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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第四章 寄生冒険者

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11.狂者

「あれだな」


 調査が始まってから一週間後、再び邪龍体のモンスターを発見した。黒と黒紫色の混ざった体毛の四足獣、体長は四メートルほどで鋭い牙を持っている。長い尻尾が真上に立っており、充血したかのような真っ赤な眼で周囲を見渡しながら歩いていた。


「ニャガか。機動力が高く尻尾を使った攻撃が厄介なモンスターだ。特にここみたいな障害物の多い場所だと上級冒険者でも手こずる相手だ」


 それほどの相手が警戒心と殺意を高くしている。迂闊に仕掛ければ返り討ちに遭うであろう危険性がある。そんな相手に対し、こちらはエギルという最強の駒を使えない。これは大きなハンデだった。

 だがそれは事前に予測していたことだった。


「予定通り、俺様は今回一切手を貸さない。その代わりこいつは使っても良い。お前らだけで戦え」

「分かってるよ」


 今回の討伐は、僕とウィストとルカとオリバーさんによるチームで行う。エギルが下がる代わりに僕が前に出る形だ。そのために準備をし、動きを合わせてきた。この短い時間でやれることはしてきた。相手が邪龍体でも勝てるはずだ。


「いくぞ。だがあんまり無理はすんなよ」


 陣形は僕とルカが前に出る形で、オリバーさんが隙を見て攻撃し、ウィストが引っ搔き回してかく乱する役目だ。前に出る分、僕とルカの負担は大きい。無理せず戦うのが事前に決めた約束事だった。


「大丈夫。僕、我慢強いから」


 だが前線から離れる時間が長ければ長いほど、その間に前線に残る方が一人でニャガを相手取ることになる。出来る限り前線に残らないとルカに負担がかかってしまうので、二人だからと言って相手に頼り過ぎてはいけないのだ。

 それを理解してくれてるルカは、「そうか」と短い返事をした。


 僕とルカが横に並びながらニャガに近づく。ニャガは僕達に気づくと体を向け、「ぐるるるる」と威嚇して来る。凶暴な顔つきから邪龍の気配が感じ取れた。

 あの時の邪龍に比べたら、体は小さいし迫力もない。だがそれでも、普通のモンスターとは違う空気を纏っているのを肌で感じる。一歩一歩近づくにつれて禍々しい空気が濃くなっていく。こんな相手と戦えたソランさんやエギルの凄味を改めて思い知った。


 だがそれでも戦わなければいけない。

 ソランさんが命を賭けて倒した邪龍を復活させてはいけない。今度は僕達が止めるんだ。


 盾を構えてまた一歩近づいた瞬間、ニャガが跳びかかりながら右前脚を振るってくる。僕はそれを受け流すと、その直後にオリバーさんが槍で突きに行く。だがニャガの反応が早く、かすり傷しかつけれなかった。


「予想以上に速いな」


 オリバーさんは僕とウィストと同じように、ニャガと戦うのはこれが初めてだ。まだニャガの動きを把握できていない。早期決着はやはり難しそうだ。


 ニャガが退いたところに、正面からルカが距離を詰める。大剣を突き刺そうとするが、ニャガは素早く横に回避した。だがその先にはウィストが待ち構えている。ニャガに気づかれないよう、遠回りして接近していたのだ。

 ウィストが素早く双剣で斬りつける。攻撃を受けたニャガは前脚で払おうとするが、ウィストはそれを回避してさらに追撃をかける。ニャガが前脚で再び殴りかかると、ウィストは後ろに大きく退いて避けた。


 ニャガがウィストと距離を取った後、低い体勢で構える。同じ体型のモンスターがあの構えをした後に跳びかかったことがあった。今、ウィストの前には盾役がいない。今追撃されたら危険だ。

 ニャガに攻撃して気を逸らせよう。僕と同じ考えに至ったのか、ルカが僕とほぼ同時にニャガに向かって走り出していた。ニャガは攻撃されると回避するために距離を取り、再び僕達に視線を向ける。これなら、ウィストに攻撃が集中することは無さそうだ。


「この調子ならいけるぞ」


 オリバーさんは配置のお陰で一番戦況を読める位置にいる。ニャガは素早いがエンブほどじゃない。体が大きい分攻撃範囲は広いが、動作も大きいため動きを読みやすい。深追いせずじっくりと攻め続ければ勝てそうな相手だ。

