7.調査拠点
出発して一日目、その日はオーリグ山脈の手前でキャンプをすることとなった。あまり距離は進んでいなかったが、明日から険しい行程であることと遠征に慣れていない者に体力を温存させるためだった。事実、周りを見渡してみると疲弊している者が少なからずおり、彼らの多くがあまり遠出をしたことが無い者達だった。
食事を終えてからは各々は好きに過ごし、定められた就寝時刻になるとテントに入った。僕達のようにテントを持参している者はいたが、調査隊が用意したテントを利用する者の方が多かった。オリバーさんもその一人で、余計な荷物を減らすためだということだ。長く街から離れると街でしか手に入らない物の補給が難しくなるから、その代わりに拠点で補給ができる物は減らすのが定石だそうだ。特にオリバーさんのように一人で参加した者ほどそれが顕著だという。
二日目、オーリグ山脈へと足を踏み入れる。最初は平坦な道が続いたが、しばらくすると道が狭くなり荒れ始める。隊列が細くなり、山に入るまでに比べて明らかに進行速度が遅くなった。何とか日が暮れる前に予定していたキャンプ地に着いたが、初日に比べて疲労度は段違いだった。その日は夕食を食べた後、すぐに床に着いた。一部の冒険者は夕食後もだべっていて、疲労感を見せなかった。ウィストもその一人だった。
三日目、前日と同じような険しい道を進む。厳しい道なりであることは覚悟していたが、途中から道が広くなり始め歩きやすくなった。そして昼食後、明らかに人の手が加えられた道に踏み入れた。同じ参加者から聞くと鬼人達が使っていた道だそうだ。その道を進んでいくと大きなトンネルの前に着いた。遥か昔にモンスターが通った道だという言い伝えで、ここから未開拓地に続いているそうだ。その日はトンネルの前でキャンプを行った。
四日目、トンネルに入った。少々道が荒れているが馬車が進めないほどではない。トンネルの中は真っ暗なため慎重にゆっくりと進んだ。途中、隊列の前方でモンスターと遭遇して戦闘になったが、無事にその日のうちにトンネルを抜けた。トンネルを抜けたときにはすっかり日が暮れていたので、皆その日は食事を終えるとすぐに就寝した。
五日目、この日からモンスターとの戦闘が多くなった。今までは人の多さに怖気づいたのか、モンスターに襲われることはあまりなかった。しかし未開拓地に入ると頻繁にモンスターと遭遇して戦闘することが多かった。しかも一匹一匹が強くてしぶとい。道中でモンスターを狩って食料を確保するつもりだったのだが、あと一歩のところで取り逃がすことが何度もあった。何の成果も得られなかったので、余計に疲れてしまう。この日は遠征で一番へとへとな状態で床に着いた。
六日目、更に強いモンスターと出くわす様になった。ベテランの冒険者でも苦戦することが増え、怪我人が続出する。そのせいで何度も立ち止まることになり、その時間を狙ってモンスターに襲われる。そしてまた怪我人が出て停車し、再びモンスターに狙われる。悪循環が調査隊を襲った。昼を過ぎた頃には悪循環を抜けて進みだすが、皆の疲労が多いため速度は出ない。その日は明日に備えていつもより早い時間にキャンプをすることとなった。ウィストは「明日はいっぱい冒険できるかな」と呑気な顔で言った。
七日目、予定ではこの日に拠点に到着するようだった。今日でこの長い旅路が終わると思うといつもより元気が出る。気合を入れて進み出すが、歩いても歩いても拠点が見えない。遭遇するモンスターと戦いながら進み続け、夕方になって隊列が止まり、やっと着いたかと思って一安心したら、ここでキャンプをするという連絡が来た。どうやらいつもと違う行路を使ったてしまったため道を間違えたようだ。その日は夕食を食べた後すぐに寝て、そのときになっていつもより皆の口数が少なかったということに気づいた。
八日目、今日こそ拠点に辿り着けるのかと不安を抱きながら出発した。肩を落として進んでいたが、しばらくすると森の中には不似合いな広い道に出た。人工的な道を見つけたことで高揚した直後、遠くから煙が出ているのが見えた。ちょうど、進行方向の上空だった。隊列から少し横に出て前方を見ると、遠くに木の柵で囲まれた集落のような場所が見える。あれが目的地だということはすぐに分かった。
未開拓地の調査拠点。僕達の新たな冒険が始まる場所だった。
「着いたー!」
拠点の中に入ると、ウィストが嬉々とした声を上げる。ウィストだけではなく、他の参加者も嬉しそうな顔を見せたり、安堵した表情を浮かばせていた。
拠点に着いたところでやっと一休み……というわけにはいかず、すぐに別の作業に取り掛かった。それは拠点の拡張工事だった。
今までの拠点は数十人が生活するための施設しかなかったが、今後は百人以上が滞在することになるので、そのための施設の建設が必要となった。建設作業は初めてだったが、参加者にはそれを生業にしている者が来ており、また建設に慣れている冒険者も多かった。ほぼ全員で取り掛かったため作業は順調に進み、その日のうちに全員分の宿泊施設が完成した。この日は拠点に辿り着いた記念として、全員で集まって宴を行った。あまり喋ったことのない人と飲み交わし、ここが未開拓地だということを忘れて楽しんだ。
拠点に着いた翌日、この日も工事を行った。ウィストは冒険できないことに不満を言っていたが、明日は調査に出るという通達を聞いたことでやる気が出たらしく、昨日以上の働きぶりを見せた。食事中もテンションが高く、疲れが溜まった状態で会話についていくのは地味に疲れた。日が暮れる頃には、僕等が担当する分の作業は終わった。残りは本業の人達に任せることになった。
そしてとうとう、調査が、邪龍体の捜索が始まる日を迎えた。
「邪龍体の捜索は複数のチームで組んだグループで行ってもらう。グループの指定はこちらで行った。今からその組み合わせを発表する」
翌朝、ロードさんの口から捜索の説明が行われた。参加した冒険者全員が集まっており、皆がロードさんの話に耳を傾けていた。未開拓地には未知なモンスターが多く生息している。情報のない相手と戦うのは危険だ。一見弱そうに見えるモンスターが危険な能力を持っていることもある。その情報が有るのと無いのとでは大違いだ。
そんな危険なモンスターが生息する土地を、組んだことのない味方と共に探索する。普段なら味方が多いことは利点になるのだが、慣れていない相手との連携は難しい。しかも未知の相手となるといつも通りに戦いにくい。そのため、どんな相手と組むのかはとても重要なことだった。
ロードさんが順々にグループを発表していく。指定された参加者達は安心した顔や嬉しそうにする者が多かった。できるかぎり最適な組み合わせを選んだと言っていたので、そのお陰なのだろう。
そして、僕達の名前が呼ばれたのは最後だった。
「最後のグループは、ウィスト・ナーリア、ヴィック・ライザー、オリバー・ロット、ルカ・ジェリオン、エギル・レイサー」
エギルの名前が発表された時、周囲の視線が僕達に向けられた。どこか憐れむような同情の視線だ。最強の冒険者と言われいるので強い味方になるはずなのだが、それを加えても組みたくない人が多いようだ。
そんな同情の眼を向けていた彼らだったが、次のメンバーの名前を聞いて眼を丸くした。
「そして私、ロード・ウォーカーが参加する」




