ハルルとスノー
人魚姫ハルルは口を押えながら勇者ユウガ達の元に戻った。
タツキの言葉があまりにも信じられないし、国のため、民のために生きてきた王族の行動さえも勝手と言い切った。
全ての行動が勝手と言い切られてしまえばどうすればいいのかまるで分らない。
どのように否定してもタツキはそれを認める事はないだろう。あの眼は何を言っても聞かない者の眼だ。
よく言えば信念を曲げないと言えばいいのかも知れないが、あれはそんないい言葉には代えられないほどの嫌悪感がこみ上げて来る。
口を押えていると聖騎士の1人であるジョージが駆け寄ってきた。
「ハルル様、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。少し気分が優れないだけです」
「そんな風に見えないけど……タツキに何を言われたの?」
そうユウガに言われた途端タツキの言葉が頭をよぎり、さらに気持ち悪くなる。
「うっぷ!」
「ちょっと本当に大丈夫!ルフェイ!治癒魔法かけてあげて!」
「は、はい!」
顔のほとんどが青くなっている様に見えたハルルに、慌ててルフェイは回復魔法と精神攻撃に対して強い耐性を得る魔法を使った。
その2つの魔法のおかげか大分ハルルの気分は落ち着いた。
「一体どうしたのですか?確かタツキさんに話を聞きに行くと仰ってましたが……」
ジャンヌにそう聞かれてハルルはぽつりぽつりとタツキとの話の内容を話した。
異常過ぎる倫理観、身勝手過ぎる理由、隣にいる妻ですら独占欲だと言う。
その話を聞いて全員が黙り込んだ。
ハルルはユウガに聞く。
「一応黒騎士様はユウガ様と同じ世界から来たと聞いています。ユウガ様も誰かの勝手が世界を構築しているとお思いですか?」
「さ、流石にタツキほど極端には考えてないけど……でも勝手な行動で迷惑をかける人はいるし、否定しきれないんじゃないかな……」
ユウガがタツキの話を聞いて思い付くのは世間を騒がす犯罪者達だ。
彼らは身勝手な行動や理由で誰かを殺したり、罪を犯す者達と考えている。
「身勝手は教義に反します。ある程度の自由は認められていますが、理性を持って本能の赴くままに生きる事は罪とされています。それを全て勝手と言うとは……彼にとって救いの手も全て勝手な行動だと言うのでしょうか」
ジョージも理解できないと言う。
教会には他者に手を差し伸べると言う慈愛を大切にしている。
それすら勝手と言われては教会が行ってきた事は何だったのだと問いただしたくなる。
「なんにせよタツキも滅ぼすべきです。真祖の解放者であり、真祖を束ねる者。彼を倒せば今後世界は平和になるでしょう」
「あら、それは止めておいた方が良いわよ」
ルフェイが過激な事を言うと丁度真祖の1人であるスノーが現れた。
スノーはトンネルの建設状況を直接見に来ていた。活気や作業員たちの疲労、進行状況など直に見てどんなものか確かめてみたかったのだ。
そうしている間にユウガたちの会話を耳にしたのでここに来た。
「タツキはアセナ姉や私達にとって大切な人。殺しに来ると言うのであれば国ごと滅ぼすわよ」
平然と言うスノーに対してユウガ達は警戒するが意味はない。
スノーどころか真祖達にとってユウガたちは警戒すべき相手ですらないからだ。片手間でいつでも殺せる人間としか見ていない。
いつでもそう動く事が出来るからこうして勇者パーティーを放ったらかしにしてるのだ。
「ま、私が動く前にアセナ姉が終わらせるだろうけど。アセナ姉は本当にタツキと居るのが楽しいみたいだから」
まだトンネルが完成していない先で少し小さくなっているアセナ達を見てスノーは思う。
封印される前のアセナは機械的とでも言うべき行動ばかりとっていた。
ただただ業務的に一定以上に増えたら人間を殺して減らす。ある程度減ったらまた増えた時に殺しに行く。
一応部下とでも言うべき存在は居たが全くと言うほど関心はなく、群れを率いている雰囲気すら皆無。何の感情も感じない狼の真祖はまさに一匹狼と言うにふさわしかった。
しかし封印が解かれた現在。アセナと言う名をタツキからもらった後の狼の真祖は今までとまるで違う。
タツキと言う夫を得て、同じ創造神に創られただけの存在としか見ていなかった姉妹を心から家族と言い、今ではタツキと交わる事で自ら子を産みたいとすら思っている。
姉の知らない一面、というよりは新しく生まれた一面に素直に嬉しく思う。
真祖6姉妹の中で最も感情が希薄だったのが狼の真祖だったから。
それと同時にもしもタツキに何かあったらと思うと本当に世界は滅ぶのではないかと思っても居るのだが。
「だから余計な事は言わずにちょっかいを出すのも止めときなさい。今私の姉は現代を楽しんでるの、邪魔をすると言うのであればあなた達を永遠に氷漬けにしてあげようかしら」
正確に言うと対象の時間や生命活動を完全に停止させるので氷漬けとは違う。
近しい現象で例えるのであればコールドスリープが近いだろう。対象の老化や成長を完全に抑えて未来に行くようなものだから。
そんなスノーの言葉に怯えながらもハルルはスノーに聞く。
「スノー様は恐ろしくはないのですか?全て勝手という彼が」
「確かに傲慢ね。人間らしいと言えばらしいのかも知れないけど、私達はその勝手で助けられた身だからね……でも世界を滅ぼす様な事はしないと思うから大丈夫でしょ」
「本当ですか?彼の気まぐれで世界が滅ぶような事は起こらないと?」
「彼をそこまで怒らせる様な事がない限りは。それにハルル姫も彼の勝手で救われたらしいじゃない。トヨヒメの呪縛から」
そう言われるとハルルは強く言いだせない。
結果的に長い時間、本当に先祖から続く呪縛を解いてくれたのは彼なのだ。
姫が言った、もっと生きたかったと。どの女王達も言った、子供が大きくなった姿を見たかったと。王達は言った、いつまでこの苦痛に耐えればいいのかと。
耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて――
それがようやく終わった事は素直に喜ぶべきだろう。
でもそれが同情でも何でもなく、ただの勝手と言われては感謝するべきだろうに感謝する事も出来ない。
「ですがあの行動も彼の勝手なのでしょう。なら感謝する必要もありません」
「そうね。きっとそれが目的でしょうしね」
「え?」
そう言われてユウガたちはさらに困惑する。
感謝されないのが目的とはどう言う事だろうか?