 お互いをフォローしながらニャガを攻める。僕とルカが攻撃を受け、オリバーさんとウィストがその隙に攻める。その型をつくり、ニャガをはめることができていた。


 そしてニャガの体から出た血が地面に落ち始めた瞬間、ニャガの体毛が逆立った。


「ぐぅるるるるる……」


 再びニャガが唸る。先程よりも強い殺気を放っている。そして邪龍と同じ空気に近づいていた。


 時間をかけて倒す予定だった。その方が安全で確実に倒せると踏んだからだ。実際、その戦い方に手応えを感じていた。

 だが時間をかければかけるほど、ニャガの殺気が強くなり、気配が邪龍に近づいている気がする。


「まずいね……」


 ルカも同じ焦りを感じていた。僕と同じかそれ以上にニャガに切迫していたのがルカだ。僕以上に危険性を感じ取っているかもしれない。


「どうする? エギルに協力してもらうか」


 オリバーさんがエギル達の方を見る。エギルは木に寄りかかりながら、ロードさんはその近くで戦況を見守っている。二人とも武器は持っているから、すぐにでも前線に加われるだろう。


 だが……、


「続けよう。まだ僕達の方が有利だ」


 ニャガの変化は気になるが、こちらはまだ無傷で体力にも余裕がある。助けを求めるにしてもまだ早い。


「怪我をしてからじゃ遅い。あいつが気に食わないっていうなら俺が頭を下げてでも頼み込む。それでいいだろ」

「違います。この状況で勝てないようじゃ、こいつより厄介な邪龍体が来たときにも勝てなくなる。それにあいつがいなくても勝てたら、他の冒険者達の希望にもなります」


 エギル以外でも邪龍体に勝てる。その事実は他の冒険者を鼓舞することになるはずだ。邪龍体を恐れ無くなれば、今まで以上に調査が捗るだろう。そうなれば早期に邪龍体を倒せる。


「それにエギルの力を借りれずに倒せば、絶好のアピールになるんじゃないですか」

「……それもそうだな」


 危険度が高くても利益を狙う。堅実な思考のオリバーさんも冒険者だった。


「じゃあ行きますよ」


 再び前進してニャガに近づく。やはり邪龍体の空気が濃くなっている。淀んだ空気だ。多くはいに取り込めば気分が悪くなりそうだ。

 ニャガが左前脚で殴りにかかる。受け流すが衝撃が強い。力が増している。そしてすぐにオリバーさんが攻撃するが、穂先が届く前に回避される。反応も速くなっていた。

 邪龍体になると基礎能力が向上する。この変化も邪龍に近づいているせいか、長引けばさらに力をつけるかもしれない。


「焦るな。戦い方は変えるなよ」


 そうだ。前がかりになったら逆にやられる。力をつけても傷が治るわけではないんだ。落ち着いて攻めよう。

 ルカの声で落ち着いて再び足並みを揃える。するとニャガが体勢を低くした。跳びかかりの構えだ。

 直撃を喰らえば盾で受けても受けきれない。ルカさんも同じことを考えたのか、膝を軽く曲げて動きやすい構えをしている。僕も回避に備えてニャガの動きに注視した。


 その直後、黒く大きな塊が跳んできていた。

 何も考えず、反射でその場にしゃがんだ。それが僕の頭上を通り超えると、背後から何かが壊れる音がした。すぐに振り返るとそこにはニャガがいて、近くの木が真っ二つに折れていた。


 予想以上の速さの跳びかかりだ。まともに喰らえばあの木と同じようになる。こめかみに汗が伝った。

 動揺している間、ニャガは動きを止めない。今度は大きく横に動いてから僕達に跳びかかって来る。その速さを前には避けるのが精いっぱいで反撃する隙が全く無い。ルカやオリバーさんも避けるのに必死だ。


 このままでは何もできない。どうにかしてニャガの動きを止めないと。

 だがどうやって……。


 ニャガの跳びかかりから、僕達は必死に避け続ける。しかしそんななか、ウィスト一人だけが余裕のある動きを見せていた。

 ウィストは跳びまわるニャガを冷静に捉え、跳びかかられると回避しつつニャガから目を離さない。そして攻撃できるチャンスがあるとしっかりと反撃をいれている。


 ……仕方がない。


「ウィスト! ニャガを引きつけてくれ!」


 ウィストがニャガの注意を引いている間に、ルカとオリバーさんと協力してニャガを倒す算段を立てる。この状況を打開するにはそれしか考えられなかった。そのためにウィストに一番危険な役目を押し付けてしまうのだが、ウィストは「りょーかい!」と二つ返事で了承した。

