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2話 出会い

夕方、煙草を吸おうとして灰皿を持ちベランダから身を乗り出したとき



汗ばんだ手で持ったせいか つるっと手から離れ、202号室のベランダに落ちてしまった。



「しまったぁぁぁ… あぁ…」



下のベランダを見たらタバコと灰が 無残にも散らばっていた。



俺の顔は青ざめ、固く硬直していた。


手が震えている。



ただでさえ 夜中大声だして近所から精神病者が入居しているというレッテルが貼られているところなのに。



いや、これは絶対貼られている。引っ越してきてから何回も大声で時間を問わず発狂してたもん。



なんでちょうど真下を駐車場かなんかにしないんだよ! 落とした時点でOUTじゃんか!



ヤクザだったらもし物を壊していたら 多額の弁償代を取られてしまう。



下を見たところ 物は壊してないようだ。植木鉢が左側の洗濯機のそばに置いてある。



もしそこの植木鉢があるところに当たってしまったら…。



あぁ! ここでうだうだいっていても仕方がない。



とりあえず、素直に謝って取ってきてもらおう。




「灰で床が汚れているかもしれないからお金は払わないといけないよな。」


「財布は・・」


炬燵の上に置いてあったくたびれた財布を手に取る


「2000円しかない。」


こういう焦った状態だったら 無意識ながら口に出てしまうものだ。



「にっ2000円あったら十分だよな、よし 今から謝りにいこう。」



勇気を振り絞って4日ぶりにアパートの自室を出てエレベーターを降り2階へと到着。



そして202号室の前まで来た。



「・・・・・・。」



が、俺はチャイムをなかなか押せなかった。



いや 押すのが怖かった。もし中の人がすごく怖い人だったらどうしよう。


多額の弁償費を払えと言われたらどうしよう…。なにも壊してないけど。


このように、どうしてもネガティブに考えてしまうのだった。



…このままではいけない。けれども怖い。



ここ半年、親以外の人と話したことなんて


コンビニの店員さんが弁当購入のさい、「温めますか?」の言葉に「はい」と了承と言葉を発する程度しかない。



が、しかし、ここは勇気を振り絞って



「ピンポーン」



とうとうチャイムを押した。




また手が震えている。俺はとっさに手を抑えた。




・・・1分ほど経った。



・・いないのか。



また今度にしようと思い、その場を離れようとしたとき



「ガチャ」



なんと扉が開いた。



「あ・・あ・・・・」



一瞬時間が止まったように思えたのは気のせいではないだろう。



出てきた人は綺麗な美人の女の人だった。



セミロングのヘアスタイル 目が片目髪に隠れる程度に前髪が少し長かった。



まぁそんな印象はどうでもいい。



さぁ 事情の説明だ。



「す…すいません さっき部屋のベランダからたばこの灰皿を落としたみたいなんで、取りに上がらせてもらってもいいですか?」


…何で今会ったばかりの人様のお家に上がるんだ この人に取りにいってもらった方がいろいろ楽だろ。 



はぁ〜 何いってんだよ俺…。



すると 目の前の女の人は 俺の顔を凝視したのち、少し笑みを浮かべながら人差し指を向け俺に話しかけてきた。



「・・・内田君でしょ?」


「え?」



俺はかなり動揺した。なんでこの女の人が俺の名前を知っているんだ。


まさか、急に奇声を発する住人として有名になっていたのだろうか。



「あ・・・ あ・・ あの、ぼっ僕のこと知ってるのですか?」



「えー… な〜に 忘れたの? うち、長谷川よ。長谷川静香(はせがわしずか)。」


「高校のとき一緒にお昼ご飯食べていたでしょ?」



そう言われ、俺ははっと思いだす。


いた! そんな人!


