3 パンケーキ②
「お待たせいたしました」
私たちが頼んだパンケーキが次々運ばれてくる。
私は早く食べたくて仕方がない。紅紫兄がの金で食う高級パンケーキは最高だぜ!
「よーし、早く食べよう」
紅紫兄は目の前に注文した蜂蜜だけがかかったものを早速食べ始めている。
「おいしーい!」
黄がリスみたいに頬に一杯詰め込んで食べてる。かわいい。
わたしも早速食べてみることにする。
私の頼んだのはカットフルーツがいっぱいのっているやつなので、先にフルーツを食べてみる。
「ぉお」
美味しい。値段道理のよさげな果物を使っているみたいだ。
次はケーキと一緒に食べる。
「ぉぉぉぉお。美味しい」
「ちょっともらうぜ」
「あっ—————————!!」
紅紫兄が私のイチゴを取りやがった!くっ……一生の不覚!!
「俺が払うんだからちょっとくらいいいだろ?」
「ぐぅぅ……それを言われると何も言うことができないよ」
そう言って黄の方を見るとなにかうらやましそうな目をしていた。
「じゃあ、黄にはこれをあげちゃう!」
「いいの!?」
私はパンケーキを一口プレゼントする。フルーツものせてあげる。
やっぱり、妹(弟)には弱いんだ……
「もちろん。だって私の妹なんだから」
「……僕は男だよ」
なんだと……こんなかわいい黄が男だというのか。
でもちょっと待てよと思ってみる。案外それでもいいんじゃないのかと。
むしろそれだからいいんじゃないのかと。
「おーい、藍。俺はイチゴしかもらってないんだけど」
紅紫兄が何か文句を言っている。
「紅紫兄がしたことは略奪って世間一般的には言うって知ってた?」
「ダニィ!?俺は正当な権利を主張する!」
「それは、【紅】ちゃんに合った言葉遣いができるようになってからなら受け入れましょう!」
「くっ……。この姿の時は言葉遣いを丁寧にしようと思っているのに……。簡単そうに見えて難しいんだからな!」
紅紫兄の声は女声に既に作られている。
ここが、イケメン変態ラノベ主人公のすごい所で、女声を出せるようになりたいと異常なまでの時間を努力に費やしていた。こればかりは尊敬せざるを得ない。
しかし、誰かとしゃべるとそうはいかない。
女性らしい言葉遣いだけはどれだけ努力しても、作ることはできなかった正確には長時間続けることはできなかったらしい。
長い時間女性らしい言葉遣いでしゃべっていると疲れるんだと。
美人さんになれているのにもったいないなぁと思いながらパンケーキをむしゃむしゃする。
三人とも食べ終わって、店を出ることにする。
紅紫兄が樋口さんの書かれた紙を出しているところを見届けて、外に出る。
◇◆◇◆◇◆◇
家に帰るために駅に行こうとしていると、一人のお姉さんがこちらに向かって手を振っているのが見えた。
「やっほー。こんなとこで【紅】と遭遇するとは奇遇だね」
紅紫兄の知り合いみたいだ。
「ああ、そうだな」
「紅、イベント以外でめったに出歩かないじゃない。珍しいこともあるものね」
「今日は特別だよ。こいつらの財布になってきた」
お姉さんが私たちの方を見る。大学生くらいかな?
身振り手振りから活発な雰囲気が漂っている。
近所の優しいお姉さんって感じだ。
はっ!まさかこの人は紅紫兄の彼女なのでは!?とうとう我が兄にも春が来たのか!
「こいつはコスプレ仲間だぞ。特になんかあるわけじゃないからな。特に藍、お前考えてることめっちゃ顔に出てるからな」
「さいですか……」
残念ながら紅紫兄の春はまだまだ来ないようだ。
「紅~、この子誰なの?二人ともめっちゃ可愛いじゃん。妹?」
「正解です!よくわかりましたね」
私が紅紫兄の代わりに答えを言っちゃう。
「なんか、紅ちゃんと同じオーラみたいなもの持ってる気がしたんだよね」
オーラときたかぁ。スピリチュアル的だね。
宗教勧誘されそうだなと思いながら話を続ける。
「ちなみにどんなオーラが出てたんですか」
「おしゃれでかわいいぞーってやつ」
「……おぉ。なかなか見る目がありますね」
「うぉお……、謙遜しないのね」
「違いますよ。私の愛すべき弟の黄のことです」
ふはははは。黄の可愛さは世界一ィィィィ。
「えっっ!弟ぉぉぉ!?!?」
お姉さんが驚いている。黄が弟なんて初見で見破れる人なんて存在しない。
この黄が男と初めて知った時の衝撃のことを私は黄ショックと呼んでいる。
我ながら安直なネーミングセンスだ。だけどこれは必修単語だからな。おぼえておけよ!
