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夢が覚めたら

作者: 米舞鈴

はじめまして。素人の投稿です。

読んで頂きありがとうございます!

 第一章 杉田朱卯


 「晃太!危ねえ!」


 勢いよく空を掴んで目覚めた7月6日の午前9時、蝉の鳴き声と、自分の声で思わず目が覚める。網戸にくっついて鳴いている蝉を少し疎ましく思い、窓を閉めてクーラーを入れた。何だか凄く長い夢を見ていた気がする。朱卯は眠気と夢の内容をを振り払うように頭をブンブンと振った。

 朱卯の住む福崎市は結構な田舎にあり、彼の家の周りは田んぼ道や木々だらけなので、蝉が海沿いの地域に比べて格段と多い。その為夏は蝉の声で目覚めることが少なくないのだ。

 時間を見る限り妹は既に学校に登校済み、そして母からスーパーの特売に行ってくると連絡が入っていた。リビングに出るとちょうど父が夜勤明けで帰ってきたところだった。

「おう、おはよう朱卯」

「あ、おはよ。ってかお帰り。」

「ただいま。母さんはどうした?」

「スーパーの特売だって。さっきメールあった。」

「特売ならあそこか…迎え行くかな。朱卯も来るか?」

「いや、友達と約束あるからさ、駅までついでに送ってくんない?」

「わかった。支度しろ。その格好じゃ行かないだろ?」

朱卯は言われて初めて部屋着のままだった事に気付くのだった。

 

 素早く支度して父に福崎駅まで送ってもらい、電車とバスを乗り継いで、お隣、浜田市にある住宅街に住む友人の家に向かう。浜田市は県内では県庁所在地よりも面積が広く、バスも多く通っている。バスは路線が多く、友人の家は入り組んだ住宅街にあるため、非常にややこしい。

それでも記憶を辿りに住宅街を歩き、そしてようやく友人の家に辿り着いた。

そしていざインターホンを押そうとすると後ろから思いっきり背中を叩かれた。

「「遅いぞ朱卯!」」

「どの口が言うか!奈月!大星!お前ら今俺の後ろから来たよな!?」

 奈月と大星は双子で、遠目で見れば判断のつかないほどそっくりだ。そして、このように悪さをするし、遅刻魔だったりするので学校内では有名な問題児だ。最も遅刻魔なのは朱卯もなので、そこまで人のことを言えないのは重々承知している。

 

 玄関の前で騒いでいるとすぐにドアが開けられた。

「ちょっと!3人ともうるさいし、遅い!」

「悪い、寝坊した!ってかそもそもこいつらが…」

「いつものことでしょ!いいから早く入って!特に朱卯!今回数学テスト赤点はマジでやばいよ?このままだと夏休み補習だよ?」

「うっ…それは嫌だ」

「朱卯山崎に言われてたよねー「杉田!お前夏休み俺と仲良く補習するか?」ってさー」

奈月は馬鹿にするようにヘラヘラと笑う。それに水をさすように大星は

「晃太ヤバイのないのすごいよなー俺と奈月なんか体育補習決定してるよ」

「お前らはもうちょい授業に参加しろよせめて」

 そう言う晃太のでっぷりとしたお腹を見ると、言っていることは正しいのに、彼のお腹を見るとどうにも間違ったことを言っているように聞こえてしまう。なんせ晃太は17歳で糖尿病を発症している。

 

 部屋に入るなり、問題児双子は人の家で堂々と勝手にゲームをやり始めた。一緒に勉強するんじゃなかったのか、と言ってみたがまるで聞く耳を持っていない。晃太は二人には怒る気すら失せているらしく、朱卯に熱心に数学を教え始めた。どうにも数学が苦手な朱卯は説明を聞きながら睡魔に襲われたりゲームをする二人に目がいってしまい、晃太は呆れ気味にそれでも懲りずに教え続けた。

 

 何時間経ったか、ゲームに飽きて寝ている二人を起こし、そして若干寝ぼけていた朱卯も晃輝に揺さぶられ、家を出てコンビニでパンを買い、バスと電車を乗り継ぎ、パンをかじりながら、新島駅からのんびりと徒歩で学校へ向かう。

海沿いの住宅街に佇む新島高校はボロボロな旧校舎と真新しい新校舎の二つがある。新校舎は主に全日制の生徒が使用しており、朱卯達は夜間定時制で、旧校舎で授業やテストを受けている。

「晃太ぁー、あのゲーム貸してよー家でやりたい。」

「奈月と大星は何しに家来たの」

「ゲーム」

「…大星、嘘も方便って知ってるか?」

「朱卯、途中俺の話無視して半分くらい寝てたよね?赤点でも知らないよ」

「教室着いたらもっかい!もっかい教えて下さい!」

 

