壁になる
とにかく俺はそのヘッド卿の娘さんに会う事になった。
その娘さんは大の動物好きでいつも動物のぬいぐるみを持っているらしい。しかもその子は魔法防御だけではなく、スキルとして物を動かす力を持っているとか。
念力とかそういう感じか?そう思っていると校長先生は言う。
「彼女の魔法は防御でスキルは『ゴーレムマスター』っと言うスキルです。自身が所有している物をゴーレムとして操るスキルです。主にドワーフの方が所持している事の多いスキルですが、特別珍しいと言う程でもありません」
ゴーレムか。ゴーレムって言うと魔法で作った土人形とか、ファンタジー式ロボットと言う感じがするがちょっと違う気がする。
自分が持っている物を操る訳だから人型である理由とかないんだろうな。
「ただ……彼女が最も気に入っているぬいぐるみだけは何故かとても強力なんです」
「ぬいぐるみ?それって相性とかあるんですかね」
「我々もそう予想していますが……あのぬいぐるみ自体が何か特別な物なのではないかと。操る者が強くなくとも、操るゴーレムが強ければある程度は強くなりますから」
なるほど。そのぬいぐるみ自体が特別製って事か。
やっぱり貴族の子供だから特殊なぬいぐるみを持たされているとか?その子煩悩なヘッド卿がその子の護衛的な感じでそのぬいぐるみを渡したとか?
その辺は後でヘッド卿にでも聞けば分かるか。
「そのぬいぐるみはあなたに貰ったと言っていました。何か覚えはありませんか?」
「え、俺ですか?ぬいぐるみ……どうだったっけな……」
ぬいぐるみを渡した事のある子供なんてトキぐらいしか思いつかないが……他に居たっけか?
何とか思い出そうとしている間にその子がいる教室に到着した。
その教室は貴族の子供達や実力のある幼い子供達向けの教室だ。
「ティアさんはおられますか」
貴族の子供いるからか、校長先生は丁寧な言い方で教室に入る。
俺も一緒に教室に入ると4人ぐらい集まった女の子の集団から1人の女の子が椅子から降りてこちらに歩いてきた。
その子は白い猫のぬいぐるみを抱えており、女の子の顔と言うよりそのぬいぐるみに見覚えがあった。
「校長先生どうし……あ!タツキ様だ!!」
「本日はタツキ先生がいらっしゃったのであなたに教えようかと。タツキ先生と面識があると聞いていましたが……タツキ先生はお覚えですか?」
「あ~思い出した。そのぬいぐるみ、確かホワイトシーに向かってる船に乗ってた子だろ」
思い出した思い出した。スノーを追いかけ回してたから、代わりにスノーに似せたぬいぐるみをあげたんだ。
しゃがみながらそう言うとティアは嬉しそうに表情を明るくさせた。
「覚えてくれてたんですね!スノーは今も大切にしてます!!」
「スノー?」
「タツキ様の猫ちゃんと同じ名前にしました。ダメだったでしょうか……」
「いや、構わないよ。大事にしている様でよかった」
そう言うとティアは気恥ずかしそうにしながらも笑った。
そして「本当にタツキ様と知り合いだったんだ!」「そのぬいぐるみタツキ様のお手製なの!?」っと言う感じでクラスが盛り上がる。
子供って本当に元気だな~っと思いながら今さら元気そうで何よりっと思う。
ティアはぬいぐるみを抱えたまま俺に聞く。
「それでタツキ様はこの学校にどうしたのですか?」
「ああ。俺の所に居た子供達とヒノ先生達の手続きをしに来たんだ。落ち着いてきたからまた学校に来ても大丈夫だろうって事で」
「あ!それじゃトキちゃんも帰ってくるんですね!嬉しいです!!」
「ん?トキと友達だったのか」
「はい!一緒にタツキ様の事がカッコいいと言っていました!」
そう言うのを聞くと気恥しいんだが……恐がれていないだけマシか。そうしておこう。
にしても意外過ぎて驚きしか出てこない。あの時偶然助けた子供がこの学校に来ているとは。
あとぬいぐるみが妙に強いのも納得。だってあれは森の動物の毛皮などを使って制作した物だ。特に猫っぽさを出すためにスパーキングレオの毛皮を使ったのだからそりゃ強いに決まっている。
爪とかは流石に本物を使う訳にはいかないので別な物を利用させてもらったが、それもあの森の魔物の皮を利用した物。それをゴーレムとして操れば強いに決まっている。
様々な偶然と運に驚きながらもティアは気にした様子もなく俺に言う。
「トキちゃんはいつごろ帰ってくるんですか?」
「一応春ごろってなってる。その時はヒノ先生とかアラドメレクとか色々帰ってくる」
「タツキ様もこの学校の先生になってくれるんですか!?」
ティアが大きな声で驚いたように言うと他の生徒達もその事を期待してか話し始める。
だが俺はティアに言い聞かせるように言う。
「あ~期待してくれているところ悪いんだが、俺はこの学校で先生をすると決まってる訳じゃない」
「え、何でですか?以前この学園で先生をしていたと聞いていたのですが」
「あの時とは色々と状況が変わっちゃってさ。ほらティア達も知ってるだろ、キリエス軍と戦って勝っちゃうところ。あのせいで俺がこの国に居て大丈夫かどうか不安な人が多いんだよ。だから俺は決まってない」
