終戦
相手が雑魚だったと言ってもそれなりのダメージを負った事に、まだまだだな~っと言う反省とこれからどうするかなっと言う2つの気持ちを持って元に戻った法王の近くで花壇のレンガに座る。
法王はまだ気絶しているが、俺の目の前には話し相手が1人居る。
急に現れたよく分からない女性。彼女は綺麗な日本人と言う感じで見ていてホッとする。それから……彼女の事を1度見た事があると言うのもあるし、どことなく俺が知っている女の子の面影があるような気がした。
俺はそんな彼女に聞いてみる。
「そんでお前誰?」
『私は未来から来た時空の女神っとでも覚えていただければ結構です。今回時空魔法の不正利用を感知したので、不正利用者にお仕置きを入れに来ました』
「時空の女神?と言うかこれで会うの2回目だろ」
『覚えてくれてありがとうございます。以前はご挨拶もなしに申し訳ありません』
そう言って女神は頭を下げる。
まぁそれは基本的にどうでもいい。そのおかげでトキが無事に大人になる事が出来るようになったのだから責めるつもりはない。
ただ気になるのはあのクソ神についてだ。
「ちなみにあのクソ神、ジャッジは俺が食い殺したがそれはいいのか?」
『それに関してはなにも問題ありません。ジャッジと言う神が死んだからと言ってこの世から光が消える訳ではありませんし、何の影響もありません。本当に雑魚の雑用担当なので』
そこまで下っ端だったのかあのクソ。そんな雑魚にダメージ負うとか、本当にまだまだ弱い。
となるとやっぱりマコトの奴は本当に強いんだろうな。じゃれ合うぐらいなら出来るけど、喧嘩とかした事ないし。
それとあのクソ、その雑用的な役割から脱出したかったとか?う~ん、やっぱどうでもいいわ。
それよりも重要な事がある。
「それで。今お前トキの身体から出てきてる状態だと思うけど、トキの身体に問題はないんだよな」
『それはご安心を、一切問題は出ません。あの子がちゃんと大人になるまではそっと一緒に居るので私の事は気にしないで下さい』
そう微笑んだ顔は美しいと言うよりも、少し幼さが残ったちょっと子供っぽい可愛らしい笑みに見える。
そしてその笑い方はトキによく似ていた。
「ならいいや。そんじゃあとはこっちでどうにかしておくよ」
『はい。私はトキちゃんの中に戻ります。あ、それから1つだけお願いが』
「お願い?さっき援護してもらった報酬でも欲しいのか?」
『そう言うお話ではありません。ただ1つお願いと言うか、言っておきたい事がありまして』
そう言って女神は軽く深呼吸をしてから言う。
『私達、本気であなたの事が大好きなので今後覚悟しておいてくださいね』
何て悪戯が成功した子供のような笑みを作ってから幻のように少しずつ消えていった。
俺はその言葉を聞いてから額に手を当てて、思いっ切り息を吐きだした。
自分でこんなため息が出るのかと思いながらアスクレピオスに聞く。
「アスクレピオス、今のって」
『スノーお姉さまの結界がまだ生きているので詳細に結果が出ました。精神体なのでDNAは確認できませんでしたが、魔力の波長、指紋など完全に一致です。ませてるとは思いましたが……ここまでとは』
『タツキ、ハーレムにする?』
アセナが割と本気の口調でそう言うのでこの問題はもっと先送りにさせてもらう。
今は子供だもんね、あいつ。未来から来たって言ってたし、それなりの時間的猶予はあるはずだ。それに俺の別腹内で不穏な空気がたっている様な気がするのですぐに答えは出したくない。
ハーレムの憧れ?ないとは言わないけど……現実で実際にそうしたいかと聞かれると、正直面倒臭そうっと言うのが正直な気持ちだ。
なんて思っていると法王の方がうめき声を出した。
起きるかと思ってその場で見ていると、法王は目を覚ました。
「う……ここは……」
「よう。悪霊の除去、完了したぞ」
俺がそう言うと法王は俺に向かって視線だけを向け、また空に視線を戻す。
そして静かに涙を流しながら言う。
「……私は、本当にただ利用されていただけなのですね……ジャッジ様に。私はこれから先どうすればいいのでしょう」
「さぁ~な。とりあえず俺は疲れたから帰るぞ。下に待たせてる奴いるし」
あの戦い中でもマーナガルム達は逃げていない。と言うか野生の勘で1番安全な場所がこの近くだと判断していたようで、少し移動していただけだ。
今日は疲れたのでさっさと帰る。っと思っていると法王は俺に聞く。
「何か私に求める事はないのですか」
「別に、俺はジャッジが気に入らなくてぶっ殺しただけだ。むしろお前の方が今後相当大変だと思うけど」
「覚悟の上……とも違いますか。私はジャッジ様の言葉を信じ、少ない犠牲で済むと思い込んでいました。ですが結果はこの通り、大敗北です。私以外の戦争に参加した者達は死んだ、私は世界から否定されるでしょう。心の支えであったジャッジ様も居なくなり、どうするのが正解なのか全く分からない。残った親族への謝罪、この土地の修復、この国の立て直しなど、一体どれから手を付ければいいのか全く分からない……この大罪をどのように償えばいいのか全く分からない」
そう言いながら法王はただ空を見上げながら涙を流し続ける。
確かにこの先、法王、もしくはキリエスは各国から大きなバッシングを受けるのは目に見えている。天使化したキリエスに住む民間人は全滅したから訴えようがないが、マーナガルム達が食い殺したキリエス本軍は様々な国のキリエス信者達の軍。各国の支部から派遣された信者達なのだから、各国の親族に謝罪だ何だと大忙しだ。