 晃太に頼み込み数学を勉強したあと、問題の数学と歴史のテストの二教科を受けた。朱卯は歴史は解けるものの、数学は何とか回答欄を埋めれた。と、それだけでぐったりしてしまい、見直しなどする余裕はまるでなかった。そのため、間違っている気がしてならないと嘆く朱卯を慰めるため、四人は駅とは反対方面にある市経営の図書館に隣接している公園のベンチに四人で腰を掛けた。

「………終わった。俺絶対赤点」

「ま、まぁやれる事はやった!結果をまとう!ね!」

「俺滅茶苦茶書いてるだけな気がするんだよなー」

「もう結果待つしかできることないじゃん?そんな考え込んだって意味ないって。忘れよう。」

「そーだよ朱卯〜。」

「とにかくこれでいやーなテストは終わったんだし。いいじゃん!気軽に待とう!」

「んー……ありがと。そんじゃ晃太にはお礼にアイス奢る。コンビニ行こうぜ。」

「あたしらには?」

「わかったよ。お前らにも奢る。アイスクリームはやめてくれよ。じゃあ行くか…」

「待って」

 晃太は突然自分の鞄をゴソゴソと漁り始めた。

「どしたの?」

「やばい…」

「何がー??」

「財布ロッカーの中に忘れてきた…」

「あーあ…」

「俺にはアイス良いからさ、忘れ物取り行くの付き合ってよ」

「おー…。いいよ」

「俺らもついてく!」

 こうして再び四人は校舎へと吸い込まれるように入っていった。昇降口を通った彼等の後ろ姿を見ている者がいる事など、誰一人、まるで気付きもせずに。


第二章 標的


 四人は昇降口で靴から青いトイレのスリッパのようなものに履き替えると、古い作りなのか凹凸の激しい廊下を歩き、階段を登り、自分達の教室へと歩いた。

「いやー流石に誰もいない校舎の中は怖いよねー私達以外の生徒はもうみんな帰ってるし」

「お化けでも出たりしてー」

「ちょっと怖いこと言わないでよ!」

「お化けといえば、この噂知ってる?先輩から聞いたんだけどー」


 『『例えその姿を見てしまっても、怯えたことを悟られてはなりません。悟られればたちまち襲い掛かってくるでしょう。』ってのがあってね。この学校では緑色の肌をした人形の怪物が出るんだって。特にどこにいるとかってことも無く、いつまでもこの旧校舎のあちこちを彷徨ってるらしいよ。授業中に見たらしい人は、むしろ緑色の人は隠れるようにしてたとか言うし、襲ってくるなんてあり得なさそうだけど…もし見かけたら気を付けなよー』

 「って言ってた。」

「ちょい…本当もうやめてよ…」

「いるわけないじゃーん作り話だよきっと!」

「ってかそれにあくまで噂だろ?本当にそんなのいたら先生も騒いでるって」

「そ、そそそうだよねいるわけないっ…」

 晃太は無理矢理自分に言い聞かせるようにしながらも、怯えた眼差しのままスマホのライトで教室と廊下を見渡した。

「晃太震えてるよ?ってか早くー」

「もーそんなのいねーっての。いいから晃太早くロッカー開けろよ」

「えっあ…うん」


 昼間までの元気はどこへやらすっかり消沈した様子で財布を取り出した。

「あーあったあった。ありがとう、行こう」

「トイレ行ってくるー!皆ここで待ってて」

「さっき行ってくればよかったろーもう…勝手なんだから。」

奈月はトイレへと駆けていき、朱卯、大星、晃太の3人は男三人でロッカーにより掛かりうだうだと話し込んでいた。朱卯が

「…奈月まだかな」

そう呟いた瞬間だった。

「きゃあぁーーーーーーーっ」

女子トイレから奈月の悲鳴が三人の耳をつんざき、三階全体に響き渡った。

遠巻きながらも奈月がトイレを飛び出し朱卯達のいる反対方向へ走って行くのが見えた。

「奈月!?どうした!」

「どこ行くんだよ!」

 

 三人は慌てて奈月を追った。階段まで行ったはいいが、しんとした校舎内では音が反響してどこへ行ったか分からなかった。

「奈月ー!おーい?」

朱卯が呼び掛けるもまるで返事はなかった。

「ゴキブリでも出たのかな?」

「…そんなんじゃない気がする。」

珍しく少し顔色を悪くした大星が呟いた。

「…なんだか嫌な予感がするんだ。早く奈月を見つけないと。」

そう言って瞳を少し閉じて考える素振りをした後、大星は突然階段を駆け上がっていった。

「え!おい待てって!」

「大星!」

二人が慌てて後を追うと階段の踊り場に奈月の履いていたスリッパが片足落ちているのを見つけた。朱卯はそれを拾い上げ、また大星を追った。 

 

