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ヒノ先生の身体

 ヒノ先生を連れて帰った後、子供達が駆け寄ってきた。


「タツキ先生!ヒノ先生は!!ヒノ先生は無事なんだよな!?」

「どうなんですかタツキ先生!!」

「先生!!」

「大丈夫だ。さっきヒノ先生を苦しめてた悪魔は追い出した。後は休ませてやろう」


 そう言うと子供達はほっとしたようだ。

 だが悪魔を追い出しただけで今後どうなるのかよく分からない。

 そのためには少しでも調べられる場所に移動するしかない。


「おい精霊女王。部屋を借りれないか?少しでもいい部屋で休ませたい」

「任せて。ユーラニアに聞いてみる」


 そう言って精霊女王は王様の元に向かって相談する。

 結果客室を2つ貸してくれた。

 1つは子供達用、もう1つは俺とヒノ先生用だ。


 本当は俺とヒノ先生の部屋は別々にしようとしていたのだが、俺が看病すると言う事で1つにしてもらった。

 ちなみにジャックとアスクレピオスは子供部屋。流石城の客室と言うべきか、子供5人で寝ても広々としたベッドまである。

 これなら狭いとかそう言う問題は出ないだろう。

 問題ははしゃいで調度品などを壊さないかどうかだが。


 ともかく俺はヒノ先生を客室に運び、アスクレピオスに調べてもらう。

 子供達はジャックに任せた。

 みんなで看病すると言ってくれるのは嬉しいのだが子供達に話すべきではない問題が出るかもしれない。

 そうなっては大変なのでジャックに押し付けたとも言う。

 悪魔が居なくなったことで何らかの障害が出ていないといいのだが……

 アスクレピオスはさっきと同じ立体魔方陣で調べると苦虫を嚙み潰したような表情をした。


「やっぱり無理矢理ひっぺ返したからなんか障害が出たのか?」

「いいえ、それに関しては綺麗に切り離せていますから問題ありません。ですがその影響で……その……」

「その?」

「………………寿命が尽きかけています。おそらく悪魔と契約していた事で延命も兼ねていたんでしょう。そのくさびがなくなった以上どうする事も……」

「………………マジかよ」


 そう言えば前に言っていた。

 かなりお婆ちゃんなんですっと。

 それがどれぐらいのものなのか想像もつかないが、まさか悪魔が居なくなってすぐに寿命が尽きかける様な程だとはは思ってもみなかった。


「……なぁアスクレピオス」

「なんです?」

「俺はこの人を殺そうとしてるのか」


 抑揚のない声で、淡々と聞いた。

 アスクレピオスは首を横に振る。


「そんなはずありません。確かに寿命が尽きかけているのは事実ですが悪魔を追い出したのは悪い事ではありません。あのまま肉体を奪われていたらどんな被害が出ていたのか分かりません。それは彼女の意思に反するものだと断言できます」

「だが……俺が原因で死にかけてる」

「それは違います。これは生物であれば必ず来る終わりです。これは誰のせいでもありません」


 それでも俺が原因で死にかけている様な感じは拭いきれない。

 俺に出来る事は何だろう?

 じっとヒノ先生の顔を見ながら俺は考える。

 そうしている間にアスクレピオスは部屋から去った。


 俺はどうするのが正解なんだろう……


 -


 気が付けば既に夜になっていた。

 本気で悩むと時間の事などどっかにいってしまうようだ。

 ここまで本気で考える事はそうない。

 ここまで考えるのは森の中で1人で生き残る事を考えていた時と、アセナ達を救い出す時だけ。

 それ以外じゃ結構行き当たりばったりだ。


 にしても寿命か……

 確かにアスクレピオスの言うとおり、こればっかりは医学だろうが何だろうがどうしようもない事なのかも知れない。

 だがこの人が死んだ場合子供達はどうなるのだろう?


