閑話 北方の王
私、ノーマ・ホワイトフォレストはタツキと言う異世界より現れた青年のせいで寿命を激しく削り取られている様な気がしてならない。
呪いだなんだという話ではなく、単に心労だ。
彼の事は大国会議で情報を得ていたので容姿や性格などはある程度知る事が出来ていたのはとても良かったというだろう。
だがこればかりはあまりにも異常だ。
私は彼に悪魔を召喚するための場所を貸してほしいと頼まれた際、獅子の真祖、スノー様が居た中庭を提供すると共に私は彼の監視を行う事した。
大国会議で出来るだけ彼の情報が欲しいので出来るだけこうして見ているが……あまりにもその思考は歓楽的、もしくは短絡的だと思う。
あのジャックという少女に化けていた悪魔、アナザ殿は彼の赤い魔王に匹敵するとスノー様より忠告された。
それは真祖とはまた違う脅威であり、何度殺しても死なない存在として語り告げられている。
殺しても死なないっと言ったが、正確に言うと器となっている肉体を破壊する事で悪魔の居る世界へと強制的に送り返すと言うのが正しい。
人類が精霊や悪魔と言う精神だけの生命体に対して攻撃できる者は数少ない。攻撃できたとしてもそれは伝説の武具を使いこなす事の出来る英雄か、聖人や仙人などと呼ばれる長い時間鍛えに鍛え続けた本物の超越者の妙技によってようやく傷を与える事が出来ると聞く。
しかも調停者の1人である赤い魔王と同等の存在が一気に4体も受肉し、それを家族と言って何の警戒心もなく抱き締める彼が本当に同じ人間なのかどうか疑わしい。
彼と同郷であるという勇者でさえも、その行為を見て正気なのかどうか疑わしいと思っているに違いない。
苦笑いすらする事の出来ない状況だと誰もが分かるだろう。
実際我が近衛兵たちも人類の中では上位に存在する誇り高き兵達だと思う。
だが彼らですら4体の悪魔が漏れ出す魔力をほんの少し吸っただけで体調を崩した。魔力への耐性が高い彼らですら吐き気を必死に抑える事しか出来ないのだから、私など悪魔達にとって翅虫よりも簡単に潰せる存在だろう。
そしてその肉体を与える姿もまた彼は人間なのか疑わしい。
ほんの少し指を切ると血を4滴ほど垂らした。血が地面に付くとそこから内臓が生まれ、肉が生まれ、皮ができ、彼と変わらない裸の男性が4体その場で生み出された。
血で描いただけの円。
円は確かに魔術の基礎であり、円に呼び出す種族や属性などを古代文字で書いたり、種族や属性を象徴する絵を描く事で召喚用の術式となるはずだが、彼はそれ全て省略し、ただの円だけで十分だと言わんばかりに彼そっくりな肉体を投げ入れた。
それは獣に肉を与える様な適当過ぎるやり方。それで本当に召喚し、受肉するのか不思議でたまらなかったが成功させた。
そして悪魔達に名を与える。
青はスピカ、緑はランティ、黄はルナ、最後に白はポラリスと名付けられた彼女達は喜びを表す。
だがそれは人類にとっては絶望としか言いようがない存在が確かにそこにあった。
――
私はハルル姫と共に茶を飲んでいる。
先程の光景を見て、少しでも落ち着きたかったからだ。
お互いに一服し、情報交換を始める。
「海王、ドン殿にはどのようにお伝えする気でしょうか」
「お父様には絶対に敵対してはならないとお伝えするだけです。彼女達は……絶望です」
「確かに。真祖だけではなく最高位の悪魔まで従える彼に誰が勝てると言うのでしょう?もう我々には共存という道しか残されていない。それでも敵対すると言う者達は愚かとしか言いようがありません」
「ですね。ところで今夜も大国会議を行うのでしょうか?」
「行います。深夜の2時に行われる。ハルル姫もご同行しますか?」
「お願いします。直接お父様とお話しする方がより効率的ですので」
そう言って優雅に茶を飲むハルル姫。その姿は若きパール様と姿が重なる。
「それにしても……彼は何者なのでしょう。気紛れに我らに知識を与え、気紛れに絶望を運ぶ。あれは……何と呼称するべきか」
「タツキ様は……何でしょうね。あえて言うのであれば……化身とでも言うべきでしょうか」
「化身ですか?教会の方々が聞いたら、怒髪天を衝く事になりそうですね」
