1.龍との邂逅
最近俺――樫谷晴樹はとあるゲームをインストールした。
広大なワールドマップ、美麗な3Dグラフィック、派手なアクション――などなど、沢山の売り文句が並ぶMMORPG、『フライハイトヴェルト』。
パソコンでプレイできるこのゲームは、基本無料と言うこともあって人気があった。オンラインゲーム初心者の俺にも手が出しやすく、気軽な気持ちでいたのだが――
「わしに挑みに来たのか? 身の程を知らぬ愚か者よ」
なぜ俺はこんな草原のど真ん中で、見上げるほどの巨大な龍に睨まれてるんだ!?
一分、というか数十秒前、俺はワクワクしながらゲームをスタートした。もちろん部屋の中、尚且つ一人で。
このゲームはVRとかフルダイブとかそういうものじゃないし、俺の服はさっきと同じシャツに同じパーカー、同じジーンズだった。違いと言えばなぜか靴を履いているということぐらいだが、その靴も俺のスニーカーだ。
俺があたふたしていると、龍の方も何かおかしいと思ってくれたのか、何も手出ししてこない。ドラゴンと言うより、日本の昔話に出てくる龍に近い姿をしていたそいつは、どこか呆れたような表情をしている気がした。
「……お主、何をしに来たのだ」
「いや、それはこっちも聞きたいというか……」
微妙な空気が流れる。
というか、この龍の姿はどこかで見覚えがあった。確か、ゲームを始める前のイベントプロモーション画面に、ちょうどこんな感じの龍と一緒に「新たなる敵の襲来」なんて書いてあったような……。
俺が考えに耽っていると、急に何かが爆発するような音がする。
「うわっ!」
「ぐ……っ!?」
見れば、龍が苦しげな声を上げてその巨体を捩らせている。爆発が起こった方向に目を向けると、三人の若い男女がそこにいた。
先頭に立つ西洋風の鎧を纏った男性が、手に持った剣で龍に斬りかかる。それをすかさず隣にいた杖を持ってローブを着た女性が再び爆発を起こして龍を怯ませた。
その隙に男性ともう一人、弓を持ち、毛皮か何かなのか露出度の高いワイルドな服装をした少女の一矢が龍に襲い掛かった。
あまりのことに俺が呆気に取られているうち、龍は反撃の機会も与えられずに倒されてしまった。さっきちょっと話が分かりそうだっただけに、ちょっと気の毒になるくらいのやられっぷりだった。
「ドロップは……んー、これだけか」
「経験値もそんなにもらえなかったね」
「まあいいじゃん、次は別のとこ行こ。じゃ、町帰るよー」
三人はそんなことをわいわい喋りながら、ふっとその場から一瞬で消えてしまう。
「ドロップ……経験値……?」
普通の日常会話では出てこないようなワードに違和感が残る。
いきなり龍が現れたことと言い、この広大な草原と言い、さっきの三人組と言い――それらを思い返し、俺は一つの可能性に気づく。
「――まさか……これ、ゲームの中!?」
どういう原理かわからないが、俺はこのゲームの世界に転移してしまったのではないか?
「ほう? お主も転移してきた者か」
「わっ!」
さっき倒されたはずの龍が俺に声をかけてきた。傷はなく、さっきあれだけやられていたのに平気そうにしている。
「えっと、あんたは?」
「わしか? ふむ……わしは所謂『NPC』よ。この『フライハイトヴェルト』のな」
龍はいきなりメタ的な話をし始めた。まさかとは思ったが、その話は俺の考えた可能性を裏付けるものだった。
「NPC……って、じゃあここ、マジでゲーム!?」
「そうなるな。まあ、NPCとはいえわしも他の者らも独立した自我を持っておる」
「えー!!」
頭を抱えて右往左往する俺に、龍のため息が聞こえたような気がした。
「お主、見たところレベル1のまま……ゲームも始めたてのようじゃのう? 相手がわしじゃからよかったが、他の敵に逢っていたらお陀仏じゃぞ」
「え!? そんなシビアなゲームなのかよ!?」
見た感じやり易そうだと思ったのだが、まさかとんでもない上級者向けゲームなのだろうか。
「てか、ちょっと待って。さっきの『お主も』って、どういうこと? 俺以外にも転移してきた人がいるってことか?」
「……ふむ。説明してもよいが、この姿だといろいろ不便じゃ、こっちの格好で――とうっ」
龍はそう言うや否や、なんと俺より身長の低い、とてつもなく可愛い和服少女に変化した。人間の姿にプラスして竜の角や尻尾が生えていて、少女姿でもどことなく神秘的な何かを感じさせる。
「す、すげえ……」
「本当ならこういう姿も実装する予定じゃったが、開発段階で没にされたと聞いた。作ったやつがせめてもの供養と組み込んでだけおいたのじゃろう」
声も可愛くなっている。なんだかメタい発言とこの和服少女がいまいち結びつかないが、なんとなく話は理解できた。
「わしはクオン。ボスとしては天龍とも呼ばれているが、実際の名前はクオンじゃ。お主は――ふむ、ハルキか」
「え、言ったっけ?」
「お主、始める前に名前を入力したじゃろ。わしにはそれが見えるんじゃ」
そうだ、適当でいいやと本名で入力してしまったんだ。