 ヒノ先生としては俺が先生となるか、保護者として保護してほしいとの願いではあるが、あの森で子供を育てる余裕はない。

 この世に絶対などと言う言葉は幻想だ。

 仮にアセナ達の協力を得る事が出来たとしても、一瞬の隙の間に森の動物達に殺されてしまう可能性は高い。


 だから育てるとすれば人間の国に属するのが最も安全だと思う。

 でも俺は真祖を解放しているのだから人間の国に属する事は俺よりもアセナ達を危険に遭わせてしまう。

 それは避けなければならない事だし、暴力だけでは限界がある。


 一応だがヒノ先生の寿命という問題を解決する事は頭の中では出来上がっている。

 だがそれによりヒノ先生の今後がどうなるのかまでは想像がつかない。

 俺が想像より幸せに生きるかもしれないし、不幸になって結局死を選ぶかもしれない。

 そんな重要で重たい選択を俺の意思だけでは決められない。決めたくない。

 好き勝手に生きると言っても今後の人生を大きく左右させる重たいものを背負いたくない。


 結局俺は逃げるしかないか。

 ヒノ先生が起きるのを待って、ヒノ先生からうんと言われない限り実行に移さない。

 子供達や周りの教師達に何故助けなかったかと聞かれたら、本人の意思だと言えばいい。


 ………………本当にどれもこれも逃げだな。

 情けねぇ。


「………………タツキ先生……ですか?」


 ずっと考えていたらふとベッドから声が聞こえた。

 驚きながらも俺は顔を合わせる。


「ヒノ先生。大丈夫ですか?」

「まだ少し眠たいですが……体調は……まだだるいだけです」

「そうですか。ひとまず安心しました」


 安心したのは本当だ。

 だが問題はここからだ。


「悪魔は、私の中に居たアラドメレクはどうしたんですか?」

「悪魔は今俺の体内です。食料とかを保存していた空間に居ます」

「大丈夫ですか?彼女は悪魔で油断できません」

「魔力を出来る限り吸い取ったんで大丈夫ですよ。今は生き残るのに必死でしょう」


 悪魔は魔力を失うと数100年から数1000年は活動が出来なくなってしまう。

 精神生命体である彼らの弱点と言えるだろう。

 魔法を使うには魔力がいるが、使い過ぎれば自身の消滅に繋がってしまうのだから。


 そう言うとヒノ先生は顔を赤くした。

 吸いだすと言う言葉を聞いて赤くしたようだが……まさか。


「もしかして……記憶あります?」

「は、はい。初めはぼんやりとでしたが、アラドメレクが弱くなっていくたびに意識の方は覚醒していきましたので……それでもアラドメレクを取り除かれた時はショックで意識を失いましたが」


 ショックと言うのは俺がキスをした事だろうか?

 そりゃ意識のない状態でキスされたりすれば嫌がるわな。


「申し訳ありませんでした」

「い、いえ。責めてはいません。ただ……その、お恥ずかしい話ですがそのような経験はなかったもので驚いたっと言いますか」

「え?経験ないってお婆ちゃんぐらいは生きてたんですよね?」

「わ、私は冒険者として大陸中を旅してたのであっと言う間に婚期を逃してしまったんです!!それに冒険者として世界中の魔物を倒している間にどんどん年も取ってしまって……」

「で、でも何度かは求婚みたいな事されたんじゃないですか?お綺麗なんですし」

「確かにそう言う目的で近付いて来る男性も居ましたが……下心ばかりの男性ばっかりで……」


 やっべ、地雷踏んじゃったかも。

 今にも泣きそうだ。


「その、すみません」

「謝らないで下さい……何だか情けなくなってしまいますから」


 そう言って赤い顔を布団で隠す。

 こう言う仕草はとてもお婆ちゃんになるまで生きた女性とは思えない。

 もう少し回復するまで世間話をするべきだろうか?

 それとも早めに今のヒノ先生の身体の状態を伝えるべきだろうか?


 沈黙が続くとヒノ先生は布団から顔を出しながら言う。


「私、あとどれぐらい生きられますか?」


 ………………最初から悟ってた。と言う方が正しいだろう。

 この子供達を救う旅が終わりかけた頃からヒノ先生は俺に子供達を託すような事を言っていた。

 だから悪魔が居なくなったことによりあとどれぐらい生きられるのか考えているんだろう。


「それに関しては分かりませんが、あまり長くないと思います」

「そうですよね。今までアラドメレクのおかげで保っていた訳ですから、居なくなれば当然死んじゃうんでしょうね」


 良い言い方をすれば穏やか。悪い言い方をすれば諦めている様な感じだ。


「今までこの身体には無茶ばかりさせてきました。冒険者として生きている間も、その後の子供達を育てるためにも、いろんな形で無茶ばっかり続けてきて。もういい加減休めって言われている様な感じがします。寿命が尽きるって言うのはそう言う事なのかも知れませんね」


 俺にその感覚はさっぱり分からない。

 寿命で死にかけている人を見るのは今回が初めてだし、周りにもいた事がない。

 どう答えるのがいいのか分からない。


「ですから次の子供達を見てくれる誰かが居て欲しいんです。そうしないと……不安で不安で、また無茶をしそうです。ですからタツキ先生。彼らの事を任せられないでしょうか?」