 再びニャガがウィストに跳びかかると、今まで余裕を持って回避していたが、今度はギリギリまで引き付けている。そして直撃する寸前に横っ飛びし、同時に顔に横方向の切り傷をつけた。一瞬でもタイミングが狂えば直撃を喰らっていただろう。だが成功したおかげで、ニャガはウィストを警戒して僕達に目もくれなくなった。


 ニャガが僕達から気を逸らしている間、僕はルカとオリバーさんの下に駆け寄った。二人とも大きな怪我は無いが、何度も必死に回避したことで息切れし、地面に転がったことにより肌に擦り傷ができている。


「流石に無理だ。エギルに助けてもらうぞ」


 オリバーさんが疲れた顔で言う。さっきと違いオリバーさんに余裕はない。アピールできなくても安全を取る方を選んだようだ。


「あんたには悪いが、あたしも賛成だ。これ以上は危険だ」


 ルカも同じ意見だった。命に比べたら、嫌いな奴に頭を下げるのが良い。もっともな考えだ。

 だけどまだ、やれることはある。


「あと一回だけ付き合ってくれませんか。これが駄目なら諦めますから」

「なにか手があんのか?」

「あいつの動きを止めて、そこに最大火力をぶつけましょう」


 素早い相手を倒すには、まず動きを止めなければいけない。さらに邪龍体のようなタフな相手には、生半可な攻撃では仕留めきれない。故にその二つを同時に行うしか手段は無い。


 だがそれは、現状では一番難しい手段だった。


「そんなことができたら苦労してねぇ。あんな巨体で動き回る奴をどうやって止めるんだ。逆にこっちが息の根を止められちまう」

「罠を仕掛ける時間があるならともかく、今はそんな道具もなければ時間もない。出来たとしてもあんな不規則な動きをする奴をどうやって罠に追い込む?」


 二人の言う通り、準備も無しにそれを実行するのは難しい。罠を用意しても引っかかってくれるとは限らない。

 だがそれは、何も犠牲を払わずにという条件があったときの話だ。


「僕が囮になります。あいつが突進してきたところにこいつを撃ち込めば、動きを止められます。その隙に攻撃してください」


 僕は盾に仕込んだ杭撃砲を二人に見せた。

 ニャガの皮膚は硬くない。突進を受けたと同時に火杭を当てれば、大きなダメージを負わせられる。当たり所が良ければそのまま致命傷になるだろう。仕留めきれなくても、足を止めることくらいは可能だ。その隙に二人が攻撃をしてくれたら倒すことができるはずだ。


 作戦を聞いた二人は目を丸くしていた。


「正気か? そんなのお前がただじゃすまない。下手したら死ぬぞ」


 オリバーさんの言う通り、これは犠牲があって成立する作戦だ。囮になる僕は無傷じゃすまない。死ぬ可能性もある。

 しかしこれ以外に策は無い。


「僕にはこれしか思いつきませんでした。それに攻撃を受けるのは得意です。上手く受ければ死にません。僕なら大丈夫です」


 攻撃を受ける練習は何度もしてきた。恐くないかと聞かれたら恐いが、ニャガよりも大きなモンスターの攻撃を受けたこともある。それに比べたら不安は少ない。

 それにエギルの手を借りることで、ウィストがあいつよりも下に見られるのはすごく嫌だった。


「だからお願いします。協力してください」

「だからってよぉ……」


 オリバーさんは困った顔を見せている。自分にリスクが無くても犠牲ありきの作戦には賛同できないようだ。ルカも同じだろうか。

 ルカは数秒考えた後、「分かった」と答えた。


「その作戦でいこう。だが無理そうならすぐに言いな」


 オリバーさんが「いいのか?」とルカに再度確認を取る。ルカは意見を変えず「あぁ」と返す。


「自信があるんでしょ。だったらやらせたらいい。これで失敗しても自己責任だ。そうだろ?」


 ルカとは数日間行動を共にした。真面目で努力家な優秀な冒険者だ。

 だからこの言葉も、無責任なものだけではなく信頼しているようにも聞こえた。


「やってみせるよ」


 そう答えると、ルカはぶっきらぼうに言った。


「さすが、あいつのパートナーなだけはあるな」


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