たしか高校時代の茶道部の1つ上の先輩で… 





頭の中の高校時代の記憶が唐突に蘇る。



――将棋部に一時入部していたときの話――



いつもお昼休憩時に茶道部と将棋部兼用の畳の部屋に仲が良かった友達と食事をしによく行っていた。



将棋部に入部したのも、仲が良かったその友達とつるみたいが故だった。



食事休憩の時間に、その友達を介して茶道部の長谷川さんと出会い、ちょくちょく喋っていた。



俺は彼女のことは別段そんなに意識はしてなかった。ただどうでもいい世間話を少しの間だけ話していただけだ。ただ向こうは俺のことどう思ってたかなんて知るよしもない。



そのときはすぐに将棋部もやめてしまったし。大会でミスを連発し、結果団体戦惨敗。将棋部に俺が入部したことによってかなり迷惑をかけてしまったからな。



そしてその友達、吉田健児(よしだけんじ)君は俺より2つ上の先輩で、現在は僕よりもかなりのメンヘラーだ。



携帯電話は常に切っているし、定期的に会おうと家電で誘うも、理由をつけて常に断っている。



まさに典型的な鬱病だ。彼は大学入学して3年後にこうなってしまったから丁度その時期に心が病んでしまったのであろう。



今は2年あまりずっと家の自室でひきこもっているそうだ。俺と似たようなものだがタイプが違うんだこれが。



原因はともかく、彼の方が俺なんかよりもっともらしい心の病気で、俺はただの甘え。ただ心が狭く臆病なだけ。



そんなわけで



――回想終わり――




今はこんなことをほのぼのと思いだしている場合じゃない。



久し振りに高校時代の知り合いに奇跡的に会えたのだから。何か喋らないと…。




「あー・・ はっ長谷川さん、久し振りですね。」




女性… しかも年が近い人とまともに口を聞いたことなんて何年ぶりだろう。


こういうとき、人と話してないと、リアルで挙動不審になってしまう。


俺は焦る表情や態度を素に戻そうと必死だった。



なにか話さないと気まずい。それに本題もあるし。




「あの…今、何のお仕事なされているのですか? 大学はもう卒業しましたよね。」



「あーうん…。今うち主婦やってんの」



は!? 主婦?



つーことは既婚者か。旦那さんはいるのか。



この人は今俺より1個上だから23歳。



まぁ… 女性なら別に早すぎるということはないだろう。




「…そうなんですか。あれから何年も経ってるわけだからいろいろありますよね アハハハ…」


笑い方が不自然すぎる。


「うん、内田君は何のお仕事してるの? アパートに住んでるわけだしこの近くに職場があるんだよね。」


「近くていいなー」



しまった! なんで仕事のことを口に出してしまったんだ。こうなることを予想できたはず!


ここをどう切り抜ける!?


嘘をつくか 思い切って本当のことを…。


えいい、考えている時間はない。


「お仕事はフリーターで、今マクドの定員をしているんですよ。ほら、駅の隣にあるあそこです。」



嘘ついちゃった…。ええい どうにでもなれ。



「内田君フリーターなんだ。でも働いているってえらいね〜。 うち専業主婦だから社会に出てなくて。」



働いてません。ニート・ひきこもりです。立場的にあなたより圧倒的に下です。はい。



長谷川さんは会話をつづけた。



「ねぇ マックって今100円キャッシュバックされてるんだよね? それってどの種類でもOKなの? あとテリヤキチキンバーガ今いくらだっけ? あれ好きなんだけどあまりマックに行ってないから教えて?」



キタ! 嘘は最終的にバレてしまう法則が。 



そんなこと、ひきこもりの俺に応えられるはずもない。無理やり話題の進路変更だ。



「そ… そんなことより、さっきベランダでカンカンの灰皿落としちゃって… あの、拾わせてもらっていいですか?」


「あ… うん。」


なぜか彼女は下を向いて力なく声を出した。 そして顔を上げて


「いいよ、入らなくても。 うちが取ってくるね。ちょっと待ってて!」 



だろうな。わざわざ俺が踏み入ることもない。灰で汚れたベランダを掃除するくらいだ。



「はい、この灰皿だね。」



「ありがとうございます。」



俺は灰皿を見事他人のベランダから奪還した。ひきこもりの身分からしてみたらそうとう達成感がある。



そして、高校時代の知り合いの女性にも会えた。




今日は少しだけ気持ち良く寝れそうだ。

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