 やがで4階まで上がるとそこには音楽室の前の角でしゃがみこんだ奈月を支える大星がいた。奈月は青い顔で大粒の涙を零し、震えていた。大星も同じく青い顔で奈月の涙を拭っている。

「どうしたんだよ…お前ら…」

「いたのっ…あいつが…!」

「な…なんだよ…ゴキブリか何かか?」

「違うッ…緑の…緑の人間が!」

奈月がそう叫ぶようにいうと、突然辺りが暗くなった。

「はっ…!?」

「緑の人間…?さっき話してたやつ?」

「や、やめてよ!いるわけ無いでしょ!そんなの」

「いたの!」

晃太は聞いただけで震え上がり、朱卯も夏だというのにどこか体温が下がっていくのを感じた。

「ねぇ…周り暗くなったよね」

大星に言われ朱卯は外を見ると、学校の周りは家がたくさんあり、まだ恐らく22時前だというのに家の明かり一つ見えないどころか、街灯が一つ残らず消灯されている。

「緑色の人間なんて…そっ…そんなの俺信じてねぇし!…でもなんか気味悪い…もう帰ろう。」

朱卯の言葉に皆頷き、全員一致で素早く帰宅することにした。

 「いった…」

「ど…奈月、途中転んだのか?」

「…うん、足ひねった…」

「俺がおんぶしてくよ。晃太、荷物持ってて。」

「わ、わかった…」

奈月を背負った大星は朱卯と晃太に見守られつつ、階段を下り、昇降口へ歩いていくとどういう訳か昇降口が閉められていた。

「はっ…嘘だろ」

「しょうがない…職員室行ってみよう」

再び階段を上がって行くと職員室の明かりがついていた。

「よかった。先生まだいるみたい」

「失礼しまー…あれ?」

「誰もいない…」

「見回りしてるのかも。ここで待とうか。」

「奈月、一回降ろすよ。」

四人はぐったりと適当な席に座ると大きな溜め息をつき、明るさに安堵して少し休むことにした。


 ……どれくらい経ったのだろう。先生はいつまでも戻ってこない。

「…今何時だろ。」

朱卯の呟きに思わず全員がスマホ、そして職員室の壁掛け時計を見ると、朱卯のスマホは20時15分と表記されている。

「20時15分か」

「「「えっ」」」

朱卯は三人に言われ思わず全員に目を向けた。少し落ち着きを取り戻したらしい奈月は、まだ少しばかり恐怖で引き攣った顔をして朱卯にさも当然のように

「朱卯、私のスマホと壁の時計は今20時40分だよ?」

「え…?」

どういうことなのか理解が追いつかない。スマホが突然壊れたのだろうか。そう考えていた、その時だった。廊下の方から足音が聞こえてきた。

「やっと…やっと帰れるっ先生!私達忘れ物を…」

奈月に笑顔が戻り、はしゃいで職員室のドアを開けた。そのほんの数秒後奈月は一瞬ピタリと止まり、尻もちをついて倒れ込み、後ろにズルズルと下がってきた。

そして開け放たれたドアから、電気が突如として消えたので一瞬だったが、緑色の体をして、目も、鼻もない。そして耳の位置ほどまで口が裂けた怪物がそこに立っているのが確かに見えた。

「うわあああああぁぁぁっ!!!!!!」

四人は叫び声を上げ、大星は再度奈月を抱き上げ、全員全速力で走り去った。

あまりに夢中になりすぎて、はぐれてしまったことに気づくことができなかった。


 第三章 蒼井大星

 奈月を抱えたまま怪物から逃げるため、出せる限りの全力で走りながら後ろを見てみると、奴はこちらを追ってきては居らず、叫びながら走ってしまっている晃太に反応したのだろう、怪物はまるでじわじわと恐怖心を煽るのを楽しむかのようにゆったりとした動きで晃太達を追い始めた。

 今度は背中では無く腕に奈月を抱えているので、長くは走れない。そのため上に上がり、近くの教室に素早く潜り込み息を潜めた。教室の外からは目立ちにくい教卓の前の机の下に奈月を潜らせ、その隣に大星は座り込んだ。もしかしたら奴は声や音に反応するのかもしれない。そう思った大星は声を落とした