具体的に誰とは言わずにそう話す。それに子供を利用してこの学校の先生になろうとしていると噂されるのも何だかな。
とにかくこの学校で先生になるとは決まっていないとだけ話しておく。
そう話すと1部の子供達が俺に向かって言う。
「それじゃ僕がお父様にタツキ様が来れるようお願いしてみます!」
「え」
「それならわたくしもお母様にお話ししてみます!」
「ええ?」
恐らく貴族の子供と思われる子達がそう言い始めたのだ。
これ止めなくてもいいのかと思って校長先生に顔を向けたのだが、にこにこと笑った表情の奥に計画通りっと笑っている様な幻影を見た。
あ~これ完全に俺も使われたな。まぁ俺にも利点がある訳だから頭ごなしに否定する理由もないけど、なんだか子供を利用するってのは罪悪感があるな……
そして最後にティアが一言。
「私もお父様にお願いしてみます!」
校長先生は勝った!っと言う表情をしていたように思う。
――
「上手く子供達を味方に出来ましたね」
校長先生はニコニコ顔でソファーに座りながら言う。
事の顛末を校長室に残っていたヒノ先生、アラドメレク、ギルドマスターに話した。
ヒノ先生とギルドマスターはため息を付きながら言う。
「やっぱりですか。あなたが動くと大抵は思い通りに動かされるから怖いんですよ」
「その手腕は変わりませんな。いつギルドに戻って来てもよいのでは」
「何を言っているのですか、ゲン君。この自由学園もギルドの管轄下でしょうに」
校長先生は笑いながらさらりとかわす。
この校長先生やっぱりただ者ではない。
戦闘力と言う意味では下の方だろう。しかし交渉術となるとこの人はかなり上の方に居るのではないだろうか。
何でも使う覚悟と格上に対して表情を崩さない度胸もある。虎視眈々とチャンスをうかがうタイプの人間だ。
「これで子供達はタツキ先生を支持する形を作れました。それに他の貴族たちの多くが構わないと判断すれば残りの少数派は御しやすいでしょう」
「ねぇこの校長先生本当に何者?相当頭がきれるんだけど」
「バーンズ校長先生は前ギルドマスターです」
「え!校長先生もギルドマスターだったんですか!?」
初耳だったので俺は驚いた。
しかし校長先生は笑いながら言う。
「ギルドマスターと言いても口先だけのギルドマスターでしたので、ある程度基盤が出来た後はゲン君に後を任せましたよ」
「そのおかげで自由組合は他のギルドを全て取り込んで唯一のギルドにしたじゃありませんか」
「えっと?」
「自由冒険者組合が出来る前は数多くのギルドが存在したんです。しかし当時ギルドマスターだったバーンズさんはその手腕で冒険者ギルドを統括しました。もし彼が居なかった場合、今でも冒険者ギルドは統轄される事なく個人での経営になっていたでしょう」
想像以上に凄い人だった!?
と言うかこの世界のギルドって最初から統一されていた訳じゃないのか。どっかのマンガみたいにギルド同士の抗争とかあったのか?
ただの想像だけど。
「私現役だった頃は横のつながりがなくて苦労しましたね。繋がりがないせいでとある魔物の情報が故意に隠されていたり、すでに他のギルドで討伐されているのにいつまでも依頼が張られていたりとか。ギルド同士の大喧嘩もありました」
色々あったんだね。深くは聞きたくないけど。
「俺がギルドに入ったのは丁度統一しようとこのギルドが動き出した時だったな。バーンズさんには働かされましたよ」
想像以上に曲者だな、校長先生。
ご本人は笑って大した事のない様にしている。
しかしここまでくると何故校長先生はここまでしてくれるのか気になる。俺は思い切って聞いてみた。
「校長先生は何故そこまで俺に協力してくれるんですか。以前子供達を助けましたが、それにしてはやり過ぎかと」
そう聞くとヒノ先生とギルドマスターも興味深そうに校長先生に顔を向ける。
校長先生はいつもの笑みを浮かべながら言う。
「これもこの学園を盛り上げるための計画ですのでお気になさらないで下さい」
「いや、気になりますよ。何故そこまでするんです?」
「……簡単に申しますと、冒険者達の実力が低下しているからです」
いつもの笑みを浮かべながらも、どこか真剣な雰囲気で校長先生は言う。
「昔に比べて魔物の情報は正確になり、危険性が減りました。そのせいか冒険者の安全は保証しやすくなりましたが代わりに個人の実力が大きく低下しているのです。いくら危険性が低くなったと言っても、結局最後に物を言うのは実力です。十分な実力を付けるためにタツキ先生には大きな壁として、生徒達の前に立ちふさがってほしいのです。現実はこれほどまでに非情で残酷であると」
壁ね……俺を壁にしたら真祖であるアセナ達の足元ぐらいには付かないとダメなような気がするが、本当に生徒達には大変な目に遭いそうだ。
そして校長先生は茶化す様に言いう。
「それに天下のタツキ先生が居ればこの学園に入学したいと言う人も増えるでしょう。そうすれば経営はもっと楽になります!」
「最後はそこかい!!」
俺はそうツッコむと校長先生は大笑いした。