10.天才のライバル
二日目以降の調査は何事も無く進んだ。エギルは邪龍体の討伐を見守る体をとっていたが、それ以外のモンスターには対応させるため引き続き同行していた。そして何度かエギルの戦闘を見て、その度に差を実感させられた。
まず反応が早すぎる。モンスターに奇襲されたとき、僕が気づいた時にはエギルは既に動き出している。しかもその攻撃は正確で、一撃で絶命させていることが多々あった。
そして動きに迷いが無い。モンスターと敵対して攻めるか守るかと思考する間に、エギルは仲間に相談することなく攻め込んでいる。周りのことを考えない暴走だが、何とか合わせようとすると不思議と上手くいくのだ。普通なら連携が乱れるはずなのだが、エギルの動きが分かりやすく、かつ仲間が望む動きをしてくれることから成功していた。
そしてそれを支えているのが、皮肉にもウィストのお陰だった。
エギルの動きは素直だが、身体能力が高すぎるため動作が速い。同じクランのルカやベテランのオリバーさんでも置いて行かれることが多々あったが、ウィストだけがエギルについて行くことができていた。その点に関しては、エギルはウィストに一目置いていた。
「お前、名前なんだっけ?」
「……ウィスト」
大型の上級モンスターに襲われてそれを討伐したとき、エギルが聞いてウィストがぶっきらぼうに答えた。それ以降、エギルはウィストを煽ることは少なくなり、グループの空気はそれほど悪くなくなっていた。加えて前方の三人、ウィスト、ルカ、オリバーさんの連携が良かったのも要因の一つだった。
「一番前だからって無理に突っ込む必要はない。距離を保って牽制するのも大事だ」
「けど待ち構えている相手を倒すには攻めるしかないでしょ。もたもたしてたら仲間を呼ばれるかもだし」
「あんたは反撃されてもなんとかできるけど、あたしらはあんたほど避けるの上手くない。あんたが動くんじゃなくて相手を動かすという手も考えておきな」
「そっか……。じゃあ私が注意を引きつけるから、その隙に攻撃しちゃったら? あまり近づかずに、ギリギリのところで動き回ったりとかしてさ」
「モンスターの中には異常なほど長いリーチを隠し持ってる個体もいる。その場合はどうすんだ?」
「知ってるやつなら何とかできるよ。見たことのないモンスターだったらリスクはみんな一緒じゃん。だったら避けるのが得意な私が攻める。それでいいんじゃん」
「最初から近づくのは得策じゃないね。その場合は投擲も考慮に入れて慎重に攻める。それで効果が薄い場合はその案で良いかもね」
機敏な動きで攻めるウィストを経験と知識が豊富なルカとオリバーさんがサポートする。三人が三人とも役割を理解した動きができており、ほとんどのモンスターはこの三人だけで対処できていた。そして三人だけで手が余るときはエギルが加わることで対処していた。
そのため僕が戦闘に加わることはほとんどなく、ロードさんと一緒に後方で見守ることが多かった。
「戦いたいか?」
四日目、食事をとるために休憩していたときにロードさんに話しかけられた。エギルは皆から離れた場所で、ウィスト達は三人で話し合いながら食事をしていた。
「相棒が最前線で戦うのを見て、歯痒く感じてないか?」
「……はい」
ウィストと共に戦うためにエルガルドに来たのに、今は彼女が誰かと一緒に戦う姿を離れて見ている。この状況に苛立ちを覚えないわけがない。その感情に従って素直に答えた。
「ここが危険な場所であることや、僕に与えられた役割も理解できます。けど同じ立場のはずのウィストが戦って、僕だけが安全な場所にいるのが……」
「今回の遠征ではできる限り最適なメンバーを選出して各グループに振り分けた。君達を守るためにはエギルの力が必要だ。そして君達と面識のある者をグループに加え、エギルを制御するために私が加わった。それ以外のメンバーを入れることも考慮したが、他のグループのことを考えるとこれ以上の増員は難しい。それに彼女を上手く使えれば十分に戦える。そう考えた結果、このメンバーになった」