「一冬だけだけどそれなりにタツキと一緒に居て分かったから。あれは感謝とかそう言う物も特に必要としてないのよ。むしろ邪魔だと思ってる」
「感謝される事が邪魔、ですか?」
ますます困惑していくユウガたちにスノーは自分も信じられないと言うようにしながら言う。
「普通王族が長い時間悩んでいた呪縛を解いたら感謝しろって言ってくる方が普通でしょ。でもタツキにとっては感謝される様な事でもないって思ってるみたいなのよ。つまり感謝されたくて行動している訳じゃないって事ね、だからタツキはいつでも勝手って言うの。気紛れなのも本当だろうしね」
………………大雑把にだがタツキの心情は分かった気がしなくもないっという感じでハルルたちは納得する。
普通の人の感情ですら分からない事が多いのに、真祖を家族として受け入れている男に対して常人がどれだけ考えても無駄だと思う。
長い時間苦しめてきた呪縛すら目的の障害でしかなく、ただ安全に手に入れるためにその呪縛を解いたと言うだけなのだ。
……彼にとって単純な事をしただけなのかも知れないが、その規模がまるで違う。
真祖を家族と平然と言う男はそれだけおかしいと言う事なのだろう。
なんて思っていると周囲からざわめきが届いた。
なんだろうと作業員たちが見る方向に視線を移すと、そこには超巨大なアザラシを担いで歩いているタツキが居た。
「へえ。あれってトンザラシじゃない。その中でも随分と大きい個体ね」
スノーが言うトンザラシとは7メートルから9メートルまで成長するこの辺りでよく居るアザラシだ。
地球に居るアザラシよりも巨大すぎて可愛げは一切ない。牙も立派に伸びており、その牙で分厚い氷を易々と貫けるとまで言われる凶暴なアザラシだ。
そのアザラシを担いでやって来たタツキはスノーを見付けて声をかける。
「スノー!このアザラシって美味いか?俺がいた世界じゃ似たような生物食ってたんだけど」
「ええ、この辺りじゃ美味しい方よ。でもここまで大きくなったトンザラシをよく仕留められたわね」
「元々こっちに近付いて来るこのアザラシの群れを見付けてな、最初は追い返すだけにしようと思ったんだがこいつ自ら俺の方に来たからさ、捕まえた」
「自分から来たの?」
「ああ。どうやらこいつ、もうすぐ寿命だったらしい。俺の前でそっと伏せたから痛みがないように優しく殺した。苦しませる理由もないからな」
その事を聞いたユウガたちはさらに驚く。
まさか野生の獣、いや魔物が自ら身をゆだねに来るなど想像すらした事がないからだ。
「そう。それでこの子は食べれるか聞きに来たと」
「まぁね。年寄りって事であんまり美味くないかも知れねぇが、それでもこいつは俺が殺した。なら血肉の一片たりとも残さずに食うのが捕食者の義務だろうよ」
まぁ実際はそんな事ねぇけど、っとタツキは言って笑った。
そんなタツキを見てハルルはもう一度聞いてみる事にした。
「黒騎士様。もう少しあなたの勝手について聞いてもよろしいですか」
「ん?やっぱり何か聞き忘れた事でもあったか?」
「聞き忘れと言うよりは詳しく聞きたいと思っただけです。私達を助けたのはあなたの勝手なのですか?」
そうもう1度聞くとタツキは平然と言う。
「そう言ったろ?元々トヨヒメを助けるのが目的だった訳だし、お前たち人魚の王族が助けられたってのは結果論でしかない。ただのおまけだおまけ。だから助けたうんぬんは気にすんな」
おまけ。確かにタツキはそう言った。
こちらは感謝しているのに向こうは一切、言葉ですら受け取らない。
ならばと人魚姫はこう言い方を変える事にした。
「では、私の方も勝手にさせていただきます」
「お」
タツキの興味を引く事に成功した事に少しだけ優越感を覚えたまま続けて言う。
「こちらもあなたに助けられたと勝手に解釈させていただきます。母と、私の事を鮫の真祖の呪縛から助けていただきありがとうございました」
そう言うとタツキは目だけを大きくした後、下品な笑みを浮かべた。
「勝手にしな」
その下品な笑みはハルルにとって子供が褒められて照れている様のように感じたのは、気のせいだろうか?
そんな事に全く気付かないタツキはスノーに言う。
「スノー、このアザラシの解体頼む。こう言うのも国の人の仕事にするべきなんだろ?」
「ようやく仕事を回すって事を覚えた様ね。私がこのまま持って行って解体させるわ」
「頼む」
そう言って巨大アザラシを難なく持って行くスノーをハルルたちとユウガは見送り、作業員たちの安全のために気合いを入れ直すのだった。