 それに関しては結論が出ている。

 真祖開放に子供達を巻き込む訳にはいかない。

 そんな事をすれば子供達は二度と人間社会の中で生きていけなくなる。


「………………残念ですが、俺にそれはできません」

「それは……前に聞いた雑な依頼のせいですか?」

「そうです。雑な内容のくせして危険がかなり多いんです。ですからそれに子供達を巻き込むかもしれないとなると、引き取ったり先生として活動するのは不可能だと思います」

「……そうですか。それは残念です。それでは素直に学校のみなさんにお任せするしかありませんね」


 心の底から残念そうにヒノ先生は言った。

 危険に巻き込みたくないと言う理由を聞いたからか、前日までの強い押しがない。

 俺は……聞いてみる。

 もし俺が出来る方法で生き永らえたいのかどうかを。


「ヒノ先生は……死んでも構わないと思いますか」


 自分で言っといて酷いと思う。

 子供達と言う心残りがあるのに死んで構わないはずがない。


「当然そうは思いませんが……突然どうしました?」


 怒ってはいない様だが……俺が何を言いたいのか不思議に思っていると言う感じか。

 俺は言葉を選びながら言う。


「その、人間をやめてでも子供達の面倒を見たい。そう……思いますか」

「人間をやめる?もしかしてアンデッドとして子供達を守りたいかどうか、という内容でしょうか?」

「違います。俺が出来る方法は転生に近い形です。俺がヒノ先生用に新たな肉体を用意します。その後ヒノ先生が死んだ後に魂を素早く回収、新しい肉体に定着させます。それが俺のできるヒノ先生を生きながらえさせる方法です」


 そう言うとヒノ先生はとても驚いていた。

 まぁ当然だろうな。普通はこんな事を思い付かないだろうし、実行できるだけの力はない。

 でも俺の『変質』を使えばどうにかなる可能性はとても高い。


 より具体的に言うとソニックドラゴンの複製を製作した時の様に、ヒノ先生の肉体を複製しようと言う事だ。

 その肉体には魂のない状態で製作すれば出来るはずだ。

 魂のない空っぽの肉体にヒノ先生の魂を入れる事で復活させようと言う事だ。


 でもこれには大きなリスクがある。

 1つ目は単純に肉体と魂が定着しない。相性や本人にその気がないとなればこれは上手くいかない。

 2つ目は人間ではない事。俺がスキルを使って製作する以上元の肉体と全く同じように作れない。出来るのは似せるところまで。

 つまり人間ではなく俺の肉体で作った化物として復活すると言う事だ。


 ……仮にヒノ先生が人間として死にたいと言うのであれば俺はこの復活はさせない気でいる。

 俺は何とも思わないが、人間として生きてきた人にとって死後に人間ではない何かになると言うのはとてもおぞましい事だろう。

 下手をすれば最初から魔物として生きてきた存在以上におぞましいと思われるかも知れない。

 元人間、このレッテルがどこまで苦しめる事になるのか俺には想像もつかない。


 ヒノ先生は天蓋を見ながら何か考えている様な気がする。

 俺はとにかく黙って結論を出すのを待つ事しか出来ない。

 じっと待っているとヒノ先生は口を開いた。


「……人間をやめてでも子供達と一緒に居たいかどうか、ですか。難しい質問ですね」

「もちろん人間社会で生きていきやすいように調節はします。肉体の見た目だって今と同じようにする事は可能なので、いきなり顔が変わるとかそう言う事もありません。他にも要望があるのであればなんだって調整します」

「ふふ。そんな事を言うとそうして欲しい様に聞こえますよ」

「………………俺は出来る事を精一杯すると言っただけです。だって普通なら嫌でしょ、人間じゃない存在になるだなんて」

「それでもあなたは自分でおぞましいと言いながらも自分に出来る事で私を助けようとしているのでしょ?そのぐらい分かります」


 確かにそうだが……それでもこれは蘇生ではない。

 全く別な存在になると言う事だ。


「それではお願いします」

「………………え?」

「新しい身体をよろしくお願いします。私はまだ死ねません」


 そう言った。

 俺は慌てて言う。


「本当にそれでいいんですか?子供達の面倒を見れたとしても、その後どうなるのか分かりませんよ」

「たとえその後大変な人生なろうとも、ここであの子達を放っておくことはできません。どうせならきちんと救いたいじゃないですか。ですからお願いします」


 強い瞳をしながら言われた。

 こうなったらやるしかない。


「分かりました。それではやらせていただきます」

「はい。お願いします」


 こうして俺はヒノ先生の新しい肉体を製作する事にしたのだった。


「それから1つよろしいですか?」

「なんです?」

「その新しい肉体についてお願いしたい事があります」

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