「奈月…大丈夫?」

「大星…ありがとう。」

「しばらくは、大丈夫だと思う。晃太達も…きっと大丈夫だよ」

奈月は不安げな顔をしたまま、少し俯き、両手で両耳を塞いだ。

奈月の昔からの癖だ。極度の不安や恐怖を感じた時、目を閉じて耳を塞ぐ。これが夢なら早く覚めてくれと願うのだ。俺たちの両親が亡くなった時もそうだった。


 大星と奈月がまだ小さい頃、高速道路で煽り運転をされ、道を譲ってもしつこく後ろに回りつき、煽り続けてきた。それ以降のことは大星はあまり覚えてはいなかった。

そして…気が付けば二人は親戚に囲まれていた。誰が親権を持つだの、二人一緒は無理だから一人だけだの、なすりつけ合いをする親戚達を見ている時も奈月を目を閉じ、耳を塞いでいた。

 その時の大星は奈月の震える肩を優しく支えている事しか出来なかった。大星は奈月と引き離される事が怖くてたまらなかったのだ。それは、勿論奈月の心配であったり、大星自身やはり唯一残された肉親と離れる事は不安だったからなのだが、それだけではない。何せ親戚は皆1つ下や1つ上、少しばかりやんちゃな人が多かった。どちらも決して勇敢な訳でも強いわけでもない。おとなしい二人は間違いなくいじめのターゲットになる、大星はそれを見越していたからでもあったのだった。


 その後黙って聞いていた父型の祖父母がその様子を見て怒り、二人一緒のほうが良いだろうと、奈月と大星を引き取ったのだ。

双子というのは以心伝心するというのは本当なのだろうか?大星には奈月の考えが分かっていたし、奈月にも大星の考えがわかっていた。

「大星…あたし、もう走れるよ…大丈夫。ありがとう」

「本当?無理そうだったら言ってね?」

「うん。ねぇ大星…あたし達、無事に帰れるのかな?晃太や朱卯と一緒に…」

「大丈夫、生きてここを出よう。そしたら婆ちゃんに頼んで唐揚げいっぱい作ってもらおう。お腹空いたでしょ?」

「うん…!唐揚げ、頼んだら作ってくれるかなぁ?美味しいよね、お婆ちゃんの作る唐揚げ。」

「どっちがたくさん食べられるか競争だよ?奈月」

「いいよ。まぁ、あたしが勝つけどね」

「言ったな。」

二人は微笑みを交わし合うと晃太達を探しに行こう、と立ち上がった。

「そうだ。箒とかなんか…武器になりそうだし持ってく?もしあいつが出てきたらやつけられるかも…」

「いいかもね。脱出するにも使えるかも。ん…何これ?石?」

「石?まぁ石なら使えるよ。黒板消しとかも持っていこう。いざとなったら色々投げちゃえ。」

「そうだねっ。もうあんな怪物怖くないっ。よし!二人を探しに行こうっ」

二人はそう言いポケットに色々突っ込んで、固く口を結び、それぞれ箒を一本ずつ手に持ち教室を出て、今度は二人で確実に道を踏みしめて来た道を戻った。


第四章 安村晃太

 同時刻、怪物に追われる晃太は涙を目に溜めて、鼻水を垂らしながら走っていた。

「なんで!なんでこっちに来るんだよおおぉ!」

「静かにしろよ晃太っ…!黙って走れ!」

朱卯はそれでも喚く晃太の口を手で強引に塞ぎ、理科室へ滑り込むと、箒でドアを塞ぎ、内側からしか鍵の開け締めが出来ない理科準備室へと周り込んだ。

「なんでっ…なんでこんな目に遭わなきゃならないんだよ…!」

「しっ…静かにしろよ見つかりたくないだろ?」

「あいつ…歯に血みたいなのがついてた…」

「血?」

「きっと誰かを襲ったんだ…!もしかすると職員室にいた先生たちを…」

「やめろよ縁起でもない。それに職員室に血のあととかなかっただろ?」

「きっと血一滴残らないように丸呑みにでもしたんだっ…!もうおしまいだ…俺たちもあいつに食われてみんな死ぬんだ」

「おい晃太…やめろって」

朱卯が止めに入るが、晃太は恐怖で狂ったように唾を飛ばして大声を出し続ける。

「あいつが俺達を追いかけてきたのも俺の体型を見てのことだろ!?俺なら食うところがたくさんあるからっ…!きっとすぐに見つかって……あははっ……もうおしまいだ!朱卯、恨んでるんだろ?俺を!俺が財布なんか忘れなきゃ今頃…!」