「どうも、弟の三条黄です。兄がお世話になってます」
甲が丁寧に挨拶をしている。礼儀も正しいなんて素晴らしすぎる。
「…………は?紅が兄……?」
ちょっとの間が空いてまた驚いている。
ありゃ。紅紫兄、この人に自分のこと言ってなかったのか。
お姉さんが首をがくがくと壊れたロボットのように動かして紅紫兄の方を見る。
「あ—————……すみません。俺、男です」
「ホントに?嘘じゃないよね。えっ……え……じゃあ女装ってことか……今まで気づかなかったよ?」
「すみません。だますような形になっちゃって」
「あぁ……それはいいけど、ホントに?マジマジのマジ?」
いいんですかい。
「マジマジのマジです」
「マジなのかぁ————じゃあ、妹ちゃんも男だったりするの?」
うわ、こっちまで疑ってきた。ここまでやられたんだから疑っちゃうよね。
「残念ながら私は正真正銘の女の子ですからね!」
前世は男ですけどね。
「……ほっ。よかったー。さすがにこれ以上こられると自我が崩壊しちゃうところだったよ~」
えぇ!?結構やばい所まで行ってるじゃん。
「紅紫兄ちゃん、ごめんね。ばらしちゃって」
「……ん?ああ、遅かれ早かれこのことは言わないといけないと思ってたんだけど、うまく言い出せなかったんだよ。むしろこっちがお礼を言いたいくらいだ」
紅紫兄が黄の頭をポンポンしてる。
「あー!ずるい!。私も黄の頭触らせてよ~」
「これの三分の二が男って信じられないんだけど……」
お姉さんがこっちを見てちょっと困惑しているみたいだ。
「紅紫兄、このお姉さんは誰なの?どーやって知り合ったの。白状しなさい」
「分かったよ。この人は——「ちょっと待って!」」
お姉さんが紅紫兄の言葉を遮る。
「どうしたんですか。千秋さん」
「自己紹介は第一印象を決めるっていうじゃない。せっかく面白そうな人たちに知り合ったんだもの。私からしたほうがいいでしょ」
さっきのオーラとは全く違う説得力のある説明だ。
「私の名前は本庄 千秋。大学1年生で、趣味でコスプレやってて、そこで紅ちゃんと知り合いました~。最初は美人な子だなーって思ってたんだけど、たまにカッコいいことするから面白そうな人だこれ!知り合いになりたいな~なっちゃえ!みたいな感じだよ」
「本庄さんすごく積極的ですね。僕も見習いたいです。初めての人と話すのって緊張しちゃって……」
「慣れれば簡単だよー。最初の一歩を踏み出せれば後は勢いに任せちゃうの」
千秋さんってコミュ力が高いなぁと思う。私とは大違いだ。
うらやましい。最初の一歩か……今度挑戦してみようかな。
「三人とも連絡先交換しようよ!」
千秋さんがこちらにスマホを近づけてくる。
QRコードを読み込んでっと。
登録完了だ!私の少ない連絡先に女子大生が追加されたぞ!
「ばっちりー。これでいつでも話せるねー。そういえば紅ちゃん、次のイベントくるの?受験生でしょ」
「次のやつまで行こうと思ってます」
「わかった。じゃあ、私も張り切っちゃおうかなぁ。妹ちゃんもくる?」
おっと、お誘いを受けてしまった。
「どうしよっか、黄は行く?」
「んー。何も用事がなかったら行ってみたいな」
「じゃあ私も行こうかな」
「いいねー。じゃあ、楽しみに待ってるからねー」
このようなイベントはまだ行ってみたことがない。今からちょっと楽しみだ。
「本庄さん、今日は何しにここに来たんですか?」
紅紫兄が尋ねる。
「あっ!今日バイトなの!早くいかないと遅刻しちゃう。思い出させてくれてありがとう紅ちゃん。3人ともまた今度ね~」
千秋さんは、走って先へ行ってしまった。
まるで嵐のような人だったな。