しかも国そのものも大きな打撃を受けており、ヤタの光の魔法のせいで地上は漂白化、この状態を元に戻すにはどうすればいいのか分からないだろう。
とりあえず俺は立ち上がりながら言っておく。
「まずこの植物とかは全部死んでる。直すとかそう言うのは諦めた方がいい」
「………………」
「でも土に関してはまだ大丈夫だ。地上の表面だけが白くなっているだけで、クワ持ってかき混ぜれば大丈夫だろうよ」
「………………え」
「俺がぶった切った霊脈だか龍脈だかは切れ味が鋭すぎて既に自然修復してる。それでもどこか魔力だまりみたいなのは出来るだろうからしばらくは警戒しておいた方がいい。建築物に関しては……これだけぶっ壊れれば修復うんぬん言ってられないだろ、諦めて新しく作り直しな」
「ま、待って欲しい!!何故、何故そんな事を教えて下さるのですか!?私はついさっきまであなたと敵対していたのですよ!!」
まだ身体の方は動かせないのか、顔だけをこちら向けて言う。
その表情はまさに驚愕っと言う感じで眼を見開いてこちらを見ていた。
俺は法王を見下ろしながら言う。
「だってもう戦いは終わっただろ。首謀者であるジャッジは死んだ、あんたにも戦意はない。普通の国同士の戦争なら賠償?とか色々小難しい話があるんだろうけど、そんなもん俺要らないしな~。被害って言ったら森の1部が禿げたぐらいだけど、あれはうちのアセナがやらかした事だしな……それにこれはあくまでも真祖の脅威を周囲に知らしめるためのアピールでしかない。周辺国も十分に俺と真祖達の脅威と言う物を思い知っただろうからな、これ以上喧嘩する理由もない」
「アピール……そうですか。我が国は上手く利用されただけっと言う事ですか」
「そうだな。お陰でまだ俺の群であるアセナ達を、封印だ何だって手段で倒そうと考えているバカ共に知らしめることが出来たろ。もしそいつらが攻めて来たら……どうせ人間より数は少ないだろうから、いっその事その種を絶滅させるのもいいかもな」
と言ってもこれはあくまでも想定だ。この戦いを見ても攻めて来るとは思えないし、来るとしてもおそらく暗殺的な回りくどいやり方を選ぶ。ここまで一方的な勝利を収めたのだ、そう簡単に戦争だ!!っと言って分かりやすく責めて来る事はない……はず。
でもまぁ法王にその事を伝えておけば自然とドワーフとエルフの王の耳に届くだろう。そして俺はドワーフとエルフの事を狙っているとそれとなく伝えてもらえたらな~っと思う。
絶滅の2文字に身体を震わせた。
恐らくこれほどまでに絶滅と言う言葉を強く感じた人間は居ないだろう。
法王は言う。
「あなた達なら可能でしょうね……すぐに攻めるおつもりで?」
「面倒だからしない。しばらくゴロゴロして体力回復させる。と言ってもアセナ達は元気だけど」
「それは恐ろしいですね」
「だからすぐに攻めてきたらアセナ達に任せるしかないな~。俺は疲れてやり過ぎるな~って言う気力もない。なんだかんだで俺結構ストッパーとして頑張ってるんだからな」
わざとらしく言うとようやく法王が落ち着いた。
なので俺は法王に言う。
「それに、やろうと思えばお前の所の兵を殺さずに制圧しようと思えば出来なくはなかったしな」
「………………」
「でも俺は殺す事を選んだ。さっき言ったアピールのためだし、そうしないとまた攻めて来ると思ったしな。簡単に言えば見せしめだよ。それに俺だって元人間、他の人間に対して何の感情もない訳じゃない。でも俺はアセナ達を選んだ。選んだからその最善を選んだつもりだ。俺は人類ではなく真祖を選んだ」
「………………」
「だから殺した分の罪は背負う。きっかけはジャッジに利用されたお前だが、実際に殺したのは俺だ。半分ぐらいはその罪、背負ってやるよ」
そう言ってから気だるい感じでその場から去った。もうこれ以上話をする必要はないし、話す事もない。
階段を下りてマーナガルム達の元に戻ると、ヴィゾーヴニルが執事の格好で出迎えてくれた。
「お疲れさまでした」
「お~。今日は疲れた。帰って寝る」
「承知しました」
俺はまたヘヴィーウォールマンモスに乗り、森に帰るのだった。
――
キリエス屋上庭園で法王はよろよろと身体を起こした。
ジャッジに身体を強制的に使われて全身激しい痛みが続いている。だが、そんな状態でも確かめたい事があった。
法王は直ぐ側の花壇の土に直接触れ、弱弱しい力で掘り返す。だが今の弱った状態では掘り返すと言うよりはただ撫でているのと変わらない。
だが、そんな状態であってもこの土を確かめなければ気が済まなかった。どんな国であろうともまずは土が無事でなければ国を立て直すなど不可能、なのでまずは近くの土から確かめなければと思っての行動である。
それにここはカラスの真祖の攻撃に最も近い場所、ここの土が無事なら他の土も無事である可能性は非常に高い。
「………………あ」
そして無事な土は意外過ぎるほどにあっさりと現れた。
ほんの少し撫でただけだと言うのに、表面の白くなった土に混じって下の方に茶色い土が現れたのだ。
法王はさらに弱弱しい力で地面を掘り返すと、そこには前に埋めた種が無事な状態で残っていた。
「………………う、うう」
法王はその見付けた種を大事そうにそっと手で包んだ。