「やめろって言ってるだろ!!」

朱卯が思わず立ち上がり、晃太以上に大きな声を上げると、朱卯は一瞬で表情を凍りつかせた。それは晃太にも伝わったらしかった。

そこには、準備室のドア窓に顔をべったり押し付け、べチャリと気味の悪い音を立てて舌なめずりしている緑の人間がいた。

「かいっーーーーー」

「しっ」

朱卯は慌てて叫びそうになる晃太の口を塞いだ。

「晃太、生きて帰りたきゃ姿勢を出来るだけ低くして理科室に音を立てないように移動するんだ。いいな?」

朱卯の言葉に晃太はコクコクと頷き、こっそりと音を立てないように理科室に移動し始めた。


ドンッドンッドンッドンッドンッ


突然怪物が理科準備室のドアを叩き始めたのだ。

「ひいっ!!」

「ばかっ…大声を出したら…」


ドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッ


「うわああぁぁぁぁぁ!!!!!!」

晃太を落ち着けようと朱卯が近付いたその瞬間


バリッドタンッ


物理的法則を無視した怪物によってドアは木端微塵に破壊されたのだ。

「わあああああああああっ!!!!」

「晃太っ…!うっ…」

そして落ち着けようと必死になる朱卯を晃太は突き飛ばして理科室出入り口へと駆け出したのだ。

「死にたくない!死にたくない!死にたくない!誰か!」

晃太は叫びながら走り去った。

声が枯れるほど叫び、来た道を通り先ほどとは逆の階段へと走り、3階まで駆け上がると掃除用具のロッカーへと入り込んだ。  

 

 掃除用具入れに隠れる晃太の姿と、その後姿の消えた晃太を探している様子の怪物が通り過ぎる一部始終を奈月と大星は掃除用具横の教室から見守っていた。

「声かけてみよう…晃太、俺だ。大星だよ、もう怪物いないから出てきて。」

「……大星…奈月も一緒なのか?」

「うん。無事だよ。ねぇ、朱卯は?一緒にいなかったの?」

晃太はしばらく押し黙ったあと、ゆっくり掃除用具入れから出てきた。

「……はぐれた」

「そうか…早く探さないと…もうはぐれないように…皆でここを出よう」

「そうだね」

嘘に気付くことなく、純粋に朱卯を探そうと言った二人を見て、自分は最低だ。晃太は素直にそう思った。友達に嘘を付き、友達を犠牲にするかのように逃げてきてしまった。朱卯は無事だろうか?もしかしたら自分のせいで…そう考えると自分が憎らしくなり、二人にバレないよう密かに歯ぎしりをした。


 「…どこらへんではぐれたかわかる?」

「1階…理科室の方。」

「よし、音立てないように慎重に行こう。朱卯ならその近くにいるかも…。」

三人は階段でも時折振り返りながら、廊下は背中を合わせるようにして歩いた。

「理科室には…いない。校長室は?」

「鍵開いてる…。開けるよ?」

少し重たい扉を開けると校長室の机の方で座り込んでいる朱卯を見つけた。晃太は内心、奈月と大星に先ほど朱卯を突き飛ばして逃げた事を暴露されるのではとヒヤヒヤしていた。

最低なやつだと責めるだろうか?無事にここから出れたとしても、明日からもう友達はいなくなってしまうのだろうか?晃太の頭の中は不安だらけになっていた。だが、朱卯の対応は予想とは遥かに違ったものだった。

「朱卯っ…!」

「奈月、大星…!…晃太も、無事だったんだな…!」

「へっちゃらだよ。」

「朱卯…俺考えたんだけど」

「なんだ?」

「校舎の中を走り回っててもしょうがない…捕まるのも時間の問題だ。だから…」


 第五章 蒼井奈月

 

 浜田市は面積が本当に広い。奈月と大星が祖父母と暮らす浜田市の外側田代区は、中心部から遥かに離れており、バスに乗って長距離出掛けなければ、コンビニの1つも無いほどない山奥なのだ。バスに乗って30分、電車で30分と通学には時間もお金も掛かるため、通学は憂鬱だが、祖父母に言われて高校へ進学したのだ。高校を卒業したら少しでも楽をさせたい為に奈月も大星もかなり勉強には力を入れた。

 高校へ通い始めると、まだ当時幼い二人は見分けが付けられないほどそっくりで、服装を明らかな女性ものと男性ものに分けなければ見間違われる程だった。

朱卯と晃太の二人は唯一奈月の泣きぼくろは左、大星の泣きぼくろは右にあると言って判別をしてくれ、それがきっかけで四人は仲良くなったのだ。

 今となっては、喧嘩して騒いでいたら怒られたり、体育で怪我した奈月を大星が背負って駅まで歩いてくれたり、ふざけて走り回っていて、電車が来る寸前の駅のホームから落ちた晃太を助けるために、パニックになった三人とも何故か線路に出てしまい、皆で謹慎になったり、奈月と大星が体育をサボっていた理由を、何故か晃太が必死に先生に言い訳してくれていたのもいい思い出だ。


