
「あー、やる気が問題ってことか」
「実際この世界はノリと勢いだけで進めるようになってるからね。……よし!オッケーだね」
パンと手を叩いて準備が整ったことを合図してくれる。
「くぅ、ここまでされたら脱走するわけにもいかないよねぇ」
「まだ逃げるつもりだったの?私がせっかく作った服なんだから、しっかりとお披露目してきて。私の評価に関わってくるのよ?」
いきなりなんだけど、うちの学校で行われるミスコンでの衣装は制服でないのには理由がある。
最初は制服で行う予定だったらしいけど、手芸部の顧問が一枚かんで部員の高い技術や作品の見せ場を作ろうとしたためだかららしい。
出場者一人一人に部員があてられて、全員がここぞとばかりに張り切っているそうだ。
「わかってるよ。それにしてもステージに出て何すればいいんだろ」
「そりゃあ、司会者の人の質問に答えて行けばいいんじゃないの?」
「それだとなんか掌に載せられてる気がしてね」
「掌って……どこに反骨精神持ってるのよ」
「私の魂にそう深く刻まれてるから仕方ないんだよ」
「くれぐれも変なことしないようにしてね。こっちのほうが怖くなるでしょ」
「せいぜい怖がらせないように頑張るとしましょう」
「……ホントに怖くなってきたんだけど」
私のどこが怖いっていうんだ。
とっても優しい高校生なのに。
「大丈夫。大船に乗ったつもりでどんと構えてればいいの」
「その船の底確認した?穴空いてない?」
そんなに私信用無いかな!?
「おっと、そろそろ時間みたいだね」
「はよ行きなさい。時間に遅れて失格が一番悲しいから」
「それはそう」
誰もが一度は経験したことがあるはずのタイムアップ。
時間切れでのゲームオーバーは本当に悲しくて悔しい気分になるのでいくらこのイベントが憂鬱でもNGだ。
これはフリじゃないよ。本当だよ。
まさかこの私が時間切れするわけがないからね。
「いろいろありがとー」
「代金は優勝で払ってもらおうかな」
「げ……それは無理でしょ」
「じゃあ、今度から服を着せるマネキンとして私に付き合ってもらおうかな。10時間くらい」
「どんだけやるの!?」
「それが嫌なら優勝取ってきて」
「これこそリアル前方の虎、後門の狼だぁ」
「藍ならトラくらい捻りつぶせるから大丈夫よ」
「私ってほかの人から見たら戦闘民族とかだったりする?」
「そんなもんよ」
「ひどくない!?」
「それはひとまず置いといて……」
姫花ちゃんが少しだけ手を開き前に出して、横に置くようなしぐさをする。
ちょっと古い気がするのは内緒にしておいたほうが賢明な判断だ。
「早くいかないとホントにタイムオーバーするわよ」
時計を見るとかなり時間が過ぎていて、集合時間が迫っている。
これはまずい。
フラグ回収になってしまう。
「くっ、問いただしたいこと結構あるけどここまでで勘弁しておいてあげよう」
「はいはい行ってらっしゃーい」
姫花ちゃんが私の背中を押して前に進める。
そろそろ本番だ。




