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タピオカミルクティー

作者: 鷹枝ピトン

          タピれ

 コンビニでタピオカミルクティーを買った話をここに書き記しておく。


 飲むのは今回が初めてだった。



 流行に疎い俺であるが、さすがに世間でこれだけ連呼され続ければ無視もできない。重い腰を上げて、一つ味を確認しておこうではないかと思い立ったのである。



 しかし、いい年齢をした男が、女子高生のトレンドドリンクをレジに持っていくのも抵抗があった。若い女に無理に合わせようとするおじさんの痛々しさといったらない。実年齢がばれない様に、フードを被り、マスクを装着し、さらにサングラスをかけて、いざコンビニへ出向いた。



 そそくさと入店して、足早にドリンクコーナーへ足を運ぶ。ずらり並んだ商品群のなかに目当てのものはあった。プラスチックのコップに入ったタピオカミルクティー、230円。残り二個。やはり売れ筋のようだ。



 ひとつ手に取り、レジへ行く。三人ほどの列ができていた。普段なら気長に待つところだが、気持ちが焦る。自意識過剰すぎると自覚してはいるが、あまり長い間タピオカを所持する姿を見られたくない。



 シフトに入っていたのが手際のよい店員さんだったようで、40秒も経たないうちに自分の番がやってきた。「230円です」。店員さんの声に、震える手で財布を開く。



 レシートを渡され、タピオカミルクティーの印字が目に入る。思わず唾をのんだ。なんてものを買ってしまったのだ。まるで犯罪を犯した気分である。



 脱水感に襲われながら、重い脚で店外に出る。心地よい初夏の風が手の甲を撫で、ようやく緊張が解ける。大変なミッションだった。俺はエージェントさながら、スタイリッシュにサングラスをたたむとポケットにしまった。



 マスクのほうも外すと、口元が湿っていた。気づかなかったが、荒い鼻息をしていたのだろうか。やれやれ、傍からみれば不審者だったろう。通報されなかったのは幸運である。



 しかし終わってみれば、なにを気にしていたのだろう。おじさんがタピオカミルクティーを飲むのは、それほど恥ずかしいものではない。所詮ただの飲み物である。飲み物に、差別など生じるはずがない。



 むしろ頑固な親父にならなくてよかったとさえ思う。俺は、若い者に歩み寄れるおじさんである。なんなら、流行の最前線を駆けるおじさんである。みなを俺を見習ってほしいものである。



 軽快な足取りで、家へ帰ろうとしたが、途中で信号に捕まった。今度のもどかしさは、楽しみからくるものである。早く家に帰って未知の味を堪能したい。私は信号が青に変わるのをうきうきと待った。

と、そのとき。ふわりといい匂いが肩先から漂った。



 匂いのもとを探るように目線を下げてみると、女子高生が俺の隣に並び立っていた。こんなおじさんの横に密着するように立つとは、物好きな少女である。すると、俺の視線に気が付いたのか、ひょこりと女子高生が顔を動かし、こちらを見てきた。



「あ、おじさんじゃないですか。お久しぶりです」


「え……」


 少女は、俺に話しかけてきた。一瞬動揺するが、よく彼女の顔を見ていると、記憶がよみがえった。


「もしかして、カナエちゃん?……大きくなったね」


 女子高校生はそうです、と少し背伸びしてみせた。


 カナエちゃんは、親戚の子だった。俺のいとこの娘にあたる。続柄で言えば従姪。


 年に一度、親戚の集まりで顔を合わせるかどうかくらいの関係性だったのだが、こんなおじさんのことも覚えていてくれたらしい。


「あれ、カナエちゃんってこの辺に住んでたっけ」


「ひとりで引っ越してきたんです。高校は寮制なんですよ」


「へえ、親元離れて大変だねえ」


「いえいえ、友達もできて毎日楽しいですよ。あ、でもちょっとホームシックが来ることもあるんで、いまおじさんと会えてほっとしました」


 にっこりと笑うカナエちゃん。この子にとって俺がホームになったことはないはずなので、単に知り合いに会えてうれしいというニュアンスのことを伝えたかったのだろう。


「いまは帰り?気をつけて帰るんだよ」


「あーそうなんですけど、せっかく会ったので、おじさんの家遊び行ってもいいですか?なにか会ったとき、頼れるひとのおうち知っているといろいろ助かるかと思うので」


「え、ああ、うんいいけど。おもてなしは期待しないでね」


 したたかな申し出を、押され気味に了承する。16で独り立ちするような子なので、しっかりしていると感心した。


 反面、いくら親戚とはいえ、大人の男の家に来たいなどと簡単に言うあたり、子どものような純粋さが残っているともいえるが。その辺の感覚は誰が教えないでもそのうち学んでいくだろう。


 そのとき、カナエちゃんはなにげなく、目を落として、言った。


「あれ?おじさん、そのコンビニ袋のなかに入ってるの、タピオカ?」


 心臓が跳ね上がる。


 気づかれた。だが、ここで慌ててはいけない。余計に恥をかいてしまうだろう。


 すう、と深呼吸をして、大人の余裕をみせる。


「…………ああ、うん。さっき偶然入ったコンビニで見つけたから買ったんだ。残りひとつになってて、売れてるみたいだったから、飲んでみようかと思ってね。ちょうど喉も乾いていたし、ひと息つきたい気分だったし、ミルクティーは好きだしね。これが置いてなかったらたぶん別の買ってたかもね、目に入ったから手に取ってみただけだし。どっちかっていうと、紅茶はストレートティーのほうが好きかな、でもタピオカストレートティーなんて聞いたことないし、合わないのかもね。うん実験としてはありかもなあ」



「ふーん、そうですか」


「…………」


 信号が青になった。俺たちは白線に向かって足を一歩出す。


 カナエちゃんがつぶやくように言った。


「若い人に合わせるの大変ですね、おじさん」






 感想として、タピオカミルクティーは独特な食感をした、非常においしい飲み物であった。このタピオカという物体の正体がなんであるかは謎だが、ぷにぷしていてよかった。



 謎と言えば、カナエちゃんが帰り際に放ったウンチク、「タピオカには毒素が含まれており、ミルクティーによって無毒化しているので、ストレートティーと混ぜて飲むと胃が荒れる」というのは本当だろうか。



 疑っていると、おじさんだから知らないんですね、と笑われたので、半信半疑なのだが……。

 


 若い人との溝を感じる日々である。




          タピれ

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