 それからしばらく経ち、朱卯が持病の発作を起こして朱卯の両親が学校に迎えに来たことがあった。

「お兄ちゃん!大丈夫?」

「…あれ?茜?」

後ろを振り返るとそこには新島中学の校章の入ったネクタイを付けた女の子がいた。

「お兄ちゃんを運んでくれたんですか?ありがとうございます!」

「こんにちはーっ。お兄ちゃんって…えー朱卯って妹いたの?」

「はい、茜って言います。お兄ちゃんがいつもお世話になってます。」

「礼儀正しいねー。はじめまして、俺晃太です」

「あ、あたし奈月です、んでこっちの顔そっくりなのが双子の弟の大星です」

「えっ…あっどっ…どうも…」

「歯切れ悪いなー大星」

「なんでもない」

なんだからしくない大星の様子を見て、奈月は俗にいう一目惚れだろうとすぐに気付いた。

大星は少しばかりぼんやりと妹の茜ちゃんを見ていた。当の茜、晃太、朱卯は何も気付いていないが、奈月にはまるわかりだったのだ。

その後、すぐに朱卯の母が迎えに来て、帰っていく茜達の姿を大星はぼんやりと見つめている。少しばかり寂しい気持ちもあるが、やはり大星の事は応援したい。そう思った奈月は次に朱卯が来てから何とか妹との接点を持てるように精一杯フォローした。


 それから二年、全日制ではあるが茜は新島高校へ入学したらしい事を何故か大星から実に嬉しそうに報告を受けた。

「んー…?なんで大星あの子のこと詳しいわけ?」

「え…それはその…」

「…うまくいった?」

堪えきれずニヤっと笑みを浮かべる奈月に、嘘をつけないらしい大星は正直に白状した。

「告白して…OKでました」

「やったーーーーーー!」

「えっ…なんで…」

「精一杯フォローした甲斐あったわー」

「えっ…じゃあ茜ちゃん含んで遊んでたのはそのため…?」

「当たり前じゃん!朱卯はなんて??」

「まだ言ってない…少なくとも俺からは」

「将来のお兄ちゃんじゃーん!すぐ言ってこないと!」

「もう知ってるよ」

「朱卯!」

「まぁ恋愛は自由だし、ただし、泣かせるようなことしたら許さないからな」

「わ、わかってるよ」

 

 それも確かこうして桜が咲いていた時期だったな。と奈月は病院へ入りながら思い浮かべていた。高校を出て、数年した今もこうして週に一度病院へ来ている。

先に来ていたらしい大星が朱卯に話し掛けている。大星が一方的に話すだけで、それに相槌を打つ声は一声も聞こえてこない。

「ねぇ朱卯…私達もう28歳だよ?卒業してから9年も経ったよ?」

「…奈月、朱卯は…いや、義兄さんはいつ起きるのかな、色々報告したい事あるのにな。」

「変わらないよねーねぼすけなのは。そこ一番変わってほしいよね。」

あの日、3年生の一学期の期末テストの終了した日の夜、それまで喧嘩したりすることの無かった茜と大星は初めて喧嘩した。

 原因はあの日の帰り道、もしも寄り道をしなければきっと朱卯はこんなにも永い眠りにつかなくて良かったのではないか?というタラレバな事だった。

駅に向かう途中、横断歩道を歩いていると、信号を無視してやってきた緑色の普通車に朱卯が跳ね飛ばされたのだ。

逮捕されたのは三十代の男、覚醒剤を使用して運転をしていたらしい。


 数カ月して大星と茜はよりを戻し、朱卯のご両親とも会えるようにはなったが、茜含む親族の心の傷は癒える事はなく、また、朱卯も眠ったままだったし、奈月も大星も晃太もあまりのショックで食事など喉を通ら無かった。

 マスコミやネットで逮捕された男をバッシングする声と、被害者家族への激励の声が寄せられていたが、あまりに声がスゴイので責められているわけではなくても、どうにも疲労のようなものがたまるのだろう。奈月達も茜とは朱卯の話題には触れないようにしていた。触れてはいけないような気がして、奈月達の経験を通して感じた事を糧に接するように心がけていた。