クオンと名乗った少女は、俺の顔を覗き込むようにしながら口を開く。
「どうやら、バグなのか何なのか……プレイヤーが皆、現実からこの世界に転移してきてしまっておるらしいのじゃ」
ということはさっきの三人組もなのだろうか。
「『運営』とかいう奴らの干渉も絶たれ、外界とは切り離されておる。ゆえに現実世界がどうなっているのかはわからんが、今ログインしている者は単なるゲーム内のアバターではないのじゃ。このゲームの中で生きていると言ってもよい」
VRとか、そんな例えは生易しかったのだと思い知った。
「死んだらどうなるのかは、わしにもわからんのう」
とんでもないゲームをダウンロードしてしまったものだ。話題に上がっていれば回避もできたのにとちょっと思ったが、そりゃ突然行方不明になった人間がまさかゲームの中に転移しているとは人々も思うまい。
「マジかよ……」
頭を抱える俺に、クオンは口角を上げて近づいてきた。
「――どうじゃハルキ。このわしと共に、世界を支配してみる気はないか?」
あまりに突拍子のなさすぎる質問。
「は……?」
「世界征服じゃ、世界征服。わかりやすいであろ? この世界の頂点に立つんじゃ」
「いや、ちょ、え? だって俺レベル1だよ? 何もないよ?」
見た感じどう考えてもこのクオン一人(一匹?)で征服した方が手っ取り早い気がする。
「だからこそ、じゃ。今弱いからこそ、お主はこの世界を支配するに相応しい」
どういう意味だろう。真意を測りかねていると、クオンがにやにやと笑いながらもっと近づいてきた。完全に悪役っぽい顔だ。いや、世界征服とか言ってる時点で既に悪役なんだろうけど。
「この世界はな、金を持つやつが強くなるのじゃ」
金?
「お主らの視点で言えば、『課金者』かのう? お主、さすがにゲームを始める前から課金などしておらぬであろ?」
俺は頷く。このゲームの課金システムは俺も事前に知っていた。課金で圧倒的に差が付くようなゲームだと萎えそうだったので、調べておいたのだ。
他の基本無料ゲームによくある「課金しないと手に入らない、手に入れにくい有料通貨」はない。課金で手に入るのは、ゲーム内で無課金者も同じように稼ぐことのできる「無料コイン」が物凄く多くなったものやアイテムそのものだけだった。そういう点でも無課金でやるのにいいと思っていたのだが――。
「この世界で売っている希少なアイテムはな、とてつもなく高額なんじゃ。課金せぬ者がいくら金を貯めようと、最上級の武器には一年かけても届かぬ――というようなことはざらにあった。ま、極端な例じゃが」
「一年!?」
このゲームはなかなか長寿だと聞いていたが、そんなハイパーインフレのゲームバランスでやっていけるのか?
「強くなるには、金がいる。金を稼ぐには途方もない時間が必要……強さを諦め、中級者ぐらいに甘んじ、簡単なイベントにのみ取り組む者も多いのう」
課金しないと強くなれない。実質課金ゲーではないか。そこまで知っていたら元々ダウンロードしなかったのに、と後悔が押し寄せてくる。そんな俺の胸中を察したのか、クオンが人差し指を立ててそれを横に振った。
「しかし、度重なるアップデートで金を貯める方法も徐々に増えてきたのじゃ。お主のような無課金者の不利は変わらぬが、決して望みが皆無というわけではない」
完全にゲームをプレゼンする人間の口調だ。わかったようなわかってないような気でいる俺に、クオンは続ける。
「転移してきた者のステータスや装備品は、それまでのものがそのまま適用されておる。課金しておった者は強いが、そうでないものは弱いままという状態じゃ」
クオンの表情は険しかった。少しずつ言葉に熱が籠って来たように聞こえる。
「転移現象が起きてから、強者の思い上がりはどんどん増長した! 強いがゆえに弱者を見下し、弱者から搾取するようになってしまっておる。反逆者への悪質なPKも少なくない。金から来る強さを理由に命を握られ服従させられるなど、許されてなるものか!」
興奮からか、顔が少し赤らんでいる。いきなり世界征服なんて言い出して、ちょっとヤバい子かと思っていたが、もしかしたらただ単に純粋なだけかもしれない。
「ゆえに、レベル1のお主がのし上がり、この世界の頂点に立つのじゃ! なあに、このクオン様がついている。金などすぐに貯まろうて!」
完全に俺が協力する前提で話が進んでいる。
しかし話を聞いて、彼女の誘いを断る理由は俺にはない気がしてきた。課金者が強くなるというのはどのゲームでも定石だとは思うが、それを武器に弱い人を傷つけるのはおかしい、そう思った。
「共に行こうぞ。この世界を征服にな!」
クオンが俺に向かって握手を求めるように手を差し出す。
ちょっと迷う部分もあるが、それでも俺の中で大方の決断はできた。
「……ああ。わかったよ、行こう!」
きっとこれは千載一遇の機会という奴だ。これを逃したら、俺は野垂れ死んでしまうだけかもしれない――そう考え、俺はクオンの手を取った。




