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3.ヒーラー・アンジェ

 草原までの道は実に分かりやすく、町を出てからも一本道だった。

「ほう、広いのう。散歩でもしたら気持ちよさそうじゃなあ」

 呑気に言うクオンとは、道中「安易に『世界征服」と口にしない」ことを厳命しておいた。

 緑が一面に広がり、所々に花も咲いている。吹き抜ける風も爽やかだった。まさにRPGで初めに来るチュートリアルの場と言った感じだ。

「依頼の内容は……あ、そうか。メニュー!」

 取って来た紙を探しかけたが、ゲームなのだからと気づいてメニューを開く。「依頼」の項目をタップすると、さっき受けた依頼の詳細が記されていた。

「『スライム液20個、ヘビの鱗10個』……数多いけど、結構分かりやすいな」

「うむ、ドロップ数も多いからの。……お、あそこに早速」

 言うや否や、クオンは止める間もなく駆け出していく。かなり足が速い。

「それっ!」

 走った勢いに任せて鋭く突き出した拳の行く先は――青緑色の、蠢く半透明の液体、スライムだった。クオンが殴ると同時にびしゃりと液が飛び散る。

「うわっ、グロ……」

 その液が消滅したと同時に、明るい電子音が鳴り響いて、メニューとは違うポップアップが開く。「スライム液2個獲得」と記されていた。

「むう、素手で触るのはどうも……いやしかし、武器も何もないしのう……」

 さすがのクオンもスライムを素手でぶん殴るのは気持ち悪いようだ。が、文無しはあれこれ言う権利もない。俺も、せめて手伝いが何かできないかと近づいて行った。

「あっちに沢山いるな……って、あれ?」

「誰かを襲っとるようじゃぞ。こんなところでああまで苦戦するとは、初心者か?」

 大量のスライムの奥に若干透けて見えるのは、誰かが座り込んで頭を抱えているような姿だった。

「や、やばいだろ、助けよう!」

 しかしクオンの動きは鈍い。

「面倒じゃのう……」

「言ってる場合かよ! 仲間になってくれるかもしれないだろ、ほら!」

「うーむ……仕方ないのう。ならお主も手伝えい」

 クオンは渋々といった風にスライムの大群に向かって歩いていく。手伝うと言っても、武器なしスキルなしレベル1の俺には何もできないような気もする。

「なあ、俺は何すればいいんだ?」

 そう言うと、後ろを歩いていた俺の手首をクオンが掴んだ。

 何のつもりかと聞くより前に、クオンの大ぶりな動作と共に俺の身体は宙に浮いていた――。


 何か液体と固体の中間っぽいものが飛び散り、服やら顔やらあちこちに付着する。

 ぶん投げられた俺の身体は、スライムたち数体を下敷きにしてしまっていた。気持ち悪い。

「あ、あああ……」

 怯えるような震えた声に顔を上げる。ピンクでフリルたっぷりのロリータっぽいワンピースを着て、ブロンドの髪をツインテールにした女の子がいた。顔を覆うように頭を抱えて蹲っている。俺には気づいていないようだ。

「えっと、君は――」

 声をかけようとした瞬間、なんとなくスライムたちが女の子から俺に標的を変えているような気がした。徐々に俺の方に近づいてきている。

 俺はレベル1だ。スライム単体ならまだしも、こんなに沢山のスライムに囲まれては即死確定だろう。というか、俺をここにぶん投げたクオンは何やってるんだ?

「そいやっ!!」

 威勢のいい声と共に、俺の頭上を突風が吹き抜ける。

 すると、すべてのスライムが鋭利な刃物で切られたかのように、瞬時に真っ二つになってしまった。切り離されたスライムの破片は、地面に落ちた途端霧散して消滅する。

「はっはっは、やっぱり魔法で一掃するのは気持ちが良いのう! ハルキ、よい囮じゃったぞ」

「囮!?」

「うむ、魔法は発動範囲があるからの。そこの女を中心にするとギリギリ範囲外ゆえ、お主を放り込んでスライムに攻撃させ、そっちに集まらせたんじゃ」

 そういうことはぶん投げる前に言ってほしい。ため息をついたが、クオンは意に介していないようだ。

 さっきのスライムの経験値によりレベル3までレベルアップしたらしい。ウィンドウには各種パラメータの上昇が書かれているが、これもまた強いんだか弱いんだかわからない。

「……して、そこの女。大丈夫かの?」

 女の子はまだ震えながら頭を抱えていたが、クオンに声をかけられ、おずおずと顔を上げる。

「え? あれ……?」

「スライムならもういないよ。全部倒したから、安心して」

 俺がそう言うと、女の子は確かめるように周囲を確認し、ほっと息をついた。目には涙が浮かんでいて、相当怖い思いをしたのであろうと容易に想像できる。

「よかった……ありがとうございます」

 深々と頭を下げるその子は、背中に杖のようなものを背負っていた。魔法が得意なのだろうか? それなら囲まれる前に倒せるような気もするが……。

「俺はハルキ。で、こっちがクオン。レベル上げと金稼ぎのためにクエストやってたんだけど……君は?」

 手を貸して立ち上がらせると、その子はもう一度頭を下げ、話し始めた。

「……ゲーム内のニックネームは、アンジェです。その、まだレベル5のヒーラーで……さっきまで、ギルドの人とクエストをしてたんです」

 なるほど、背中の杖は回復用か。

「その者はどうしたんじゃ? まさかスライムに……」

 俺もスライムにやられたのかと想像したが、アンジェは首を横に振る。

「……スライムが沢山集まってきたら、その人……急にパーティから抜けて、ワープしちゃったんです。それで、取り残されて……攻撃してもほとんど効かないし……」

 それで文字通り手も足も出ず、困っていたということか。

「レベルが低い者を敵中に置き去りにするとは……間接的なPK(プレイヤーキル)じゃぞ。お主、まだそのギルドに属しておるのか?」

「いえ……除名されたみたいです。元々課金とかで強い人が多かったし、弱い無課金ヒーラーじゃ仕方ないのかもですけど……」

 そう言って俯くアンジェはとても悲しそうな顔をしていた。そのまま気まずい静寂が訪れる。

 俺はクオンと顔を見合わせた。さっきまで助けるのが面倒だと言っていたクオンも、どこか切なげな表情だった。

「あ、あのさ、アンジェ」

「はい?」

 なんとなく、このまま一人にしておくことはできない。そう思った。


「俺たちと……パーティ、組まないか?」


 アンジェはぽかんと口を開けている。

「……私と、ですか?」

「もちろん」

「弱くてもいいんですか?」

「いいよ。てか、俺だってレベル3になったとこだしね」

 俺たちは、この世界で弱い立場にある人々のために動くと決めたのだから。

 アンジェは信じられないという風な顔で俺とクオンとを見ていたが、クオンもまた頼もしい笑みを浮かべていた。

「……ありがとう、ございます。不束者ですが、お役に立てるよう頑張ります!」

 そう言うと、アンジェはまた深々と頭を下げた。

 世界征服は一旦置いておくにしても、仲間が増えることは心強い。俺が右手を差し出すと、アンジェはそっと握手をしてくれた。

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