 時が流れ高校を出た茜は看護師に、晃太は知り合いの営む工場で働き、奈月はOL、大星は営業マンになった。

その日から10年経った現在も、幾度となく奈月達は声をかけ続けていた。

「早く起きてよ、朱卯」

と。そしてその家族達も何度も目覚めることを願い続けていた。


 第六章 脱出

 「…正気か?」

「勿論正気だ。」

「あははっ…あたしら謹慎は免れないね。もっと悪くて退学?」

「死ぬよりマシだろ?…それにほら、丁度いいものを俺持ってるから」

「だけど多少叩いたぐらいじゃ意味がない。時間がいるだろ?どうするんだよ」

「……あたしが囮になるよ。その間に3人で頑張ってて、必ず後から行くから」

「な…!?」

「だ、駄目だそんなのっ…。危険だし、お前さっき怪我を…」

「もう平気。それに、あたしに大した力は無い。でも足だけはこの中ならあたしが一番早い。そうでしょ?」

「確かにそうだけどっ…」

「もし何かあったら…!」

「晃太っ…!朱卯…!あたしを信じて。どっちにしろ昇降口の音に怪物が気を取られたら追いかけ回されるでしょ?」

「奈月…」

その時、校長室の外から足音が聞こえてきた。


 「じゃあ…あたし行くね。3階まで登ったら反対側から降りてくるから。それまでに、よろしくね」

「奈月…!待ってくれよ俺はまだ…」

「朱卯っ…すぐに行こう。奈月のためにも。」


 奈月は勢いよく校長室のドアを開けて校長室を飛び出した。

「ほらほら!こっちこっち!早く来なさいよこの怪物!」

大声で叫び、多少近づいてきたところで階段を駆け上がる。途中躓きそうになりながらもひたすら走った。怪物は物を投げ付けて音を立てればそちらに顔を向ける、これならば簡単に誘導できる。

 走って大きな音をわざと立ててを繰り返し、気が付けばもう3階だった。3階への階段を登りきろうとした時、その場に迂闊にも奈月は転倒してしまった。

「ったぁ…!」

予定外に立ててしまった物音で怪物が確実に奈月の位置を把握したのかじっくりと迫ってくる。

しかも運の悪いことに、もう適当にポケットにつめたものは謎の石の様なものしか残っていない。もうそれで状況が変わるのなら何でもいい。奈月は藁にもすがる思いで、石を怪物の斜め下目掛けて投げつけた。


パンッ


 その石のようなものは銃声のような音を立てたのだ。

「なっ…石…じゃなかったの?」

奈月自身も驚くもこれには怪物も随分驚いたのだろうか?これまでに上げたことの無い唸り声を上げ始めた。

「ヴヴヴヴヴヴ………」

奈月は石の音の時よりも、怪物が発声した事に驚き、もし怒りを買ってしまったのならまずいかもしれないと、痛みを堪えて立ち上がり先程よりも早く廊下を走った。

 怪物も先程のゆったりな動きとは打って変わって、早歩きなのか、走っているのか、判断が付きにくい速度で奈月を追いかけてきた。

 走り続けて今度は階段を駆け下りて、昇降口へと走った。

「朱卯ー!大星ー!晃太ー!」

「もう一回だ!せーの!!!」

既にバリバリにヒビが入っている硝子で出来た昇降口を叩き割り、硝子の破片が体や顔に刺さったり切り傷を作るのも無視してようやく、四人は校舎の外へと走り出した。そして閉まった校門を登り、学校の敷地外へと飛び出し、新島駅までひたすら走り続けた。

道中突然灯りが戻ったが、その間、誰一人声を発する事は居なかった。


 駅に着くと、疲労感と脱力感が四人を襲った。

「出てこれた…」

「俺達…全員生きてる。」 

「3人とも、手、血まみれ…。」

「奈月もまた転んだの?膝のところ汚れてる」

「…それだけ必死だったんだよ。」

四人は久しぶりに顔を見合わせ、微笑んだ。

その直後、ホームのギリギリのところに立っていた晃太が足を滑らせた。

「晃太!危ねえ!」

朱卯が伸ばした手は空を掴んだ。


……………………………


 第七章 再開


 勢いよく目覚めた7月6日の午前9時、なんだか長い、とても長い夢を見ていた気がする。

不愉快な夢だった気がするが、懐かしいような…。不思議な夢だった。ただ、過去に何度も見ている夢だっただけなのかもしれない。気にしていても仕方が無いので、朱卯はスマホ手に取り、時間を確認する。

新着メールが二件。母からスーパーの特売に行ってくるという連絡。もう一件は…朱卯のスマホが壊れたのか文字化けしていてメールアドレスが分からず、差出人も分からない。朱卯は首を傾げながらも、一先ずそのメールを開いた。

