2.初依頼
「――さて。目標も決まったし、一度街にでも行くかのう」
「え、ああ……てか、クオンだっけ? お前ここから離れていいのか?」
NPC、というかボスだったはずなのに。しかしクオンは余裕の笑みを絶やさない。
「イベントはついさっき終わった。自我もあり、『運営』からの干渉もない以上、もうプレイヤーと同じ立場として振舞える。ゆえにお主の仲間としてどこへでも行けるぞ」
胸を張るクオン。ゲーム内の事情は開始数十分の俺にはわからないので、そうですかと頷くほかない。
「そうだ、レベルとかステータスってどうやって見るんだ?」
今はレベル1だが、装備や能力などを確認する方法は身に着けておきたかった。
「む? そうじゃのう……ちょっと『メニュー』と言ってみい」
言われた通り、俺は「メニュー」と口に出した。すると、青く発光する半透明のウインドウが俺の前に開かれた。俺の登録した名前、装備、スキルと様々な情報がそこにある。
「それがお主のステータスじゃ。今はレベル1じゃが、依頼をこなしたり敵を倒したりすれば上がっていく」
攻撃とか防御とかの能力値もあったが、正直基準が分からないので高いのか低いかも理解できない。所持金0ゴールド、という表記が空しかった。
「わしは今……レベル15? む、思ったよりだいぶ低いのう……」
自分のステータスを見てしかめっ面をしているクオン。覗き見すると、どうやらクオンも所持金は0ゴールドのようだった。
「まあ仕方あるまい、これから上げていけばいい話じゃ。ほれ、ともかく町へ行くぞ」
「いや、町へ行くって、どこかも知らないんだけど……」
クオンは俺の言葉に構わず、メニューを操作した後右手を天に掲げ、「ワープ」と唱えた――
――と思ったら、俺たちは町にいた。
「え」
「ほうほう、ワープとはなかなか使い勝手がよいのう。これは便利じゃ」
感心したように一人で頷いているクオン。どうやら彼女がワープと唱えた瞬間、二人同時にここへ移動したらしい。だとしてももうちょっとこう、心の準備とかさせてくれないものだろうか。
西洋風の建物が並ぶ町だったが、様々な格好の人々が行き交っている。アバターにも和風、洋風など様々な種類があるし、俺と同じように見るからに私服の人もいた。多国籍すぎて、俺やクオンの格好もそこまで浮いていない。
「すげえ、本当にゲームの――いっ!」
町の様子を観察していた俺の背中を、クオンが角でどついた。そこそこ痛い。
「何をぼさっと突っ立っておる。依頼を受けに行くぞ」
「依頼? って、もう!?」
「言ったであろ、金がなくば始まらんのじゃ。わしもお主も一文無しじゃからな」
クオンに引きずられ、俺は右も左もわからない町で連行されていった……
連れていかれた先は非常に大きな建物だった。
「お、依頼紹介所……ここじゃここじゃ。さて、良い依頼はあるかのう」
長い距離を引き回されて俺は既に疲労していたが、クオンはお構いなしだ。さらに俺を引きずって中へ入っていく。
中にはいくつもテーブルと椅子が置かれ、大きな掲示板のようなものが置かれている。俺たちの方を隠すこともなく見ている人もいれば、完全に無関心そうな人もいた。
「いらっしゃいませ! 初めてのお客様ですね。まずはこちらで登録をお願いいたします」
カウンターにいる女性はなぜ初めてと分かったのか、と思ったが、多分相手はNPCだ。こちらの情報を感知してそれにより対応を変えているのだろう。彼女にも自我があるのかどうかはわからないが。
「レベル1、ハルキ様とレベル15、クオン様ですね。登録完了いたしました。依頼は、そちらの掲示板から受けたい依頼の紙を取ってこちらにお持ちください」
俺たちのレベルと名前が読み上げられた瞬間、こちらへの視線が増えたように感じた。いい雰囲気ではない、明らかに何かしらの悪意が混じっている気がする。
「……他の者と目を合わせるでないぞ。ほれ、依頼を選べ」
耳元でそう囁き、掲示板を指差すクオン。彼女も察していたようだ。
「これなど良いのではないか? 推奨レベルは10じゃから、わし一人いれば終わろうて。報酬もまあまあ、お主のレベル上げにもよかろう。戦闘に参加しておれば経験値は同じ量手に入るからの」
草原でのモンスター退治と書いてあった。決められたモンスターを一定数倒し、素材を納品すればクリアとなる。確かにそこまで難しくはなさそうだ。
「じゃ、じゃあ、これで……」
紙を掲示板から取ってカウンターに差し出すと、女性はにこやかに笑い口を開いた。
「はい、承りました。草原は町の南から出るとすぐです。条件を達成したらこちらへ戻ってきてくださいね。お気をつけて」
終始笑顔を崩さない女性に見送られながら、俺とクオンは足早に紹介所を出た。
「わしらのレベルが低いと知られて、何か嫌な空気を感じたのう。とりあえず早いところレベル20は越えたいところじゃ」
「レベルってどこまで上がるんだ?」
「さあ……レベル100以上の者を見たことはあるが……レベル上限は何度も更新されているし、覚えとらんのう」
「100とか、夢のまた夢だな……」
俺がそう言ってため息をつくと、今度は脇腹に痛みが走る。また角でどつかれた。
「何を言うておる! わしらの夢は世界征服じゃぞ? レベル100なぞ通過点じゃ、通過点!」
「いやちょっと待って声がでかいって! と、とりあえず草原行こう! 草原!」
紹介所の前を通る人々がざわざわとどよめき、幾人かは訝しむような目でこっちを見ている。慌てた俺は赤面しながらクオンを引っ張り、南へ向かって道を駆け抜けた。