私の質問にはハルル姫が答えた。
化身。それは神の代行者を指し示す言葉である。
数千年に1度あるかどうか、神の加護を受けて現れる誰かにより世界は平和に至ると言われる。
ちなみに今の化身と影でささやかれているのは勇者だ。教会の最上位儀式で召喚され、人々に安らぎを与えているのだからそう言われる事は自然と言える。
「ですが……タツキ様の方が神に近い様に感じます」
「それは何故?」
「タツキ様の気まぐれで救われる者もいるからです。今回の様に人類の絶望に近い事も起こしていますが、それでも救われた物はあちこちにいます。ジョージ様しかり、あの自由学園の子供達しかり……私とお母様もその1人でしょう」
…………鮫の真祖を代々体内で封じてきた人魚の家系。それは人類には到底できない事を成し遂げた証拠であり、真祖を封じるという神々に反する行為をした業とも呼べる呪いであった。
鮫の真祖、トヨヒメ様が解放された以上これ以上彼女達が苦しむ未来は消えたとも言える。
清濁併せ吞むのが我々為政者なのは分かるが、これほどまでに複雑な業はないだろう。
それにハルル姫が言うように確かにこう言った行為は神に近いと言ってもいいのかも知れない。
現我々ホワイトフォレストの民はスノー様の吹雪の結界に守られてきた。しかしそれは無償の加護ではなく、単に寒さで倒れたり、吹雪の中に含まれる微量の魔力が幼子や老いた者を苦しめる事もあった。
だがそれ以上に我々は同じ人類の脅威から守られていた。
…………どのような時代であっても、美味い所だけを食うのは無理だと分かり切っている事なのだがな。
「そうなると問題は教会に与する国がどれだけ現れるか、ですね。私達セフィロは参加しないでしょうが、他のドワーフやエルフはどうでしょう。ドワーフは兵を殺された恨みがありますし、エルフはあの傲慢さが厄介です。特に上位であるハイエルフを祀っている者達にとっては面白くない話でしょう」
「ドワーフ王、ゴイル・フォールは問題ないでしょう。彼は確かに仲間思いですが、それだけ無駄な犠牲を嫌います。勝てない相手に手を出すほど愚かではないでしょう。エルフの方は分かりませんが」
「やはり問題はそちらですか。せっかく教会の過激派を殺してくれるのは人魚族にとっても悪い事ではありませんから」
その様にハルル姫の口から出るとは、教会の過激派もやはり問題か。
教会の過激派は、神ジャッジ様に身を捧げるというだけではなく、人間こそが神に最も愛され種族であると主張している。
過去の英雄、スノー様達真祖を封じた際に各種族が協力した事で民衆にはあまり広まってはいないが、過激派と言われる者達の大半が人間こそが神の子と主張する者達が多い。
そのせいか同じ人類であっても、人魚族、ドワーフ族、エルフ族、特に獣人族が教会の教えを嫌うという面すらうかがえる。
人魚族はセフィロ・トータスという巨大な亀の上で観光を主に収入を得ているので差別的な事はしない。
特にと言った獣人族は彼らの先祖が狐の真祖、もしくは狼の真祖に仕えていた。っと言う今となっては本当か嘘かも分からない伝承が存在しているせいで、過激派は獣人を敵を見るような目線を送っているため教会過激派と獣人族は嫌い合う仲だ。
どこもかしこも問題だらけ。
もしかするとタツキ殿はこういう現状である人間社会を一掃するために現れたのかも知れない。
もしくは強大な敵を用意する事で人類の結束を強めようと神がご計画したのかも知れない。
それにしては強過ぎるが。もしや人類の業とはそれほどまでに大きいのか?
いや、それはいくらなんでも考え過ぎだろう。教会と言う勢力が居るせいか神と言う言葉を信じすぎたな。
「それでは今夜お会いしましょう。使いの者はこちらでお呼びしますので」
「よろしくお願いします。これで人類の未来が決まるでしょうから。最低でも人魚族は生き残りますよ」
「私もこの国を存続するため、全力で敵対するだけ無駄と支援させていただきましょう」
彼は全ての真祖を解放するのが目的。では残るは1柱、獣人族たちの居る地で封印されている狐の真祖のみ。
果たして獣人族の王はどのように判断するのだろうか。