差出人不明、そして本文には

「起きて、おじさん」

朱卯はそこで突然目眩に襲われた。そして徐々に意識が遠のいていった。



……………………………………………………



「起きないね。お兄ちゃん。」

「失礼します…。ご家族の方は…」

「先生、今は私だけですが…」

「ご両親はいらしてないのですか?」

「両親は…今日は仕事で…なにか御用でしたか?」

「いえ、後日ご両親の方も交えてお話させて頂きます。」

「…わかりました。」

「では、失礼します…」

「…茜さん。もし何か変化があったら教えてね」

「奈月さん…今日はもう帰ってしまうんですか?」

「うん、また遅くとも来週来るから…」

 

 奈月が病室を出ようとした瞬間再びドアが開いた。

「あれ…みんな…久しぶりだな。」

「晃太さん、こんにちは」

「4人揃うなんて久しぶりだよな…。奈月は帰るところだったの?」

「うん。」

「珍しいじゃん。今週は2回も来てくれるなんて」

「いや…なんかさ、奈月に用があったのと……なんか朱卯に呼ばれた気がしてさ、早引きさせてもらっちゃったよ。」

「そっか…。私に用?」

「あぁ…ここじゃ話しにくいからあとでちょっとさ」

少し目を泳がせながら晃太は頬をかいた。

「……て…わ…い…」

「えっ……」

「朱卯………?」

「せっ………先生を…!ナースコール鳴らさなきゃ!」

そこには確かに、ほんのり目をあけて、苦しそうに言葉を紡ごうとする朱卯の姿があったのだ。


 先生も転がるように急いでやってきてくれて、奈月達は一時退室。茜は泣きながら親の携帯へと電話をかけ始めた。

しばらくして朱卯のご両親が揃い、部屋に入ると朱卯の意識が戻ったらしく、姿を変えた皆を見て、そして泣きながら自分に抱き着いてきた両親に狼狽え、しばらくオロオロとしていた。

「おはよう、朱卯、遅いよ」

「本当遅刻魔なんだからっ」

「もう俺と奈月は遅刻魔卒業したよ」

「…おかえり、お兄ちゃん」

「帰ってきてくれて、ありがとう」


 10年の時を経て杉田朱卯はようやく目を覚ましたのだ。医師は延命治療を中止するか否かを、もう一度話そうとしていたところだったらしい。10年も眠っていたことに驚いてはいたが、怖い夢を長く見ていた気がしていた朱卯は、夢から覚められた事を喜び、夢のことなど忘れてしまった。

10年間の間で、茜と大星が結婚して、お腹の中に第一子がいる事、出産予定日が近い事を知り、涙ながらに喜び、退院後は晃太の手を借りて一緒の工場で働くことになった。


 それから更に6年が経った

「よーし!行くよ友癸!」

「…もうそういうのありがたいけど…姉さん、無理しなくていいから…。」

「おばさーん!思い切り投げてー!」

「こら!おばさんて言うなって言ってるでしょー!」

「あぁもう、姉さん!友癸!父さんと遊ぼう!奈月姉さん大変なんだから!」

「姉さんなんて呼び方…大人になったね。大星も」

「同い年なんだから当たり前でしょ?それよりほらゆっくりしてなよ」

「あーまたやってるよ!奈月ー!もう心配だからやめてくれよ…」

「あっやば」

「大星ー悪いな、奈月見ててくれてありがとう。」 

「全然いーよ…いや、良いですよ、義兄さん」

「はぁ…慣れないなぁ」

「慣れてよね。まぁ私も変な気分だけど」

「吐きそうとかじゃないよな!大丈夫か!?」

「あははっそういうのじゃないよ」

「……もうお前一人の体じゃないんだから、体気遣ってくれよ頼むから」

「わかってるって朱卯は心配症だなー。」

「……羨ましいねー新婚さんは」

「いつから居たんですかね…安・村・社・長」

「いやー良いねぇ社長って響き。」

「主人がいつもお世話になってまーす」

「惚気かよー…。」

「ねー父さん!早く投げてよー!」

「わかったわかった!」

  

 掛けていく後ろ姿が変わらない大星を見て、10年間眠っていた朱卯は、10年経っても変わらない友人関係と、友の少しばかり逞しくなった後ろ姿を見て、一人そっと微笑んだのだった。

最後まで読んで頂きありがとうございました!

次作はまだ未定ですが、私の一番のお気に入りのあの双子の物語もどこかで書きたいと思っています!


また次作を書けましたら上げさせていただきますので、またどうぞよろしくお願いします!

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