「ウィストのことを知っていたのですか?」
エルガルドでは悪い噂しかなかったウィストのことをなぜそこまで信頼できるのか。ウィストを庇ったあの時から、僕は疑問を抱いていた。
「私はエルガルド、いや国内一のクランの団長だ。その立場故、国内の情報が多く手に入る。彼女のことはエルガルドに来てすぐに知っていたよ。だが最初はあまり興味は無かった」
「何でですか?」
「エルガルドには多くの冒険者が成り上がろうとしてやってくる。その中には弱いモンスターとしか戦ったことが無いくせに調子に乗った者もいる。故郷で最強だ、天才だと持て囃されて天狗になった若者がな。彼女もその類かと思っていたが」
ロードさんがエギルに視線を向ける。エギルは黙々と食事をしながら、その視線はウィスト達の方に向いていた。
「私は人を見る目があると自負している。『英雄の道』に所属している者達は、皆私の眼に適ったものだけが所属している。エギルは私が見てきた冒険者の中で最も才能溢れる冒険者だ。まだ若く将来性もある。唯一の欠点はその性格だ。才能に胡坐をかき努力をしない。周囲には乱暴で慕われない。最強であるが最高の冒険者にはなれない冒険者だ。その点に関してはソランを上回ることは無いと思っていた」
「思っていた、ですか?」
「あぁ」
ロードさんの口角が上がる。
「英雄には程遠い男だった。だがこの遠征を機に、奴は態度を改めるだろう。あいつが自由に振る舞えたのはその実力と私の存在があったからだ。そのうちの一つが無くなれば、あるいは価値が低くなれば、今までと同じ待遇は保障されない。そうなれば自然と真面目になるだろう」
何が原因でエギルの価値が低くなるのか、何が理由でロードさんから見放されるのか。
それは初日の展開から推測できた。
「ウィストの存在が、そうさせるということですか?」
ロードさんの顔から笑みは笑みは消えない。
「同等の力を持つ者がいれば、人々はそれ以外の要素で選ぶ。ウィストとエギル。どちらを選ぶかは自明の理だ。エギルはそれを理解できる。ならば必然的にあいつも変わる必要があると察する。時間はかかるだろうがあの性格も少しは丸くなり、そうなれば英雄と相応しい冒険者になれるだろうな」
「つまりウィストは当て馬なんですね」
「人は競争することで成長する。そのために必要なのはライバルだ。しかも自分と歳が近い女が相手だ。否が応でも競争心は芽生える。ああ見えて、あいつは負けず嫌いだからな」
エギルは乱暴だが腕前は一流だ。何度か彼の戦闘を見てそれは認めていた。そんな彼の性格が良くなれば、僕だけじゃなく多くの人々にとっても嬉しいことだ。彼の暴虐に曝される危険が無くなるからだ。
だがそのためにウィストが使われるのは、なんとなく気に食わない。
「言っときますけど、その計画には欠点がありますよ」
「ほぅ、なにかな?」
僕は一度深呼吸をして言った。
「ウィストがエギルを凌駕するほどの才能を持っていたときですよ。あの高そうなプライドを壊されたら、立ち直れなくなって冒険者を辞めちゃうんじゃないですか」
ロードさんがエギルの才能を高く買っているのと同じように、僕はウィストのことを信頼してる。彼女こそが天才で、誰にも負けない才能を持っていると。
そんな彼女が、チンピラみたいな冒険者に負けるわけがない。
強い自信を持った僕の発言を、ロードさんは感心したかのように頷く。
「なるほど。君も私と同じように思っているようだな」
僕の挑戦的な発言に憤るかと思ったが、そのような態度を一切出さない様子に少しだけ拍子抜けした。
「ならばしっかりとその眼に焼き付けよう。どちらの才能がより優れているか。そしてどんな結末が訪れるのか」
それどころかどっちが勝っても良いような無責任な発言を口にする。
その姿は、まるで物語を楽しむ子供の様だった。




